第二百十三話 本戦前
ルーチェ・ディエバイト本戦会場。それはアメリカの広大な大地の中に作られた特設会場だった。
半径7kmにも及ぶ広大なフィールド。その中に26人の選手がぶつかり合う。
ルーチェ・ディエバイトの賭けでもあるトトカルチョではアルトが圧倒的な人気の高さを誇っていた。由姫やリコはワーストとブービーを争っている。
どちらも若手であることと、無名であることが問題だろう。
ちなみに、オレや音姉は全額由姫に賭けている。家族でもあるし、何より由姫の実力を知っているから。
そんな由姫はオレの前でカチコチに緊張している。
「大丈夫か?」
「だ、ただ、大丈夫です。多分」
下手をすれば狭間戦役の時よりも緊張しているような気がする。オレは小さく溜息をついて由姫の横に座った。
由姫の手をしっかり握りしめる。
「大丈夫だ。目を瞑って」
由姫がオレの言うように目を瞑る。
「思い出すんだ。自分のしてきたことを」
大事な戦いの前では自分のしてきたことを思い出せばかなり落ち着ける。オレや孝治はそうしてきた。
「鍛錬は苦しかったはずだろ?」
「苦しいなんてものじゃないよ」
由姫が不満そうに言う。
「冬の山に生身で登らされるし、狼の群れと戦うし、戦闘訓練じゃ師匠が手加減無しで向かってくるし」
オレなら裸足で逃げている。逃げても確実に捕まるだろうけど。
「冬の津軽海峡を泳がされたと思えば体を暖めるとか言って里宮本家技を全て避ける訓練が始まるし、筋トレとか言われていきなり一万回やらされるし、筋肉でガチガチにならないように努力したんだよ」
最後のは何の努力だ。
「というか、それを考えたらルーチェ・ディエバイトはまだ楽なように思えるんだが」
「それは兄さんだけです」
多分、由姫以外全員、あっ、愛佳さんも含めた二人以外全員がルーチェ・ディエバイトの方が楽だと言うだろう。
そんな特訓してたら確かに狭間戦役で戦えるな。
「テレビ局が来てるんだよ。まさかの日本の放送局大手。まさかの全国放送だよ。ケーブルテレビじゃなかったの?」
「すまん。それはオレの責任だ」
確か、ほんの数日前にとある放送局大手から取材があり、音姉や孝治と一緒に取材を受けたのだ。
その時にオレがこぼしたルーチェ・ディエバイトという言葉に放送局がくらいつき、まさかの放送決定となった。
『GF』の方もスポンサーをギリギリまで探していたからちょうど両者の思惑が一致したらしい。
地味にケーブルテレビの方もグルになったとか。
「まあ、いいです。でも、ルーチェ・ディエバイトをよく許可出来ましたね。世論というか人権団体がうるさそうなんですけど」
「それなら大丈夫。義母さんから『自称人権団体は黙らせたから思う存分戦いなさい』って伝言をもらった」
「お母さんは何者?」
「オレに聞くな」
それは伝言を聞いたオレが一番思っている。人権団体を黙らせるって何をしたか本気でわからない。
もしかしたら殴り込みか?
