第百七十六話 優月の心
オレは一人、真っ白な空間の中に立っていた。一人というのがすごく久しぶりだと思ってしまう。
だって、いつもアルネウラやレクサス達がいたのだから。
エルフィンの精神感応によって優月の心の中に入れたはずだ。それにしても、エルフィンの力はかなりのものだ。
いくら心を塞いでいても、強制的に開いて中に入る。まあ、優先順位の低さからほとんど発動出来ないけど。
「優月」
オレは優月の名前を呼んだ。だけど、周囲からの返答はない。話せない状況にいるのか、はたまた、
「まあ、今は捜すしかないか」
オレは歩き出した。でも、常に真っ白な空間を歩いて程なく、オレの気力がほとんど無くなった。
だって、風景すら変わらないからオレが本当に動いているのかわからなくなるじゃないか。まあ、足を止めて諦めることにするけど。
「もしかして、ここは記憶を失った優月の中なのか?」
そう思った瞬間、風景が現れた。いや、風景というより遊び道具か。
真っ白な床に散らばっている遊び道具。小さな子供が遊ぶような道具ばかりだ。心理学者じゃないから何を意味するか全くわからないけど。
それが無造作に放置されている。
オレはその中からクレヨンの箱を見つけ、懐かしく思いながら蓋を開けた。だが、そこには何も入っていない。
「どういうことだ?」
ここには何か入っていてもいいはずなのに何も入っていない。まるで、中のものを知らないかのように。
「もしかして」
オレは箱の中を開けいく。箱の中身はない。そして、八つ目を開けて確信した。
「これは、優月が望んでも手に入らなかったものか?」
箱の中身がないというのは優月の記憶の中でその中身を知らないというものである。つまり、優月はこれらのものを望んでいながら手に入れることが出来なかった。
事情はわからない。でも、何らかの形で抑圧されていたというのは確かなはずだ。
「どうして、抑圧されていたんだ?」
まるで、このようなことは必要ないとでも言うかのように。もしかしたら、
「優月。お前は、世界の滅びについて何か知っているのか」
その言葉にオレの感覚が震えを捕えた。空間自体が震えたわけでも、空間内の空気が震えたわけでもない。多分、優月の心が揺れ動いたから。
オレは言葉を続ける。
「アルネウラから全部聞いた。アルネウラ自身が世界の滅びに対抗するために生まれた存在だと言うことも。もしかして、お前は精霊の中でも上位に位置するものか?」
『答えなければ、なりませんか?』
その声は指令が話すような優月の声だった。人の発声の仕方とは違う、少し印象に残る声。
「いや、答えなくてもいいさ」
オレはそう言って満足そうに笑った。優月の心を知ることが出来たから。
優月がどんな精霊だっていい。オレの大切な奴であることには変わりはない。
『どうして、ここに?』
「ちょっと、優月と話をしたくてな」
『助けに来たわけじゃないの?』
まるで、何かを求めるような声。でも、今はすぐに答えるわけにはいかない。
「助けてほしいのか?」
『! 迷惑、だよ。もう、付きまとわないで』
やっぱりこう答えるよな。まあ、最初から姿を現さない時点でわかってはいた。
オレはあくまで精霊召喚師として精霊の意志を優先する。だから、精霊の意志を無視して連れて帰るなんてしたくない。
「だから、話に来たんだ。まあ、そんなに長くはかからない。言うなら、未来の話だ」
『未来? でも、未来は決まっている。変えることはできない』
「それは預言書の内容だろ?」
預言書の内容は変えることが出来ない。でも、オレが第76移動隊にいたからこそ思えるものがある。多分、周だって同じように思えるだろう。
狭間の鬼をめぐる戦いで貴族派が言ったという世界の滅亡。そして、今回の真柴・結城両家の行動。多分、結城家の方も世界の滅亡から世界を救うためだろう。真柴昭三は確かにそう言っていた。やり方はどうであれ、世界の滅亡をさせるわけにはいかないと思っているのも事実だ。
「オレは思うんだ。精霊だけじゃない。人界にもたくさん未来の滅亡を知っている人がいるんじゃないかって。どういう理由かわからないさ。世界が滅びる方法とか、いつ滅びるとか。それがわかっているからこそ、誰もが力を手に入れようと動いている。今の世界はそんな感じだ」
