第百六十話 アルとエリシア
長かった。本当に長かった。
『私の名前はエリシア。エリシア・アルベルト。アル・アジフの中の人です』
一瞬、アル・アジフ、いや、エリシアが何を言っているのがわからなかった。ただ、今、目の前にいるのがアル・アジフではないことには気づいている。
アル・アジフの体でありながら、アル・アジフではない精神。いや、もしかしたら、アル・アジフという精神がエリシアに宿っていただけかもしれない。そんな感じがする。
『やっぱり、困りますよね。今、こんなことを言っても。ですが、アルを、アル・アジフを助けてください。私を助けるためにアルは』
「いたぞ!」
「ちっ」
オレは舌打ちをしながら通路いっぱいに障壁魔術を展開した。これでこちらに向かってくることはないはずだ。
「アル・アジフはオレ達の仲間だ。救わないという選択肢はないさ。問題は」
障壁魔術を展開した方向にはパワードスーツを着た人達がいる。反対側の通路からも駆けてくる音。
多分、同じパワードスーツの人達だろう。
「四面楚歌だな。アル・アジフ、じゃなくて、エリシアは運動神経に自信はあるか?」
『ありません』
即答された。まあ、アル・アジフと体はほとんど同じだろう。
オレはレヴァンティンを握りしめた。
「切り抜けるしかないか。オレと亜紗が前に出る。由姫はエリシアの後ろにつきながら追いかけてきてくれ」
そう言うや否や、オレは地面を蹴った。亜紗も少し遅らせて地面を蹴る。
「紫電」
レヴァンティンをしっかり握りしめて廊下の角を曲がる。
「一閃!」
レヴァンティンがパワードスーツにぶつかり、パワードスーツを吹き飛ばした。すかさず地面を蹴ろうとする。
だけど、体は意思と反して勝手に戻っていた。取り出そうとした亜紗の体と一緒に。
轟音。いや、爆音か。オレがいた場所に何かが着弾して弾ける。すかさず『天空の羽衣』を展開して防御するが、威力は極めて高かった。
『天空の羽衣』の使用量が一気に減少するのが感覚でわかる。爆発した瞬間に破片を撒き散らす弾みたいだ。
「完全に塞がれたな」
行ける場所はオレが開けた外に通じる道と、エリシアが捕らえられていた部屋だけ。
『私がトップを取る?』
亜紗がスケッチブックを見せてくるが、オレはすぐに首を横に振った。そんな危険な真似は出来ない。『天空の羽衣』でごり押すことも考えたが、威力が不明な上に、いくつも撃たれたなら無理だ。
「兄さんや私でも防御は不可能。一度退却します? それだったら」
「いや、止めた方がいい。結城家当主が最強の魔術書を握っている以上、相手の準備が済む前に終わらせないと」
でも、向こうも簡単に通してはくれないだろう。どうすればいいか悩むところだ。
正面突破は難しい。相手の弾に直撃したらオレ以外なら良くて戦闘不能。悪くて死ぬ可能性だってある。
オレはレヴァンティンを握りしめた。前に進めないなら、
「横を抜けばいい」
そう言ってレヴァンティンで横の壁に斬りかかった。
振り上げからの振り下ろし。そして、剣を返しての一閃。ちょうど△の形に斬り裂き、足で蹴る。すると、△の形に壁が倒れた。
中にあるのは何らかの機械。オレは『天空の羽衣』を展開したまま中に入る。
「これはもしかして、出力装置か?」
オレは周囲を見渡しながら呟いた。周囲に存在しているのはオレが作り出したSKシリーズのものだ。どうやらこの部屋は動力部らしい。
周囲の魔力を感じ取ってみると、部屋がとても縦、いや、奥が深いということがわかる。
「兄さん、ここは?」
オレの後ろを追いかけて由姫や亜紗が入ってくる。もちろん、エリシアもだ。
『動力部だと思う。周さんが設計したものがあるから』
亜紗にSKシリーズを見せた記憶がないんだが。
『道を塞ぐ?』
「そうだな」
オレは斬り抜いた壁を持ち上げてはめ込んだ。そして、物理魔術を発動させる。斬った後は無くなり、残ったのは微かに薄くなった壁と床に散らばった破片。
「向こうも動力部に入ったのがわかっているはずだからどうするかだな。まあ、さっきみたいな攻撃はないだろうけど」
この航空空母は内部での戦闘も考えられているはずだ。そうでなければあんな威力の高いものを艦内で使用しない。それこそ、動力部のそばでは。
「じゃ、また抜きます?」
由姫がナックルを身につけている拳を握りしめるが、亜紗が首を横に振って否定した。抜いたところで敵とぶつかるのは目に見えている。
