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新たな未来を求めて  作者: イーヴァルディ
第一章 狭間の鬼
209/853

第二百話 体育祭

難産通り越してスランプでした。予定よりも一週間ほど遅くなることに。orz

内容は体育祭ですが、結構ストーリーで重要なものがいくつか混ぜています。

新しい話を始めました。「ディバインナイツ ~星語りの物語~」です。the

originの方は次の更新がエクスカリバーVSアストラルソティスの後になりそうです。フュリアスについてのことを書くのでどうしてもそうなりました。

星語りの方は少し趣向を変えて主人公最弱物語にしています。興味がある方はぜひ読んでください。

雲一つない晴天。澄み切った空は眩しいまでに朝日を光らせている。


そんな中、浩平が窓枠に腰掛けて朝日を眩しそうに見つめていた。そして、すぐ隣にあるベッドに視線を向ける。


そこにいるのはクマ柄のパジャマを着たリース。


「全く。何回言っても入って来るんだからな。これでも健全な中学生なんだぜ」


そう言いながら浩平はリースの頭を撫でてやった。リースが嬉しそうに笑みを浮かべる。もちろん、寝息を立てながら。


「それにしても、体育祭か。憂鬱だぜ」


浩平は溜息をつく。


彼が憂鬱になる理由はいくつかあるが、一番の理由は第76移動隊所属だからだろう。そのおかげで800リレーのアンカーとして走ることになっていた。


さらに言うなら誰も応援してくれない。応援してくれるのはリース一人。ただし、負けるとは言われている。


「それにしても、まだこんな時間だよな」


時計を見ながら浩平は小さく溜息をついた。狙撃手スナイパーとして活動出来る浩平にとって睡眠時間はほとんど関係ない。戦闘中でなければいくらでも寝ることが出来るから。


ただ、一つだけ問題が出て来る。


「今から何をしておこう」


浩平はそうつぶやき、窓枠から降りた。


それから一時間後、目を覚ましたリースが一人人生ゲームを絶好調でやっている浩平を見たという。






場所は変わって洗面所。宿舎の洗面所はそこそこ広く、五人が同時に使っていても不便がないほどだ。そこに由姫と音姫の二人がいた。


二人はシャワーを浴びたのか微かに髪の毛が濡れている。


「相変わらずお姉ちゃんは朝練が厳しいんだから」


「仕方ないよ。ルーチェ・ディエバイトに向けて毎日しないと。私を倒せないと優勝は難しいよ?」


「いや、別に世界最強に名乗り出ようとは思っていませんから」


由姫はそう言いながら小さく息を吐いた。そして、髪の毛をまとめていく。


由姫の髪の毛は音姫ほど長くはないが、普通に学校がある場合は無造作に括っている。ただ、大事な場面では音姫と同じポニーテールにすることがある。

由姫は少しだけ手を止めて、そして、ポニーテールに括った。


「おっ、由姫ちゃんは本気だね」


「茶化さないで。私は別に本気というわけじゃないから。ただ、お兄ちゃんが最後の勝負で楽しく戦ってくれたらなって」


「楽しくか。最後は弟くん、孝治くん、悠聖くん、浩平くん、亜紗ちゃんがアンカーだからね。みんなそれぞれの速さを知っているだろうし」


浩平が一人だけ全く注目されていないのは音姫も知っている。だけど、いや、だからこそ、全員の名前を言った。


音姫は全員が競い合うことを期待しているから。


「これは私の聞いた話なんだけど、私達の知らないところで取り引きがあるみたい」


「取り引き?」


「うん。最後のリレーの時までに、接戦になるように点数調整をするって。友達の美菜さんから聞いて」


「ありえるかも」


実際に賭けすら起きているほどだ。そんなことが起きている可能性だってある。


音姫は長い髪の毛をポニーテールに括った。周からもらった特殊なリボン。歌姫の力を制御するためのアイテム。


音姫は鏡を見てリボンでしっかり括っていることを確認する。


「由姫ちゃんも弟くんも、応援するからね」






フライパンの上で目玉焼きがいい音を立てながら焼けている。隣のウインナーもこんがりになってきた。


オレはそれを確認しながらサラダに特選のドレッシングをかける。


「さてと、後は」


いつもの癖で身体強化魔術を使い、右手に痺れを感じておれはドレッシングの入ったボトルをその場に落とした。


オレは右の拳を握る。


「相変わらずか。ダメだな、このままじゃ」


こういうことはよくある。日常的に魔術を使っていたから無意識に使い、そして、失敗する。


オレは手早く目玉焼きとウインナーをそれぞれの皿に移す。


「後、半月は様子見だもんな。早くならないかな」


魔術があるとないじゃ大きく世界が違ってくる。魔術がないとあの時みたいで嫌なのだ。


あの、『赤のクリスマス』の時みたいに。


「まあ、気にしてても仕方ないか。さてと、後は運んで」


「周お兄ちゃん、おはよう」


アリエの声に振り向いていた。そこには元気良さそうなアリエとアリエに手を引かれた寝ぼけ眼のベリエ。そして、それを苦笑しながら見ているエレノアの姿。


「おはよう、周。手伝った方がいい?」


「そうだな。エレノアは皿を運んでくれ。ベリエはアリエを洗面所に連れて行ってやれ」


そのままじゃ朝ご飯抜きになりそうだしな。


「はーい。ベリエちゃん、行くよ」


ベリエが頭をカクカクさせながらアリエに手を引かれて洗面所に向かう。今の時間帯にいるとするなら中村かな。


「相変わらず周はすごいね。これだけの量を一人で作るなんて」


「そうか?」


オレは味噌汁が入った鍋をかき混ぜながら作ったものを見る。


ただの目玉焼き。焼いただけのウインナー。特選ドレッシングをかけたサラダ。味噌汁。ご飯。


シンプルにいったんだけどな。


「別に手間暇かけるようなものじゃないしな。あっ、そうだ」


オレは冷蔵庫を開けた。その中に入っていたものを取り出す。


「味見するか?」


オレがエレノアに手渡したのはサトウキビのような細長いもの。ただし、サトウキビのように汁を吸うのではなく普通に食べる。


まあ、お菓子だし。


「これ、甘椿?」


「まあな。一昨日に材料が来たから作ってみたんだ。疲れた時には甘いものだろ」


「うん。じゃ、味見するね」


エレノアがオレの作った甘椿をかじる。


甘椿は柔らかくもないが固くもない。噛めば普通に切れるし握り潰すことだって出来る。わかりやすく説明するなら少し溶け始めたチョコレートか。


「甘いけど、甘椿の甘さじゃないよね? 何かアレンジしたの?」


「食べやすいように甘さ控えめにしただけ。魔界じゃ有名なお菓子と言ってもこっちじゃ無名だから。それに、甘過ぎて吐きそうになる」


ちなみにオレは初めて食べた時は吐いた。口を大きく開いて一気に食べたからだ。


おかげで甘椿に関しては微かにトラウマがある。


「そっか。でも、これはとてもおいしいよ。うん。周はすごいね」


「すごくないさ。ただ、作業が面倒だったけどな。さて、さっさと運ぼうぜ。みんなが朝食を待っているはずだ」


「うん。みんなやる気満々だから。羨ましいな」


エレノアがそうポツリと呟いた。エレノアだって本当なら学校に通っているような年齢だ。ただし、実年齢から考えて中学校ではない。


観察処分として第76移動隊にいるが、そのために学校に行くことは許可されていないからだ。


「本当は、お前も学校に行きたかったのか?」


「ううん。私は大丈夫。私は取り返しのつかない罪を一杯したんだから、幸せを望むなんて出来ないよ」


オレは小さく溜息をついた。


「お前は世界を救おうと必死だったんだろ」


エレノアは頷いた。


エレノア達は世界を滅びから救うために狭間の鬼の力を手に入れようとした。それは失敗したけど、世界を救うために動いていたのは否定しない。


「だったら、今度はオレ達と一緒に世界を救おうぜ。今はまだ見つかっていないけど、必ず救ってみせるから」


「言うほど簡単じゃないけどな」


「でも、言わなければ何も始まらない」


世界は黙っていても何も起きない。だからこそ行動したり発言したりするから。選挙もそう、抗議もテロも。


あらゆるやり方で自分の主義主張を表そうとする。確かに過激なこともあるけど、そうでなければ聞き入れてもらえないと思っているから。


「世界を救うことがどれだけ大変かはまだわからないさ。でも、言わなければ、行動しなければ何も始まらない。そういうことだ」


「周って本当に私より年下?」


「誉め言葉をありがとう」






術式阻害結界。


それが張られていることをオレとアルネウラが確認しながら周囲を見渡す。ちなみに、優月は悠人達と一緒に観覧席の方にいる。


術式阻害結界の外にはディアボルガとルカを控えさせているから何かがあれば大丈夫だろう。


「にしても、魔術が使えないってここまで不便なんだな」


体が少し重いような気がする。


戦場での魔術強化は必須だ。特にオレのようなバックかセンターで戦う支援要員は特に。


味方への強化はもちろん、自分への強化により相手のフロントに近づかせないようにしなければならい。戦場で最も狙われるのが支援要員だから。


『そうかもね。術式を阻害するだけだから精霊にはあまり効かないみたいだけど。シンクロでもする?』


「不用意に使えるか。でも、この程度なら魔術トラップの作動には何ら支障をきたさないからな。さてと、準備運動でも」


時計を見ながら言葉を続けようとしたオレの視界に激しく動く二人の姿があった。周と由姫だ。二人は準備運動どころか軽い組み手をやっている。ただし、周の方は全力だろうな。


『うわっ、激しい準備運動だね』


「やっぱり?」


感心するアルネウラとは対照的にオレは溜息をつくだけだった。二人の動きは準備運動というレベルをはるかに超えている。言うなら、訓練だろう。


まあ、見る限り、攻撃と防御を交代しながら打ち合っているからそこまでのものじゃないのかもしれない。


「あいつら、相変わらずというべきかな」


『ははっ。私からすれば由姫ちゃんが周にじゃれついているように見えるけどね。二人はやる気満々だよ』


「やる気満々すぎて怖いくらいだ。二組には要注意人物が多いしな」


最後に行うクラス対抗800リレー。第76移動隊がアンカーだが、それ以外の総合力では二組はそこまで高くない。男子の中に女子も混じっているからだが、二組には逃げ足なら学校最速と言われる男子とそれに追随可能な男子がいるらしい。


