第百八十九話 音界の歌姫
音界との通信。それは、ルーイの機体であるアストラルブレイズを使う必要があった。だから、オレ達はアストラルブレイズを収納している『ES』の格納庫(イグジストアストラルが保管されていた場所なので厳密には『ES』のものじゃないけど、イグジストアストラルやソードウルフまで収納されている)に来ていた。
ルーイはイグジストアストラルのコクピット内部で機器を操作している。
「リマ? 聞こえるか?」
『ルーイ? えっと、何かありました?』
『えっ? ルーイ? ルーイがそこにいるのですか?』
リマとは少し違う声。それを聞いたルーイが小さくため息をついていた。
『親衛隊の皆さんが返ってくると聞いていたのでてっきりルーイもいるものだと思っていたのですが。ルーイ、あなたは今どこですか?』
「歌姫様。静かにしてください。今はまだ人界にいます。僕達と共闘した部隊の隊長が話をしたいということで通信を開いたのですが」
『ルーイが返ってこないなら嫌』
何だろう。すごく暴君みたいな発現なのにルーイが苦笑しているのを見ると、ルーイのことを心配しているとしか見えない。
多分、ルーイと音界の歌姫は仲がいいんだろうな。
「こちらの歌姫もいますが」
『会う』
「変わり身早くない?」
オレは思わず声をあげていた。その言葉にルーイがまた苦笑してアストラルブレイズを操作する。
「今から投影装置でスクリーンに映します。器材に関しては十分なものがあるのでご自身の目で見て会話してください」
オレと音姉の前にはカメラとスクリーンがある。歌姫と会話できることになったならこれで会話するためだとルーイは言っていた。まあ、顔も見ずに信じろというのが難しいよな。
ちなみに、オレと音姉は珍しく『GF』の戦闘服で会話をする。普通は失礼なんだろうけど、事務用の制服、しかも、世界の首相級と会話するような上等なものがないからこういうことになったのだ。
スクリーンに一人の少女が映る。
『初めまして。私はあなた達の言う音界の代表。歌姫であるメリル・シュトロームです。代表というよりも象徴といった方がいいかもしれませんね』
少女はお人形さんみたいに可愛いと言うべき容姿だった。波打った金髪の長い髪に可愛らしい瞳。顔の造形も見事というべきか。
「オレは第76移動隊隊長海道周。ルーイ達に手伝ってもらいこちらの被害はほとんどなかった。感謝している」
『いえいえ。ルーイは音界でもエースパイロットですから。アストラルブレイズの名を持つ機体を持っていますし』
まあ、深くは聞かない方がいいかな。
『そちらの方は?』
「初めまして。白百合音姫です。この世界の歌姫と呼ばれています」
『本当? 本当に歌姫?』
向こうの歌姫が興奮しているようにも見える。どういうことだろうか。
すると、凄くうれしそうな表情で歌姫が話しかけてくる。その顔に浮かんでいるのは満面の笑み。
『初めてです。私以外の歌姫と出会うのは。わあー、凛々しくて綺麗。音姉様と呼んでもよろしいですか?』
「え、うん。いいよ」
あの音姉が押されている瞬間を初めて見た。いつもは音姉が押しているのに。
「ちょっと聞きたいことが」
『私は音姉様と話をしているのです。話さないでください』
泣いてもいいですか?
