第百七十三話 白川悠聖 後編
予定していたものとは少し違うことに。
『ふははははっ。我が名はイグニス。灼熱の精霊だ!』
戦場で起きる爆発。その中をかいくぐってオレは突撃していた。隣にアルネウラを連れて。
浩平はリースと一緒に突撃してくる敵を吹っ飛ばし、七葉と冬華はその二人に向かってくる攻撃を全て弾いている。都さんはフォトンランサーを出しながら相手の牽制だ。
どうやら、オレが真柴昭三と話すのを待ってくれているらしい。
「瞬間移動ですね。まさか、狭間の巫女にそのような力があるとは」
真柴昭三が驚いていたのはほんの少しの時間だった。あっという間に現状を把握して動いている。でも、こっちの方が動きが早い。
「レクサス! シンクロ!」
『ええ』
すかさずレクサスとシンクロを行う。とは言っても、それほど長くやるわけじゃない。レクサスの武器を取り出すことなく空中に大量の水玉を発生させた。そして、レクサスとのシンクロを解く。
オレは真柴昭三を睨みつけた。
「ここが年貢の納め時だ、真柴昭三」
「この状況でですか?」
真柴昭三が周囲を見渡す。確かに、今の状況はどちらかと言えばオレ達が囲まれていると言う方だろう。というか、確実にそうとしか見えない。でも、それが普通の戦力ならの話だ。
オレはアルネウラの手を握り締めた。
「『シンクロ』」
オレとアルネウラの声が重なる。そして、アルネウラがオレの中に入ってきた。いつもとは違う感覚。いつもとは違うアルネウラの存在を強く感じる状況。
オレはアルネウラの武器でもあるチャクラムを取り出して真柴昭三に向ける。囲まれているが、いや、むしろ、囲まれている状況だからこそ、この技が出来る。乱戦なら確実にできない。
「あなた達が何をしようかわかりませんが。こちらには最強の精霊がいるのですよ? なのに、戦おうと言うのは愚かと言いませんか?」
「愚か? お前はバカか?」
オレがそう返すと真柴昭三はまるで間抜けみたいな顔をしていた。オレの言った意味がわからないのだろう。そもそも、そんなことを言われて止まれる状況でもない。
それに、最強という言葉には一つの疑問があるし。
「最強の精霊がいたからって、その精霊召喚師が最強なわけじゃないだろ? 例え、ユニゾンという精霊の意志に反したことを行うものがあっても、それで最強の精霊召喚師を名乗れるわけがない。それをお前達は勘違いしている」
「最強の精霊さえあればいいのです。最強という名前だけね。そもそも、精霊というのは使い捨ての道具ですから」
「・・・・・・お前にとって、精霊とはなんだ?」
オレは冷静になるよう自分に言い聞かせながら尋ねた。アルネウラは無言でいてくれる。
こういう時は本当にありがたい。
「道具、と言いませんでしたか?」
「わかった」
オレは小さく息を吐いた。そして、チャクラムを握り締める。
アルネウラ、あれをやる。
オレは心の中でアルネウラの語りかける。それにアルネウラは頷いてくれた。
『うん。私は、悠聖と一緒だよ』
心の中に響くアルネウラの言葉にオレは声を上げた。
「アルティメットシンクロ!」
シンクロの最終形態。シンクロ率100%にするためのもの。術者と精霊が心を通わせることによってこの段かに入ることが出来る。精霊にとっては術者が死ねば精霊自身も死ぬ状況になるため、これには一蓮托生の覚悟が必要だ。
例えば、ぜっと一緒にいることを誓い合った恋人達の様に。
「今ここで、お前を拘束する!」
「出来ますか? この状況で」
周囲を見渡せばすでに敵は武装を完全に整えている。いつでも戦闘準備は万端だろう。
浩平がゆっくりオレに近づいてきた。
「いきなりまずいな」
浩平も上手く射撃で敵をいなしているが、それも限界がある。だから、訪ねてきたのだろう。