つまり、リードされた状況やリードしている状況で戦況が酷くなる可能性がある。


上手く妨害しないとな。


『悠聖は相変わらずだね。こういう時は正攻法じゃなくて悪者っぽくやるのは』


「当たり前だろ。大体、勝つために手段は選んでられないしな。それに、オレは勝ちたいんだ。だったら、何でもやってやる」


『戦場で真っ先に狙われるタイプだね』


「自覚はあるぞ」


支援要員だからそんなことはわかっている。時間的にはそろそろ開会式だよな。


「アルネウラは優月のところに。開会式が終わってクラスの席に戻ってくるまで我慢してくれ。はぁ、校長の話とか長いんだろうな」






「本日はお日柄もよく」


始まった。ついに始まった。学生の中でとても嫌われているものの中の一つ。


短ければ短いほど評価が上がるという謎のもの。その名も、


校長先生の話。


もちろん、真面目に聞く人はあまりいない。ほとんどが隣と話していたり妄想の世界に入っていたり。一部は立ったまま寝ている。


「えー、栄えある狭間市立狭間中学校の体育祭が」


もちろん、孝治だって聞いていない。孝治が考えているのはクラス対抗800mリレーのことだ。


おそらく、あれで勝負は決まる。点数配点が極めて高いからだ。クラスの運動神経を調査した限り、一位は一組は堅い。多分、これは確実。ただ、僅差で五組を除いた全てがあるという結果が出ていた。


だからこそのクラス対抗800mリレーだ。


多分、悠聖はトラップを仕掛けている。だが、そのトラップはちょっとした妨害用だから気にしなければ大丈夫だ。問題は周と亜紗の二人。そして、800mであること。


孝治は600mほどなら全力疾走が可能だ。ただ、それ以上は厳しい。


距離が800mであることがかなり弱点になっている。周なら全力疾走以上の速度で2000mは走るだろう。今の状態ならほぼ800mほど。


つまり、ペース配分を考えなければまず勝つことは不可能だということだ。しかも、魔術が使えないという条件だとかなり厳しくなる。最悪、最後の直線で負ける。


どこまでリード出来るかによって大きく変わってくるのだ。


孝治は小さく溜息をついた。


二組をクラス対抗800mリレーまでに大差をつければいい話なのだが、一番の問題として騎馬戦に由姫がいることだ。


騎馬戦は十六人の中から好きな人数で組み、四人の騎手の頭につけている鉢巻きを取れば勝ちという単純明確なものなのだが、同時に複数のクラスが行う。


由姫はおそらく単身で騎手を背負って突っ込んでくるのは目に見えていた。しかも、鉢巻きを取るのではなく、おそらく騎馬から崩していくに違いない。


周と由姫の二人が体育祭での最大のポイントと言っていい。何故なら、二人は魔術を使わなくても身体能力が極めて高い。特に由姫はだ。


その二人の対策を孝治は考える。ついでに、実際起きるであろうシュミレーションも行う。


「たくさんのご来場の皆様にも」


校長の長ったらしい話は続いている。孝治が周囲に目を走らせると聞いている人はほぼ皆無だった。


周は目を瞑り、由姫は空を見上げ、亜紗は足下にある石で遊び、中村は目を開けたまま寝て、悠聖は大きな欠伸をし、浩平が普通に立っている。


「ですから、これからの時代は」


他の人達からの半端ないオーラが校長先生にぶつかっているが、校長先生は汗一つかくことなく話し続けている。


騎馬戦はまず真っ正面からでは無理。だったら、搦め手で行くしかないが、圧倒的な力の前ではその搦め手ですら無力である。搦め手で行っても巻き添えをくらって全滅という可能性だってある。


どうしたものか。


数パターンの搦め手を考えてみたがやっぱり無理だ。当たらないことを祈るしかないのか。


「皆さんが正々堂々戦うことを祈って」


だんだん話し声が大きくなっている。考え込んでいる孝治は気づいていないが、すでに10分ほど話し続けているのだ。


もちろん、シュミレーションをしていた孝治は時間が経っていることすら気づいていない。


「では、これで終わります」


ようやく校長の話が終わる。それと同時に孝治は最も最適な作戦を考えついていた。これさえ出来れば騎馬戦はどうにかなる。


「後は交渉するだけか」


そう言いながら孝治は少しだけ笑みを浮かべていた。






「へぇ~、校長先生の話って長いんだ」


「僕達の学校の校長先生が短いだけだからね」


変なところに感心しているリリーナに僕は小さく溜息をついた。


僕達は大きなブルーシートの上に座っている。ちょうど土曜が暇だったのと、アル・アジフさんが所要で来れないからその代わりだ。


ブルーシートには七葉さん、ベリエさん、アリエさんにエレノアさん。そして、僕にリリーナと鈴。ただ、何故かリリーナのお父さんであるギルガメシュさんがいる。


「校長先生の話が長いのは全国共通だと思うよ」


鈴がクスッと笑いながら言う。その笑顔はとても可愛くて思わずドキッとしてしまった。


そんな僕をみたリリーナがムッとする。


「悠人? 何、鼻の下を伸ばしているのかな?」


「の、伸ばしてなんかいないよ。それにしても、結構無防備だよね」


僕は周囲を見渡しながら言う。特に一般来場者の人達を。


身のこなしから考えて一般人に『GF』のメンバーが混ざっているようには見えない。こういう時には必ず何人かいるはずなのに。


「無防備というより警戒する必要がないだけだと僕は思うが?」


その言葉に振り返ると、ジーパンにジャケット姿のルーイがこっちに近づいてきていた。肩からはカバンがかけられている。ちなみに、隣には誰もいない。


「珍しいね。ルーイが一人でいるなんて」


「リマもルナも演技披露に精を出しているからな。僕は悠人と戦うだけだからアストラルソティスを慣らせればいい」


「ルーイってもう乗っているんだね」


僕なんてまだエクスカリバーに乗っていない。模型は渡されたけど。


「リリーナや鈴もリマやルナと同じように演技披露を行う予定じゃなかったか?」


「うん。鈴は高性能スナイパーライフルの御披露目。私はソードウルフによる演技だよ。悠人は気楽でいいよね」


「気楽というか、僕はまだエクスカリバーに乗っていないからね。いつになったから完成するんだろ」


前日とかに完成させられてぶっつけ本番みたいな状態になったら最悪だ。せめて、三日は練習したい。


模型を使って考えた作戦もあるし。


「エクスカリバーか。ふむ、聖剣の名前だな」


僕達の話を聞いていたギルガメシュさんが唐突に口を開いた。


「パパ。もしかして、星詠みの剣や絶氷の剣と同じクラスの武器?」


星詠みの剣と絶氷の剣は聞いたことがある。確か、とある夫婦が使っていた剣で、世界を滅ぼす力を持った武器。


ただ、あまり強いようには思えないけど。剣を振り上げるだけで光が降り注ぐとか、地面に突き刺すだけで永久凍土が出来上がるとか。


「そうだな。数少ない神剣の中でも過去に破壊神と相対したとされる神剣が聖剣だ。エクスカリバーも同じようなものとされている」


「されているってことは正確にはわからないんだ」


ギルガメシュさんは頷いた。


「はっきり歴史に残っているのは聖剣の中ではエクスカリバー以外のものだ。だが、我が知る限り、エクスカリバーは伝承にしか存在しない。それをつけたとするなら周はその伝承を読んだことがあるみたいだな」


「どういうこと?」


リリーナの疑問は僕も同じだった。ギルガメシュさんは周さんがエクスカリバーという名前をつけた理由を知っているのだろう。


でも、その理由が全くわからない。


「フュリアスという存在がヒントだ。答えは考えろ」


「そうか」


ギルガメシュさんの言葉が言い終わると同時にルーイが小さく頷いた。


「エクスカリバーを何かの方向に導くものだと解釈すればわかりやすいな。この世界ではフュリアスに戦力の流れが傾いている。つまり、エクスカリバーがこれからの世界を導くと過程出来る」


「それはあくまで過程ね。エクスカリバー自体が何なのか知らないならそういう解答もありよ。でも、悠人が乗る意味を考えなさい」


ベリエさんがどこか呆れたように言う。ルーイの答えははどこか間違っていたらしい。ただ、ダメ出しをしていないところを見ると、大きく外れてはいないようだ。


僕は考える。エクスカリバーが僕に渡された理由を。


「もしかして、抑止力?」


僕はポツリと呟いた。


「その答えだと僕と変わらないが?」


「フュリアス開発の先を行くのじゃなく、圧倒的な力を持つフュリアスによってフュリアスの行動を制限するためだとしたら? これからはルーイの言うようにフュリアスが戦力になると思う。だからこそ、エクスカリバーはフュリアスに対しての抑止力として作られた」


そう考えるとエクスカリバーの形態理由がよくわかる。あの形はスピードを出しやすい。広域に渡って行動が可能な機体だと考えればわかる。


ギルガメシュさんは満足そうに頷いた。


「そうだ。エクスカリバーの持ち手は理想郷、理想郷アヴァロンを捜すと言われていてな、エクスカリバーの力でその理想郷アヴァロンを作り出すために名が付けられたのだろう」


「ちなみに名付け親は慧海な」


周さんの言葉が聞こえ、そっちを向くと、そこには周さんの友達らしき人を連れた周さんがいた。


周さんは僕の隣に座る。


「オレも和樹も競技がまだまだ先だからな。遊びに来た。ルーイも来てたんだな」


「ああ。僕だって一休みしたい時がある。それに」


ルーイがカバンから何かを取り出す。大きな箱のようなもの。デバイスがついているということは何かの兵器かな?


