第百九十九話 前日
かなり難産でした。というか、大きな帝国をしていたら時間が・・・
孝治が担いでいた入場門を下ろす。もちろん、一人じゃなくてクラスメートのみんなと一緒にだ。
そして、一息ついた。
「明日か」
その言葉にクラスメートが入場門を見上げながら頷く。
そう。明日には狭間市立狭間中学校において体育祭が繰り広げられる。注目の種目は最後に行われるクラス対抗800mリレー。その一年生のリレーの注目が極めて高かった。
五つある内の四つのクラスが第76移動隊のメンバーをアンカーとしているからだ。そのため、誰が一番になるか賭けすら行われている。
「どれだけリードしているかによって決まるな」
孝治は理解している。周の足の速さを。だから、それを前提で考える。
「みんな。俺達は勝つぞ。いや、勝てる戦力だ。必ず勝つ。そのためには全員の力を最大まで出し切るしかない。頑張ろう。テストの点が悪くても、俺達には誇れるものがあるのだと証明してやろう」
オレは呆れたように溜息をついた。理由としてはいくつかあるけど、一番の理由は目の前の光景だろうな。
「七葉、何しに来たんだ?」
オレの目の前には七葉の姿がある。松葉杖をついているがにこやかに笑いながら近づいてくる。
「あっ、悠兄。よっすー」
「よっすーって何だ?」
「学校で流行っている挨拶。おいっすーじゃないよ」
「わけわからん」
オレはまた溜息をついた。
「で、何しに来たんだ?」
「かず君を迎えに。今日はかず君と会う約束していたから」
最近の七葉は和樹と恋人であることを隠すことはなくなった。七葉には全員が祝福しているけどな。
ただ、和樹の方は手荒い歓迎はされているみたいだ。
「悠兄は何をしているの?」
「見たらわかるだろ。体育祭の準備だ」
オレはそう言いながら運動場を指差した。人っ子一人いない運動場を。
まあ、準備と言っても凄まじく卑怯な手を使うだけだけど。
『体育祭の準備と言うより罠だけどね』
召喚すらしていないアルネウラがオレの隣に現れる。
召喚しなくても精霊が現れることは可能だが、その能力は普通の人より劣ることが多い。今のアルネウラは普通の少女だ。
「悠兄らしいかも」
「ちょっと待て。どういうつもりだ?」
「あははっ。私はかず君の場所に向かうから、また」
七葉が松葉杖をつきながら歩いていく。向かう場所は周達のクラスだろう。
オレは小さく息をついてニヤリと笑みを浮かべた。
「絶対に勝ってやる」
散々卑怯な手を使いまくる予定でオレは明日に備えて歩き出した。
「チェック」
オレが動かしたクイーンが和樹のキングを追い詰める。和樹の額には汗が浮かんでいた。
和樹がすかさずナイトを動かすが、その隙を縫うようにビショップが入り込む。
チェックではないが、次の一手を間違えればチェックメイトに変わる一手。
「これが、海道周の指揮か。さすがだな」
俊輔が感心したように言う。
とっさの判断で打っているのだが、いつの間にか形勢はこっちに傾いていた。小難しく考えるなというわけか?
まあ、そういうのがオレの性分だし。
「っく。強くなりすぎだろ。攻めながらこちらの攻め手を全て潰してやがる。下手に動けばクイーン、ビショップ、ルーク、ナイトによってチェックメイトに持っていかれ、チェックに持っていってもクイーンとルークに狩り穫られる。なんじゃこりゃ」
はっきり言って、完全に詰めたと言っても良かった。和樹の額に汗が流れる。
「で、どうするんだ?」
オレが余裕の表情で笑みを浮かべながら言う。これなら負けることはまずない。
「ま、参った」
和樹が頭を下げる。それを聞いたオレは小さく息を吐いた。
「勝てたー」
「海道君、おめでとう。練習でもしていたのかな?」
「いや、直感でいっただけさ」
そう言いながら席を立ちつつ時計を見る。いつの間にかかなりの時間が過ぎていた。用事があったからオレはここに残っているけど、和樹達は大丈夫なのか?
