第百六十八話 星喰いの出現
狭間市での戦いが始まります。
「悠聖ー!」
オレはその言葉に振り返っていた。そして、手に持っている箒を壁に立てかける。そこにいたのは周のクラスメートである三人組。確か、
「俊輔に委員長とガキだっけ?」
「私は海道君の中だと委員長なんだね」
「ガキじゃね! 和樹だ! ったく、周の奴、いい加減に教えやがって」
ガキじゃなかったのか。まあ、何でもいいんだけどな。
「周隊長ならまだまだ帰って来ないぜ。後三日はいないんじゃないかな」
「だと思ったよ。周と由姫ちゃんのプリント。お前も大変だな。一人で駐在所にいるって」
オレは小さく溜息をついて背後の建物を振り返る。春休みからのオレらの拠点でもあるこの場所。
まあ、一人で守っていくのは辛いけど浩平がいるから大丈夫だろうな。
駐在所の中から誰かが出て来る。
「やあ、優月ちゃん」
「ひゃっ」
和樹に声をかけられた優月がオレの背中に隠れた。オレ達の目が微かに鋭くなって和樹を睨みつける。
ちなみに、優月は泣きそうになりながらオレの服を震える手で掴んでいた。
まあ、とりあえずはいつものことでもしますか。
「ったく、優月はまだ人見知りなんだから止めてくれと言ってるだろ。正確にはどこかに消えろ」
「そうです、消えてください」
「うわっ、俊輔、俺、いじめられてるよな?」
「安心しろ。スキンシップだ」
「そうなんだ。スキンシップか。わーい、安心出来るように、思えるか!」
オレ達の会話に委員長がいつものように笑みを浮かべる。
「相変わらずかな。海道君がいなくなってからずっとやってるよね」
「楽しいよ?」
「優月ちゃん、人に消えろというのが楽しいと言わないで」
和樹が泣きそうになりながらうずくまっている。それを見て優月はオレの横でニコニコ笑っていた。
最近、優月はニコニコ笑うようになってきた。ここに来た時は記憶がないからか何もわからずあまり他人とは話さなかった。
和樹に話された時なんて号泣していたような気がする。もちろん、怖かったから。
でも、今では和樹の前でも笑っている。ちょっと前に買ったワンピースなんて大事に保管しているくらいだ。
ちなみに、今着ているのはジャージ。
「悠聖も大変だよな。周達がいないからって駐在所に缶詰めだなんて。後、学校行かなくて羨ましい」
「最後が本音だろ。これでも第76移動隊だからな。行動範囲の広い浩平らならともかく、オレの能力は防衛用だ。それに」
オレは優月の頭に手を置いて撫でてやる。
「優月もいる。ディアボルガやルカに周囲は探索してもらっているから大丈夫だろ。多分、だけどさ。それに、オレは不器用だからこんなことしか出来ないし」
ディアボルガやルカの探索には全幅の信頼を持っている。だからこそ、オレは安心してここにいられる。
フュリアスのような巨大戦力が来ても先に防衛を整えるだけ。
オレが出来るのはそれだけ。
「立派だな。『GF』もそういう人材がたくさんいればいいがな。最近の『GF』は攻撃型が多いような気がするが」
「オレもさ。でも、オレは守ることの大切さをある奴から教えてもらった。だから、今はみんなの帰る場所にいる。それだけさ」
やっていることは前を掃いているだけだけどな。まあ、人がいないし仕方ないか。
オレが軽く肩をすくめると、誰かの声が響いてきた。振り返ってみると、そこにいたのは少年だ。精霊召喚符で四体の最上級精霊を召喚した少年。
「師匠! お師匠様!」
あの日以来、オレのことを師匠と呼ぶようになった。実際に召喚術について教えているからだけどな。
名前は名山俊也。現在小学生六年生で七葉と同じクラスだった。七葉も俊也のことは知っていたらしく、影でいじめられていたかもと危惧していたらしい。
小学生のいじめって洒落にならないからな。
