第二十一話 クロノス・ガイア
浩平が暴走するより孝治が暴走します。
周とアル・アジフが向こうに行った後、浩平はすぐさまクロノス・ガイアに話しかけていた。
「魔術すごいな。あっ、俺の名前は佐野浩平だ。君は?」
「クロノス・ガイア。浩平の銃は特別?」
「フレヴァングのことか? 特別ってわけじゃないぜ。ライフルと二丁拳銃の組み合わせだし」
「あれはむしろ天才だろ。周隊長にも負けないレベルだったぜ」
「ありがとよ」
浩平のあの銃撃は銃を扱う天才だけで言い表すことが出来ないことを孝治は知っている。
敵の行動を抑制し、強力な一撃を叩き込む。放った弾丸を他の弾丸で軌道を変えて相手を狙う。
ビリヤードのごとくターゲットを狙い打つ。そこに介入するのは次元の違う空間把握能力。
だからこそ、孝治は浩平を推薦したのだ。天才の中で埋もれない才能がある浩平を。
「でも、これじゃ駄目なんだよな。ビリヤードだけじゃなくてミラーもしないと」
「ビリヤード? ミラー?」
クロノス・ガイアは浩平が言ったセリフに首を傾げながら尋ね返した。
「ビリヤードは放った弾と弾を打ち合って軌道を変える技。ミラーは弾と弾を真っ正面からぶつけ合って反射させる技。そうしないと、俺はあいつを倒せない」
浩平が自分の拳を握りしめる。
鬼に対して扱ったビリヤードだけでも十分な能力を持っているのに、浩平はさらなる力を得ようとしている。
彼をそこまで駆り立てる原因があるのだろうが、浩平はそれ以上口を開かない。
「でも、誇っていい」
クロノス・ガイアは握りしめられた浩平の手に自分の手を合わせた。
「浩平の力は十分に通用する。私が断言する」
「ありがとう」
浩平は優しく笑みを浮かべた。
「へぇ~、浩平ってそんな表情出来るんだな」
悠聖がニヤリと笑みを浮かべながら言った。すると、浩平がムスッとする。
「悠聖? お前は俺を何だと思っているんだよ」
「エロガキ」
まるでいたずら小僧のごとくニヤリと笑みを浮かべる悠聖。
「ガキはお前もだろが」
そんな悠聖に対して浩平は詰め寄っていた。
「オレはガキだがエロじゃない」
「中学生の男子は全員エロガキだと俺は断言する。なあ、孝治」
「俺に振るな」
急に話を振られた孝治は別の方向を向いている。
そんな孝治を見た浩平はニヤリと笑みを浮かべた。
「制服フ」
「チェストォ!」
孝治の回し蹴りが浩平の顔面を捉えて吹き飛ばした。だが、浩平はピンピンしている。
「危ないだろが!」
「ちっ、殺し損ねた」
孝治は腰の鞘から黒い剣を抜く。
「今、この場で消し去る」
「待った。俺が悪かった。だから、その斬撃だけは止めてくれ!」
浩平は瞬間で土下座する。すると、そんな様子を見ていたクロノス・ガイアがクスクス笑い出した。
「面白い」
「コントではないが。命拾いしたな」
孝治が剣を鞘に収めて離れる。
浩平は小さく息を吐いた。
「そんなに面白いものじゃないだろ?」
「私からすれば十分。感性の違い」
「そういうものかね」
浩平はその場に寝転がった。
「クロノス・ガイアの本名は何なんだ?」
「秘密」
クロノス・ガイアは唇に指を当てつつ答える。その顔には笑みが浮かんでいる。
「そっか。でも、大変だよな。俺達と一つしか変わらないのに『ES』の幹部の一人って」
「アルがいたから。私はアルと一緒の部隊であることを呑んでもらってクロノス・ガイアの名前をもらった。だから、私は頑張る。アルのために」
「自分のためには頑張らないのか?」
「自分のため?」
不思議そうに首を傾げるクロノス・ガイアに浩平は頷いた。
「周とかそういうのが明確だと思うぜ。一緒にいる期間は短いけど、あいつはみんなのために隊長をやっているというより、自分のために隊長をやっているって感じだな」
「意味がわからない」
「周は俺達よりも苦労しているってことだよ。まあ、全部俺の推測なんだけどな」
ニコッと笑みを浮かべた浩平の顔をクロノス・ガイアが触った。
「私は、あなたが羨ましい」
どこか悲しみを含ませてクロノス・ガイアは言う。
「私は、あなたみたいに笑えない。自分がどれだけ人を不幸にしているか知っているから」
浩平は何も言わない。言えないではなく言わない。今、この場で口を挟むべきではないと気づいているから。
「クロノス・ガイアの候補は、私が『ES』に保護されるまでにたくさんいた。誰もがクロノス・ガイアの名前を得るために死に物狂いで練習していた」
クロノス・ガイアは自分だどうしてこんなことを言っているかわからなかった。
駅ではあまりのキモさに蹴り飛ばしたもした。だけど、真剣に話を聞いてくれる彼はどこか安心感があった。
「私の能力が知れ渡った時、魔術の訓練すらしていなかった私はクロノス・ガイアの候補に挙がった。今まで頑張っていた候補生全員を押しのけて」
クロノス・ガイアが涙を流す。
「私は、クロノス・ガイアになれて、アルの手伝いが出来て嬉しいけど、たくさんの人を不幸にした。クロノス・ガイアになるために頑張っていた人を全員落とした。クロノス・ガイアになってからも、たくさんの人を殺した。私は、あなたが、羨ましい」
涙は止まらず感情が流れ出るのも止まらない。
「その年でその強さは明らかに過去に何かあったに違いないのに、どうして笑えるの? 無邪気に笑えるの? 私にはわからない。私には」
「クロノス・ガイア」
浩平はそれだけ言うと起き上がり、クロノス・ガイアの頭に手を置いて頭を撫でた。
「確かに、俺だって辛いことがあった。不幸にした人もいるかもしれない。でも、俺は辛いことがあったから笑っていたいんだ。今、俺は幸せに生きているってことを伝えたいから」
「幸せを、伝える?」
「そう。端から見れば、頭がおかしい奴とか立場を理解していない奴とか言われるけど、それが俺だから。自分が自分であることを隠したくない。俺は俺で生きている。こんなバカでも必死に生きている。ただ、それだけだから」
自分でもバカだとわかっているからこそ、浩平は笑う。時には能天気だと言われようがバカなことはする。
浩平にとってそれが不器用な自己主張でもあるから。自分というのを教えるための自己主張。
「クロノス・ガイアも頑張ってみたらどうだ? それに、お前が笑う姿は今よりもっと可愛いぜ」
その瞬間、クロノス・ガイアの顔が真っ赤に染まった。自分の中ではポンと音が鳴った気もする。
そんな自分に気づいたクロノス・ガイアは慌てて浩平から視線を逸らした。
「自分らしく生きろ。他人を気にしすぎるな。俺が思う自分の生き方だ。クロノス・ガイアは俺のように生きろとは言わないけど、もっと柔らかくなってもいいと思うぜ」
「リース」
「えっ?」
「私の名前。リース・リンリーエル。これから、二人の時は、そう呼んで」
浩平が周囲を見渡してみると、いつの間にか孝治の悠聖の姿が見当たらない。逃げたというより空気を読んだか。
「わかった。よろしくな、リース」