第二百十八話 反撃
現在こっちがノリに乗っているのでルーチェ・ディエバイトが終わるまでこちらを優先します。
由姫は勢いよく地面を蹴った。そして、全力の蹴りを『鋼鉄騎士』に叩き込む。
『鋼鉄処女』と同程度の防御力があると由姫は考えていた。でも、『鋼鉄騎士』にはとある利点がある。
由姫の蹴りが『鋼鉄騎士』の半透明な壁を捉え、『鋼鉄騎士』自体を蹴り飛ばした。
「なっ」
そのことにアルトは驚き反応が遅れる。何故なら、『鋼鉄騎士』が他の『鋼鉄騎士』を貫いて向かって来るからだ。
『鋼鉄騎士』はアルトの攻撃を通す。それを知った由姫はあることを考えた。
なら、どうしてアルトが砲撃しかしないのか。もしかしたら、砲撃しかしないのではなく、砲撃しか出来ないのではないかと思ったから。
アルトがギリギリで『鋼鉄騎士』を避ける。それを見た由姫は満足そうに笑った。
「やっぱり、『鋼鉄騎士』はアルトさんの魔力を通す能力があるんですね」
「バレた?」
微かに笑みを浮かべるアルトだが、その体には一分の隙もない。
「もう、私に『鋼鉄騎士』は効きません」
「みたいだね。それにしても、里宮本家の八陣八叉流は誰もがそのような蹴りを放つのかな?」
「そんなわけないじゃないですか。八陣八叉流の蹴りは魔力よりも気、気合いの要素が強いです。でも、私の蹴りは重力をまといますから」
由姫の周囲に重力の歪みが出来上がる。それは不自然なまでに土を少し巻き上げていた。
由姫のレアスキルである『神への重力』。それを最大限までに使った蹴りはフュリアスすらも吹き飛ばす。
「ますます惚れたよ。だから、君を倒す」
アルトが槍を向けた瞬間、由姫は瞬間的な加速でアルトの背後に回り込んでいた。
里宮本家八陣八叉流の構え方の一つである隼の型。それを由姫なりにアレンジしたものだ。周や音姫の力を借りて。
一瞬で消えるという移動は移動者自体も周囲の風景を知覚出来ない。だから、近接格闘での背後への回り込みはまずないだろう。だけど、由姫はそれをいとも簡単にしている。
アルトは慌てて『鋼鉄処女』を発動した。由姫の手のひらが『鋼鉄処女』に押し付けられる。
ギリギリ間に合ったとアルトが息をついた瞬間、由姫の手のひらが離れた。『鋼鉄処女』にへばりつく『神への重力』を残して。
「里宮本家八陣八叉流崩落『綺羅朱雀』」
一歩後ろに下がり、加速しながらの拳の一撃。ちょっとしたステップの間に組み込めるこれは威力が極めて高い。だが、『鋼鉄処女』の前では無意味だ。
それは由姫もわかっている。わかっているからこそ由姫はその一撃を右の拳で『神への重力』によって作り出した重力球に叩きつけた。
パリンとガラスが割れるような音と共に『鋼鉄処女』が砕け散る。
由姫は左の拳を握りしめた。
「里宮本家八陣八叉流滅牙『飛龍一閃』!」
全ての威力を載せた拳はアルトの体に突き刺さり、アルトを大きく吹き飛ばした。
「よっし」
オレは年甲斐もなく叫んでいた。まあ、七葉や和樹も言っているしいいとするか。
テレビの中継は完全に由姫VSアルトだった。戦いが激しいのど、最初にヒントを与えられら選手だからかそれしか映っていない。
ルーチェ・ディエバイトの推移は基本的に自分に有利な地形を見つけることから始まる。今回は由姫とアルトが偶然のエンカウントだったからか各地で戦いが起きているみたいだ。
「白百合さんってすごいんだ。確か、アルト選手の『鋼鉄処女』って絶対防御の一種じゃなかった?」