「それより、委員長は時間、大丈夫なのか?」
「うん。今日は何もないから。海道君はそろそろ帰るの?」
「待ち人未だ来たらず、だからな。もう少し待って」
オレがそう言った瞬間、教室のドアが開いた。全員の視線が向く先には由姫の姿があった。
由姫がこっちに駆け寄ってくる。
「周の待ち人って由姫ちゃん?」
「んなわけないだろ。どうした?」
「悠人君からの伝言で、少し遅れる、だそうです。校門のところでリリーナさんと出会ったので」
少し送れるのか。そうなるともう少しいておかないとな。
「後三十分はいないとな。体育祭の準備は終わったし、何をすべきか」
オレが小さく溜息をついていると和樹が立ち上がった。
「じゃ、俺は帰るわ」
「そうか。七葉との時間を楽しめよ」
「な、なな、ななな」
オレの言葉が理解出来ないかのように和樹が壊れた機械のごとく同じ言葉を繰り返す。
チェスをやっている間もしきりに時計を気にしていたからな。まあ、終盤になるとそんな余裕が無かったのか見ていなかったけど。
最近の言動や行動から考えるとこれしかないからだ。
「篠宮君の行動はバレバレだったしね」
「これほどわかりやすいものはないな」
そう俊輔が笑みを浮かべた瞬間、ドアが開いた。
「だぁー、もう、そうだよ! 今からななと一緒にデートだよ! 満足か? これで満足だよな!」
「かず君、それは恥ずかしいよ」
オレは笑いをこらえるのを必死だった。何故なら、ドアが開いた先には七葉の姿があったからだ。
ちなみに、何故かベリエとアリエだっている。
「な、なな、なななな」
「相変わらずだよな。七葉はいいとして、ベリエとアリエはどうしているんだ?」
「お姉様から届け物よ。本当ならあんたなんかに渡したくないけど仕方なしよ、仕方なし」
どうやらここに来る最中に七葉と出会い、一緒に来たらしい。エレノアからの届け物ということはあれだろう。
オレはベリエから紙袋をもらう。ずっしりとした重さを感じながらオレは小さく頷いた。
「確かに受け取った。委員長達とは初めてだよな。ベリエとアリエ。サイドテールがベリエでツインテールがアリエ。第76移動隊の部隊員で七葉と同じ小学校に通っている」
「本音を言うなら屈辱よ、屈辱。なんで私達が小学校に通わないといけないのよ」
「ベリエちゃん、リリーナ様もいるんだから仕方ないよ。小学校も楽しいよ?」
アリエが不思議そうに首を傾げる。まあ、魔界の成長速度とここの成長速度は違うからな。年齢と外見が合わないことなんて多々ある。
この二人だってそうだし。
「アリエはね。あんたに嵌められるとは思ってもいなかったわ」
「仕方ないだろ。七葉が怪我で活動出来ないんだから。完全復帰は夏休み後半だしな」
「私はあんたと同い年なのよ。なのに、何で小学校なんかに」
「ベリエちゃんは周お兄ちゃんと一緒が良かったんだよね?」
アリエの無邪気な一言にベリエの顔が真っ赤に染まる。それと同時に、
「ツンデレ、キターッ!」
「むかっ」
目を輝かせて万歳をした和樹に七葉が容赦なく松葉杖を下から跳ね上げる。もちろん、とある箇所を狙って。
和樹はその場に倒れ込んだ。
「アリエーッ!」
ベリエが大声を上げてアリエに向かって飛びかかる。だけど、アリエは軽い身のこなしで避けて走り出した。
もちろん、教室の中を。
「ま、待ちなさい!」
「いやだよ。捕まえたかったら追いつけばいいよ?」
「だから、待ちなさい!」
教室の中を駆け回る二人をオレ達は優しい目つきで見守るのだった。
「周さん、待ちくたびれているだろうな」
僕は狭間市立狭間中学校への道のりを走っていた。大体、フルマラソンを二時間半で走破出来る速度。ただ、同年代から見れば速いかもしれないけど、戦場にいる同年代から見れば遅い。
30分走れば疲れるし。
「せっかく、エクスカリバーについて話があるって聞いていたのに」
GFF-3エクスカリバー。
大破したダークエルフの代わりに『GF』から友好の証として提供されたフュリアス。
話を聞く限り、スペックの上ではGFF-1ソードウルフと同等に近いらしい。ただ、ソードウルフと違ってエクスカリバーは機動性特化。
火力特化のソードウルフや射撃特化のイグジストアストラルと組めばかなり凶悪になるだろう。
ただ、ルーイの乗るアストラルソティスに勝てるかどうかで言えば難しい。
アストラルソティスはフュリアスの開発で一歩先を行く音界の最新機。しかも、アストラルの名を受け継ぐ極めて強力な機体らしい。
話によれば、アストラルブレイズは音界で20年ほど最高機として君臨していたらしい。
「お偉いさんもかなり来るらしいし、瞬殺されたらどうしよう」
