第百六十四話 剣の騎士
このまま戦闘は続きます。大体、後10~20話ほどは。
「そう、我々が世界に名を残すのだよ!」
その言葉にオレは冷ややかな目で結城家当主を見ていた。確かに、フュリアス部隊に航空空母。今までの理論では考えられないくらいの編成だ。でも、こいつらは一般的なことを勘違いしている。
フュリアスはそこまで強いわけじゃない。確かに、音姉が相手なら多数のフュリアスを持って足止めは可能だろう。でも、こちらの戦力には空戦が可能な二人の仲間がいる。
孝治と中村。この二人ならよっぽどの事態でない限りやられない。だから、勘違いしているのだ。
ただ、悠人やリリーナ達が危険であることには変わりはない。オレ達はここから離れられそうにないから、せめて、アル・アジフだけでも下ろすことが出来れば。
「栄えある栄誉の瞬間に君達は立ち会えた。感謝したまえ。そして、そのまま、死ね」
「させるかよ!」
ストックしていた防御魔術を全方位に展開する。展開した防御魔術に雨あられとエネルギー弾が降り注いだ。
オレは小さくため息をつく。
「外の戦況はこちらが不利。孝治と中村の二人がいるとはいえ、さすがにこの量だと悠人達は対処しきれないだろ。どうすればいいか案を出してくれ」
「兄さんが久しぶりに他人に案を求めてる」
『珍しい』
オレは別に完璧人間というわけじゃないぞ。
「仕方ないだろ。今の状況でオレの切り札は対フュリアスじゃなくて対人専用だ。モードⅡカノンでひたすら撃ちまくるという選択肢もありだけどな」
オレは呆れたようにいながら外の戦況を映すスクリーンを見た。そこにあるのは巨大なエネルギー弾に下から貫かれて地面落下している航空空母の姿。
「さすがにそれは難しいだろ」
「いやいやいや、兄さんは今の光景を見て何の言葉も無しですか?」
『こんなことで驚いていたら由姫の精神は持たないと思う』
「まあ、確かに兄さんの無茶無理無謀はよくわかっていますけど」
そんなに無茶していることはないんだけどな。いつの間にか亜紗と由姫の二人の間には無茶無理無謀がオレだということが意識づいているらしい少し心外だ。
オレは小さくため息をついてアル・アジフを見た。アル・アジフは何か考え込んでいるように、いや、きっと二人で会話しているのだろう。この状況をどう乗り切ったらいいのかを。
「周」
そして、アル・アジフが口を開いた。その眼に映っているのは決意。オレはそれに笑みで答える。
「なんだ?」
「この状況を打開できる手段が一つ存在する。じゃが、その場合は亜紗と由姫が危険にさらされる可能性があるぞ」
多分、この場に残していくからだろう。確かに、二人にとってこの状況はあまりいいというわけじゃない。でも、この二人なら何とかできると妙な確信があった。
それよりも、今危険なのは地上だ。航空空母が二機ほど両断されて落下しているが、出ているフュリアスの数から考えて勝てるかどうかの瀬戸際。
「この二人なら大丈夫だ。亜紗は昔からオレが鍛えたし、由姫は第76移動隊に入ってから力をさらにつけた。この状況でオレよりも頼りに出来る二人だ」
「そうか。な、了解じゃ」
アル・アジフが手を伸ばす。正確には、手の甲をオレに向けた。
「マテリアルライザーユニットエリシアより、海道周をパイロットとして登録します」
「パイロット? フュリアスか?」
アル・アジフ、いや、今はエリシアか。エリシアは目を瞑って頷いた。
「マテリアルライザーは禁断の兵器。アル・アジフに体を渡していた理由がこれです。マテリアルライザーは使われるべきではない。おそらく、彼らが私達を連れ去ったのは私がマテリアルライザーのユニットであったから」
話はあまり上手く理解できていない。そもそも、マテリアルライザー自体が聞いたことのない上にエリシアがちょくちょく話していただけのなので何かの兵器だと思っていた。でも、フュリアスだったとは。
結城家当主がアル・アジフを手に入れようとしたのがマテリアルライザーを手に入れるためなら今回の行動にいろいろと納得がいく。イグジストアストラルと、マテリアルライザーを手に入れることが出来ればフュリアス部隊の底上げになるだろう。
「だから、戦局を打開する手段として、もしかしたら、あなたが死ぬ可能性だってあります。だから、これはあなたに選択を任せます。私と共にマテリアルライザーとして出るか、それとも」
「契約する」
オレは片膝をついていた。そして、エリシアの手を取る。そして、その甲に口づけをした。
「これはオレの覚悟だ。お前の願いをかなえるという言葉と、この場にいる全員を守る。そして、生きて戻る。それが、オレの大切な三人に言う誓いだ、だから、由姫、亜紗、絶対に死ぬなよ」
「兄さんは心配症ですね。私は姉さんと兄さんの妹ですよ。死ぬわけないじゃないですか」
