第二百十七話 愛する人の言葉
アルトの体が勢いよく吹き飛んだ。それは今までとは違う。『鋼鉄処女』の弱点の一つを由姫は完全についていた。
『鋼鉄処女』内部の衝撃は『鋼鉄処女』で受け止めることは出来ない。
『天空の羽衣』の場合は展開していない時、ゼロ距離でなければ防御することが出来る。でも、『鋼鉄処女』はその範囲がある。
「絶対の防御なんてこの世界には存在しません。もし存在するなら、それは神の技です。『鋼鉄処女』は絶対じゃない」
「君が初めてだよ。武道家の中で直接、僕にダメージを与えたのは。やはり、可愛い女の子だからかな」
アルトがまるでダメージがなかったかのように立ち上がった。そして、半透明の盾を構える。
「でも、『鋼鉄処女』は絶対だよ」
由姫が地面を蹴ろうとした瞬間、いつの間にかアルトの周囲に半透明の壁がたくさん出来上がっているのに気づいた。
こんな技は聞いたことがない。
「公の場で初御披露目になるのかな。『鋼鉄騎士』。『鋼鉄処女』の派生技だよ」
由姫の額に汗が流れるのがわかった。『鋼鉄騎士』一枚一枚が『鋼鉄処女』と同じに近い防御力を持っている。しかも、『鋼鉄処女』とは違い、アルトはその中にいない。
アルトが槍を由姫に向けた。『鋼鉄騎士』がいくつか間にあるのに。
「これには面白い能力があるんだよ。例えばね」
槍の穂が割れた。由姫の視界に映ったのは砲口。
回避は間に合わない。反応するにはあまりにも遅すぎる。
だから、由姫は左の拳を握りしめた。
砲口から放たれたエネルギーが由姫に向かって飛び、由姫はそれを殴り飛ばした。
「うおっ、すごいや。ますます惚れたよ」
「『鋼鉄騎士』は厄介ですね」
由姫は『鋼鉄騎士』の位置を確認する。そして、地面を蹴った。『鋼鉄騎士』の間を縫うように高速で移動する。
そして、『鋼鉄騎士』の群れを抜けた。アルトが槍を突き、その穂先が由姫の頬を掠める。
由姫はそのまま勢いよく拳を放った。普段は使わない魔力を込めて。
里宮本家八陣八叉流破壊拳『天破絶命』
由姫の知る里宮本家八陣八叉流で最大威力の技。だが天破絶命は半透明の膜によって受け止められた。
「誰が『鋼鉄処女』と『鋼鉄騎士』を同時に使えないと言ったかな?」
由姫の胸に絶望が影を差した。
『おっと、まさかの新しい技です。えっと、名前は『鋼鉄騎士』。『鋼鉄騎士』です』
狭間中学校の職員室にあるテレビ。そのテレビの前にいるたくさんの先生、生徒がいる中、里宮愛佳は唇を噛み締めていた。
はっきり言うなら想定外。『鋼鉄処女』の弱点を上手くついた時、愛佳の顔には笑みが浮かんでいた。だが、『鋼鉄騎士』が出た瞬間、顔は険しくなっている。
アルトが放った砲撃を由姫は弾き飛ばし、由姫は『鋼鉄騎士』の間を縫うように駆け出す。
「それは駄目ですよ」
愛佳は小さく呟いた。でも、由姫にその声は届かない。
勢いを載せ、八陣八叉流にしては珍しい、気ではなく魔力を載せた一撃である天破絶命を放つのを見ながら祈っていた。攻撃が通るように。
だが、無常にもその攻撃は『鋼鉄処女』によって受け止められていた。
『『鋼鉄騎士』と『鋼鉄処女』の同時展開だと!?』
画面の中の慧海が叫んでいた。叫びたい気分は愛佳も同じだった。
『慧海さん、どうかしましたか?』
『いや、『鋼鉄処女』の弱点が多面同時攻撃なんだが、『鋼鉄騎士』によってそれが不可能になるんだ。しかも、『鋼鉄騎士』はアルトの攻撃を通す。ほぼ無敵に違い絶対防御の布陣だ』
愛佳は両手を組み由姫に祈った。
「後ろに下がらず、前に出てください」
その言葉は由姫には届かない。
由姫は大きく後ろに下がろうとした。だけど、背中に『鋼鉄騎士』がぶつかる。
「ごめんね」
その言葉と共にアルトが勢いよく槍を突くが、由姫はそれをギリギリで避けて『鋼鉄騎士』の間を縫うように走り出す。
その背中に向かってアルトが砲撃を放つ。それを由姫は避けることが出来ず肩に直撃し、その場に倒れた。
勝てない。
その気持ちが由姫の中に渦巻いている。勝ち目がない。勝つ方法が見つからない。
気持ちが渦巻いている。でも、やることは一つだけだった。
早く距離を取らないと。
『前に進め!』
その瞬間、周の言葉がフィールドに響き渡った。由姫は立ち上がり、走り出そうとした足を止める。
『自分の信じる道を真っ直ぐ進め! 結果は勝手についてくる!』
もしかしたら、愛佳師匠もこの状況を見ているかもしれない。由姫はそう感じた。多分、師匠なら同じことを言うと。
『お前の拳は何のために身につけた!』
周が使った一回だけのヒントを与える権利。周はそれを由姫の背中を押すために使った。もしかしたら、周は最初から使うつもりがなかったかもしれない。
『自分から逃げるな!』
「うん」
由姫は頷いていた。頷いて、そして、アルトの方を振り返る。
「絶対防御なんて関係ない。私の拳はお兄ちゃんの隣にいるためのもの。師匠から習った拳は相手の防御を崩すもの。『鋼鉄騎士』とか『鋼鉄処女』なんて関係ない。私は」
由姫が腰を落とす。そして、小さく息を吸い込んだ。
「里宮本家八陣八叉流継承者白百合由姫。行きます」
由姫は後ろに下げていた足を前に向けて出した。理論上絶対防御の相手に対する突撃。それは普通の人からみれば無謀であるが、周や愛佳はこの時に別の言葉を送っていた。
前に進み、希望を掴み取れ。