『動力部を破壊するということは?』
亜紗が首を傾げながらスケッチブックを捲ると、エリシアがスケッチブックを掴み、ページを捲った。
『止めた方がいいと思います。この高さでは地面に落ちた衝撃で皆さんが怪我をするはずです。それに、動力部を破壊するということは、この場に魔力が吹き荒れるということです。私以外はまず助かりません』
その文字にオレは疑問が出来上がった。確かに、この量の動力部となると一つが停止した瞬間に連鎖的に全てが停止する可能性だってある。そうなれば、魔力鉱石から放出される魔力粒子が放出される。
SKシリーズはその魔力粒子を動力とするため、膨大な量であっても変換出来る機構にしている。
だが、一度破壊されれば放射能を垂れ流す物質のごとく、魔力粒子が大量に放出される。それが外ならともかく、このような部屋の中だと生物が住めるような魔力粒子の量じゃなくなる。もちろん、オレも不可能だ。
それなのにエリシアは私以外と言った。
「エリシアは人、いや、生物じゃないのか?」
オレは考えられる可能性の中で一番高い可能性を尋ねた。それにエリシアが頷く。
『私の今の名前はアルに名付けられたものです。本当の名前はEM-EL-VS。エルブスと開発者から呼ばれた人工知能と機械の体です』
よく考えてみたら確かにそうだ。エリシアは話せない。しかも、亜紗が使うスケッチブックを使える。この時点で何らかの精神感応が無ければスケッチブックは使用出来ないと気づかなければならなかった。
そして、この世に存在するスケッチブックが扱える人はオレか亜紗。それなのに使えるのは何らかのアシストを行っていたということ。
「じゃ、アル・アジフさんは機械の人ですか?」
「違うだろうな。アル・アジフはおそらく、魔術書の人格。魔術書アル・アジフに封じ込め、いや、宿った人格じゃないか?」
『はい。その通りですが、どうしてそのことを?』
普通はそうなるだろう。そんなことに気づくなんてよっぽどのことが無ければありえない。
だけど、オレの身近にいる人達を考えたら何となく理解出来る。
「いや、慧海がいるのにアル・アジフが最強の魔術師と呼ばれているんだぜ。あのチートよりも強いってことだろ?」
そうなると、アル・アジフ自身が魔術の才能があり、天才の中の天才というレベルか、魔術書自体が特別なのかのどちらかになる。
もちろん、オレは後者を選んだ。くどいようだが、慧海は本当にチートの塊だ。最も苦手な接近戦以外では公式試合で未だに負けを記録していない。
というか、スターゲイザー・レインを無詠唱で文字通り雨のように降らせれるのは慧海しかいない。それよりも上なのがアル・アジフなのだから。
亜紗も由姫も納得したように頷いている。
『話を戻します。私は機械ですからちょっとしたことでは壊れません。だから、皆さんのやりたいようにやってください。私は知っている知識でサポートしますから』
エリシアは自分が死なないから盾にもなれると言いたそうだった。でも、オレは首を横に振る。
「出来るかよ。お前が傷つけばアル・アジフが悲しむ。そんなことをさせると思っているのか?」
『私は死にません。データの塊です。コアが破壊されてもバックアップがあれば』
「そんなんじゃねえ!」
オレは怒鳴っていた。エリシアの体が強張るのをわかりながら、エリシアの肩を掴む。
「今のエリシアはお前だけだろ! データの塊だとかバックアップだとか関係ない。オレ達の前にいるエリシアはお前だけだ。機械だろうがなんだろうが、オレ達の知るエリシアはお前だけなんだ! だから、オレは、いや、オレ達はお前を守る。傷つけさせやしない」
『どうしてですか? 私にそこまで言うのですか? 私はマテリアルライザーのユニット。そして、アル・アジフのための体だけの存在』
「アル・アジフはお前をそんな風に見ていない」
それは断言する。確証はない。でも、アル・アジフならきっとエリシアを大事にする。
「お前とアル・アジフの間に何があるかわからない。でもな」
レヴァンティンを握りしめる。そして、その先を天井に向けた。
「たかがそんな理由で命を粗末にしていいわけがないだろ!」
『私は生物ではありません』
「生物じゃなくても、お前には命があるんだ! それはお前自身にも否定させない! 自分で考え、自分で行動出来る。それが生きているということだ!」