すると、周さんが感心したように頷いている。どういうことだろう。


「へぇ、ハンディカムか。珍しいな」


「カメラ?」


「記憶媒体をつけた録画用のカメラ。そのカメラの手持ち版がハンディカムだ。結構高くてな、それだけで100万は飛ぶ」


「ひゃく!?」


僕は完全に絶句していた。中東で100万ドルを貯めようとしたらどれだけ大変かわかっているからだ。


よほどの金持ちじゃない限り手が出せない。


「ここの通貨換算で10万円ってところだ。100万円もしない」


そっか。ここ日本だから通貨は日本円だよね。完全に勘違いしていた。


「ルナに頼まれてな。体育祭行けない代わりに撮ってこいとさ。どういう目的かはわからないが、僕も息抜きついでにしようと思って」


「そういうわけね。それにしても、ハンディカムが10万か少しカルチャーショックだな」


「魔科学なら僕達の世界が上らしいしな」


音界の技術は極めて高い。アル・アジフさんが舌を巻くほどだ。一番の例を挙げるならフュリアスだろう。


ちなみに、周さんの閃きは完全に化け物のランクに入っているから。


『GF』も『ES』も世界も音界の技術を手に入れようと躍起になっている。


「代わりにこっちは魔術が発展している」


「ああ。まさか、生身でフュリアスを蹴り飛ばす人がいるとはな」


「普通は出来ないぞ」


そんな芸当を誰もが出来ていたら今頃は世紀末になっているだろう。というか、フュリアスを蹴り飛ばす人ってことは由姫さんしかいないような。


「でもでも、周お兄ちゃんの閃きはすごいと思うよ。だって、出力エンジンを発明するくらいだし」


「確かに、この世界の出力エンジンは独特だ。特にソードウルフの機体のはな」


変形を念に入れた半永久型出力エンジン。エネルギーを貯めつつ機動力も高いという摩訶不思議な機体。それがソードウルフの特徴だ。


ただ、鈴が試し乗りした時なんてコクピットが大変なことになっていたっけ。


「変形可能という概念も新しい。僕達の世界では人型しか作られたことがなかったからな」


「まあ、機動力を高めなければついていけない時があるからな。例えば、オレ達と一緒に行動する時なんて最速ならソードウルフの狼形態じゃないとついてこれない」


周さんは本当に早いからね。アイゼンを使って追いかけた時なんて全くついて行けなかった。


「魔術と魔科学の違ってことだろ。まるで、合わせ鏡のようにそれぞれの片方が成長している。二つが合わさればオーバーテクノロジーの頂に近づけそうだな」


確かに、ソードウルフのようなものが作れる技術がある僕達の世界と魔科学が発展したルーイ達の音界。二つの技術が合わさったならどこまで発展するかわからない。


それこそ、オーバーテクノロジーイグジストアストラルやマテリアルライザーみたいなレベルに達しても何らおかしくない。


「まるで強制的に二つに分けられ」


周さんの言葉が途中で止まる。そして、周さんはおもむろに立ち上がった。


「推測もなるけど、もしかしたら」


呟いたような小声。これだけじゃ何を言っているのかよくわからない。


「周?」


エレノアさんが立ち上がって周さんに近づく。周さんはエレノアさんに向かって何かを呟いた。


「うん、いいけど」


「助かる。じゃ、悠人達は体育祭を楽しんでくれよ」


そう言いながら僕の頭を撫でてくるけど、周さんの表情はどこか硬く、まるで何かを警戒しているようだった。


何かに気づいたような表情。言うなら、最悪の事態に直面したアル・アジフさんみたいな表情。


僕はエレノアさんと一緒に歩いていく周さんを見送る。胸にかすかな不安を覚えながら。






体育祭が始まって二種目が消化された。


100m走と200m走の予選。特に圧巻だったのが音姫さんが走った200m走女子だった。


陸上競技部ですら追いつけないほどの圧倒的な走り。ポニーテールがあまりの速度に真横になびくという現象に誰もがポカンとされた。もちろん、隣にいる優月も。


ちなみに、オレやアルネウラは今更という感じだ。あの音姫さんだからこれくらいは普通だろう。


「アルネウラ、次の競技は?」


『ちょっと待ってね。えっと、三年のクラス競技の綱引きだね。でも、何で綱引き?』


「オレに聞くな」


開会式が終わった瞬間にオレはアルネウラ、優月と合流してクラスの待機場所にやって来ていた。もちろん、背中から痛いまでの視線を浴びていたけど今更だ。


「私も悠聖と一緒に参加したかったな」


「そうだよな。一般の人と一緒に参加出来る種目があればいいんだけどな」


そういう種目があるなら確実に出ていた。だけど、先生に聞いた限りじゃ生徒が一般の人の参加種目に参加することは出来ないらしい。


例えば、地元の商店街やら主婦さんやらが集まって行う団体リレーだ。


「あれ? 白川君知らないの?」


オレの言葉を聞いていたらしい近くの女子が驚いたように口を開いた。


「生徒の参加申請は駄目だけど、一般からの参加申請はありなんだよ。これとか」


指さされたのは二人三脚。来場者から参加者を募って行うタイプだと聞いていたけど。


「これなら二人で参加出来るよ」

その言葉にアルネウラと優月の間で火花が散ったのがわかった。


教えてくれたのは嬉しいけど、せめて、二人がいないところで聞きたかった。


「アルネウラはいつも学校で一緒なんだから譲って」


『やだよ。優月だって精霊なんだから悠聖と一緒に行けばいいじゃん』


「私はアルネウラと違って姿が消せないの。そりゃ、自分の力が未熟なだけだけど、悠聖と一緒に参加したいから」


『二人三脚に参加するのは悠聖の恋人である私なんだよ。悠聖の精霊である優月じゃダメだよ』


「そんなことないもん」


『あるよ』


「ない」


『ある』


「ない」


『ある』


「ないってばない!」


『あるったらある!』


オレは小さく溜息をついていた。オレからすれば二人共大切だから二人を大事にしたいけど、二人はオレを独占しようと必死みたいだ。


周囲の視線、特に男子からの人を殺せそうな視線が本当に痛い。


「えっと、余計なことをした?」


二人三脚のことを教えてくれた女子が苦笑いをしながら尋ねてくる。オレは笑顔で返した。


「いや、ありがとう。教えてくれて」


「どういたしまして」


女子が離れて行く。まあ、あの視線の中を耐えようとしたらかなり辛いだろうな。オレなら確実に無理だと断言出来る。


そんな中、オレに近づいてくる誰か。その姿を視界の隅で捉えたオレはそっちを振り向いていた。


「どうかしたか? 孝治」


「様子を見るのと、ついでにこれを」


孝治が差し出したのはリレーの申請書。チーム名は第76移動隊。


ということはつまり、


「団体リレーに出るのか?」


「ああ。俺、お前、周、亜紗、由姫、音姫さんの六人でな」


一般人というより外部のチームしか参加出来ない団体リレー。豪華景品が出るという噂もある。確かに、第76移動隊としてなら参加可能だ。ただ、これは酷いだろ。


このメンバーで勝てないならどこの正規部隊ですら勝てない。はっきり言うなら、周、由姫、音姫さんの三人で相手が一人で200mトラックを走りきるより速く、リレーを完走出来るだろう。


まあ、800mリレーでは使ってこないだろうけど。使ってこられたら勝てない。


「まあ、いいけどな。ここにサインすればいいのか?」


オレはペンを取り出してサラサラと名前を書いた。そのままペンを虚空にしまう。


フィネーマからもらったデバイスは無駄に高性能だ。こういう文房具を入れていても空間のどこにあるかわからないという事態にはならない。


他のデバイスは基本的に小物を入れたら見つからない。ごちゃごちゃの部屋にペンを一つ隠したような状況だからだ。


「つか、何で一般参加の団体リレーに? 別にやらなくても」


孝治が露骨に視線を逸らした。


「周と由姫が瞬動を使いたいと言ってな」


あいつらは体育祭を何だと考えているんだ?


「音姫さんは瞬歩を」


「・・・・・・お前は?」


「・・・・・・普通に走る」


今の間が少し怖くて何も聞けない。


「相手が可哀想になってくるよな。というか、瞬動を周は使って来ないよな?」


もし使ってくるなら勝ち目がなくなる。あれは術式が使えない状況なら完全なチートだからだ。


すると、孝治は首を横に振った。


「俺は大丈夫だ」


「お前はな!」


オレは大きな声で怒鳴っていた。






体育祭が繰り広げられている中、校舎裏にはオレとエレノア以外の姿はなかった。誰もいないことに今は感謝する。


オレの出番はまだまだ先だし、今抜け出しても十分に大丈夫だろう。


「悪いな。こんなところに連れて」


「ううん。周の顔が少し怖かったから」


オレは自分の顔に手を当てる。そんなに怖かったのだろうか。


「冗談。ただ、深刻そうな顔だったてのは確かだから。思い詰めた感じかな」


「まあ、ちょっと気になったことがあったからな。この推測が正しいなら色々と大変なことになるし」


「大変なこと? 世界がひっくり返るとか?」


「狭間の鬼は世界の滅びに対して言うなら、滅びを先送りするための存在だとしたら?」


オレの言葉にエレノアが固まった。オレはそれに気づきつつも話を続ける。


「世界の滅びというのは狭間の鬼と関係があるなら、オレ達で倒せるような存在が関係するとは思えない。完全復活していなくてもだ。だったら、狭間の鬼が何故存在するかに行き着く」


「それは神だから」


「魔科学時代、神威時代、神剣時代、そして、今の時代」


オレの言葉にエレノアがハッとした。魔科学時代は最も魔術と科学が合わさった魔科学が最も発展した時代。


魔術よりも遥かに強力な威力を持つ武器が存在したとされる時代。レヴァンティンやアル・アジフ、イグジストアストラルにマテリアルライザーも魔科学時代に作られたことから嘘ではないだろう。


だが、その時代は滅びた。イグジストアストラルやマテリアルライザーを作る技術力を持ちながら滅びた。


次の神威時代はあまり伝承には無いが、オレが知っている情報は神威時代の終わりに神剣が生まれた。オレは魔科学の最高傑作だと思っているけど。


ただ、神威時代は神の威光が世界を席巻したとされている。つまり、神がいたとされるのは神威時代からと考えられる。


「もし、狭間の鬼が滅びに関係するとしても、魔科学時代で戦えるような力はないはずだ。だから、滅びとは無関係」


「で、でも、滅びをもたらす存在の手先だとしたなら滅びと関係があるんじゃ」


「『世界の滅びを見たいのか』悠聖が聞いた狭間の鬼の言葉だ」


一番の理由は悠聖から聞いた言葉なんだけどな。


「犠牲にして救われる世界があるなら本望だとも言っていたらしい」


「その発言を聞いていると確かに関係がないかも」


「だからだ。だから、オレは滅びと狭間の鬼は無関係だと感じた。そして、狭間の鬼は実際に世界を滅ぼしたと思っている」


「ちょっと待って。意味がわからないから」


確かにそうだろう。オレは鬼が世界の滅びとは無関係だと言いながら世界を滅ぼしたと言った。それは明らかに矛盾している。でも、そうでなければ『Destroyer』みたいな仰々しい名前がつくわけがない。


「狭間の鬼は世界を滅ぼしたわけじゃない。文明を滅ぼしたんだ。だから、都は世界を滅ぼした存在だと言い、アル・アジフは『Destroyer』として記憶している」


「文明が滅びるのと世界が滅びるのは同じじゃないの?」


「なら、何故世界の滅びが魔界や精霊界でも言われているのか」


文明と世界で使い分けたのはこういう理由だ。相手が簡単に移動出来ると仮定したならオレの考えはことごとく潰れる。


その時はその時で諦めるさ。


「今まで世界が滅びたとされている。それは文明が滅んだということだ。文明を滅ぼした存在が狭間の鬼だとするなら色々と辻褄があってくる」


「そこで何をしている!」


その言葉にオレ達は振り返った。そこにいたのは孝治のクラス担任だ。どうやらここに来ていたことを見られていたらしい。


「話はまた後で」


「うん」


核心の話であるこの世界と音界について思いついたことはまた後でいいだろう。今は、今までの情報で得た中で裏付けや推測としてしっかり成り立ったものを言っておけばいい。エレノアならそれだけでいろいろと考えてくれるはずだ。