エクスカリバーとアストラルソティスは共にどちらの世界の最新機。特に、エクスカリバーは今までのフュリアスとは全く違うと宣伝しているらしく、『GF』、『ES』、音界のトップだけでなく、様々な国家からお偉さんが来るらしい。
フュリアス自体が新しいもので、どちらの勢力が優れているのか品定めする可能性もある。
「まだまだ先なのに心配になってきた」
「あっ、悠人だ。先生からの用事は終わったのかな?」
ちょうど中学校に入ると七葉さんが男の人を連れて出て来るところだった。この人が七葉さんの恋人か。
「はい。今から周さんのところに。周さんは教室ですか?」
「そうだよ。チェスで遊んでいるから大丈夫だと思うし」
「ありがとうございます」
僕はさらに速度を上げる。
来賓用の玄関から入り、靴を素早く走りながら脱ぎ、地面を蹴る動作と共に靴を上に飛ばす。それをしっかり捕まえて僕はカバンからビニール袋を取り出して中に放り込んだ。
そのまま周さんのクラスに向かう。
「ごめんなさい。遅れました」
僕がそう言いながらドアを開けると、そこには周さんが由姫さんとチェスをしていた。
周さんが僕を見る。
「大丈夫だ。まあ、さっさと用事を終わらせるか」
そう言うと周さんは紙袋の中から何かを取り出した。旅客機を小さくしてカクカクさせたようなもの。
何かの模型かな。
「GFF-3エクスカリバー1/72の模型」
「これが?」
フュリアスには見えない。
僕がそう思うと周さんが模型を動かした。パーツを動かしていくと、いつの間にかそこにいたのはフュリアスの模型。
「えっ? えっ?」
僕はあまりのことに目をパチパチさせていた。だって、小型旅客機からフュリアスに変形出来るってありえないからだ。
「完全変形を可能にした模型だ。エレノアの知り合いにプラモデルと呼ばれる模型作りの達人がいたからそいつに頼んで作ってもらった」
「ふむ、これがフュリアスか。ニュースで散々話題となり、ここにも復興のためにいたが、ここまでスマートではなかったな」
「うん。達磨みたいな感じだったよ。これが本来のフュリアスなんだ」
完全変形ということはソードウルフと同じ変形が可能な機体ということになる。でも、これは少し不自然な変形の仕方だ。
フュリアス形態前では飛行が可能だろうけど、フュリアス形態ではせいぜいホバリングしか出来ないに違いない。
「周お兄ちゃん、一般人の前でいいの?」
アリエさんの指摘は最もだ。エクスカリバーは最新機。そんな最新の技術が盗まれたなら色々と大変なことになる。
でも、アリエさんは決戦の時にたくさんの人が来ることを知らないだろうな。
「大丈夫だ。この技術はおいそれと真似出来ない。悠人、これを渡しておくから頭の中でシミュレートしておけよ」
「難しいと思うな」
僕はそう言いながらエクスカリバーの模型が入った紙袋を受け取った。
操作してみないとわからないが、精神感応があるかないかで色々と変わってくる。そのことも聞きたいけどこの場じゃ無理だ。
「それにしても、どうして僕をここに?」
「ここに呼んだのは今からが本題なんだけどな」
周さんが僕に近づいてきて耳元に口を寄せる。
「エクスカリバーの開発が遅れている」
その言葉は本当に消え入りそうで僕にしか聞こえいであろう言葉だった。
「当日には間に合わせるが、最悪、ぶっつけ本番だ。それでもいけるか?」
「精神感応があるなら何とか」
精神感応がなければルーイのアストラルソティスに勝つことは難しい。本気のルーイと1対1で勝ちたいから。
「大丈夫だ。精神感応に関してはエクスカリバー専用のシステムを構築している」
その言葉に僕は驚いていた。精神感応は今では研究がストップされた分野だ。最悪、人の尊厳を無視出来るから。だから、精神感応は10年ほど前から全く進んでいない。
僕の精神感応は外部接続型で、これが開発されたから研究がストップしたらしい。
首輪のような端子が脳から送られる何かを使らしい。詳しくは難しいからわからなかった。
でも、それは『ES』の技術。『GF』の周さんがどうして。まさか、アル・アジフさんに何かあったんじゃ、
「安心しろ。オレも精神感応を持っているから。それまではGFF-2グラムライザーで訓練してもらう。一応、テストパイロット扱いでな」
周さんはそう言いながら僕から離れた。そして、時計を見て息を吐く。
「そろそろみんなで帰るか」
その言葉に僕達は頷いた。そして、周さんの顔が楽しそうであることに気づいた。それは、まさに何かを求めているかのような姿。
まるで、同年代と同じような生き生きとした姿。
僕はこの時、周さんとほとんど年が変わらないことを再認識させられた。
次は第二百話で体育祭を最後まで書きます。何文字になるかわかりませんが。