『だったら私は何なのですか? マテリアルライザーのユニットとして作られ、リズィと出会い、アル・アジフを最後に託された私は何なのですか? 機械の私には荷が重すぎます。こんなのだったら、生まれてこなければ良かった』
それはほとんど心の叫びだった。まるで、自分が生まれた理由を未だに悩んでいることを誇示するように。
『私は道具です。災厄の神と戦うためだけに生み出された使い捨ての道具。そんな道具にあなたは何を求めるのですか?』
「エリシアという存在」
エリシアは多分、アル・アジフの体でいることに不満はないのだろう。もしかしたら、何か約束したのかもしれない。
でも、エリシアは自分が生まれた理由が嫌いらしい。道具として生まれたことが嫌なのだから。だから、道具であることを強調する。
「確かに、エリシアは理由があって作られたんだと思う。でも、お前には道具として見なかった人を知っているんじゃないか? 多分、アル・アジフもだろ? エリシアの心にあるのは自分を道具だと断言している自分だ。お前は道具なんかじゃない。人の手によって作られた命だ。それを誇れよ」
『誇れない。誇れないよ。私はアルに酷いことを誓わせたから。私の体を使うなら、あなたは自分の求める幸せを追求してはいけないって。私がいなければ、アルは幸せに』
亜紗が動いた。止めようとしたオレの動きより先に亜紗の手が動く。そして、エリシアの頬を亜紗は叩いた。
エリシアは呆然と叩かれた頬に手を当てる。当然だ。急に叩いたのだから。
すると、亜紗はスケッチブックを掴むとエリシアにだけ見えるようにスケッチブックを開いていた。その文字をみたエリシアがハッとする。そして、オレを見る。
亜紗は一体何を言ったのだろうか?
亜紗がエリシアにスケッチブックを返す。そして、エリシアがスケッチブックを捲った。
『あなたの言うことを信じます。だから、私のことを気にしないでアルを助けてあげてください。アルがいれば、アルさえいれば、私はいりません』
「あのな、自分のことをそんな風に言うなよ。アル・アジフはな、魔術書アル・アジフだけで完成するものじゃない。魔術書アル・アジフとエリシアの二人が揃ってアル・アジフという人が出来上がるんだ。だから、オレは大事な仲間を守る。エリシアがいくら死にたがっても死なせるかよ。オレは全てを守らないと気が済まない自己中心的な男なんだぜ」
エリシアは俯いた。俯いたままスケッチブックを開く。
『アルだけズルい』
その言葉の意味が全くわからなかったが、とりあえず、気にするよりも先にやらなければならないことが出来た。
誰かが動力部に入ってきたのだ。数はわからないが何人か入ってきている。多分、照明を消してから向かって来るだろう。動力部に被害を出さないために。
だけど、今のオレからすればかなり好都合だ。振り上げたままのレヴァンティンをゆっくり下ろす。そして、ニヤリと笑みを浮かべた。
「見つけた。亜紗、矛神の使用制限を解除するから、あの方角に向かって一辺が4mの正三角形を作れるか?」
亜紗は頷いて親指を立てた。そして、矛神を構える。
オレが指差した方角は動力部から斜め45°右13°前。これが最短距離だ。
亜紗が矛神を振る。たったそれだけで天井が微かにズレた。こちらに向かって。
「由姫、頼む、って」
オレは由姫にその部分を殴り飛ばせと言おうとした。だけど、それより早く、由姫がその部分を蹴り飛ばした。ズレて落ちてきた部分が凄まじい速度で上昇する。そして、空が見えた。
正三角形の形に道の向こうに出来上がる青空が見えるまでの道が。
オレは完全に無言だった。何回か殴って上にあげる者だと思っていたのだが、まさか、蹴り一発で完全に吹き飛ばすとは。
由姫が床に着地する。それを見ながらオレはエリシアを抱え上げた。
「先頭は由姫。後ろを亜紗に頼む。行くぞ!」
オレ達は同時に地面を蹴った。そして、無理やり作り出した通路を駆け上がる。
45°という急な角度だが、オレ達は止まることなく走り続ける。時折顔を覗かせる人を跳ね飛ばしながら駆け上がる。
速度は大体いつもの八割程度だから、感覚的にはそろそろだな。
オレは魔力の流れを確認しながら由姫に言った。
「由姫! 次の部屋で止まれ!」
「はい!」
由姫が次の部屋についた瞬間に姿を消す。正確にはオレの見える範囲から消えただけだけど。
オレと亜紗はすぐに由姫の後を追って部屋に入った。