「お師匠様! 今日も召喚術について教えてください!」
「はいはい。毎日して欲しいなんて勤勉だよな、お前は」
「はい。今は精霊召喚符を通じてですけど、いつかはちゃんとした契約がしたいんです。お師匠様のような立派な精霊召喚師に」
オレが立派か。まあ、オレみたいな精霊召喚師を目指してくれるのは嬉しいし、ちゃんと契約をしたいという心意気は立派だ。
多分、精霊達も応援しているだろうな。
「いつの間にお前は弟子が出来たんだ? しかも、名山のガキと」
「むっ、ガキっていいますけど、和樹さんも十分にガキですからね」
「んだと? 今日こそ決着つけてやる」
俊也と和樹の二人がお互いに睨みつけながら詰め寄っていく。
オレは呆れたように溜息をつきながら俊輔に近づいた。
「あの二人は何があったんだ?」
「お隣、だそうだ」
「なるほど」
つまり、幼なじみというわけね。周と幼なじみである二人とは全く違う関係性だよな。
よく考えてみたらオレと冬華も幼なじみと同じようなものか。まあ、仲いいけど。
「羨ましいな。私には幼なじみはいないから」
「ふむ、確か、委員長は県外からここに来ていたな。前の土地にもいなかったのか?」
「いたにはいたけど、『赤のクリスマス』で」
その言葉にオレの中に影がさす。『赤のクリスマス』。第76移動隊のほぼ全員がそれにより人生を変えた。
一番変わったのは周と孝治だろうな。オレはあいつらほど深刻じゃないし。
「あの事件はかなり大規模だからな。たくさんの人が亡くなった。だが、今とあの時代は違う。『GF』と『ES』が必ず止めるだろう」
「ああ。あんな事件はもう起こさせない。オレ達みたいな言葉はもういない方がいいんだよ」
オレ達みたいに戦いの日常に飛び込むことなんて絶対にない方がいい。むう、オレ達は戻れないけど。
「それだと困るのですよ。それでは商売が成り立たない」
その言葉にオレは振り返った。そこにいる人物の顔を見て全身の毛が総毛立つ。一度この地で見つかったから別の地に移動したものだと思っていた。主に、中東に。
オレは身構える。この距離じゃ間に合わない。
「真柴、昭三」
真柴昭三の後ろには何人かの男女がいる。その中の一人にオレは見覚えがあった。
優月を精霊召喚符で呼び出したクラスメート。
「俊輔、委員長。優月と一緒に中に。俊也。お前もだ」
「はい」
オレの言葉に応じて全員が駐在所の中に入る。多分、俊也はフィンブルド達を呼び出してくれるだろう。
オレはここで食い止める。
「まさか、ここに来るとはな。狙いは優月か?」
「優月? ああ、あの精霊ですか。そうです。あれは戦争の道具としては最高です。そして、最高の精霊」
「防護服γ」
オレは戦闘スタイルを近接格闘用に変える。この距離だと呼び出す前に攻撃を食らう。簡易召喚も準備していなかったし。
「聞いたことがありませんか? 全てを滅ぼす精霊王の話を」
オレは身構えながら何も答えない。答えられない。
「それがあの少女ですよ。世界を滅ぼすことが出来る」
「だとしても、オレは優月との関係を変えない。それに、オレは信じている」
「何をですか?」
オレはニヤリと笑みを浮かべて身構えていた格好を解いた。それと同時に相手も警戒を少し解く。
「オレの友と、大事な人を」
『すまない。遅れた』
その言葉と共にディアボルガとルカがオレを挟むように降り立った。相変わらずいいタイミングだ。
ルカは無言で剣を構えている。
「闇と光の最上級精霊。いいでしょう。穏便に行きたかったのですが仕方ありません」
オレは身構えた。これから起きることの覚悟を決めて。
「やりなさい」
オレも向こうも同時に動く。
中東から遠く離れた土地で小さく、とても大きな影響を持つ戦いが始まった。
次は久しぶりに出すあの方からの話で行こうかと思っています。