第百九十七話 学校の光景
周が珍しく敗北します。
「チェックメイト」
その言葉にオレの顔が引きつるのがわかった。机の上にあるのはチェス盤。そこでは完全にオレのキングが追い詰められていた。ただ、向こうのキングも追い詰めており、クイーンを完全に動けない状況にした瞬間に戦況をひっくり返された。
「ま、参りました」
「イヤッホーッ!」
向かいの椅子に座っていた和樹が腕を振り上げて跳び跳ねる。まさか、和樹に負けるなんて。
「篠宮君はすごいんだね」
「チェスだけは勝てん。だが、将棋や囲碁なら負けんが」
俊輔はさほど驚いていない。驚いた面子の中で唯一言葉を発した委員長以外は完全に驚いたような表情で固まっていた。
オレは小さく息を吐く。
「まさか、和樹にこんな才能があったなんて」
「へっ、なな、七葉ちゃんとさらに特訓したからな。七葉ちゃんはかなり強いんだぜ」
「知ってる。というか、チェスだけは七葉に勝てたことがない」
これは事実だ。チェスの腕が七葉は桁違いに高い。というか、狡猾というか小悪魔というか、ほとんどの手が誘いてを誘発してくるため盤上が簡単にひっくり返っていくのだ。まあ、やっていて七葉ほど面白い奴はいないけど。
和樹の場合は真剣勝負で楽しめる腕だ。七葉は真剣勝負ではやりたくない。
「海道君ってなんでもできるんだ」
「何でもってわけじゃないさ。オレだって出来ないこともある。まあ、特に音楽とかは」
とある楽器を除いて全くできないからな。ちなみに、リコーダーもど下手だ。面白いくらいに。
「兄さんは音楽は苦手ですからね。ヴァイオリンを除いて」
「ふむ、周はヴァイオリンを弾けるのか?」
「まあな。弾けると言っても趣味程度だ。そんなに上手いわけじゃない」
音楽も適当に弾いているので本当にあっているかは分からない。でも、ヴァイオリンを弾く時は大抵家族の二人はいるからやり応えはある。
そう言えば、ここに来てから一度も弾いていないな。今度都の前で弾いてみるか。
「それにしてもいいのか? こんなことをして」
オレは周囲を見渡しながら尋ねた。
トランプをやっているものや将棋をやっている者。一心不乱にノートに何か書きこんでいる者。ちなみ勉強じゃない。友達と談笑している者。そして、カードゲームをしている者。
トランプとカードゲームは違う。これだけは言っておこう。
「何がだ? 自由にしていいHRだし別にいいじゃん」
和樹が呑気に言う。オレはそれに対して小さくため息をついた。
「あのな、このHRは体育祭前のHRだぞ。何か決めることはないのか?」
~一組の光景~
「諸君、聞いてほしい」
黒板の前にある教壇に一人の少年が立っていた。入学式の日に由姫に投げ飛ばされた一人だ。
「私は入学式の日に一度過ちを起こした。そのことは諸君が知っていると思う」
その言葉にとある二人を除いた全員が頷く。
「その日に私は過ちを犯し、傷つけたはずの少女から声をかけてもらったのだ。だからこそ、私はここにいる。だから、宣言させてもらう。我らの女神を二組のあの野郎に奪われていいのか?」
『否!』
声が響き渡る。その中でため息を吐いている数が確実に二つ。
「そうだろう。体育祭を一週間後に控えた今こそ、我々は団結しなければならない。あの時の過ちを私は悔いている。悔いているからこそ、我々は動かなければならない。我々が女神さまと仲良くしていることを。そして、倒さなければならない。二組を」
光が小さくため息をつきながら、亜紗に話しかけた。
「盛り上がるのはいいけど、亜紗からすればありがた迷惑やんな?」
『うん』
亜紗が困ったような表情になる。それに気づかないクラスメートはだんだん話が白熱している。実はここにいる大半が知らない。これが元から一部の生徒によって計画されていたことを。もちろん、亜紗も。
『でも、周さんには勝ってみたいかも。浮気をする旦那は痛めつけないと』
「手加減しやなあかんで」
その言葉に亜紗は頷いた。
~三組の光景~
盛り上がっている一組。だらけている二組と違い、三組はきちんと席に座り先生の話に耳を傾けている、というわけではなかった。何故なら、全員がおもいおもいの教科書を取り出して自習しているからだ。もちろん、孝治も。