もしかしたら、ベリエやアリエの方にも話が行くかもしれない。


「貴様、海道周。何故ここにいる?」


「人に聞かれたくない話をしていたので。すぐに表に出ますよ」


実際に人に聞かれたくない話だ。世界の滅びなんて今の世の中で言っても頭がおかしいと言われるか世界が混乱するかのどちらかだ。


時雨や慧海がそのことを知っていながら言わないのは混乱させないためだろう。


「人に聞かれたくない話? どうせよからぬことを考えていたのだろ? そいつはこの街を襲った犯罪者だからな」


教師がエレノアを見ながら鼻で笑う。エレノアは拳を握りしめていた。事実だから何も反論できない。でも、オレはかなり気になることがあった。


「どうしてエレノアが犯罪者だと断定できるんだ?」


その言葉に教師の顔があからさまに動揺したのがわかった。エレノアが貴族派に属していたのは『GF』と『ES』、そして、市長しか知らない。市長にはしっかり釘をさしておいたし第76移動隊のみんなが言うわけがない。


市長側から洩れたか、別のルートで漏れたか。


「まあ、いいさ。本当なら秘密裏の情報を諜報したわけだから警察に突き出して訴えても何ら問題はないが、今回は許してやる。さっさとどっかに行け」


「貴様、教師に向かって何たる口を」


「エレノアのことは第76移動隊の管轄だ。オレは第76移動隊隊長海道周としてお前に話している。どうする?」


教師はあからさまに舌打ちをすると背中を向けた。このままだと噂話でも伝わる可能性がある。最悪の場合はエレノアの身柄をどこか別の場所に移さないと。


「周、ごめん」


オレの背中にエレノアの額が当たったのがわかった。


「私のせいで厄介なことに巻き込まれて。迷惑、だよね」


「ああ。そうだな」


おれはすぐに素直に返す。


「だけど、人は迷惑をかけてるのが当たり前だろ。だから、気にするな。それに、何か大変なことになってもオレが守ってやるよ」


「ふふっ」


エレノアが笑みを浮かべる。それを聞いたオレは満足して歩き出した。エレノアがオレを追いかけるように歩いてくる。


もし、何かのアクションをしてきた場合でも何かをすることを考えておかないといけない。この世は上手くいかないのだからこそ、最悪のことも考えておく。それがオレの役割だ。


「まるでプロポーズだね」


「なら、前言撤回する」


「ええっ!? 周は私のことが嫌い?」


「好きだ。ただ、仲間としてな」


「ううっ、予想外だよ。絶対に周には好かれていると思っていたのに。今にも押し倒されそうな感じで」


「オレをなんだと思っているんだ?」


そんな破廉恥なことを誰がするか。






「ご機嫌ね」


鼻歌を歌っていた都の隣に琴美が座った。そして、今開催されている競技を見る。そこで行われているのは第一学年競技種目の球入れ。周と孝治の二人が凄まじい戦いを見していた。


簡単に言うなら二人の戦いと言っていいだろう。クラスのほとんどが球を集める係で、周と孝治が狙いを定めて投げ入れるかかり。ただし、スピードが半端ない。


「周様が活躍していますから。それに、これだけは周様にも負けないので」


「そう言えば、訓練に取り入れていたわね」


落ちているものを拾って投げる動作はそこそこ重要だ。戦場だとあらゆるものが武器となる。そのため、落ちている者も活用できる時があるのでこういう訓練もする。もちろん、魔術の仕様も無しで。


この動作は遠距離に炸裂魔術を投げ放つ時にも有効なので第76移動隊ではこれを基礎メニューの一つとして取り入れている。


「私はバックがポジションですから遠距離への投擲は特に必要です。この動作はかなり疲れるんですよ」


「そうなの?」


あまりよくわからなさそうな琴美。ただ、実際にやってみたらわかるが、地面に落ちたものを間髪いれず拾い上げて投げる練習はかなり辛い。下手をすれば腰に怪我を負う。だからこそ練習するのだが。


制限時間が終わった。


周と孝治の二人が肩で息をしながらにらみ合っている。どちらの顔にも笑みが浮かんでいる。確実にオレが勝ったとでも言うつもりなのだろう。


「最初は腕の疲労を感じるんですけど、後々に上半身を起こすことが億劫になってくるんです。そして、結局は全身筋肉痛という事態に」


「それは大変ね」


大変では済まないのだが事態を軽く見ている琴美にはそう言う風にしか返せない。


「それにしても、第76移動隊に入ってから都は生き生きしているわね」


「今更ですよ。周様の隣にいられることもありますが、力を付けているという実感もあります。今は足手まといですが、いつか、周様の隣で活躍できるようになりたいので」


「つまり、都の希望ポジションはセンター?」


「はい」


センターはフロントとバックのどちらも行わなければならず、さらには支援要員としての活躍も大事だ。周が天性のセンター向きの能力を持っている。なんといっても『最強の器用貧乏(オールラウンダー)』だ。


フォトンランサーで相手を威嚇する都の戦い方じゃ到底不可能なのだが。


「無理ね」


「決めつけないでください!」


涙目で言う都の向こうでは勝負の結果が出ていた。結果は同点だ。二人とも本当に悔しそうな顔になっている。


「それにしても、生き生きしているわね」


「それは先ほど話しましたよ」


「周達の話。最初は子供離れした思考に驚かされたけど、体育祭に参加している姿を見ると中学生って感じよね」


周と孝治がお互いに拳をぶつけ合って下がっていく。確かに、二人の姿はどう見ても中学生として見える姿だった。いつもならどこかもう少し大人びた雰囲気を出しているのに。


「ここに来てから周様達は変わりましたよ。最初はピリピリしていました。第76移動隊の初任務でしたし。でも、今は任務が無く、純粋に楽しんでいます。周様達は無理に大人びた子供ですから」


「大人びた子供が言うと説得力があるわね」


「い、言わないでください」


都が恥ずかしそうに顔を赤らめて言う。琴美はそれを見ながらクスッと笑った。


そして、呆れたように周囲を見渡す。


「それにしても、生徒会長は大変ね」


「大変なのです」


そう言う都の言葉はどこか楽しそうだった。


都がいるのは本部席の一つだ。生徒会長だからクラスとは離れて本部席にいる。


「でも、やりごたえはありますよ。それに、推薦も取りやすいですし」


「都は学園都市が志望だったわね。学校は?」


「都島学園です。周様達が九月から中等部に通うと言っているので」


「九月から? ああ、周達は夏休みまでね」


最長で一年の任務だったが、狭間の鬼の一件が終わり、今は封印の経過を見守るだけで十分な状態になっている。予定では夏休みの真ん中まで見守れば後は大丈夫だとか。


だから、周達がいられるのは夏休み終わりまで。


「後二ヶ月半ね。長いようで短い」


「そうですね。その半年後に私はここから出ます」


二人の間で沈黙が走る。今までは都と琴美以外に千春がいた。でも、千春はいない。更には都までも琴美の前からいなくなる。


だから、琴美は何も言えない。


その二人が見ているのは新たに始まった球入れ。浩平がほとんど手のスナップだけで投げている。それは全て入っていた。


「琴美は、大丈夫ですか? 私や千春とは違った意味で皆さんから距離を取られていますし」


「私は大丈夫よ。今までと同じだもの。でも、大学は学園都市にしようか考えているわ」


「どうしてです?」


琴美は少しだけ顔を赤らめた。そして、


「医者になりたいのよ。あの日、狭間の夜の日に私の作った薬が周を起こした。でも、綱渡りギリギリのことをしていたから。もし、いつか周達やあなたが怪我をした時、助けられるようになりたいなって」


「医者ということは医学部ですね。でも、学園都市の医学部は本当に難関ですよ?」


「知っているわ。でも、目指してみる。免許が取れたら第76移動隊に雇ってもらおうかしら」


「琴美なら大丈夫です。きっと、医学部に入れます」


琴美が恥ずかしそうに顔を赤らめた。それを見た都がクスッと笑う。


それはまるで別れるがあるが、また会おうという誓いのようだった。






しっかり足を伸ばしながらオレは小さく息を吐く。球入れが終わり、結局は浩平の独り勝ち、いくつかの種目が過ぎた後、昼休憩前にクラス全員リレーがある。


三年生、二年生、一年生の順に走るため今走っている二年生が終わればオレ達の番だ。


「海道君、緊張している?」


委員長がオレに話しかけてくる。オレは首を横に振った。


「全く。それにしても、大胆な順番だよな」


オレは全員リレーで走る順番を思い出しながら答える。はっきり言うなら最後の四人を除けば勝つことを諦めているような布陣だった。


全クラス男女同数のため、走る順番は女子から男子か男子から女子。ほとんどが女子から始まる。アンカーが男子というのがポイントだからだろう。


「これも作戦の内だから。今回は全員100mずつ走るし、そんなに差は開かないと思うよ」


「開いてもオレ達で挽回か」


挽回出来るような距離ならいいけど。最悪、瞬動と瞬歩を同時に使わないといけないかもしれない。まあ、ないと思うけど。


「周隊長もアンカーか?」


悠聖の声に振り返ると、アンカーのたすきをかけた悠聖と孝治がいた。亜紗もたすきをつくている。


本気でガチだな。


「800mリレーの前哨戦ってか?」


「そうなる。五組を除いてアンカーは俺達だ。この勝負が800mリレーの作戦にも繋がる」


「周隊長はガチで速いからな」


瞬動や瞬歩だと色々問題が出て来るのだが、まあ、言わなくていいだろう。ただ、このメンバーだと今回は瞬動や瞬歩を使わないと辛いだろう。


使ったら何かと言われそうだけど。


それに、本番で使えないことをこいつらは理解しているのだろうか。


「今勝っているのは五組か。やっぱり、球入れがでかかったか」


「ふむ。確かにな。俺とお前がお互いに潰し合って同率二位だからな。五組が一位なのは当たり前だろう」


「それにしても、なんで球入れなんだ? 普通、球入れの球は玉だろ?」


悠聖の疑問は最もだ。ただ、球の形を見ていたらわかるだろう。


「使われた球がソフトテニス用の柔らかいものだからだろ。何でこんなにあるかわからないけど」


「そこは学校の七不思議だろうな。さて、そろそろ入場だ。周、お前は最速で行くのだろ?」


オレが頷くのと同時に二年生の退場が始まる。さて、そろそろ出番だ。


「海道君、頑張ろうね」


委員長がにこやかに笑みを浮かべながら拳を突き出してくる。オレはそれにコツンと拳を当てた。


「ああ。勝つさ。オレ達でな」






クラス全員リレー一年生の戦い。


すでにリレーは終盤に入っていた。トップを走っているのは三組。そのすぐ後に一組と四組。少し離れて五組と、ここまではかなりの接戦だった。だが、三組の前に二組が走っている。後ちょっとで一周抜かしだ。