『そう。私達は勝つ。だから、周さんも必ず』
「ああ」
オレはエリシアの目を見た。エリシアは頷いてオレの手に自分の手を合わせる。
そして、エリシアがオレを抱きしめてきた。耳元に口を寄せて一言、
「守ってください。私とアルとあなたを」
そして、周囲に光が満ちた。そして、周囲が変わる。そこにあるのはあの時にアル・アジフと話した場所。キーボードのみの机の前にはエリシアの姿がある。
前とは違うのは、周囲に見えているのが球体のような空間ではなく風景。これが、マテリアルライザー。
「準備はいいですか?」
エリシアの声と共にオレの目の前に映像、いや、立体映像が現れる。これもマテリアルライザーにあるのか。羨ましい。
立体映像にはマテリアルライザーの全体像が映っていた。形は人型なのだが、一番スマートなアストラルブレイズよりもスマート。シルエットだけならほとんど平均的な男性の姿というべきだろう。
まるで、あらゆる攻撃を受けないようにする前提の下で作られたフュリアス。確実に装甲は薄い。
「マテリアルライザーの武装は一つだけです」
そこに映されたのは腰に映っている二本の剣。たったそれだけ。
「エリシア、マテリアルライザーはもしかして」
「イグジストアストラルが中距離からの単体要塞を目指したとするなら、マテリアルライザーは至近距離での戦闘で圧倒的優位に立てることを目指したフュリアスです。人が動ける動きならあらゆる動きが可能ですが、エネルギー弾に関しては、当たれば終わりです」
つまり、全ての攻撃を回避しろというわけね。要求が無茶苦茶だ。
『マテリアルライザーだと。ふん、そんな紙装甲などこの場で』
『兄さん! 行ってください!』
由姫が言葉と共に壁に向かって拳を放った。そして、壁に大きなひびが入る。相変わらずの攻撃力だ。
「ああ、助かる!」
オレはそこに跳び蹴りを放った。壁を砕き、そして、そのまま空中に躍り出る。
オレの動きに合わしてマテリアルライザーは動いてくれる。オレが走ればマテリアルライザーは走り、跳べば跳んだ。しかも、オレの位置は空間の真ん中から動いていない。
「エリシア、空を飛ぶ手段は?」
「ありません」
即答だった。即答で絶望的な内容を言われた。
だんだん迫ってくる地面。これは激突は避けられないな。
「出来るかどうかわからないけど」
オレは『天空の羽衣』を纏ってみた。範囲を広げてエリシアにも纏わせる。これで、威力がいくらか軽減すればいいけど。
そして、地面に落下する。その時の衝撃は一瞬だった。まるで、柔らかいクッションにぶつかった時のようなボスンという音。
「あれ? 衝撃がない」
「マテリアルライザーはパイロットの動きや能力も反映します。もちろん、魔術もです」
「教えてくれよ」
教えてくれていたならこういうぶっつけ本番のことはしなかったのに。オレは小さく息を吐いて二本の剣を引き抜く。すると、立体映像の中に剣の名前が現れた。
左の剣をライルダム。右の剣をレイルダム。確か、この名前は神威時代に存在していたとされる神の側近の双子の名前だったはずだ。というか、オーバーテクノロジーのはずのマテリアルライザーにどうしてその時代のものが?
考えているうちに、周囲にフュリアスが集まってくる。黄土色のフュリアスとギガッシュ。ここにいたらすぐにやられるな。
「考えても仕方ないか。今は」
マテリアルライザーが地面を蹴る。そして、周囲にいるフュリアスに向かって跳びかかった。
「叩き斬る!」
素早くライルダムで黄土色のフュリアスの頭を斬り飛ばした。そして、そのまま回転してレイルダムでギガッシュの胴体をコクピット部分を斬らないように斬り裂く。ギガッシュに関してはリマのものを見てわかっているからやりやすい。それにしても、
「これってすごいな」
両の手にある剣を振り回しながら、マテリアルライザーを上手く動かしていく。時には体操の様に側転やら地面に手をついて飛び上がったりなど(技名はよく知らない)を簡単にできる。しかも、相手の振った対艦剣などに飛び乗ったりと、少しハチャメチャなことだってできる。
嫌な予感を感じ取ってその場から跳べば、マテリアルライザーがいた場所にエネルギー弾が突き刺さる。それを見ながらオレは小さく微笑んでいた。
マテリアルライザーの機動性はフュリアスの中では最高のものだろう。こちらの動きに合わせて全て動いている。まるで、オレの体の様に。そして、オレの体の様だからなのか、生身の時によく感じる嫌な予感も敏感だ。それに応じて行けば当たることはない。
マテリアルライザーの機動性を最大限まで生かして行動する。受け身やら宙返りやら側転やら様々なことをして行動する。その時には剣を投げ捨てたり蹴り飛ばしたり殴り飛ばしたりと、フュリアスでは考えられない行動で戦闘する。こんなのでいいのかな?