ただし、孝治のしていることは少し違う。自習しているように見せて体育祭の作戦を練っていた。
ここの担任は全クラスの中で一番厳しく、こういう時間でも自習するように強要するのだ。もちろん、担任自身も何かの本を取り出して勉強している。
だからか誰も反論できない。反論できないからこそ孝治は一人で作戦をし続けている。
出来る理由はいくつかあるが、その内の一つが担任に近いくらい頭がいいということがある。そのため、この学校の教科書以外も勉強していい。それは隠しやすい森のようだった。
しかも、孝治が今書いているのは日本語でも英語でもない。ラテン語だ。だからこそでもある。
だから、孝治は一心不乱に書き続ける。
例え、周の様な絶対的なリーダーがいなくても、一組の様な圧倒的な勢いがなくても、このクラスが一番であることを証明させるために。それは担任のためじゃない。二ヶ月ほど共に学んだクラスメートたちのために。
「見ていろよ、周」
孝治は小さくつぶやく。そして、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。
~四組の光景~
「無理」
オレは即答していた。もちろん、クラスメートに懇願されたから。
「頼むよ。俺達は勝ちたいんだ。だから秘策なんかないのかよ?」
「オレは第76移動隊の中だと弱い方なんだよ。それにオレが教えれる作戦は全て教えただろ」
まあ、その作戦を無に帰すような存在が二組にいるけど。
「それでもだ。俺達は本気だ。参謀長」
「参謀長に肉体労働させるなよ」
オレは小さくため息をついた。となりでアルネウラがくすくす笑っている。
あの日からアルネウラはオレの隣にいる。クラスメートや先生も驚いたけど、オレの大事な人であることや、クラスメート全員に面識があったからか今ではクラス内で友達もできている。
時々、精霊というのが不思議になる瞬間があるけどな。
「そうだな。オレが言えることは、いや、ここは周隊長の言葉でも言うか」
こういう時は周はよくこう言うよな。
「自分は自分のために戦え。それが全体の結果につながる。オレはそうだと思っている。戦いを決めるのは数だ。だが、数が同じ場合は実力よりも勢いが勝るときが多い。どんな状況でも諦めず戦い続けた時に勝利というものが見えてくるんだ。だから、オレが出せる策はもうないな。でも、本気で全員が戦うなら、自ずと勝利は見えてくる」
オレは拳を握りしめた。
「何が何でも勝つ。絶対にだ」
~二組の光景~
「王手」
オレは額に汗が浮かぶのがわかった。そして、盤面を見る。もう、王が逃げる隙間はない。
「参りました」
オレは素直に負けを認める。将棋は得意ではないが苦手でもない。でも、こういう状況になるまでされたのは初めてだ。
机の向かいにある椅子に座る委員長がぐっと拳を握りしめる。
「兄さんって案外弱いんですね」
「弱くない。委員長が強すぎる」
はっきり言ってアマチュアがプロ、しかも、タイトルを獲得するようなプロと戦っているような気分だった。簡単に言うなら実力の差がありすぎる。
相手の手を予想すれば予想するほど絶望しか襲ってこないなんて。
「海道君もなかなかいい手を打つと思うよ。私の手をことごとく潰してきたし」
「それが精いっぱいだったけどな」
委員長がしようとしていることにお気づいた時、オレは勝てる方法をほぼ全通りで探した。でも、出てきた答えが生き延びる手しかなかったのも事実。気づくのがもう少し早ければ対処のしようがあったかもしれない。
オレは小さく息を吐いた。
「ふっ、周が二連敗。ここは俺様がとどめをさすしかないな」
俊輔が囲碁を取り出す。どうやら俊輔は囲碁で勝負を決めたいらしい。オレは小さく頷いた。
俊輔はオレのことを甘く見ているようだが、オレはそこまで甘くない。アマチュアごときには負けないような実力を持っているからな。
オレは俊輔と向かい合う。そして、お互いに笑みを浮かべて勝負が始まった。
放任していた担任が戻ってきた時、燃え尽きて真っ白になった周がいたらしいが、それは別の話である。
クラスで個性を書きたくて書いたら凄まじく差がついてしましました。面白うそうなので放置しますけど。ちなみに、五組は普通です。普通の光景を考えてください。それで全てが収まります。