オレは少し泣きそうになりながらカメラの範囲から出た。多分、今は歌姫達の会話で何も話せないだろう。
オレが離れているとルーイが苦笑しながら近づいてくる。
「悪いな。歌姫様は極度の男性恐怖症なんだ。僕は大丈夫だけど、それ以外の人だとカメラやスクリーンを使わないと満足に話せなくて」
「ふーん。なるほどね。もし、歌姫が男なら大変なことになっていただろうな」
「それは僕が断言する」
まあ、振り返ってみたら二人は楽しそうに笑っているみたいだしよしとするか。多分、オレの聞きたいことを音姉が聞いてくれるだろう。
オレは小さく息を吐いて腕を伸ばした。
「それにしても、ルーイってエースパイロットなんだな」
「僕達の世界の話さ。この世界だと悠人には勝てない。彼は天才の中の天才だ。羨ましい限りだよ」
確かに、悠人のフュリアス操作は神がかっているしな。マテリアルライザーを使って悠人の動きをシュミレーションしてみたけど、あの動きをしようとしたら凄まじい微調整が必要だ。もちろん、マテリアルライザーについていないスラスターやブースターやらを使って。
ルーイの操作もなかなかだと思うんだけどな。
「周さんにルーイ? どうかしたの?」
その言葉にオレ達は振り返っていた。そこには汗だくの悠人の姿がある。ちなみに隣ではリリーナが完全にダウンしていて鈴から水をもらっていた。
オレは振り返りながら背後を指す。
「音界の歌姫様と音姉が会話をしているんだ。まあ、男のオレは弾きだされたって感じだな」
「そうなんだ。音界の歌姫様ってどんなんかな?」
悠人がスクリーンを覗き込み、そして固まった。
オレ達がそちらを見ると、楽しそうに談笑している二人の姿が。本当に楽しそうだ。音姉だからすぐに打ち解けたに違いない。
「可愛い」
そんな言葉が悠人の口から洩れた瞬間、梅雨に入ってじめじめして蒸し暑いはずの空気が一瞬で緯度の高い地域に来たような感覚に陥った。もちろん、冬だ。
オレがゆっくりそっちを向くと、そこには凄まじいまでの負のオーラ宿すリリーナの姿があった。隣にいる鈴はあたふたとしてどうしたらいいかわからないらしい。
「悠人ー? 今、何て言ったのかな?」
「ひぃっ!」
悠人が声を上げた。何故なら、リリーナがゆらりと文字通りゾンビのように歩き出したから。その歩行速度は遅いけど、その遅さが上手なお化け屋敷以上の怖さを出している。
というか、その手に持つ鎌が一番怖い。
「リ、リリーナ。す、少し落ち着かないかな?」
「悠人。私のことは可愛い?」
これって選択し間違えたら死にそうだな。とりあえず、レヴァンティンでも抜けるように、
『今のマスターは出来ないですよね』
呆れたような声がレヴァンティンから耳に入ってくる。このことも時雨達に話すことを二人で決めたので白昼堂々会話することが出来る。
まあ、いろいろ騒がれるだろうけど。
「忘れてた。ルーイは止められるか?」
「僕に何を期待している?」
ですよね。
「そもそも、音界の住人はフュリアスに乗るのに適した進化をしている。フュリアスを操作させれば強いが、生身となればこの世界の子供にも負けるだろう。僕も同じだ。まあ、あいつだけは別だが」
「あいつ?」
「『漆黒の聖騎士』と呼ばれる男だ。音界最強の機体でもあるアストラルブレイズ系列を過去に13度落とされている。僕も落とされかけた」
アストラルブレイズを落とすことなら不可能じゃないけど、かなり難しくなる。問題として、アストラルブレイズにあるであろう特殊能力さえ分からなければ対処しにくい。
まあ、教えてもらえないだろうけど。
「誰か助けてー!」
その声にオレが顔を上げるといつの間にか悠人がリリーナに追いかけられていた。リリーナの動きはまさにゾンビ。ただし、むちゃくちゃ速いから恐怖感がやってくる。化け物が怖いという意味ではなく死の恐怖が襲ってくる。
オレでも絶対逃げている。絶対にデュアルオーバードライブを使ってでも逃げる。
「はあ、メリルちゃん。ちょっと待ってね」
音姉が刀を抜いた。ちなみに光輝じゃない。新しく打ってもらった刀だ。耐久度は平凡クラスだが、どこぞの刀匠が打ったとかで斬れ味が少しおかしい。
音姉の体がゆらっと揺れたと思うと一瞬でリリーナの懐に入り込み鳩尾に刀の柄を叩き込んでいた。
久しぶりに見るけど、完全静止状態から最速に移行する加速移動だ。ちなみに、武器を構えていたら発動できないので戦場じゃまず見ない。
「あ、ありがとうございます」
「女の子は大事にしないとだめだよ」
音姉がにっこり笑って刀を鞘に収める。その笑みは般若が背後にいるように見えるけど。
『音姉様? その女の子は?』
「お、女の子!?」
悠人が大きな声をあげて驚いていた。歌姫は少し首をかしげて、そして、顔を真っ赤にして、
『ご、ごめんなさい。女の子に見えたもので』
悠人はその場に体育座りで座り込んで泣いている。まあ、泣きたくなるだろうな。男なのに女の子と言われれば。
「ほう。あれが男の娘か」
「? 悠人は男の子だけど?」
ルーイの呟いた声にオレは不思議そうな声で返した。ルーイはオレを見て若干目を見開き驚いている。
「バカな。今ので通じないとは。お前は本当に13歳か?」
「いや、だから何?」
孝治や浩平も時々同じようなことをするけど、一体どういうことだろうか?
