第百九十一話 魔法
「邪魔するぞー」
その声と共にドアが開き俊輔が現れた。そして、その後ろには委員長の姿がある。
「佐々木君。病院だから、静か、に」
委員長の言葉が途中で止まる。何故なら、その部屋の中の光景を見たからだ。そして、顔を真っ赤にする。
「これは面白いネタね」
委員長の後ろから顔を覗かせた琴美が笑みを浮かべた。それに俊輔が笑みを浮かべて頷き同意する。
何故なら、その部屋、病院の中の病室、その中で二人の男女がキスをしたまま視線を三人に向けて固まっていたからだ。
もちろん、顔は真っ赤。
「はうはうはう。篠宮君がいつの間にか大人に」
「大丈夫だ。あのへたれが童貞を卒業出来るわけがない」
「誰がへたれだ!」
ようやく我に返った和樹が言葉を返す。色々と遅いが。
七葉は恥ずかしいからか頭の上から布団を被って隠れていた。あんな光景を見られたからにはわからないでもない。
「部屋に入る時はノックだろ!」
「貴様は何故常識を知っているんだ?」
「常識外れに向かって言ってんだよ!」
「ついに自分が常識外れと理解したか」
「お前のことだ!」
和樹はゼーハーと息は荒いが、対する俊輔は涼しげな顔をしている。
「えっと、とりあえず、中に入ろうよ。元気かな? 七葉ちゃん」
「うう、恥ずかしくて死にそうだよ」
七葉が真っ赤な顔を布団から少しだけ覗かせる。そんな様子をみた琴美がクスッと笑った。
「いつから付き合っているのかしら?」
「えっと、二日前から」
そう言う七葉の顔も真っ赤だが、和樹の顔はさらに真っ赤になっていた。
俊輔達はベッドの近くに置かれていた椅子に座り込む。
「お前ら何の用だよ」
「心外だな。この俺様が見舞いに来たのだぞ? もっと喜べ」
「「わーい」」
七葉と和樹の二人が同時に声を揃えて棒読みで言う。それでも俊輔は満足だったらしく嬉しそうに笑みを浮かべていた。
委員長が苦笑いをしながら七葉に話しかける。
「怪我の具合は?」
「大分よくなったよ。最初の頃は全く動けなかったけど、今ではゆっくりなら歩けるかな。松葉杖はまだまだいるけど」
「そうなんだ。良かった。みんなが帰って来た時、七葉ちゃんが病院に送られたって聞いた時なんて心配で心配で」
あの時、帰って来た第76移動隊を迎えた時、そこに七葉の姿は無かった。和樹が悠聖に詰め寄って事情を聞き、全員が安堵して座り込んだことはお互いがお互いを見ていた。
一番安堵していたのはもちろん和樹だが。
「そうだな。七葉がいないのを見た時の和樹の慌てっぶりときたら今でも笑えるくらいだ」
「し、仕方ないだろ。俺は七葉のことを心配していたんだから。委員長や琴美様だってずっと祈っていたじゃないか」
誰もが帰って来るのを待っている間、思い思いの格好で無事に帰って来ることを祈っていた。
それは真剣な祈り。誰もが真剣に帰って来ることを祈っていたのだから。
「そっか。だからかも」
七葉は小さく呟いた。
「みんなが祈ってくれたから私は助かったのかも」
「ふむ、興味深いな。聞かせろ」
「あっ、うん。その前に、みんなは魔法を知っているかな?」
魔法。
それは今ではほとんど絶滅した魔術よりも強力なもの。ただ、使用するには魔術と比べてかなりの制限がある。
そして、魔術と違う大きな点もある。
「えっと、魔術よりも制限があるけど強力なものかな。それがどうかしたの?」
委員長の疑問はその場にいる全員の疑問だった。急に魔法と言われても何が何だか誰も理解出来ていない。
もし、周がいたならすぐにわかったであろうが。
「魔法にはね、信仰心を糧に発動するものがあってね、その信仰心は祈りなんだよ」
「つまり、俺達の祈りが?」
和樹の言葉に七葉は頷いた。
「正確にはわからないけどね。だって、ちょうど槍で突かれた場所に純鉄の板が入った御守りがくるわけないよ」
そう言いながら七葉は御守りを取り出した。一部は布をあてたのか真新しいが、重量感のある古びた御守り。
和樹から受け取ったその中には世にも珍しい純鉄が入っていた。魔力の攻撃を一切通さない純粋なもの。これによって七葉は助かったのだ。
これが偶然槍を受け止めたから。でも、あまりに偶然すぎる。
「みんなの祈りが通じたんだと思う。力のある人は戦える。でも、力のない人は戦えない。でも、何も行動出来ないわけじゃない。みんなの無事を強く願っていれば、いつか報われる時がある」
それが今回なのだから。
「リースちゃんはそのことを知っていたのか?」
「えっ? 篠宮君も? 実は私も同じことを考えていた」
二人の会話に他の三人が首を傾げる。まあ、仕方ないだろう。リースから直接言われたのはこの二人だけなのだから。
「いや、みんなが出る前にリースちゃんが望めば叶うかもって言っていたんだ。祈りは魔法の始まりだとも」
「私もそう言われたから。だから、知っていたかもしれない」
琴美を除いてリースが竜言語魔法を使えることを知らない。使えることを知っている二人からすれば納得出来る内容だった。
魔法というほぼ絶滅したものを扱うからこそ、魔法の原理を知っているのだから。
「望めば叶う、か。だったら、私も望もうかな」
七葉は小さく呟く。世界の滅びが来ないことを祈って。