第百七十九話 違和感と再来
オレは素早く後ろに下がった。それと同時にオレのいた場所に鬼の腕が突き刺さる。回避出来なかったら確実に死んでいた。
体勢をしっかり立て直し、拳を握りしめる。
「さすが周隊長を苦しませた奴だな。桁が違う」
『余裕だな』
イグニスの声が頭の中で響く。オレは地面を蹴って鬼に殴りかかった。そして、真っ正面から拳を打ち合う。
普通なら死ぬ威力。だが、イグニスのシンクロしているオレからすれば普通に痛いだけだ。
『しかし、我が力でも同等かそれ以下か』
珍しいな。イグニスが自分の力を誇らないのは。くっ。
オレは飛んできた鬼の拳をギリギリで回避するが、姿勢を崩して大きく後ろに下がった。
今の戦場にいるのはオレとリース。
精霊達はイグニスを残して安全な場所に七葉を送っている最中だ。
『小癪な。まだ刃向かうか』
鬼の言葉にオレは中指を立てて挑発する。
「ああ、刃向かうさ。オレ達はお前をこの世に出させるわけにはいかないんでね。それに、お前は今、完全に復活したわけじゃないだろ」
オレは鬼の攻撃を弾き、力任せに殴り飛ばした。
このレベルで周や孝治が苦労するわけがない。苦労するとしたらオレや浩平のような奴らだ。
『その仕草を見ると我が宿敵を思い出すな』
その鬼の言葉にオレは驚いていた。何故なら懐かしそうな顔をしたからだ。そして、遠くの空を見つめている。
『完全復活した我を殴り飛ばした男。もう、生きてはいまいが、奴の血はこの世界にいる』
こいつは何が言いたいんだ?
『貴様は何故、精霊と共にいる?』
次にきた言葉はオレに対する質問だった。オレは訝しむように眉をひそめる。それは、オレ達が戦った狭間の鬼とは考えられないセリフ。
あの時は鬼とよく似た存在である精霊を真っ先に殺そうとしてきた。まあ、周達の方が厄介だったからか周達が来てから狙われなかったけど。
「理由? お前に言って何か変わるのか?」
『変わらない。だが、我が聞きたいだけだ』
オレは小さく息を吸って拳を握りしめた。そして、しっかり身構えて鬼の行動に備える。
「最初は力のためだった。でも、最初に契約した精霊達と一緒にいる内にそいつらのことを大切に思うようになった。そして、恋をした。オレはオレの精霊達を大事な仲間で家族だ」
『そうか』
狭間の鬼の気配が変わる。だんだん力が溜まっていっているような気がする。気を抜けばやられる。
『ならば、容赦なく殺しにいける』
『来るぞ!』
イグニスの言葉にオレは身構えた。そして、一挙一動を見逃さないように神経を尖らせて狭間の鬼を見る。
そして、狭間の鬼の体が動いた。オレはすかさず後ろに下がる。だけど、オレの体に吸い込まれるように。
「がっ」
オレの体に鬼の拳が突き刺さり吹き飛ばされた。そのまま近くの木に叩きつけられる。
今の、速いという次元を越えていた。こんな奴と周や孝治は戦っていたのかよ。
『ほう、まだ抗うか』
立ち上がろうとしたオレに向かって狭間の鬼が向かってくる。
イグニスとのシンクロて力やらスタミナやら上がっているはずなんだけどな。全く効かなかった。
「抗うに決まっているだろ。諦めたらそこで終わりだ。だから、オレは諦めない。それがオレの決めた道だ!」
出来る限り強がって聞こえるように言う。狭間の夜に気づいて冬華達が戻ってきたならいいけど、それは難しいだろう。
だったら、オレはまだ戦うだけだ。
「イグニス、いけるか?」
『我が誰だと知って言っているのか?』
イグニスの言葉にオレは少しだけ笑みを浮かべる。
オレは指輪を触った。指輪型のデバイスでフィネーマからの贈り物。
「一撃だ」
速度は向こうが上。力も向こうが上。防御力ですら向こうが上。反応速度ももしかしたら向こうが上かもしれない。
例えそうでも、戦う隙はある。
『愚かな』
狭間の鬼がそう言った瞬間、爆発的な加速で前に出た。実際に爆発させた爆風で加速しているだけだ。
速度なら周を超えるはずだ。オレはそのまま狭間の鬼に肘を下から上に向かって振り上げた。
だが、そこに狭間の鬼の姿は無かった。
『一瞬の油断をつくか。さすがだな』
「シンクロ解除!」
オレはシンクロを解除しながら後ろに跳んだ。しかし、回避出来るような距離じゃない。
速度はおかしい。この速度なら、周は確実に負けるはずなのに。一体どうやって。
そして、オレの体に絶望的な速度で鬼の腕が吸い込まれた。
それは確実に即死するような攻撃。だけど、その腕がオレの体を貫くことは無かった。
狭間の鬼の腕によってオレは殴り飛ばされる。だが、狭間の鬼の腕は空中に現れた魔術陣から飛び出す鎖によって捕まえられていた。
「くっ、何が」
痛みをこらえて体を起こす。ちょうど目の前に誰かがいた。服装は第76移動隊が着る戦闘服ではない。
一体誰が来たんだ?
「間に合ったッスね」
さの言葉にオレは目をパチパチとまばたきしていた。目の前の光景が信じられないからだ。
だって、どうしてここに『雷帝』の刹那がいるのかわからなかった。
「せっちゃん。今のはせっちゃんと違うから」
そして、刹那の隣にいる人物にも驚く。炎熱蝶々を背中に宿し、いつでも砲撃出来る準備にしている元『炎帝』であるエレノア。
そして、その隣にいるベリエとアリエ。
「やっぱり、人間だけじゃ頼りないわね。私達が直々に手伝ってあげるわ」
「べ、ベリエちゃん? 私達はそんな理由で」
「いいの。こういう状況で恩を売っておけば後々楽になるから」
それをオレの前で言うのか?
オレは小さく溜息をついた。誰が呼んだかわからないけどこれなら戦える。
「悠聖! って、あれ? どうなってんの?」
戻ってきた浩平が不思議そうに周囲を見渡す、まあ、そうなるわな。
「狭間の鬼が復活していることだけは確かですね」
「都は下がっていて」
どうやら向こうは全員無事らしい。真柴昭三を逃がした可能性は考えない。
「さあ、全力で行くぞ」
オレはニヤリと笑みを浮かべて身構えた。