第百八十六話 経過
オレは窓から帰って行く周達を見下ろしていた。周は未だに魔術を使えない。使わないだけで使えないことはないのだが。
亜紗がいたのはそれが理由だ。周の警護でもある。
デュアルオーバードライブはダブルシンクロと似ている。違うのは、魔力の掌握を誰に任せるかどうか。
デュアルオーバードライブなら周自身が魔力を操作する。それが出来るのは周が魔力の掌握に慣れているから。対するダブルシンクロはアルネウラに任している。こちらは信頼していなければ出来ない。というか、よほどの信頼関係と息の合った行動がなければ無理。
「悠兄、やっぱり周兄が心配?」
「そりゃな。帰って来たら帰って来たでいきなりオレを一時的な副隊長に上げたんだぞ。早く治ってくれなきゃ疲れるんだよ」
「優月やアルネウラとデートしたいからかな?」
七葉が小悪魔のように笑みを浮かべながら言う。一度殴ってやろうか。
「副隊長も大変なんだな。俺は周が一人で何でもこなしていると思っていたけど」
「あいつは器用に器用貧乏なんだよ。あらゆる能力は高いけど、飛び抜けたものがない。別の言い方をするなら弱点がない。例えば、音姫さんは機械音痴。孝治なら持続時間など、それぞれにあるはずの弱点。それが周にはない」
それがどれだけおかしいことか分かる人は分かるだろう。勉強やスポーツとかいう問題ではない。
戦場だろうが日常だろうが、あらゆる状況に対応出来る究極の才能。それが最強の名がつく器用貧乏だ。
「弱点が無いということはそれだけで絶対的な利点だ。周の場合は何でも器用にやりこなす。オレ達の助けがほとんどいらないくらいに」
それがどれだけ異常なことかあいつは理解していない。多分、心の底から自分のできることは自分ですると思っているんだろうな。他人がするより自分がした方が早く終わることが多いから。
あいつは責任を背負おうと思っているから。
「だから、一人でこなす。まあ、その分、無理なものは無理だとわかっているだろうしな」
そう言う時は指示を出してくれる。まあ、最近は音姫さんはマシだけど、最初の頃なんて周が諦めたくらいのこともあったよな。
「あいつも苦労しているんだな。そんなの表情には出さないけど」
「周兄の凄いところがそこなんだよね。昔なら心配していたけど、今なら大丈夫じゃないかな?」
「だろうな」
今なら周の近くに周自身の大切な人達がいる。だから、安心してもいいだろう。
「お前らがなんの会話してんのかわからん。まあ、身内のことは身内が一番わかっているってことはわかった」
和樹がそう言いながら窓の外を見る。窓の外はしっかり晴れており、そこから見える青空は綺麗だった。風景もなかなかのものだ。ただし、戦闘の後が大きく残る山肌や森を視界に収めなければ。
とある部分にある森の中に作り上げられたクレーター。無我夢中で放ったオレの収束砲のせいらしい。覚えていないので何とも言えないが、アルネウラと優月の二人がいたからこそできた技。オレの切り札というべきか。
「そういや、七葉っていつ退院するんだ?」
「んーっと、一週間後が目安かな。もう、だいぶリハビリをこなしているから先生もそろそろ退院のことを考えておいて欲しいって」
第76移動隊の駐在所が弱者に優しい設計にはなっていないからな。リハビリをこなしているとはいえ、学校まではそこそこの距離はある。他の所に行こうとしても時間がかかるのに松葉杖でやっていけるわけがない。それが七葉の入院が伸びている原因なんだけどな。
「つまり、それくらいなったら七葉ちゃんも学校に通うのか?」
「そうなるかな。まあ、松葉杖での登校だけどね」
今考えたら、いつの間にかこの二人はいい関係になっているよな。まあ、七葉が生きているのは和樹から借りたお守りのおかげと聞いているし。
「そうなると、なんとか体育祭は見に来れるな」
「うん。絶対に行く。悠兄が周兄と孝治さんにボコボコにされる瞬間の写真を収めに」
「趣味悪いな」
そうとしか言えない。というか、クラス対抗800mリレーのアンカーのほとんど全員が第76移動隊ってどうよ。
しかも、一組は亜紗。二組は周。三組は孝治。なんで部隊自走トップ5の内三人いるわけ?
50mを6秒前半じゃ話にならないよな? 特に周は50mを4秒前半で魔術なしで走れるし。
「まあ、そうだよな。いくら周が怪我をしていると言っても、魔術がつけないだけだから体育祭には何の支障もないと言っていたし。あいつって魔術なしで部隊何番目なんだ?」
「由姫と同じ同率二位。ちなみに、一位は音姫さんね。あの人はただ単に魔術が使えないだけだから」
それであらゆる行動についてこられる脚力と体力に戦闘能力まであり。まあ、数少ない戦闘ランクSって人だしな。
「悠聖は?」
「七位だよ。さすがに私やリースさんには勝つけど、前線のみんなには勝てないよ。ちなみに光ちゃんも」
あいつって地味に足が速いよな。確か、孝治に匹敵するくらい。魔術なしではの話だ。
「一瞬で抜かされるようにしか見えないけどな。まあ、頑張るさ。さすがに妹の前じゃかっこつけたいし」
「無理だと思うよ」
その言葉はぼそっと呟かれたもの。でも、その声ははっきりとオレの耳に届いていた。
「ですよねー! つか、バックかセンターにいるオレがフロント中心の奴らに勝てるわけねえっての! こんちくしょうめ」
本気で泣きたいぜ。
オレは小さくため息をついて時計を見た。予定より少しばかり早いけど、そろそろか。
「じゃ、オレは帰るわ」
「あれ? ゆっくりして行かないのか?」
和樹からすればあまり長くいないことを不安に思っているのだろう。まあ、その気持ちはわかるけど、今はとても大事なことがあるから。
「大事な会議だアル・アジフがそのために来るらしいし。まあ、予定より早いのはお二人さんの邪魔をしたくないだけだ」
「そ、そんなんじゃねえよ」
「そ、そうだよ。私達はそんなんじゃないからね」
必死にごまかそうとしているが、二人の顔は真っ赤だ。時々、視線を合わせているのが初々しい。
オレは笑みを浮かべて立ち上がった。
「だから、和樹はオレの分もゆっくりして言ってくれ」
「ったく。わかったよ。さっさと行け。その代わり、会議が終わったら変われよ。七葉ちゃんも第76移動隊なんだから」
「それくらいわかっているさ」
オレはそのまま部屋から出て行く。
アル・アジフが来る用事。いや、周から聞いた話だと周が呼び寄せたらしい。アル・アジフも内部の処理がほとんど終わってここに来る予定もあったからすぐに承諾したとか。
周が呼び寄せると言うことはおそらく今回の結城と真柴が起こした事件についてだろう。
「一体、何の話になるのやら」
「ったく。悠聖の奴。ななのためにもう少しいてやれよ」
悠聖が立ち去った病室の中で和樹が呆れたようにため息をついた。和樹はわかってはいるが、やっぱり許せないらしい。
「いいよ。かず君がそこまで言わなくても。悠兄には悠兄のやるべきことがあるんだよ。それに、多分だけどかなり大事な話だと思うから」
「そうか」
二人は無言でしばらくの時を過ごす。でも、二人の顔は真っ赤だ。まるで、この空気の中に酔っているかのように。
「なあ、もう少し寄っていいか?」
「うん」
和樹が七葉が寝ているベットに椅子を寄せる。
二人きりの病室は看護師が入ってくるまで続いたとさ。