走者は二組が後ろから六人目。つまり、他は後ろから四人目二組の人は必死に逃げている。だが、距離はだんだん詰まっていく。


「少しマズいな」


由姫は小さく呟いた。もし、前に誰かいる状態だったならこの戦局を乗り切ることは難しい。


次のランナーは俊輔だ。そして、由姫、一樹、委員長、周となっている。


誰もが見ても二組が最下位なのは確かだ。でも、それを逆転する手段があるとするなら、それは完全に爽快となる。


周はそれを狙っている。最後の直線50mほどで全員を抜かして勝つことを。


「お兄ちゃんのために詰めたいけど」


トラックに入りながら由姫は戦況を見る。ほとんど三組に並ばれて俊輔にバトンが渡った。


三組の人は800mリレーでも走る人。


俊輔が走る。三組より明らかに速いスピードで。


「きた」


由姫は目を瞑って体の状態を変える。戦闘用への状態に。


由姫が目を開けると俊輔がリードを開けながら向かってくる。実際はだんだん距離を詰めている。


傍目からみれば絶望的な差。でも、由姫からの四人は一筋縄じゃいかないメンバーばかりだ。


由姫は構えた。クラウチングスタートのように姿勢は低い。でも、手は地面についていない。


由姫の視界にトラックを挟んで向こう側にいる亜紗が目に入った。その手にあるスケッチブックにはこう書かれている。


『頑張れ』


その文字に笑みで返し、俊輔が差し出したバトンを掴んだ瞬間、その姿を見ていた全員の視界から由姫が消えた。それと同時にずざざざっと大きな音と土煙と共に由姫がいる。


八陣八叉流の移動技である瞬動だ。


魔力に頼るのではなく体にある気力を足裏に溜めて爆発させることで移動する方法だ。ただ、性能はかなりピーキーなためあまり使われない。


もし、前に誰かいたら跳ね飛ばしていただろう。そう言うべき速度だった。


由姫がいる場所はバトンを受け取る場所から少し離れた位置。ちょうどトラックが丸くなっている部分の一番端までの距離を直線で駆け抜けたような感じだ。


由姫がさらに地面を蹴り、今度は次の走者である和樹まで一直線の場所にたどり着いていた。


その時にようやく三組が次の走者にバトンが渡る。7、8mの差があっという間に50m近くまで開いていた。


由姫が地面を蹴る。その時には和樹は走り出す。走り出した和樹の後ろで由姫はスピードを殺しながら減速し、最高のタイミングで和樹にバトンを渡した。


「お願いします!」


「任せろ!」


和樹が走る。さすがに半分も離されていないなら和樹からすれば追いかけるというパターンだ。しかも、他のクラスが渡すバトンの相手は女子。距離をさらに詰めれる。


「俺は、追いかけるのは、得意だ!」


その言葉と共に和樹が加速する。その速度は誰の目から見ても早かった。


距離がどんどん詰まって行く。四位から80mほどがスタートだったのに、半分走った頃には70m。そして、25mまでやってきた時には40mほどまでに縮まっていた。


和樹はさらに走る。腕を振り、足を動かし、最速の動きで。


「頼んだ! 委員長!」


「うん!」


委員長にバトンが渡る。この時点で先頭までの距離は60m。トップは一組だが、四組と三組が少し離れてついている。


委員長が地面を蹴る。その速さは完全に一般人最速というべきだった。


五組との差があっという間に縮まる。もちろん、五組も足の速い女子を入れているからか、三組、四組の背中がだんだん見えてくる。でも、それすらも遅い。


「負けない」


委員長は小さく呟いた。その小さな体のどこに力が詰まっているのかわからない速度。先頭がバトンを渡すより早く五組の背中を抜く。距離はすでに30mほど。


向こうが50m弱走る前に70m近く走ったことになる。


先頭の一組のバトンがアンカーである亜紗の手に渡った。続けざまに孝治、悠聖と三組、四組のアンカーに渡っていく。


渡った瞬間から距離は全く詰まらない。むしろ、離されているような気もする。でも、委員長は負ける気がしなかった。


「海道君!」


委員長の手にあるバトンが周の手に渡る。


「勝って!」


「任せろ!」


バトンが渡った瞬間、周の体は20mほど先にあった。


由姫のように一直線で走っていない。トラックを周りながらありえないというべき速度で走って、いや、歩いているように見える。


まるで走り幅跳びのごとく跳んでいるのだ。ただ、上半身が全くブレていない。あっという間に悠聖を抜かし、デットヒートしている亜紗と孝治の二人に並ぼうとする。


「先に行くぜ」


「行かすか!」


孝治が周の進行方向に体を動かす。その間に亜紗は速度を上げた。後10mほど。この状況で抜かそうとすれば亜紗が一位になる。そういう状況だった。


周は体をズラす。ゴールまで一直線。一位の亜紗との差は2m。亜紗はゴールまで5m。


そして、周の姿が消えた。消えたと同時にゴールテープを切る周がいた。


続けて亜紗、孝治がゴールする。


「まさか、瞬歩に瞬動を使ってくるとはな」


周が距離を詰める際に使用した技が瞬歩だ。ただし、まだまだかなり荒いが。


白百合流の行動術で、まるで走っている歩いているように見せる。速度は普通に走るより速い。


周の場合は走り幅跳びをしているようにしか見えないが、上半身だけを見れば歩いているように見える。そして、最後の瞬動。


ほぼ一周抜かしの状態から五人で一位を取るというある意味暴挙。それを成し遂げた周は孝治に笑みを浮かべていた。


「800mリレーじゃ使えないからな。ここで使うしかないだろ」


「そうだな」


「あれ? 周は800mで瞬動使わないのか?」


悠聖が不思議そうに尋ねる。この三人は先程まで全力疾走していたはずなのに息すら切れていない。そのことに周囲の生徒はポカンとしていた。


普通は少しくらい息が切れていてもいいのだが、こういう全力疾走の訓練はよくするので息が切れることはない。


「瞬歩は除いて、瞬動は足への負担が大きいからな。800mも瞬動で動けばどこかが肉離れする。これは基本だぞ」


「八陣八叉流と戦う時は500mの距離を開けておけば基本的に大丈夫だ。俺や周は八陣八叉流の相手と戦ったことはあるが、悠聖はないな」


「まあな。由姫ぐらいじゃね? オレが戦ったことのある八陣八叉流の人物は」


退場の音楽が流れ、周達は仲良く退場する。


「これでオレ達の二組がリードだな」


「くっそ。二組に勝てると思ったんだけどな」


「周の前に走った人物が速かったな。俺達の少し遅いくらいか?」


「確実にオレは負けるな」


「違いない」


「まあ、800mリレーで走るからな。今は飯だ飯。ベリエとアリエ、そして、エレノアの作った弁当だな」


周はそう言いながら退場門をくぐった。






「「「いただきます!」」」


みんなの声が重なり、ブルーシートの上に座る第76移動隊及びその関係者達は一斉に弁当に箸をつけた。


弁当を作ったのは基本的にエレノアだが、ベリエやアリエにリリーナ、鈴、さらにはリースまでも手伝っていた。


「光は手を出していないだろうな」


「目をくり抜いたろか?」


真顔で尋ねる孝治に光は真顔で返していた。ちなみに、光も手伝おうとしたが厨房から出されたのが事実だ。


「それにしても、これだけの量を作るのは大変じゃないのか?」


いつも人数分の朝食を用意する周からすれば全員分の昼食を用意するのがどれだけ大変かわかっている。


「そんなにかな。料理は好きだし、ベリエやアリエにみんな手伝ってくれたから」


エレノアがにっこり笑いながら言う。そう言いながら料理のレベルには周ですら舌を巻いていた。


味付けや盛り付けなど様々なありとあらゆる部分で負けているとわかる。簡単に言うなら雲の上の存在。


「中村はエレノアから料理を学べばいいんじゃないか?」


「俺を殺す気か!?」


孝治の言いたいことはその場にいる第76移動隊のほとんどがわかっていた。光の料理は冗談抜きで殺人級だ。光の料理だと知らずに食べた時なんて百戦錬磨の周と孝治が泡を吹きながら気絶したこともある。


料理が下手というレベルを超越していたりもする。


「孝治、何が言いたいん?」


光の手に握られていた箸がバキッと音を立てて折れた。音姫がクスクス笑う。


「光ちゃんは料理下手だけど、今の孝治くんの言葉はどんな料理でも味見するってことじゃないかな?」


孝治がそっぽを向く。少し顔が赤いような気もするが、この場所でそれを指摘する人はいない。


光の料理は殺人級だ。周は確実に食べないと言うだろう。だけど、孝治は殺す気かと言った。つまり、殺人級の料理であっても光が作ったなら味見はするということだ。


光の顔も真っ赤に染まり俯いている。


「孝治は愛されているな。リースも俺を愛してくれ」


「無理」


リースの声は消え入りそうだったが、その理由をみんなわかっていた。何故なら、浩平の弁当だけが他のと違う盛り付けだったからだ。はっきり言うならハートマークがある。


浩平は無意識かもしれないがそれを見ながらニヤニヤしている。そして、みんなが微かに距離を取っているのも気づいていない。


そんな中、リースは顔を真っ赤にして夫婦のように浩平と隣り合っている。こういう姿を見るだけでもお似合いだ。


「なあ、俊輔。俺は久しぶりにお前らを殺したい気持ちで溢れているんだが」


「心配するな。俺はお前を殺したい」


俊輔は七葉と隣り合って座る和樹に向かって言う。そんな俊輔を見ながら委員長はクスクス笑った。


「カップル率がすごいよね。男の人の大半に彼女がいるって」


「くっ、この俺様がぼっちだと。ありえん。何故、俺に彼女がいないんだ!」


「性格だろ!」


和樹がニヤリと笑みを浮かべる。その笑みは完全な勝者の笑み。明らかに挑発していた。


俊輔が立ち上がる。


「和樹、今日という今日は」


「静かにしてください。兄さん達みんな昼食を取っているんですよ」


そんな俊輔を見かねたのか由姫が呆れたように言った。ただし、自分のデバイスを隣に起きながら。


俊輔が座って弁当を食べる。逆らえばどうなるかはよくわかっている。


「さすがの俊輔も由姫の武力の前では形無しだな」


「兄さん? それはどういうつもりですか?」


『由姫の拳は殺人級。光と同じくらいに』


「亜紗? どういう意味か説明してもらおか?」


火に油どころか石油タンクの中身をぶちまけたような状況に周が弁当を持ったまま後ろに下がる。


由姫と光は亜紗に近づいた。対する亜紗は楽しそうにスケッチブックを捲る。


『事実』


「確かに光さんの料理は殺人級ですけど」


「由姫? 殴られたいん?」


指をボキボキ鳴らす光を見ながら周は小さく息を吐いた。


「平和だな」


「周さん、現実逃避をしないでください」


悠人が呆れたように言うが、戦闘が始まりそうな光景に焦っているのか周と同じように下がっている。ちなみに、悠人は弁当を持っていない。リリーナと鈴の二人が自分達の弁当から悠人の口に運んでいるのだ。