真っ白な部屋。だけど、大きな窓、いや、スクリーンか。そこに外の風景が映しだされている。そして、そのスクリーンからの光を受けるように経っている姿。
「ようこそ。待っていたよ」
そこにいたのは一人の男。もちろん、オレの知っている男だ。その横に浮かんでいるのはアル・アジフが持っていた魔術書。
オレはエリシアを床に下ろしながらレヴァンティンを男に向けた。
「観念しろ。結城家当主」
「観念? 何を? 大人しくした方がいいのは君ではないか? この魔術書を知っているなら」
そう言って結城家当主はアル・アジフを掴み、開いた。たったそれだけで炎の槍がエリシアに向かって放たれる。
オレは炎の槍をレヴァンティンで弾いた。
「知っているさ。でもな、お前はオレ達には勝てない」
「君にはつくづく驚かされるよ。この部屋に面白い手段で来る。さらには最強の魔術書を恐れない。とても、とても不愉快だ」
収束した熱の光線が吐き出される。光の速度ではないが、ギリギリ回避することの出来る上限の速度。
オレ達はそれを避けた。だけど、エリシアだけが反応出来ていない。
「ちっ、くそっ」
エリシアを狙われたら確実に死ぬ。だから、オレは前に出た。レヴァンティンを鞘に収めて前に出る。
紫電一閃は間に合わない。破魔雷閃は合わせられない。水牙天翔は使える状況ではない。なら、相手の攻撃を別の手段でねじ曲げるしかない。
「共に貫け」
結城家当主が手のひらをオレに向ける。正確にはオレとエリシアを一直線に結んだ場所から。
使って来る技は同じ。光属性の収束系レーザーだ。光の速度みたいな化け物加速ではないが、距離を詰めている状況では回避することが難しい。
放たれるレーザーをオレは真っ正面から睨みつけていた。これはタイミング次第で決まる。
全ての速度がスローモーションになる。速度が上がったのはオレの思考速度と鼓動の速さ。レーザーが確実にオレを貫こうと迫る。
それに対して、オレは魔術を発動させた。
防御魔術でも障壁魔術でもない。そもそも、どちらも光属性にはとことん弱い。光属性は熱量の変化を得る炎属性と違い、光そのものを収束する。だから、貫通力は桁違いに高い。
でも、そんな光属性に対して唯一利点を持つ属性がある。
光があるところには必ず闇がある。光が当たれば闇が生まれるということだ。絶対的に近い貫通力を誇る光属性に対し、闇属性は最強の切り札。光を反射しない能力を持つ。
オレの目の前に小さな黒い球体が出来上がる。それは、向かってきたレーザーとぶつかった、かのように見えた。だが、レーザーは全く違う方向に向かう。
「小癪な」
方向を反らしたというのに結城家当主の顔は変わらない。アル・アジフという絶対的な魔術書を持っているからだろう。
オレはレヴァンティンを握りしめた。こういう時に奥の手はかなり使えるからな。
床を蹴りながらさらに距離を詰める。結城家当主は静かに笑った。
「死ね」
放たれるは光の奔流。結城家当主は光属性が大好きみたいだ。ほとんど光属性しか使っていない。でも、今はそれでいい。
「レヴァンティン!」
オレはレヴァンティンの力を使った。あらゆる力が消滅する。いや、レヴァンティンが作り出したフィールドによって相殺される。
相手が驚いている間に、オレは一歩を踏み出した。
「紫電」
一閃と叫びながらレヴァンティンを引き抜こうとした瞬間、オレの背中に何かが走った。オレはすかさず紫電一閃を破棄しながら後ろに下がる。
それと同時に突き刺さる拳。オレの体を微かに捉え、オレは大きく吹き飛ばされた。速度は確実にオレよりも上だ。
空中で姿勢を戻し、床を滑りながら着地する。レヴァンティンを握り締めてすぐに抜けるようにする。
だが、相手はその隙を見逃さない。視認出来る限界に近い速度で緑色の服が距離を詰めてくる。紫電一閃は間に合わない。
オレがもう一回、レヴァンティンの力を使おうとした。でも、それより早く拳が放たれる。当たる。そう思った瞬間、
「させない!」
相手の拳が由姫によって跳ね上げられ、がら空きの胴体にカウンターの一撃が突き刺さった。確か、八陣流『弾撃』だったはず。拳によって攻撃を受け流してカウンターを叩き込む。この速度となるとほとんど神業に等しいけど。
そこでようやくオレは相手の顔を見ることが出来た。だいたい30くらいの男だ。ただ、その目は肉食獣のようにギラギラしている。服装は黒色。
オレに向かってきた時は緑色だったはずだ。でも、今は黒。一体どういうことだ?
