第百九十六話 名を受け継ぐもの
右のレバーで出力を操作しつつペダルを踏み込み機体の姿勢を変えていく。反応速度はダークエルフより甘いけど、機動力は桁違いに高い。ほんの少し踏み込むだけで驚くほど前に進む。
でも、若干の違和感がある。やっぱり、ダークエルフの時に使っていた精神感応システムがないからだろうか。少しだけ動きに違和感がある。
「すごい」
鈴が後部座席で感嘆の息を吐いた。僕はそれを聞きながら小さく息を吐いてコクピットのハッチを開く。
「うん。機動性は悪くないと思うよ。でも、やっぱりというべきかな。精神感応があった方がやりやすいかも」
そう言いながらイグジストアストラルのコクピットから外に出た。そう、僕が乗っていたのはイグジストアストラル。鈴は秘密にしていたみたいで、複座式の機体だった。
複座式の機体は珍しくはない。実際に、『GF』過激派で開発されていた第二世代は全て複座式。レーダーを確認する役とフュリアス自体を動かす役目。この二つが合わさって強力な戦力となる。
イグジストアストラルの場合は少し違うが。
二人が乗ることで後方への射撃が可能になる。今までは背中の翼にあるエネルギー砲、サルガタナスの砲門を前に向けてしっかり固定しなければエネルギーチャージが不可能だったが、後部座席の人が手動でエネルギーチャージを行えば前に向ける必要がない。つまり、イグジストアストラルが存在するだけでいつでも射撃できる体勢であると威嚇できる。
「ダークエルフはその点では最高だったかな」
僕はそう言いながら首につけていた首輪のようなものを外した。いつもはパワードスーツの中に身につけているためわからないが、これが精神感応の装置を頭の中に手術して埋め込まなくても精神感応が使えるようになるものだ。神経の一部をインタラプトするとか聞いたけど、原理はよくわからない。
もちろん、これにも限度があり、オーバーテクノロジーがふんだんに使われているため量産することが出来ない。
この首輪、パワードスーツ、ダークエルフ。その全てが僕専用に改造されたものだからかなり使いやすかった。
「GFF-03エクスカリバーか。どんな機体になるんだろ」
周さんから話を聞く限り、量産は難しく、もしかしたら僕専用になるかもしれないと言っていた。僕はそれで嬉しいけど、そんなオーバースペックの機体を作り上げる周さんはすごいや。
「悠人、イグジストアストラルじゃ訓練にならなかった?」
「ううん。そんなことないよ。イグジストアストラルはかなりいい機体だからね。大分使いやすいよ。これなら腕が鈍らないし」
「だったら、ターゲットの約3割が壊れていないことを説明して」
僕は小さくため息をついて周囲を見渡す。
周囲にあるのは森。そして、その間にぽつぽつと配置されている板がターゲット。確かに、かなりの数が残っている。
「悠人の実力なら全部打つ抜けるはず。でも、失敗したということは、悠人の腕が鈍ったか」
「多分後者だからね。イグジストアストラルの標準装置が若干狂っている。最初は気付かずにやっていたからこうなったけど、最初から気づいていたならこうならなかった」
僕の言葉に鈴がきょとんとする。確実に気付いていないか。まあ、それでも当てられるということは鈴は構えて打つのが苦手なのだろう。典型的なサポート要員だ。
「そうなの? 普通だと思っていたけど」
「300mで1m近くずれるよ。今回のものじゃまず当たらないから。さて」
僕はイグジストアストラルが保管されていた格納庫を見た。そこに今朝早く運び込まれた一機のフュリアスがある。名前はアストラルソティス。アストラルの名前を受け継ぐフュリアスらしい。
今はルーイやリマが音界の歌姫と会話中らしい。昨日の今日なのに送ってくるとは。
向こうも本気みたいだね。
「鈴、ありがとう。イグジストアストラルを送ってくれて」
「う、うん。悠人! あのね、あのね」
鈴が僕の腕を掴んでくる。そして、僕の目をまっすぐ見てくる。その眼に映っているのは懇願の意志。
「悠人が良ければイグジストアストラルに乗らない? 私は後部座席の方がいいから」
「ごめん」
僕は首を横に振りながら鈴に謝った。そう言うわけにはいかない。いかないから。
「イグジストアストラルは堅牢な要塞だよ。でもね、そんな要塞に籠もってばかりじゃ僕は飛べない。この大空に」