「悠人、僕は一つ質問していいか?」


「ルーイ? まあ、いいけど」


不思議そうに周囲を見渡しているルーイは真顔で、本当に真剣な表情で悠人に尋ねた。


「男女の仲が何故ここまでいいのだ? 僕は悠人達が特別だと思っていた」


「・・・・・・・・・えっ?」


悠人がかなり間を開けて聞き返す。普通は悠人と同じような反応になるだろう。だが、ルーイの表情はそれをものともしないくらいに真剣だった。


というか、あまりに真剣過ぎて周の手すら止まっている。


「ルーイ。音界はここまで仲良くないの?」


「ない」


悠人の言葉にルーイは即答していた。


新たな音界の豆知識が入った。


「あれれ? リマやルナとは? リリーナから見てもかなり仲がいいと思ったけど?」


「? 上司と部下だが?」


「リマさんは確実にルーイさんに、んむっ」


鈴の言葉をリリーナは物理的に塞いだ。そして、リリーナは鈴を自分の方に引き寄せる。


「それだけは言ったらダメ。リマとの約束だし」


声は本当に小さく普通は聞こえないのだが、近くにいた悠人が思わず苦笑してしまう。どれだけ小さくてもすぐ近くにいたなら聞こえてしまう。

「悠人、僕の顔に何かついているか?」


「何でもないよ」


知らぬは本人だけということだった。


ルーイがブスッとした顔になっているとアリエがルーイに近づき、


「弁当、美味しくなかった?」


その表情は完全に涙目であり誰もがルーイに非難の視線を向けている。


その視線の群れにルーイは一瞬だけうろたう、慌てて弁解した。


「弁当は上手い」


「本当に?」


「ああ。悠人達が何か隠し事をしているのが少し不機嫌でな」


「良かった。弁当が美味しくないかと思った」


アリエがホッと胸を撫で下ろす。


「それにしても」


周が弁当の中身を咀嚼しながら小さく呟いた。


「騒がしくなったな」


その言葉を聞いていたのはちょうど横にいたベリエだけ。


ベリエは不思議そうに首を傾げた。


「あんた達は元からじゃないの?」


「最初はオレ、孝治、悠聖、浩平、亜紗、音姉、中村、由姫だったからな。今じゃ悠人達やら和樹達にお前らもいる」


だから、騒がしくなった。


周はそう言うがベリエから見ればその顔は幸せそうだった。みんなと、仲間と一緒にいることが幸せだと言うかのように。


「あんたはやっぱり家族が恋しいの?」


「どうしてだ?」


「なんとなくよ。今の中であんたは幸せそうだから」


このメンバーの中で幸せなのは周も思っていた。ずっと続けばいいのにとも。


だけど、このままは続かないというのもわかっている。


「恋しいというより、家族がそばにいるからな。茜のことは心配だけど」


「・・・・・・聞いたわ。茜のことを。茜は」


「新たな代替え法がない限りどうしようもないだろうな。古今東西の魔術書を漁っても出てこないんだ。だから」


ベリエが微かに目をふせた。そして、何かを決心したように周を見る。


「もしかして」


言葉の続きを言おうとしたベリエの唇を周の人差し指が塞いだ。


「わかってる。一番オレがな。茜が望んだことだ。だから、今は」


周が空を見上げた。その時の周はこの場にいることが場違いなような儚さを周囲に出している。


「茜からもらった力でやるさ」





昼食の時間が終わった。


狭間市立狭間中学校は前半部に個人種目が集まっている。クラス全員リレーくらいだろう。それに当てはまらないものは。


後半部は主に団体種目や個人種目決勝しかない。三年生によるダンス以外は極めて配点の高い競技ばかりだ。


だから、オレ達の二組の顔は険しい。


「個人種目決勝に進めたのは委員長の100mと200mだけか。かなり厳しいな」


オレは小さく呟いた。


クラス全員リレーでの大逆転劇(規定違反扱いされそうになったがちゃんと説明した)で二組がトップになったものの、点差は僅差。最悪の状況を考えて、


「騎馬戦と800mリレーは最低一位か」


200mリレーを最下位と仮定した場合、今まで見た中から考えてこの二つは一位を取らなければ優勝は難しい。


騎馬戦はかなり変則的なチームになる。まあ、200mリレーもだけど。


学年関係なくクラス単位なのだ。そして、それぞれの学年で好きな数の騎馬を作り、最初の騎馬数-残った騎馬数の数が少ない方が勝つ。


数で攻めるか上手く防衛するか。


「考え事?」


オレの横にいつの間にか委員長の姿があった。戦闘中たったらこういうことはまずないんだけどな。


「まあな。二組が勝つにはどうすればいいかを考えていた。騎馬戦と800mリレーは確実に取らないと厳しいだろうな」


「そうだね。今の点数は私達が勝っているけど、決勝に進出出来た人がほとんどいないのに。どうして今一位なんだろうね」


「全員リレーと決勝の存在がない個人種目のほとんど一位取っていたからな。力の入れるところ間違っているだろ」


オレは小さくため息をつきながら入場している由姫を見た。由姫は隣にいる女子と話している。結構仲が良く、教室内でも二人で話している姿を見はことはある。


どういう作戦で行くかわからにけど、他のクラスが全員男子とかに対して、二組だけ女子が普通に混じっているからな。さて、ここからどうするか。


「海道君は一体どれくらいの確率で勝てると思うの?」


「100%」


オレは即答していた。相手チームに第76移動隊の姿はない。学生『GF』の人はちらほらいるみたいだが、そんなレベルで由姫に勝てるわけがない。


「そんなに?」


「まあな。見てたらいいと思うぞ。多分、由姫はオレのよくやることをするはずだ」


「海道君のよくやること?」


乱戦中のみオレがよくやることと言い換えた方がいいかもしれないけど。


集団戦で生かせれるオレの器用貧乏。そのなオレだからこそ大規模集団戦でポジションは決まっていない。だから、乱戦になれば縦横無尽に動くことが出来る。


「駆け回ってかき乱す。相手はまず由姫を潰しに来るはずだ。でも、それがわかっているならいくらでも対処の方法がある」


そして、由姫が女子を戦果に背負う。もちろん、一人だけだ。他の面々は四人やら五人やらで組んでいるが由姫だけ二人組。


「あれで大丈夫なのかな?」


委員長は心配した声で言うが、オレは全くそんなことがなかった。何故なら、おんぶしながら走る訓練は今はほとんどしないが、素人部隊や武術の訓練などで足腰を鍛えるためにやることがある。とくに、八陣八叉は地面をしっかり踏みしめて攻撃する部分が多いため足腰の重要性は高く、第76移動隊で一番の足腰の強さを由姫はもっているだろう。


音姉は除く。音姉はただの化け物に近いから。


「まあ、オレが心配しない理由がわかると思うぜ」


そして、試合が始まった瞬間、由姫が地面を蹴った。瞬動ではない。普通に走っている。ただ、オリンピックに出るような短距離走の選手みたいな速度だ。


委員長は口をぽかんとあけた。


「由姫は近接格闘家。フロントの中で最接近するポジションだ。最近は位置取りもかなり上手くなってきたから、盛大にかき回すだろうな」


相手の動きは冷静だ。一人突っ込む由姫を囲もうと動いている。でも、それは間違いだ。


オレはにやりと笑みを浮かべた。


「八陣八叉の使い手に」


由姫が地面を蹴る。


「半端な包囲は一瞬で抜けられるぜ」


一気に加速したと思った瞬間、由姫は凄まじいステップで包囲を避けていた。よっぽど上手く包囲をしていない限り八陣八叉の実力者に包囲は効かない。


後ろに回った由姫を追いかけて方向転換しようとする騎馬同士がぶつかり合いいくつかが自滅していく。すると、そこに本体が襲いかかった。抵抗しようとした騎馬もいたが、多くは本体によって鉢巻きを取られていく。


抵抗しようとした騎馬は背後から襲いかかった由姫達によって簡単に鉢巻きを取られていた。


結果は見るまでもなくパーフェクトゲーム。


「うわっ、すごい」


「オレでもこれは不可能だな。由姫だからこそできるやり方。まあ、真似したいとは思わないけど」


「海道君が真似したら戦場が大変なことになるんじゃないかな?」


「戦場で相手をかき乱すのはオレの役目だからな」


由姫はフロントで道を作り出す役目だし。


「それに、今のは相手の作戦が悪い。由姫を真っ先に倒そうとするのは正解だ。残しておけば戦況がいっ繰り返される時があるからな。ただ、後ろぬ回り込まれた瞬間に全員で本体に突撃すればよかったんだ。自滅で戦力が落ちたところに襲いかかられたけどな。数だけじゃ有利だった。もしかしたら、由姫が孤立していたかもしれない」


「そういうやり方もあるんだ。それって実戦でもあるの?」


「まあな。突撃して抜けるのは相手の本拠地を直接たたく目的じゃなければまずない。普通は相手に飛び込んで相手の中を乱戦状態にしてかき乱しまくり、本体が突撃してきた瞬間に離脱して合流。それが一番だ」


まあ、由姫にはまだ酷だし、今回のでそれをされたなら普通に相手は勝てない。


「海道君はよくするんだ」


「一回だけだ。さすがにそんな状況になる戦場が珍しい」


オレがそう言うと委員長がクスッと笑った。オレはわけもわからず委員長を見る。多分、ばか面だろうな。


「そう言う海道君はとても輝いているね」


「そう、なのかな? オレにはよくわからないさ。でも、そう言われるのは悪くな」


オレの背中に何かの電流の様なものが走り抜けた。オレは恐る恐る振り返る。


そこにいるのは亜紗だ。ただし、その眼に光を映しているのか本当に怪しい?


