第二百十二話 白百合姉妹
本戦はもう少しかかります。
由姫が一歩を踏み出しながら右の拳を振り切った。だけど、その右の拳は音姫が構える木の棒によって受け止められる。
すかさず蹴りを放つがそれは木の棒に弾かれた。由姫が後ろに下がる。
「相変わらず、お姉ちゃんの技術はすごいね」
「そうかな?」
音姫がニコニコ笑いながら木の棒を構えている。それ一本でどれだけの攻撃が受け止められたかわからない。
由姫は左のナックルを身につけた拳を握りしめた。
「いや、今の結構本気だったんだけど」
「八陣八叉が白百合に勝つなんて百年早いよ」
「お姉ちゃんって八陣八叉を毛嫌いしていたっけ?」
「ううん。全く」
その瞬間、音姫が動いた。全身を使って一気に加速する。それを由姫が右手で打ち落とそうとする。だけど、それより早く音姫の木の棒が由姫の目の前に差し出された。
由気が微かに目を細める。
「さすがに静止状態から一瞬で詰め寄るのは反則ですってば」
「これくらいは出来るようにならないと」
音姫が呆れたように木の棒を引いた瞬間、背中に掌が当てられた。目の前にいたはずの由姫の姿がなく、音姫は目を見開いている。
「一本取れた?」
「今のは? 八陣八叉の移動術じゃないと思うけど」
「うん。お兄ちゃんから習った」
周はかなりの量の武術を習っている。だから、それらを総合的に合わせた複合技なども作り出せる。ただし、それが周自身が出来るかは別として。
今の移動術は音姫の知る限りどの武術にも存在しないものだからそう感じたのだ。
音姫は由姫の才能を理解している。剣の才能を音姫自身が持っているなら、由姫は拳の才能。しかも、あらゆる武術に対応出来る能力を持っている。
「お姉ちゃん。そろそろあの技を練習していい?」
「いいけど、本当に使うの? あの技は由姫ちゃんとは相性が悪いよ? 確かに、リコちゃんとは相性はいいけど」
「アルトさんと戦うために私は立ち止まっていられないから。それに、お兄ちゃんには見せていない八陣八叉の技は一杯あるんだよ」
「そうなの?」
音姫はあまり八陣八叉について詳しくない。そもそも、白百合流の剣技自体がどんな相手にも対処が可能な部分が多いからでもある。だけど、周が知らないものがあるとは思えなかった。
由姫が笑みを浮かべる。
「例えば」
腰を捻りナックルを身に付けた拳を握りしめ、勢いよく振り切った。
その瞬間、威圧感を伴う衝撃波が前方20mほどを駆け抜けた。八陣八叉流にある気合いの力を拳にまとめて飛ばす拳砲とは違う。そんな優しいものじゃない。
「狐砲。近距離射撃用の里宮本家の技。他にも」
由姫が動く。それに対して音姫も動いた。
由姫の隙に合わせて木の棒を振る。でも、それより早く由姫の拳が木の棒を弾いていた。そのまま掌が音姫の腹部に押し付けられる。
「里宮本家八陣八叉流迎撃術『絶衝』。ここから狐砲を放つこともできるから」
「へぇ~。里宮本家になると少しタイプが変わるんだ」
「うん。複数の打撃を組み合わせて相手を崩すものが多くなるのかな? お兄ちゃんと本気で戦ってみたいけど」
「うん。それもあるかな。弟くん、まだ何かを隠しているみたいだし」
「隠している?」
音姫は頷いた。頷いて木の棒を指先で回す。
「弟くんのオリジナル剣技あるよね?」
由姫は頷いた。
周のオリジナル剣技は一撃の火力を極めて高くした雷属性の『破魔雷閃』。広範囲に状態異常を持つ水を攻撃として使いながらばらまける水属性の『水牙天翔』。広域まで攻撃範囲が及び隠れている相手にも有効な炎属性の『炎舞氷壁』。
その全てが第一特務にいるメンバーすら舌を巻くような威力がある。はっきり言うならオリジナル剣技を作り出す才能は極めて凄まじい。
「破魔雷閃なんか多分、受け止めようとしたら一撃で刈り取られるし、水牙天翔なんてかなり高レベルな防御じゃないと抜いてくる。炎舞氷壁にいたっては受け止めるのは事実上不可能。弟くんのすごいところはそれを実戦でのぶっつけ本番で成功させるところ」
「うん。お兄ちゃんのオリジナルは本当にすごいけど、それがどうかしたの?」
「由姫ちゃんはまだ気づいていないんだ。弟くんのオリジナル剣技、他の剣技と簡単に組み合わせれることに」
その言葉に由姫は気付いた。確かに、破魔雷閃は白百合流の剣技を流用している。つまり、白百合流の剣技や他の剣技からの連撃で使うことが出来る。それは完全な脅威だ。
「だから、本気の弟くんと戦ってみたい。私は、白百合家最強の剣士として弟くんを、『最強の器用貧乏』と戦いたい」
「だったら」
由姫が右のこぶしを握り締める。そして、右の拳に魔力を集め出した。
「私もお兄ちゃんと戦う。お兄ちゃんやお姉ちゃんが教えてくれたこの技を使って新しいコンボは考えてあるから、それをルーチェ・ディエバイトで使う。それで、お兄ちゃんが私を褒めてくれたら真剣勝負を申し込むから」
最初は我がままだった。
第76移動隊に入ったのは八陣八叉を愛佳から習ったからだけど、それでも周は本当は由姫を第76移動隊に入れたくなかったはずだ。今では十分なアタッカーとして機能しているが、もしかしたら死んでいたかもしれない。多分、これからも周は由姫の事を心配するだろう。
由姫が周に助けられたと思うと同じように周も由姫に助けられたのだから。
「私が成長したところをお兄ちゃんにぶつける。勝ったら今度はお姉ちゃん。もう、白百合の搾りかすなんて言わせない」
「由姫ちゃん。うん。もし、弟くんに勝てたら私が戦うよ。全力で。歌姫の力も使って」
二人が頷き合う。そして、お互いに距離を取った。
「よーし。こうなったら本線で優勝できるように完璧にしないと。お姉ちゃん、行くよ」
「いつでもどうぞ」
そして、二人がぶつかり合った。
本戦では里宮本家八陣八叉流の大放出でもしようかと。