第二百五話 演目開始
澄み渡った空。雲一つないほどの晴天。
中東に急遽作られた天然のフィールドと客席等々。その客席にはテレビによく出る各国の代表の姿や『GF』総長海道時雨とギルバート・R・フェルデ、『ES』からは過激派副代表の姿などがあった。
もし、この客席が爆破でもされたなら世界は混乱するであろう顔ぶれ。だが、そんなことはしない。いや、そんなことは出来ない。
その客席を守っているのが第一特務だから。
客席の隣にある仮説格納庫。その中に周や悠人の姿があった。近くにはアル・アジフやリリーナ、鈴など、人界側のパイロット達が集まっている。
「よ、よよよ、よ、ようやく、だ、だね」
緊張でガッチガチの悠人が口を開く。笑いは起きない。誰もが緊張しているから。周とアル・アジフを除いて。
「はぁ、悠人、そのままだと失敗するぞ。気楽に気楽に」
「周さんはど、どうして、そんなに気楽な、なんですか?」
「色々あるんだよ」
周の言葉にアル・アジフがクスッと笑った。
アル・アジフは周が気楽でいられる理由を知っているからだ。例えば、学会で発表したりするから。
「オレはまだ気楽でいられる。マテリアルライザーの披露だからな。オレとアル・アジフの専用機、フュリアスの原型の動きを見せるだけだから。悠人は模擬戦だもんな」
周の言葉に悠人が首を縦に何回も振る。悠人にとってこういう場面は初めてなのだろう。リリーナや鈴、他のパイロット達の表情は堅い。
ルーイ達の音界側は別の仮説格納庫なので状態はわからないが、緊張はしているだろう。
「このままだと成功しそうなのがマテリアルライザーだけだよな」
音界側の仮説格納庫。その中には数機のギガッシュ、一機のアストラルブレイズ、そして、ロールアウトされたばかりの一機のアストラルソティスと凡庸新型機カットラスが数機あった。
アストラルブレイズのコクピットではリマが、カットラスのコクピットの一つにルナ。そして、アストラルソティスの中にはルーイの姿がある。
パイロット達は一心不乱に最終調整を行っていた。誰もが無口だ。
その時、アストラルソティスのコクピットに通信が入った音が鳴る。
「どうかしたか? リマ」
『いえ、こちらは調整が終わったので。そちらはどうですか?』
「今更調整することはないさ。今は、装備の確認だ。悠人のエクスカリバーは高機動かつ高攻撃力だ。正直に言って、アストラルソティスの装備だと隠し兵器を使わないといけない」
『あれをですか?』
ルーイは頷いた。そして、小さく息を吐く。
「歌姫様も来ているのに情けないことは出来ないさ。それに、僕はフュリアスのパイロットとして負けたくない」
ルーイにとって悠人は雲の上にいる天才だ。フュリアスの稼働時間はルーイの半分にも満たないし、戦闘経験も少ない。
でも、第三世代を第七世代クラスまで操れる上に、戦闘センスもかなり高い。だから、ルーイは負けたくなかった。
フュリアスのパイロットとして。そして、一人の男として。
凡才でも天才に勝てることを示したいから。
『無茶はしないでください。私もルナも、あなたが怪我をすることは望んでいません』
「無茶はしない。そろそろ時間だな。行くぞ。音界の技術力を見せつけてやろう」
演目が始まった。最初はマテリアルライザーとイグジストアストラルによる模擬戦だ。
最初にどちらが演目を行うかで色々あったが、最初にどちらの世界の技術も使われていない二機が行うことになった。
もちろん、マテリアルライザーのパイロットは周とアル・アジフ。イグジストアストラルのパイロットは鈴だ。
「これが、真のフュリアスなのですね」
客席の中、数人の護衛が周囲に視線を巡らせる中、まるで、姫のようなドレスを着た少女が座っていた。
まるでお人形のような姿。でも、呼吸もしている。時々、微かに体を揺らしている。
「フュリアスが生まれた時から存在する六機のフュリアス。その内の二つがマテリアルライザーとイグジストアストラル」
少女の呟きは周囲の人には聞こえていない。まるで、その少女だけが世界から隔絶されているようだった。
少女はさらに呟く。
「音界にあるはずなのですが、まさか、こちらにあったとは。確保したかったのですけどね」