『何いちゃいちゃしているのかな?』


体中からオーラが噴き出している。汗が滝のようにだらだら流れてくるくらいの湿度を持ったオーラだ。どこかで体験したことがあるけどトラウマだからか思い出せない。


オレは微かに後ろに下がった。


「いちゃいちゃってただ話しあっていただけだから」


『そうは見えない』


オレは小さくため息をついて亜紗に近づいた。そして、亜紗の頭をなでてやる。


「亜紗も嫉妬だなんて結構可愛いな」


『だって、最近あまり構ってくれなかったし。訓練のときだって周さんは由姫についていたから少しさみしくて』


「悪い。いろいろと考えていたことがあったからさ、あまり構ってやれなかったんだ。そうだな」


こういう時は何かの埋め合わせをしないと。これからの予定を考えると開いている日は少ないな。


「今日の夜、あの場所で」


『うん』


亜紗の顔に笑みが浮かぶ。あの場所で通じるのはおそらく亜紗か由姫かのどちらかだろう。春の頃はよく上っていたけど最近は上っていなかったからな。ちょうどいい機会だ。


どれだけ変わったかも興味あるし。


『時間は?』


「そうだな。十時でどうだ?」


『待っているから』


亜紗が満面の笑みでクラスの位置に戻っていく。小さく息を吐いて周囲を見渡すと、オレと視線が合ってすぐさま逸らす姿がいくつか見えた。まあ、あんな場所でやったらそうなるわな。


「ラブラブだね」


「言うな」


委員長の言葉にオレは小さくため息をついていた。






「今のはズルじゃないのか?」


その言葉がオレの耳の中に聞こえてきた。まただ。今度は由姫の動きに難癖をつけている。まあ、人を背負ったまま高々と飛び上がって騎馬の頭上を飛び越える姿なんて見せられたら誰だってそうなるだろうな。実際にオレだってそれはないだろと思った。


だけど、一部の生徒の見る目は明らかに冷たい。そのほとんどが全員リレーで負けたことが本当に悔しい奴らだろう。


ほぼ一周抜かしされた状態からの大逆転劇。会場は大いに盛り上がったけど、魔術を使っているのではないかと言う疑問が出てきたのも事実だ。


「悠聖、いいの?」


隣にいる優月が心配したように話しかけてくる。オレは小さくため息をついて頷いた。


「最初からわかっていたことだ。特に、周に由姫、音姫さんの機動力は人間離れしているしな。元からそういうのはあるだろうなって話はしていたんだよ」


「悠聖は大丈夫? 友達のことをあんなに言われて」


「大丈夫なわけがないだろ。でも、今ここで起こったとしての何の対処にもならない。言わせたい奴には言わせておけとは言わないけど、今は何もしない方が賢明だ」


『悠聖らしくないんじゃないかな? 悠聖なら喰ってかかりそうだし』


アルネウラがにこにこ笑いながら言う。うごく笑顔だ。まあ、理由はわかるけど。


優月が時計を見た。


「そろそろ時間だよ」


『そうなの? いや、後23秒残っているよ』


「むっ、確かにそうだけど」


優月がその23秒を数え始める。だって、オレの膝の上にアルネウラが座っているのだから。


二人三脚は喧嘩になったため出ないことにし、代わりにオレの膝の上に座りだしたのだ。周囲の視線が無茶苦茶痛いけど今更だから気にしない、ようになれたらいいな。あははははっ。


優月が23秒を数え終わりアルネウラが不服そうに離れる。代わりに優月が座った。


周囲の視線がいたいまでに突き刺さる。


「次の悠聖の出番は?」


「最後の方。団体リレーのからだな。それまではゆっくりできる」


「じゃあ、このままずっと座ってられるね」


『ちゃんと変わってよ』


「わかってる」


優月が笑みを浮かべた瞬間に周囲の視線が一気に痛くなったような気がする。


我慢だ。我慢するしかない。


「うわ、お師匠様、すごいですね」


俊也の声に振り返ると、フィンブルドを連れた俊也が小走りに近づいてきた。オレは軽く肩をすくめる。


「何に対しての凄いかは聞かないとして、いつ来たんだ?」


「ついさっきです。お師匠様の出番はまだまだ先ですけど、別にいいかなって」


「暇だぞ」


『だから言ったんだよ。時間どうやって潰すか考えておけって』


「お師匠様と話しておけばいいと思って」


その瞬間、オレの膝の上と隣から凄まじいまでの殺気が俊也に襲いかかった。俊也の体がびくっとなり動かなくなる。


多分、気絶したな。


「お前らな」


オレは小さくため息をついて頭を抱えた。





体育祭ももう終盤。残す種目は後二つだ。


団体リレーと800mリレー。


団体リレーにはガチンコの戦いというべきか、狭間市にある企業の陸上部や体育の先生チーム。はたまた、第76移動隊と冗談抜きでガチンコの戦い。

僕はそれをわくわくしながら見ている。


「悠人、まだ勝負は始まっていないよ?」


「そうそう。わくわくする気持ちは分からないでもないけどね」


今、ブルーシートの上にいるのは僕と鈴、リリーナの三人だけだ。エレノアさん達は用事があると言って出て行き、七葉さんはほとんどここにはいない。ギルガメシュさんもいなくなっていた。


二人の言葉に頷きながら僕は周さん達を見る。周さん達は楽しく談笑しながら入場していた。


先頭は亜紗さん。そして、由姫さん、音姫さん、悠聖さん、孝治さん、周さんの順番だ。


「周さん達は本気で走るみたいだしね」


「本気じゃないよ。ウォーミングアップだよ」


リリーナの言葉に僕も鈴もキョトンとしていた。だって、僕は本気で走るものだと思っていたから。


リリーナは自分の足をさすりながら、


「常に全力を求められる戦場だと戦う前に体のコンディション、特に下半身のコンディションは最大にしておかないといけないから。だから、800mリレーに向けて、みんながコンディションを最大にするためのウォーミングアップとして走るんだよ」


リリーナが言う言葉はリリーナ自身に当てはまる言葉なのだろう。まるで、それが出来なかったことを思い出すかのように。


僕や鈴じゃ分からない。僕らはパイロットなのだから。


「ごめん。悠人にはわからない話だったね。忘れて」


「ううん。むしろ、聞かせて欲しいな。僕はパワードスーツを着て前線で戦う時があるから」


「わ、私だって聞きたい。役には立たないと思うけど」


「あはっ、鈴は正直だね。でも、始まるよ」


第一走者である亜紗さんがトラックに入る。団体リレーに出るチームは全部で八チームだ。


亜紗さんがしゃがんで手をつき足を後ろに流す。確か、


「クラウグスタート?」


「ちょっと違う。クラウチングスタート、だよね、リリーナ」


「うん。魔術無しなら初速から加速まで一番速いものだよ。まあ、戦場じゃ見ないけど」


パンっと何かが爆発する音と共に全員がスタートを切った。


第76移動隊の訓練時に見るような速度じゃないけれど、亜紗はかなり早く二番手につけている。


前を走るのはスポーツマンというべき筋肉がついた人。


「あちゃ、二番手だね」


「でも、亜紗さんなら抜かせるんじゃないの? 僕は亜紗さんの速さを知っているし」


「多分、無理かな」


鈴がそう言うのと同時に全員が直線に入る。亜紗さんが加速するけど先頭の人はさらに速い。


「あの人、確かオリンピックに出ていた」


「どうりで」


僕は感心した。第一走者からすでに亜紗さんともう一人だけが完全に突出している。オリンピックに出るくらいすごい人ならよくわかる。


最後のカーブに入ってようやく距離が縮み出す。ここは全力疾走の訓練を常にしているからだろう。でも、抜かせない。


バトンは次の由姫さんに渡った。でも、相手チームの方がバトン運びが上手かったらしく、距離がさらに空いている。


由姫さんが地面を蹴った瞬間、距離があっという間に縮まっていた。


「「えっ?」」


僕と鈴の声が重なる。だって、由姫さんの速度は第76移動隊最速と言われる亜紗さんより速いから。


でも、リリーナは知っていたようで驚いていない。


「リリーナ、どういうこと?」


だから、僕は尋ねた。


「白百合家はね、魔術に頼らない戦い方をするんだ。魔術が使えないから」


由姫さんがあっという間に抜く。


「特に、音姫は魔術がほんの少しも使えない。強大無比の剣術を持ちながら魔術は一切使えないんだよ。だからこそ、術式に頼らない加速を行える」


由姫さんは速度を落とすことなく直線を終わり、最後のカーブに入った。


「魔術が使えない環境下で白百合家に勝てる人はいない。でも、魔術しか使えない環境下なら、どんな子供でも白百合家に勝つ可能性がある」


こういう術式を阻害する結界内では白百合家に勝てる人はいないということだ。


由姫さんから音姫さんにバトンが渡る。音姫さんは由姫さんほど速くはないがそれでも距離は開いていく。


「白百合家に勝てる人がいるとするなら、それは周ぐらいだと思う」


「周さんが? どうして?」


リリーナは決心出来ないように目を伏せた。そして、軽く頷いて顔を上げる。


「周はね、昔、核晶欠損症だったという噂があるんだ」


「鈴は聞いたことがある?」


「うん。確か、自分の力で魔力が作れない病気だったと思う」


リリーナは頷いた。ちなみに、僕は聞いたことがない。


バトンが音姫さんから悠聖さんに渡される。速度は一気に落ちるが速いことには変わりない。


「本当なら動けないはずなんだよ。生命を維持するためには定期的に魔力鉱石を必要とする。でも、周はそんなものが必要なかったとも聞くんだけどね」


だけど、とリリーナは続けた。


「最高の天才と呼ばれた周の妹がとある事件を境に核晶欠損症になり、周が魔術の才能を開花させた。これは偶然なのかな?」






オレがゴールテープを切る。さすがに大人は速かった。かなり突き放したはずなのに、いつの間にかかなり距離を詰められていた。


悠聖も孝治も全く遅くはない。むしろ、同年代平均だと圧倒的に速いというべきだろう。でも、大人と比べれば差が出るのは歴然だった。


由姫や音姉は例外だから置いておく。オレはそもそも術式が使えないことが慣れているので大丈夫だ。


「さてと」


オレは小さく呟いて得点板を見た。得点板にはトップが一組で、続いて三組、五組、四組と続いている。一組と二組の差は800mリレーで一位になれば二組も優勝出来るくらい開いていなかった。


どこか作為的なものを感じる。


「体は暖まったようだな、周」


孝治が笑みを浮かべる。どうやら孝治は準備万端のようだ。悠聖は分からないが亜紗は準備万端だろう。


オレは笑みを浮かべて返す。


「負けはしないさ」


「その自信満々の笑み、打ち砕いてやる」


オレと孝治の間で火花が散るのがわかった。それを亜紗や悠聖が苦笑しながら見ている。


「弟くん、変わったね」


その言葉にオレはキョトンとしていた。そんな音姉はクスクス笑っている。楽しそうに。


「ここに来るまでの弟くんは『GF』のことか由姫ちゃんか亜紗ちゃんのことしか考えてなかった。なのに、今じゃ体育祭を純粋に楽しんでいる」


言われてみればそうだ。オレは狭間市に来るまでひたすら仕事のことを考えていた。後は亜紗と由姫。オレの大切な二人のことを。


でも、この街、狭間市に来てからは『GF』だけのことじゃないものを習った。例えば、テレビゲーム。デバイスにこういう使い方もあるんだなと思いつつのめり込めた。例えば、クラスメートとの日常。『GF』にとって人質に取られれば判断が鈍る原因なのに、オレはそこに居心地のよさを感じていた。


オレは少しだけ笑みを浮かべる。そう言う風に変わっている自分は悪くないと思った。


最後のチームのアンカーがゴールに入り退場の空気が流れる。それと同時に流れる期待の視線。


「なあ、みんな。みんなはここに来てよかったと思っているのか?」


オレはふと疑問になって尋ねた。すると、亜紗がクスッと笑い、


『周さんだけじゃない。ここにいる全員がここで色々なものを知った。だから、私はここに来れてよかったと思っている。もちろん、戦いもあったし悲しいこともあった。でも、この体験があるからこそ私は前に進めると思う。周さんやみんなと一緒に』