『えっと、あなたのお名前は?』
「悠人。真柴悠人」
「なあ」
オレはこの光景を見てルーイに話しかけていた。
「歌姫って男性恐怖症だよな。どうして悠人と平気に会話をしているんだ?」
「僕に聞くな。僕だって驚いているんだ」
悠人と歌姫は今普通に会話をしている。ルーイから聞いていた情報が嘘のようにも思えてくるけど、ルーイが嘘を言うメリットはほとんどないから本当に男性恐怖症なのだろう。
でも、歌姫の顔はどことなく楽しそうだ。頬時は若干赤いし。
『悠人はもしかしてフュリアス乗りですか?』
「うん。ダークエルフってフュリアスに乗っていたよ。ちょっと前の戦いで大破したから今は機体無しかな」
『そうですか。ルーイ』
歌姫の呼びかけにルーイがカメラの前に立った。
「なんでしょうか」
『悠人の機体の型は?』
その言葉にルーイが完全に固まる。まあ、仕方ないだろう。何故なら、悠人の機体は第三世代型。対するルーイの機体は第七世代型。
オレの予想だと、世代の型に合わせて贈り物でもするつもりなのだろう。
「悠人の機体はオリジナルです。はっきり言いますが、操作できるのは悠人一人かと」
『特殊なスラスターやブースターがついているのですか?』
「その」
ルーイはとても言いにくそうだ。だって、本当のことを言っても信じてくれなさそうだし。
「僕の機体は第三世代型だけど」
『えっ?』
歌姫が固まる。まあ、第三世代型と言っても第七世代に匹敵する戦闘能力を持っているからな。
「ダークエルフは第三世代型。とは言っても、僕達の世界での表現だから、そちらの世界は当てはまらないのかな? ルーイは確かダークエルフの設計図を見ていたよね?」
「悠人の機体は文字通り第三世代型のスペックです。悠人専用に改造はされていますが戦闘能力は第七世代に匹敵するかと」
『ルーイ?』
歌姫の顔がだんだん怒りに染まっていく。オレは小さくため息をついて両者の間に入った。正確にはカメラの前に。
「ストップ。こんなところで言い争いはよくないぞ」
『黙っていてください』
「やだね。歌姫さんは悠人の実力を信じれないらしい。だったら、悠人がその実力を見せればいい」
オレの提案にその場にいる誰もが目を点にしていた。
最大の問題点は悠人のフュリアスが大破しているということなのだが、それに関してならオレには秘策があるから大丈夫。
「悠人とルーイの模擬戦だ。ルーイはアストラルブレイズ。悠人はエクスカリバーを使ってもらう」
「エクス、カリバー?」
悠人が不思議そうな声を上げた。まあ、エクスカリバーは今までのフュリアスの名前に存在しないだろうからな。
オレは笑みを浮かべる。
「音界の技術とソードウルフの技術。その二つを応用したNGF、Next Generation Furiousの機体だ。まあ、期待していてくれ」
オレはにやりと笑みを浮かべて悠人に言った。名前の由来はとある聖剣からだけど、この名付けたことには理由がある。
エクスカリバーははっきり言うなら設計図は書いたもののスペックを出すことは到底不可能なものになったからだ。それを悠人が扱いこなせるかどうか。
完全に賭けになるけど悪くはない。
「日にちは一ヶ月後。もし、悠人がスペックを出せるなら」
オレはルーイに笑みを浮かべた。
「アストラルブレイズ程度じゃ手に負えないぜ」
『わかりました』
歌姫も同意してくれる。これで十分だろう。
『では、こちらもロールアウトしたばかりの第八世代型のフュリアスをルーイに託します』
あれ? なんだか周囲の視線が痛いぞ。
『これは私達の世界とあなた達の世界の喧嘩です。どちらが強いか、この際はっきりしましょう!』
そして、映像が切れた。
悠人とルーイがオレを批判するかのように見てくる。オレはただ苦笑いを浮かべるだけで精いっぱいだった。
エクスカリバーはどんな機体にするか決まっていますが、ルーイの最新機はまだ決めていません。何かアイデアを募集しています。