イグジストアストラルの一斉射撃にマテリアルライザーが避けている。ステップだけじゃない。側転から宙返りなどあらゆる動きを使って砲撃を避けている。
当たれば一撃でアウトなのにマテリアルライザーは軽々と避けている。それは周の行動力とアル・アジフのサポートのおかげだった。
「マテリアルライザー。接近戦用の未完の機体。パイロットが存在せず、乗り手は100%死んでいるはずなんですが、あのパイロットは一体」
はっきり言うなら気持ち悪いくらいの機動性だった。マテリアルライザーが剣を抜き、避けつつ攻撃を弾いていく。
「他のフュリアスはどこにあるのでしょうか」
「メリルちゃん」
その言葉に少女はビクッとしながら横を見た。横にいるのは音姫だった。
少女が恐る恐る尋ねる。
「どうして私が見えるのですか?」
それは純粋な疑問だった。音姫が髪を括っていたリボンを解く。そして、呟いた。
「【私の姿は誰にも見えない】。【私の声は誰にも聞こえない】」
メリルにリボンを握らせながら言うと、メリルの視界には見えなくなったはずの音姫の姿が見えるようになっていた。
メリルは驚いてリボンを見る。
「これは弟くんが作ってくれたリボンでね、歌姫の力を簡単に使えないようにする特殊なものなの。これを握っていれば歌姫の力は効かない」
「だから、私の姿が」
効かないというだけで効果は発動している。現に二人の会話は誰も聞こえていない。
「マテリアルライザーとイグジストアストラル。メリルちゃんはどう思ってる?」
「えっと、さすが悠遠やストライクバーストと同じ真のフュリアスと呼ばれる機体だと思います」
「悠遠? ストライクバースト?」
音姫がキョトンとする。その言葉は全く聞いたことが無かった。
「えっ? あっ、すみません。出来れば忘れて」
「マテリアルライザーにはね、私の義理の弟が乗っているの。だから、忘れられない。でも、話さないことは出来るよ。よければ話してくれないかな?」
音姫がにっこり笑いながら言う。メリルは音姫の顔を見て、そして、ゆっくり頷いた。
「真のフュリアス、マテリアルライザーやイグジストアストラルの属する六機のフュリアス、それは私達が作り出せるフュリアスの原型です」
それは音姫も知っている。メリルは音姫の頷きを見ながら言葉を続ける。
「マテリアルライザー、イグジストアストラル、ストライクバースト、ヴェスペリア、ラインセントラル、そして、悠遠。魔科学時代に作られたものです。全てが世界の滅びに対抗するために」
音姫の目が微かに見開かれた。だけど、それにメリルは気づかない。
メリルの視線はフィールドに向かっているからだ。いつの間にか音界の機体の演目が始まっている。
「その機構の大半、マテリアルライザーとイグジストアストラルにヴェスペリアを除けば魔科学時代の機構ではありませんが、それでも、世界の滅びに対する最大の戦力でした」
「それでも、滅んだ」
「はい。真のフュリアスが集まっても不可能なら私達は真のフュリアスに近いフュリアスを作り出せばいいと思っていたのですが、まさか、こちらの世界の技術がここまで高いとは」
「自慢の弟くんだよ♪」
そう言う音姫の顔は誇りに満ちていた。まるで、優秀な子供を持つ親のように。
「もしかしたら、音界と人界、二つが合わされば世界の滅びに対抗出来るかもしれません」
それは希望に満ちた言葉。世界の滅びが近づいている今、あらゆる手段を使ってあらゆる勢力が動いている。もしかしたら、それによって世界が救えるかもしれない希望。
だけど、音姫は首を横に振った。
「多分、無理かな」
メリルの目が見開かれると同時に音姫が言葉を続ける。
「人界、音界だけじゃないよ。魔界、天界、精霊界。本当にあらゆる勢力が集結しないと不可能かもしれない。どの世界も一長一短があるから」
「お互いに埋めなければ勝利は難しいと?」
音姫は頷いた。
フィールドでは音界の演目が終わり、ソードウルフが出て来ている。
「どうしてかわからないけど、そう思う」
文中に出てきたラインセントラルですが、the origenでは別の名前で出ます。
次回はエクスカリバーVSアストラルソティス。ちょっと長くなりそうです。