ハッチに足を乗せ落ちない程度まで体を出し手を広げる。まるで、空の全てを掴むように。
「僕は、この大空を飛び交う鳥のように動きたいんだ。戦場でも」
鈴はわかっているはずだ。イグジストアストラルは確かに強力だ。この世に存在するフュリアスの中で最強というに相応しいかもしれない。絶対的な防御。圧倒的な火力を持つ弾膜。
でも、それは機動性を殺すようなこと。それでは空を飛びまわりみんなを守りながら戦えない。
「僕には力がある。あるからこそ、僕は戦場の全てを握れるフュリアス乗りになりたいんだ。鈴が後方でみんなを守りながら戦えるように。僕は、あらゆる状況に対して対応出来るようにしたい。周さんの様に。器用貧乏じゃない、本当の意味で戦場のオールラウンダーになりたいから」
エクスカリバーという名前はアル・アジフさんに聞いた限り過去に存在したらしい聖剣の名前だそうだ。そんなものをもらうには恐れ多いけど今の状況ではそうは言っていられない。
ゲイルナイトと呼ばれた巨大なフュリアス。あれを倒すために大量のフュリアスを動員した。そして、やられたフュリアスも少なくない。そんな機体も戦えるような剣であるなら僕は、
「そして、リリーナや鈴を僕が守る。二人に守られながら守りたい。だから、僕はイグジストアストラルに乗らない」
僕ははっきりと言う。僕の決めたことを。
すると、鈴が少しだけ笑った。
「うん。わかった。今は前部座席に座っておく。あれ? あれはルーイ君の?」
鈴の言葉に僕が振り返ると、そこにはルーイがいた。正確にはアストラルソティスに乗ったルーイ。コクピットが開いているから中に乗っている人がわかる。
アストラルソティスはアストラルブレイズをさらにスマートにしたもの。色は同じ青。簡単に言うならほぼ人型だが、マテリアルライザーよりかは微かに大きい。シルエットはちょっと体の大きな人というべきか。
装備はわからないけど、腰についているのは対艦刀だろう。ただし、ただの対艦刀じゃない。周さんが設計してみたというエネルギーサーベル。エネルギーを圧縮しつつ解放することで剣の形を取る。消費エネルギーは半端ないがその分抜刀など様々な応用が出来る。ちなみに、ソードウルフにも取り付けられているらしい。ただ、リリーナは使う気がないみたいだ。
背中のブースターはまるで翼のようなアストラルブレイズに似ている。ただし、砲門はないし数も段違いだ。スラスターと背中の中央にあるブースター。この二つを合わせてアストラルソティスのブースターを言ってもいいくらいまるで天使のようだった。
ただし、ここから見ても翼には様々なギミックがあるみたいだ。
「悠人、イグジストアストラルはどうだ?」
「やっぱり、僕の肌には合わないかな。ルーイだったら合いそうかも」
その言葉にルーイは少し考えるしぐさになった。
「僕も乗りたいが、今は歌姫様から受け取ったアストラルソティスがいる。アストラルの名を受け継ぐもの、フュリアスの中でも守護の位置に座する機体、イグジストアストラルを引き継ぐ守護者という役割だからな。僕はこの機体に乗る。例え、守護機の期限であるイグジストアストラルと選択しいられたら迷うけど」
そう言ってルーイはクスッと笑った。いつもは少し大人びているけど、こういう時はほんの少しだけ年上なんだなと思える。
僕はさっきの言葉の中で疑問に思ったことを尋ねた。
「ルーイ。イグジストアストラルって何なの? ルーイは知っているようだけど」
「そうだな。口止めされていない範囲で教えるなら、アストラルと呼ばれた聖女が乗ったとされる機体だ。だから、イグジスト、存在するという意味の名を付けてイグジストアストラルだ。これ以上は語れないな。鈴はどうだ?」
「私は詳しく知らないから。でも、この機体はなんだか温かい感じはする、かな。もし、聖女がいたとするなら、きっと今でもこの機体にいると思う。そして祈っていると思う」
鈴が笑みを浮かべる。その笑みは満面の笑み。僕やルーイが見とれるくらいの。
「みんなを守れることを望み、そして、誇りに思いながら」
アストラルの名を受け継ぐ機体はルーイだけが持っているわけではありません。その話は第三章になれば勝たれると思います。つまり、2011年秋か冬になると思います。