エネルギー弾を避けて迫ってきた対艦剣を紙一重で回避。飛んできたエネルギー弾に対して前にいたギガッシュの体を掴み盾にして乗り切る。もちろん、そのままでは隙が多いから素早く手放して宙返りをして後ろから迫っていた対艦刀を避けた。そのまま頭を斬り落として肩に足を乗せつつさらに宙返りを行う。
「反応も桁違いに高い。それに、まるで体が大きくなったみたいな感じだな。こういう戦い方が他のフュリアスで出来るなら戦局は大きく変われるかも。結城家当主が狙った理由もよくわかるな。エリシア、マテリアルライザーってオーバーテクノロジーだよな? どういう理屈で動いているんだ?」
放たれたバスターカノンの四連射を飛び上がって回避する。空から対艦剣を持って迫ってきた黄土色のフュリアスには上手く対艦剣を握る手に足をかけて対艦剣の機動を逸らしながら、レイルダムで逸らした対艦剣を勢いよく叩きつけた。その反動でマテリアルライザーは体を起こし、黄土色のフュリアスは体勢を崩す。
背後まで回ったオレはどちらの剣も振り下ろして腕を両断した。
「それにしても、敵がわんさか向かってくるな。結城家当主がオレを狙えと言ったのか? まあ、オレを倒せれば第76移動隊は崩壊しかねないからな。作戦としてはいいけど」
向かってくるフュリアスの腕や頭を斬り飛ばし、飛んでくるエネルギー弾を余裕で避ける。いつの間にかフュリアスの大半がこちらに向かってきていることに気付いた。ソードウルフの方にはあまり向かっていないというより、足止めが可能な戦力しか残っていない。
このまま戦闘し続けていても辛くなるだけか。
「エリシア、マテリアルライザーを使って魔術は使用できるのか? エリシア?」
エリシアの反応がないことを不思議に思ったオレは振り返ってみると、そこには必死にキーボードに手を走らせるエリシアの姿があった。
「どうかしたのか?」
オレは攻撃回避に全霊を注ぎつつエリシアに尋ねる。
「今、あなたに合わせてスペックを変えています。細かなところまで。まさか、ここまで適合率の高い人がいたなんて」
「適合率?」
対艦刀を避けてカウンターの一撃で儀ギガッシュの頭を飛ばす。
「はい。マテリアルライザーだけが他の同時期に作られたフュリアスと違い、パイロットの適合率が高ければ高いほどいいとされました。そういうシステムだったので。むしろ、それが禁断の兵器と呼ばれる所以でもありました」
だから、エリシアは最初にああいったのか。マテリアルライザーの適合率が高くないことには死ぬ可能性があると。だから、エリシアはアル・アジフに体を任せていた。もう、パイロットを死なせないように。
でも、そういうシステムがあってよかった。
「大丈夫だ。オレは死なない。だから」
マテリアルライザーを加速させる。全ての攻撃を紙一重で避けながらライルダムとレイルダムを振り回し、囲まれている戦線に強引に楔を打っていく。
そして、オレは周囲を見渡した。囲まれていると言ってもちょうど敵のど真ん中だ。試してみるのは十分。
「我が身に宿れ、灼熱の炎」
ライルダムの刀身に炎が宿った。
「我が身を包め、絶氷の力」
レイルダムの刀身を氷が包み込む。
マテリアルライザーで出来るかわからないけど、やるならこのタイミングしかない。
「全てを呑み込め! 炎舞氷壁!」
両の剣を勢いよく地面に突き刺した。そして、起きる地震。
始まったのは天変地異でも言うかのような炎の柱が地面から噴き出す。マテリアルライザーを中心に炎を描くように八か所。それを追いかけるようにマテリアルライザーを中心として氷の波がマテリアルライザーを囲んでいたフュリアスを砕き、そして、吹き飛ばしていく。
もちろん、そんな攻撃の中、生き残るフュリアスも多数いる。だが、生き残ったフュリアスを狙って空から炎の槍が降り注いだ。
衝撃、そして、轟音。技が終われば、マテリアルライザーの周囲に立っているフュリアスはよっぽど距離を取っていない限りいなかった。
放ったオレ自身も驚いているけどな。
オレはマテリアルライザーの剣を鞘に戻す。そして、レイルダムを握り締め、腰を落とした。
「さあ、終わらせよう。この戦いに終止符を!」
マテリアルライザー単体が強いのではありません。マテリアルライザー+周の組み合わせが化け物なだけです。