第二百十五話 始まりの場所
予定と違う内容になったけどまあいいや。
始まった瞬間、由姫は重力砲を速攻で放っていた。別に攻撃するために放ったわけじゃない。向かってきた砲撃を相殺するために放ったのだ。
周囲が、フィールドが爆風によって土煙が舞う。こうなれば視界はゼロに等しい。見るのではなく感じることが重要になる。
由姫は目を瞑った。そして、周囲の気配を探る。
「見つけた」
地面を蹴る。一番近くにいるターゲットに向かって。
オレは土煙の中走り出した由姫を見ていた。一応、オレの立ち位置は由姫のセコンドだ。試合中一回だけヒントを選手に与えることが出来る。
でも、オレはヒントを与えるつもりはなかった。由姫の力ならたった一人でどうにか出来るはずだ。
『マスターはシスコンですね』
「黙れ」
オレは話しかけてきたレヴァンティンに即答で答えを返した。この場に他の人はいないが、いつカメラの目が向くかわからない。
オレは近くにあるモニターで全体図を確認する。
現在の選手総数は25。エリオットの開始早々の一撃によって一人やられたらしい。まあ、エリオットの砲撃は中村や楓のようなトップクラスの威力を持つ。
やはり、本戦参加者はただ者じゃない。
「いつか、この場に立てたらな」
『マスターなら可能です。今のマスターは半年ほどの間でかなり強くなりました』
「強くなったのはわかる。でも、それは実力じゃない。人として強くなった気がするんだ」
狭間市でいろいろな人と出会い由姫や亜沙以外にも守りたい人が出来た。助けたい人が出来た。
そして、たくさんの友達が出来た。
普通の人生を捨てたはずのオレが歩み出した普通の道。それは、オレを、みんなを、確かに強くしている。
「来年は、オレが出ようかな」
「すっげ」
和樹が開始早々絶句していた。当たり前だ。フィールドの半分が一瞬で吹き飛んだからだ。
多分、エリオットさんの仕業だろうな。
「白百合さんは大丈夫かな?」
「由姫なら大丈夫なはずだぜ。重力砲を撃ったのが見えた」
砲撃に対しては防御するよりも砲撃で相殺した方がいい。ただし、エリオットのような溜め時間がノータイムの高火力射撃に対しては対抗しにくい。
でも、由姫はそれをした。重力砲のノータイムなんて前代未聞だ。
「相変わらず、すげえな」
オレは小さく呟いた。周と由姫の二人がこの狭間市に来てから一番成長したように思える。確かに、オレや孝治、みんなも強くなった。
だけど、周と由姫の二人の成長は著しい。
由姫は戦闘能力という面で成長した。周は戦うというより人として成長したように思える。
「また、突き放されたかな」
「そんなことはないと思う」
優月がオレの手を優しく包んでくる。
「悠聖も強くなったよ。私はここに来てからそんなにだけど、悠聖は強くなってる。何というかな、覚悟を決めた?」
「そりゃな」
オレはアルネウラを恋人にした。優月は何故か愛人という立場になっている。精霊と付き合うのは世間体から考えてデメリットは多いだろう。でも、オレは覚悟を決めた。
二人を絶対に幸せにすると。
「オレだって考えているんだ。アルネウラや優月の二人と幸せになるにはどうすればいいかってな。今のままじゃダメだ。力も心もまだ弱い。強くなりたい。今は心の底からそう思える」
今なら周の気持ちがわかる。周は大切な人を、守りたい全ての人を守るために血を吐くような訓練をした。それは生半可な覚悟じゃ絶対に出来ないこと。
それを小学生でありながら周は実行した。
孝治や音姫さんのような才能や、オレや光みたいな特殊な力も無い、ただ器用貧乏だけが取り柄だったのに。
「周に離されてばっかりじゃ性に合わない。オレは周を見返してやりたい。あいつが安心してオレ達と共に戦えるように。そうなったら、今度はもっと強くならないとな」
『ヤバい。悠聖に惚れ直した』
アルネウラを見ると、確かにアルネウラは顔を真っ赤にして恥ずかしそうに顔を逸らしていた。
オレはアルネウラの頭を撫でる。
「狭間市に来たことがオレ達にとってプラスになった。オレは自信を持って言えるさ」
土煙がフィールドを覆っている。だけど、それぞれの位置を表す光点は絶え間なく動いていた。その数25。
「今のは」