「やっほー、周ちゃん」
義母さんについて考えていた最中、オレの名前が呼ばれた。この声はあいつか。
「敵陣視察か?」
「あたしはそういうつもりじゃないよ。ただ、亜沙の嫉妬がピークに達したから」
振り返ると頬を膨らませた亜沙の姿がある。オレが立ち上がろうとした瞬間、隣から由姫が消えた。
そして、いつの間にか亜沙の後ろで亜沙の背中を優しく押している。
「兄さんの隣に座ってください」
『いいの?』
亜沙が不思議そうな顔をして由姫にスケッチブックを見せる。すると、由姫は頷いてリコを見た。
リコは笑みを浮かべている。由姫も笑みを浮かべている。
亜沙がオレの隣に座り手を繋いでくるが、オレ達の視線は二人に向いていた。
「今のが答え?」
「わかりました?」
二人は笑っている。意味がわからないが、多分、由姫はリコに喧嘩を売られたと言った。多分、どうやってリコを倒すか自分なりに表したものだろう。
オレのアドバイスを考慮して。
「まさか、君が本当に覚悟を決めるとはね。これは少し失敗だったかな」
「兄さんは言ってましたよ。リコさんは私に自分の得意なものを捨てて兄さんと同じような戦い方をさせようとしているって。だから、私は考えました」
最初に由姫はオレにリコを倒した時のことを聞いてきた。オレはそれを素直に教えたのだが、その戦い方を訓練しようとした由姫に言った言葉だ。
リコの最大の特徴は緩急の差が極めて高い近接戦闘。亜沙ですら翻弄されるくらい差が激しい。
オレには通用しないけど。
「私は自分の力を使います。里宮本家八陣八叉流の継承者として」
その瞬間、リコの顔色が変わった。それを見たオレと亜沙は笑みを浮かべてしまう。
多分、リコは今まで普通の八陣八叉流を習っているものだと思っていたのだろう。だが、実際は里宮本家八陣八叉流。普通ではない。
「白百合家の人として、海道周と白百合音姫の妹として、あなたに勝ちます」
「あちゃー、完全に予想外。亜沙も周ちゃんもグルになって隠しているんだから。本当にわからなくなったな。でも、それくらいがいい」
リコの顔に笑みが浮かぶ。今まで以上の笑み。それを見た由姫は笑みを消して真っ直ぐリコを見つめた。
無言の会話が続く。
オレは小さく息を吐いて立ち上がった。
「トイレに行く」
『わかった。ここは見ておくから』
亜沙の文字に頷いてオレはトイレに向かって歩き出した。そして、門を曲がり、
「緊張感出てきたな」
目の前に現れた二人にオレは話しかけた。
どちらも男で青年という感じだ。片方はイケメンという文字がぴったりと当てはまる人物でもう片方は好青年と言えばいいだろう。金髪で青い瞳であるところ以外にも身体特徴まで顔の造り以外が似ているから遠目だと見分けはつかない。
ただ、服装だけは個性的だ。イケメンの方は何故かアロハシャツ。ちなみに年中アロハシャツ。好青年の方は上から下までピンクだ。
端からみれば頭のおかしい人にしか見えない。
アルト・シュヴッサーとエリオット・フィルムだ。
「やあやあ、まさか君の秘蔵っ子があそこまで可愛いとは思わなかったよ。エリオット、ここは告白する場面だよね?」
「お前、アホやろ。音姫の妹は周の恋人や。付け入る隙はない」
エリオットは大阪が大好きで日本語は何故か関西弁で話す。だから、時々通じにくい時があるとか。
アルトの方はいつも通りだ。
「周、僕にあの子を譲ってくれないか?」
「死ね」
とりあえず、こいつの扱いはこんなものでいい。
「それよりも、数日前に音界のフュリアス交流があったらしいな。どうやった?」
エリオットが興味津々に尋ねてくる。まあ、フュリアスに関しては隠すこともないからいいか。
「順調だった。エクスカリバーVSアストラルソティスの戦いは録画してあるからルーチェ・ディエバイトが終わったら見るか」
「見る! いや、見させてください! お願いします!」
「でた。エリオットの得意技で日本の得意芸、ジャンピング土下座」
「アルトって日本好きなくせに間違った知識が多いよな」
時にはすごく迷惑になる。
オレは小さく溜息をついて二人を見た。いや、見ようとしたけど土下座したエリオットが視界に映らない。
まあ、いいや。
「ルーチェ・ディエバイト、オレの大切な奴だからって手加減するなよ?」
「可愛いから手加減したいな」
「アルトは黙っとけ。周、俺らだって本気や。だから、本気で行く。周には悪いけどコテンパンにするから」
その言葉にオレは笑みを返した。
「オレ達の結晶を、甘く見るなよ」
次からルーチェ・ディエバイト本戦始まります。
後、アルトとエリオットの姿は手抜きで表現したわけではありません。その話はまだ別の話で語ります。