『全てがですか?』
「ああ」
周も確実に気付いている。というか、あいつみたいに怖いほど頭の回る奴がオレの気付いたことに気づかないわけがない。だから、周は絶対だ。
多分、これからの世界はそういう風に動いていく。オレのバカな知識でもそれがわかる。
「未来を。滅亡の未来ではなく、新たな未来を求めて、どの勢力も知恵を振り絞って動いている。多分、オレ達第76移動隊が作られた理由もそうだろうな。同年代の実力者を集めてその部隊を特殊部隊として鍛え上げる。世界でも若手の採用があるのはそれが理由だろうな。この年代は、日本が極めて強い若手が多かっただけだと思うし」
世界を見ればオレ以上の強さを持つ10代なんていくらでもいる。オレは精霊召喚師としては最強ではあるが、単体ではそこまで強くない。多分、精霊召喚無しというルールだと七葉にも負けるだろう。
そして、周だって。あいつは前線指揮官として最高のパラメータを持っているはずだ。10代の中ではかなり上の強さだけど。
オレらの中でダントツに低い被弾率。的中率の高い戦術予測。支援魔術の厚さ。そして、自身の行動範囲。
どれもが正規部隊で通用するレベルの能力。もしかしたら、第76移動隊は周を輝かせるために作られた部隊かもしれない。
「周が求める望み。誰も失わず全てを守る、夢。オレはそれに協力したいんだ。未来に何が起きるか知ったからでもない。誰かを守るためには戦わないといけないから。確かに、戦わない奴だっているさ。力の無い奴は声高に叫ぶしかない。でも、オレはそれを否定しない。声を出すことで行動しているからだ。だったら、滅亡を望まないことでみんなを結束させればいい。世界が一つになれば、滅亡は回避できるかもしれない」
『無理だよ。絶対に無理。人は、魔界の住人や天界の住人と仲が悪い。どうやって一つになるの? 世界はそんなに簡単じゃない!』
「知ってるさ! 知っている。そんなこと当の昔に。簡単だったら今頃誰もが仲良しだ。でもな、そうじゃないからオレみたいな奴が戦っている。世界を守ろうと。簡単じゃないからなんだよ」
世界がそんなにも簡単だったなら、オレは第76移動隊のみんなや精霊達に絶対に合わなかった。周とかは除くけど、確実に会わない。
簡単じゃないからこそ、オレ達の様な普通を外れた子供が戦っている。
「簡単じゃないから、みんなで力を合わせるしかないんだ。力を合わせて、望む道を求めて行く。その道に山や谷はある。必ず。でも、そんなことで諦めていたら人間は何も前に進めないんだよ!」
どんなに険しい山でも諦めた瞬間にそれは終わる。諦めないからこそ、世界に名を轟かせる人達がいる。だからこそ、オレ達は未来を信じて戦っている。
「オレ達の最終地点がどこにあるかわからない。でも、オレ達は決めたんだ。自分達の手でそうすることを。選択することで決めたんだ」
『選択』
優月が小さく呟いた。多分、優月は今まで自ら選択することはなかったのだろう。そして、他人の言われるがままに行動していた。だから、今もこの状態でいる。
全てを選択しないということは、生きているとは言わない。
「決めろ。決めるのは全てお前だ。他人に責任を押し付けるな。自分の選択で自分の進むべき道を見つけろ。それが、生きているってことなんだよ」
『悠聖、私は』
「お前がどうしたいか言え。それがお前の望みなら、オレは手伝ってやる。全力で、最後まで」
選択すると言うのは自分の足で歩くこと。そこにようやく力が生まれる。
「私は、悠聖と一緒にいたい!」
その言葉と共に優月がオレの胸の中に飛び込んできた。そして、泣きじゃくる。
本当は辛かったのだろう。何があったかわからないけど、ここまで優月を追い詰めたものがあるに違いない。この戦いが終わったらそいつに真正面から言ってやる。
優月に全てを選ばせろと。
「優月を守るよ。だから」
オレは足元に魔術陣を出現させた。そして、優月の頬を優しく撫でる。
「自分の意志で傍にいろ」
そして、オレはゆっくり優月にキスをした。
なんか悠聖が女たらしのように見えてきたのは作者だけでしょうか?