亜紗の言葉に全員が頷いていた。それにオレは笑みを浮かべる。


「そうか。さて、そろそろ最終決戦と洒落込もうか。孝治、悠聖、亜紗、準備はいいな」


「いくらでも行けるさ」


退場が始まる。退場門から入場門まではあまり距離が離れていないからすぐに集合できる。


「これで勝敗が決まる。周、これが俺とお前との決着だ」


「何の?」


「兄さんは空気を読んだ方がいいと思います」


いつの間にかオレが蚊帳の外になっていた。






緊迫した空気。それはまるで戦闘が始まる前の戦場の空気。


誰もがこの緊張感の中で話すことが出来ず、誰もがほとんど身動きしていない。全員が今から始まる800mリレーを見守っている。


この緊張感は久しぶりだ。ここ最近は魔術を使っていないし、戦闘が始まる前にここまで静かだったことがない。いつも戦ってい最中か、戦い終わった後に到着しているかのどちらかだ。


オレは小さく息を吐いた。最初に走るのは委員長。すでにクラウチングスタートの状態で構えている。緊張感が高まった瞬間、スタートの合図が鳴り響いた。


最初に先頭に出たのは委員長。さすが陸上競技部というべきか、スタートの切り方とタイミングが完全に絶妙だった。他が全員男子なのにトップに躍り出ている。


「委員長、飛ばしているな」


俊輔が小さくつぶやいた。第二走者は和樹だが、和樹のタイプから考えて委員長が先頭を走るのは少し不味いと思っているのだろう。それに関しれはオレも同意だ。和樹は追いかけることに関しては定評があるが、逃げることに関しては弱い。俊輔と浜逆だ。ここは反対の方が良かったか。


「考えても仕方ない。それに、例え負けていたとしても、その負けている状況からひっくり返すのが楽しいしな」


「そうだな。なら、俺はリードを広げられずにお前にバトンを渡せばいいのか」


「60m」


オレは頷きながら言った。


「最大60mだ。それ以上は難しい。それ以内なら逆転はできる」


とは言っても、かなりギリギリになるのだが。浩平なら100mほど開けられていても大丈夫だが、亜紗や孝治となると60m以上開けられたら勝てる確率がきわめて低くなる。


「60mか。わかった。心得ておこう」


トラックに目をやると委員長がダントツで一位だった。大体10mほどの差が開いている。とは言っても、スタートからの差が大きいのかほんの少しずつ縮められていた。このままだと抜かされる。


心配した事態にはならないか。


「周、すんげー緊張してんだけど何かいい方法がないか?」


手の震えが完全に止まっていない和樹が青ざめた声で聞いてくる。まあ、ご愁傷さまというべきかな。こういう状況ならかなりきついかもしれないけど。


オレはトラックの最初のカーブ付近にある観覧席を見た。そこにいるのは七葉の姿。どうやらちゃんと移ってくれたらしい。


「何もない」


「ちょwww!」


和樹は気付かなかったみたいだが、俊輔はオレの視線に気づいていたらしくふっと笑っている。


「俊輔、何か頼む」


「がむしゃらに走れ」


「お前もかー!!」


和樹の叫び声に周囲にいた人が笑う。緊張していたのだろう。でも、これで敵にも塩を送った。


和樹が小さくため息をつく。まあ、少しくらいは緊張が取れただろう。


「なんでそんなに冷静なんだよ」


「いつもだからな。戦いの最中に冷静になれなきゃ勝てない。でも、これでもかなり興奮しているんだぜ」


オレはそう言って笑みを浮かべた。


「手加減なしの魔術なしの全力で、こいつらと戦えるい。そんな状況で心が躍らないわけがないだろ」






一位の二組が第二走者にバトンを渡す。その光景をオレは歯がゆく見ていた。オレらの順位は四位。ただし、二位以下が完全に混戦だ。


差は10mほど。挽回できない距離じゃないけど、こちらが圧倒的にリードしていなければ勝ち目がかなり薄くなる。正直に言ってかなり厳しい。


「せめて、抜かしてくれよ、瀬田」


オレは今は知っているクラスメートの名前を呟いた。距離はだんだん縮まっている。800mと長い距離のためにどこで飛ばすかによってリードが大きく変わってくる。二組の第一走者はスタートの加速と後半での加速。ともに上手かった。だから、男女の違いがあっても距離を詰めることが出来なかった。


「距離と詰めることが出来なければ、次の走者でリードを保たれたまま周に渡される。ここで、抜かさないと」


俊輔の足の速さ走っている。特に、逃げ足の早さは。


追いかけることは苦手でも、逃げるだけならオレよりも速いだろう。ここで、トラップを使うべきか。


「そうだ、悠聖」


いつの間にかオレの隣に周が近づいてきていた。そして、何かをポケットの中に入れてくる。


「昨日の落し物だ」


「お前、気づいて」


周はにやりと笑みを浮かべた。


「気づかれずに回収するのがかなり大変だったからな。まあ、見つかったのが運のつきだと思っておけ」


「はあ、相変わらず、真剣勝負で不正は許さないってか?」


「まあな」


周が笑みを浮かべて離れて行く。オレは小さくため息をついてポケットの中に入っていたのもの握りつぶした。これで、真剣勝負しか方法がない。


トラックを見ると、いつの間に先頭との差がほとんどなかった。和樹は必死に逃げているけど他の人の方が速い。そして、抜かす。


「よしっ!」


オレが拳を握りしめると、周囲から歓声が上がっていた。一位だった二組がだんだん順位を落とす。このまま最下位に落ちてくれればありがたいけど。


「かず君!」


その時、グラウンドに七葉の声が響き渡った。


「頑張って!」


オレは周を見る。そこには笑みを浮かべた周の姿が。


最初からこれを狙っていたのか。


「テンション上がってきたぁあ!!」


和樹がそう叫んだ瞬間、和樹の速度が一気に上がった。抜かされた人をあっという間に抜き返して一位に躍り出る。


「なっ」


オレは開いた口が閉まらなかった。


「やられたな」


隣にいる孝治が小さくつぶやく。そう、やられた。


「挽回、できるのかよ」






トラックを走る人達。すでに五人集団で固まっている。差が開くことも縮まることもない。まるで、そうなるように決められたかのようだった。


周が小さな息を吐く。それと同時に孝治も息を吐いた。


大混戦も大混戦。勝負はアンカーに委ねられたということだ。


「勝負のし甲斐がありだな」


悠聖が呟く。亜紗はそれに無言で頷き、浩平はリースに向かって手を振っていた。


「勝っても負けても、これが最後の勝負」


周の言葉と共に集団が最後のカーブに入った。ここで順位が変わる。一組、三組、二組、四組、五組の順番だ。


その順番にならって全員が横一列に並ぶ。そして、カーブを曲がり切り先頭が向かってくる。


「頼むぞ!」


俊輔の言葉に周は頷き、全力で地面を蹴った。完全な混戦の中レースが始まる。真っ先に跳び出したのは亜紗。だけど、孝治、周、悠聖が遅れ内容に加速する。遅れているのは浩平一人だけ。


速度は今までとは段違いだ。まるで、社会人の走りを再現しているかのような速度。その速度のまま四人がさらに加速する。


「全力で飛ばしているな。お前ら、体力が持つのか?」


周が余裕の表情で全員に言う。場所は亜紗と悠聖に挟まれているためかなかなか加速できない。でも、この場で加速すれば後半失速するのがわかっていおるから周はしない。だが、その考えとは裏腹に速度はだんだん上がっていく。


「体力は問題ない。だが、最後の一直線で瞬動を使われたなら俺達に勝ち目はないからな」


孝治が振り返らずに言う。周は小さく舌打ちをした。


「そう言うこった。周隊長には瞬動があるからな。それを使わさないための作戦だ。ちなみに、全員個別で考えている」


亜紗は話さないが頷いているのを見ると同じなのだろう。


「まあ、いい作戦だぜ。でもな、ここで黙ってられるかっての」


周が加速する。すでにトラックは二周目だ。そのカーブ中に周が大きく横に動いた。それに気付いた他の三人がさらに速度を上げて距離を取ろうとする。


だけど、周は一気に加速した。瞬動だ。周の姿はいつの間にかカーブを曲がりきった直線の向こうにある。


周は走り出す。だが、その速度は今までと比べてもかなり遅かった。距離があっという間に縮まる。それでも、周は三週目に入った。


「奥の手を使ったな。だが、タイミングが早い。もう少し後なら俺達は勝てなかったというのに」


「そうか?」


追いついてきた孝治に周は笑みを浮かべて横に並ぶ。速度はすでに一緒になっているが、遅くなっていはずの周の足取りはかなり軽やかだ。


「それでも、オレの瞬動にお前らはついていこうとしただろ」


そして、速度上げた。


「最初の計画からずいぶん崩れているんじゃないか?」


「相変わらず、周隊長はオレらの想像の斜め上を行くぜ」


リズムに沿って加速していたはずの動き。周は当初の作戦を諦める代わりに先頭集団のリズムを大きく崩すことにしたのだ。そして、それは成功した。


リズムが崩れればこれからの体の動きが遅くなる。


作戦を理解しつつ、その作戦を潰して自分に有利になるようにする。それが元からの周の作戦だ。


周に最も有効な作戦は単純な正攻法。それをしなければ周の作戦によって痛いしっぺ返しをくらう。


味方なら頼もしいが敵ならかなり嫌な相手。


「この状況だとそれが一番だからな」


周がカーブを曲がる。それについていく孝治達。


そして、ラスト一周になった。周が、孝治が、亜紗が、悠聖が加速する。そして、浩平を抜き放つ。


「こうなりゃ誰が一番になるかわからない。それの方が勝負は燃えるだろ?」


「そうだな。お先に」


「「行かせるか!」」


前に出ようとした悠聖を周と孝治が同時に塞ぐ。その隙に亜紗が前に出るが、すぐに周と孝治が並んだ。


「最後のカーブだ」


周達がさらに加速する。残った力を振り絞っての加速。悠聖もそれに負けじとくらいつく。そして、カーブを曲がりきった。悠聖が若干遅れているがほぼ完全に横一列。全員が加速する。加速する。加速して、ゴールを駆け抜けた。


全員がブレーキを駆けて振り返る。ゴールテープを最初に斬ったのはだれかわからない。誰が一番だったかも走っていた彼らからはわからない。シーンと静まり返るトラックの中、周達の横を浩平が駆け抜ける。


全員が唾を飲み結果を待つ。そして、


『勝者、二組』


その言葉を誰もが一瞬理解しなかった。そして、沸き起こる歓声。周はこぶしを振り上げた。


「よっしゃぁあ!!」


かなりの長文に心身共に疲れ気味です。

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