「1対1において絶対的な防御力を持つという意味ならな。絶対防御だけなら周が上だ」
『天空の羽衣』は使用制限があるが、絶対防御の中ではその意味を表すものだ。まあ、大きな弱点があるけど。それを除けば桁違いの能力を持つ。
ただ、『鋼鉄処女』の最大の弱点が、『鋼鉄処女』の許容防御力を超えた瞬間に砕け散るということだ。ディアボルガとセイバー・ルカの同時攻撃でなんとか砕けるくらいだけど。
「じゃ、このまま由姫ちゃんが優勢だな」
和樹が呑気に言う。だが、オレは顔を曇らせていた。
「『鋼鉄処女』一つで勝ち抜けるほど、ルーチェ・ディエバイトは甘くねえよ」
その言葉に全員が振り向いてきた。
「確かに、アルトは『鋼鉄処女』と『鋼鉄騎士』を出してきた。だけど、『鋼鉄処女』一つで本戦まで出られるわけがない。あいつの異名『鋼鉄騎士』。マテリアルナイトと呼ばず普通に鋼鉄騎士と呼ばれる理由はここからだ」
「さすがだね」
由姫の前でアルトがゆっくり立ち上がった。それを見た由姫が思わず距離を取ってしまう。
『飛龍一閃』は完全に成功していた。手応えも受け流された感覚は無かった。重力球と『綺羅朱雀』で『鋼鉄処女』を打ち砕いた瞬間にアルトは完全に驚愕していたはずだった。
思考が早まっている。ありえない光景を見て由姫の思考がまとまらない。
「本当にさすがだよ。僕も君が容赦なく急所を狙ってきたなら今頃リタイアしていたと思う。うん、さすがだよ。だからね、教えてあげよう」
アルトが槍を構える。それと同時にアルトの体を半透明な膜が包み込んだ。まるで、鎧のように。
「『鋼鉄騎士』」
由姫は小さく呟く。それはアルトの異名。文字通りのものだったから。
「じゃ、行くよ」
速度は今までの中で一番速い。でも、由姫からしたらまだ遅い。
由姫はすかさず槍を弾くために迎撃術である絶衝を放っていた。今までの力を考えて確実に弾ける。そう思っていた。
由姫の腕が弾かれる。穂先をギリギリで避けて由姫はすかさず後ろに下がった。
「『鋼鉄処女』と『鋼鉄騎士』で倒せれば良かったけど、どうやらそうも行かない。だったら、『狂乱騎士』の力を使えばいい」
「名前、決まっていたんですね。兄さんは圧倒的な防御力と圧倒的な突撃力から『鋼鉄騎士』の名をもらったと聞きましたが」
「それも事実だよ。『鋼鉄処女』と『狂乱騎士』は今まで一つだったからね。『狂乱騎士』自体が『鋼鉄処女』の派生型だ。まあ、これに関しては名前を除いて知るものはたくさんいるよ。言うなら、『鋼鉄騎士』の名前こそ、『狂乱騎士』というべきものかな」
多分、アルトの異名は三つの能力から考え出したものだろう。
『狂乱騎士』をまとうアルトは半透明な膜が覆う槍を構えた。
「さっきまでは君の有利だったかもしれない」
由姫は拳を握りしめた。『鋼鉄騎士』を蹴り飛ばして攻撃したり、『神への重力』を使った攻撃で『鋼鉄処女』を突破した。だが、『狂乱騎士』に隙は見当たらない。
迎撃術で一番優秀な絶衝ですら弾かれる攻撃。由姫は後ろに下がりそうになる足をこらえる。そして、小さく息を吸い込んだ。
「そうですね。でも、私は負けない」
その足を踏み出す。前に向かって。もう逃げないと決めたから。
「私は兄さんの背中を守る人になりたいから」
「そうか。なら、これからは反撃と行こう。僕のターンだ」
由姫VSアルトもいよいよ大詰めです。後二回ほど続きますが。