オレは小さく頷いた。
「行くぞ!」
そして、オレはチャクラムを投げる。方向はオレ達の周囲。最強の精霊召喚師の能力を思い知らせるために。
轟音。
その時の表現はこれが一番だろう。周囲に浮かばせていた水玉がチャクラムに触れて破砕する。飛び散る水滴。だけど、それは空中で静止していた。
氷属性のアルティメットシンクロのみに出来る強力、いや、凶悪な技。
「眠ってろ!」
水滴がまるで弾丸のように敵に向かって放たれた。そして、敵に当たった瞬間にバタバタと倒れて行く。
事情を知らないものが見ていたら完全に目を疑う光景だろう。実際に、周囲を見渡しても冬華くらいしか理解していないし。
レクサスとシンクロした時に出現させた水玉は当たれば一撃で眠りに誘うことが出来る強力な魔力を込めた水。それをチャクラムで破砕し、動きの変化を完全に停止させることで飛び散った水滴内部に反発していくエネルギーが溜まる。それに、一か所だけ変化を解けば、弾丸の様に飛ぶ水が相手にあたり、一撃で眠らせると言うわけだ。
ちなみに、普通にしようとしてもまずできない。というか、不可能。
「バカな。この数を一撃で」
オレは戻ってきたチャクラムを手に取った。そして、ニヤリと笑みを浮かべる。
「さあ、優月を返してもらおうか」
「へえ、奪って置いて返せか。横暴だね。『GF』」
オレはその声を聞いて笑みを浮かべたままだった。この場にいてくれることがわかって十分だから。
オレは笑みを隠そうとしても隠しきれず、諦めて笑みを浮かべたまま言葉を返す。
「ここにいいたか。クラスメートA」
オレの言葉に周囲が固まった。もちろん、優月をさらったクラスメートも。
「で、でめえ。俺の名前を覚えていないのか!?」
「全く」
そもそも興味なんてなかったし。オレの興味は女の、
『悠聖。少しストップ』
アルネウラの言葉にオレはその後を自嘲して考えることを止める。今は優月を助けることだけだ。
「悠聖。それだけは本当にひどいと思うぜ」
「私の悠聖がそんなんだったなんて」
「悠兄ってバカ?」
「最低」
「最低ですね」
味方から飛んでくる様々な言葉。どれを聞いても完全に四面楚歌にしかなっていない。
「だあーっ、もう。そもそも、お前は勝手に優月の意志と関係なく契約したんだろうが! なのに、奪っただの返してもらっただの言う権利なんてない!」
「契約した以上、俺の精霊だ」
「だから」
オレはクラスメートAを睨みつけた。
「お前の思っているほど精霊は小さな存在じゃねえ! よくわかったよ。お前は一度完全にやられなきゃ性根は直らないタイプだ。今ここで、お前を倒す!」
「できるかな。この俺に!」
オレはチャクラムを投げつけた。クラスメートAはそれを回避しようと動く。だけど、オレは当てるために投げたわけじゃない。
オレはすかさず魔術陣を作り出した。
「ちょっと付き合ってもらうぜ!」
魔術が発動する。それと同時にオレとクラスメートAを周囲の空間から切り離した。
隔離魔術と呼ばれる氷属性の中でも最上級に位置する強力な魔術だ。文字通り、その空間を隔離するものだが、範囲がとても小さく、なおかつ周囲の人は内部に手出しすることが出来ず、外も同様に手だしする事が出来ない。
だからこそ、オレはこれを張った。
「これは、何だ?」
「このことも知らないのか? 最強の精霊を持っているというのは嘘みたいだな」
オレは笑みを浮かべる。
こういう時って本当に本性が出るよな。誰かを助けるために行動する時に笑みが浮かぶオレの本性が。
「最強の精霊召喚師白川悠聖。行くぞ!」
そして、オレは地面を蹴った。
水滴飛ばしは普通にできません。周でも不可能です。冬華でも不可能です。