開始早々の砲撃を見たメリルは完全に絶句していた。ルーイも驚いているようだがメリルよりかは少ない。
ルーイは狭間戦役の最中にリュリエル・カグラの砲撃を見ているはずだ。
「相変わらず、人界の開始早々の砲撃は派手だよね」
「魔界にはないの?」
「うん。あまりないかな。鈴が思っているほど魔界に砲撃系の人はいないし。あー、エレノアとかはまだ可能かな」
「それは砲撃ではなく熱線じゃ。魔界は力、天界は魔力、人界は火力と呼ばれているくらいじゃからな。開始早々の砲撃は人界の特権じゃ」
アル・アジフさんはそう言うけど、本当の実力者が放つ砲撃は本当に洒落にならない。開始早々起きた砲撃がいい例だ。
下手をすればそれ一発で戦闘が終わる。
「でも、砲撃力ならエクスカリバーFBDシステム使用時も負けてないよ」
「FBDシステム? 悠人、初めて聞くが?」
ルーイは不思議そうに首を傾げていた。まあ、戦っている最中には使わなかったしね。
「エクスカリバーの出力を最大まで上げた状態での高火力砲をつけて放つタイプかな。足を止めるからアストラルソティス戦じゃ使えなかったし」
「納得だ。様々な装備があってエクスカリバーは面白そうだな」
「エクスカリバーは最高の機体だよ」
僕専用に改造された完全な専用機。全ての能力を最大限まで扱える設定になっている。
それは、本当に全てが僕のために作られたもの。
「嬉しいの」
アル・アジフさんがポツリと呟いた。
「そなたがそこまで強くなったとは、我も最初は想像しておらんかった」
「そうかな?」
僕は首を傾げた。そんなに強くなったようには思えない。
「本当は、我は悠人に戦って欲しくはなかったのじゃがな」
「うん。僕も最初は戦いたくなかったよ」
僕は自分の手を見つめる。たくさんの命を奪ったその手を。
「でもね、僕は守りたいと思える人が出来た。リリーナや鈴を守りたいと思えた。僕はフュリアスに乗ることしか才能がないよ。でもね、狭間市でいろいろな人と出会って、周さんと出会って、僕は周さんが羨ましかった。明確な意志を持とうとしていることに」
僕はただフュリアスの適性が高いだけだった。ただ、それだけが理由でフュリアスのパイロットになった。
でも、周さんを見た瞬間、僕の中で何かが芽生えた気がした。
「多分、僕が強くなったのは周さんと出会い、リリーナや鈴と知り合えたからだと思う。もし、それがなかったら、僕はルーイに勝てなかっただろうな」
「私だってそうだよ。悠人と出会えて、魔王の娘として恐れられていた私を普通の女の子として見てくれた。だから、私はフュリアスに乗ろうと思えたと思う。自分の心に向き合えたから」
リリーナの顔は真っ赤だ。真っ赤でも伝えたいことはちゃんと伝えていた。
鈴がクスッと笑う。
「私も。悠人に会えて、ただ命令だけを受ける私は嫌だと思えたから。悠人がいたから、私は戦えた」
そう思えば僕達は狭間市にいたことが良かったかもしれない。アル・アジフはクスッと鈴と同じように笑った。
「由姫と同じじゃな。ルーチェ・ディエバイトに出ている由姫は最初はそれほど強くはなかった。でも、狭間市で動くことで今ではトップクラスの実力じゃ」
土煙が晴れた画面の中で由姫さんが出くわした相手に速攻で一撃を叩き込んで気絶させていた。観客がどよめく。
もちろん、僕達もだ。
「狭間市が我らの始まりだったかもしれぬな」
由姫は確かな手応えを感じていた。
通じる。
愛佳から教わり、周や音姫によって一段上に昇華されたこの力が。
最初は、由姫は周に勝てなかった。でも、だんだん訓練している内にどんどん強くなれた。
由姫は拳を握りしめる。
「私は、第76移動隊に入って良かった」
本当にそう思える。狭間市に行けて良かった。そう思える。だから、
「私の成長した姿を見せる」
そう言いながら由姫は茂みを抜けた。
ルーチェ・ディエバイト本戦の会場には様々な障害物や地形がある。由姫がいたのはちょうど茂みの近くだった。
抜けた先にいた気配に由姫は視線を向けて固まる。そこにいたのは、
「アルトさん?」
「手加減はしないよ」
槍と半透明の盾を持つアルトだった。
最後に戦うはずだったアルトと出会ってしまった由姫。まさかの展開です。