「袋のねずみという言葉を知らないか?」
その言葉と共に部屋の中にパワードスーツの男達が入ってくる。手に持っているのはエネルギーライフルだけでなく、剣や槍など近距離戦にも対応出来る装備。
完全に囲まれたか。
「我が手中に最強の魔術書がある以上、勝てはしない」
「そうかよ」
オレはレヴァンティンを鞘から抜いた。そして、柄を両手で握る。
「こんな状況で過信するのは敗北フラグだぜ。だってな」
レヴァンティンが二つに分かれる。そして、オレは両の手にあるレヴァンティンのモードⅢをしっかり握りしめた。
「レフトアームズ、オーバードライブリリース」
実戦でするのは初めてだ。誰もいない場所でもやったことはない。やったのはレヴァンティンとの空想空間内での発動。モードⅣみたいにぶっつけ本番。ただし、あれは使う訓練はしていた。でも、これは、これだけは他のもので代用できない。
「ライトアームズ、オーバードライブリリース」
右と左。二つに分かれたレヴァンティンを使い、オーバードライブを二つ同時に発動させる。今は並列にだけど、
「デュアルオーバードライブリリース!」
その瞬間、オレを中心に魔力の嵐が吹き荒れた。二つのオーバードライブを直列で発動させることによる限界を超えた魔力運用。暴走する危険性をとことん詰め込んだ能力。
「アル・アジフを返してもらう。アル・アジフは、オレ達の大切な奴だ。だから、お前らなんかに利用させはしない!」
「先に奥の手を見せるのか? まあいい。やれ」
オレは動いた。魔力を体に纏わせて地面を蹴る。本来ならいつもの加速しか出ない。でも、暴走覚悟で使用する膨大な魔力はいつも以上の化け物に近い加速を生み出す。
一歩進めば結城家当主のちょうど真ん中に踏み出し、二歩目で目の前に立つ。
全てのベクトルを強引に操作して、オレは結城家当主の腕にモードⅢから戻したレヴァンティンを叩きつけた。結城家当主がアル・アジフをとり落とす。
オレはそれを掴んだ瞬間、強烈な激痛が走った。まるで、アル・アジフがオレに触られることを拒否するかのように。まるで、所有者でないことを訴えているかのように。
オレを追いかけて緑色の服を着た男が迫ってくる。どうやら、緑色は高速戦闘に特化した形態の様だ。でも、今のオレからすれば十二分に遅い。
「邪魔をするな!」
床を踏みしめて全力の力で体を捻る。全てのベクトルを一点に集中する最大の打撃技。体中の魔力を全てベクトル操作に向け、最低限の動きだけを行い放つ拳。
「無法流」
男が服装を変える。緑から黒で。そして、速度が変わる。一気に遅くなった。多分、防御を行うための装甲。
でも、この技はあらゆる防御を貫く拳。捻った体を勢いよく戻す。全ての動きのベクトルを拳に集中させ、向かってきた男に叩きつけた。
骨を折る感触と共に男を吹き飛ばす。男は結城家当主と激突して吹き飛んだ。
「アル・アジフ、答えろ。お前はどうしたい?」
オレはアル・アジフに語りかける。答えてくれないとは考えない。でも、オレは必ず答えてくれると感じていた。だから、オレは語りかける。
「お前の望みを言ってみろ! エリシアとの約束なんて関係なしに」
痛みがさらに強くなる。絶対に言いたくないと言う風に。でも、オレはそれでも諦めない。
「オレはお前が本当に願うなら、心の底から願うなら、お前の言うことに従う。でも、お前が本当に望んでいないことを言うならいくらでも追いついてやる。だから」
オレは子供だ。誰だって隠したいことだってある。でも、こんな子供だから、誰かを助け、全ての人を守りたいと言う不可能にも近い夢を言う。諦めることなんてしない。現実を知っても抗い続ける。この世界にも。そして、個人にも。
「だから、お前の本当の願いを言ってみろ!」
その瞬間、世界が変わった。球体の中に移動したような感覚。目の前にあるのはキーボードのみが存在する机。そして、魔術書。
『何故、そんなことを言う』
アル・アジフの声が聞こえる。それを聞いたオレは安心した。
「何故って? 当り前だからだよ。お前は結城家に利用されたいと思っていないだろ? 多分、生き残った人達を助ける約束と共に従ったんだろ? だから」
『我は、我がいなければこのようなことにならなかった。我が、我がアル・アジフでなければ』
「オレと同じだな」
アル・アジフはオレと同じだ。オレもそんなことを思ったことがある。『赤のクリスマス』を起こした原因として何度も何度も悔いた。でも、今は違う。
「だからかもしれない。こんなにもお前を放っておけないのは。オレと同じだし、それに、守りたいと思えるんだ。オレはいろいろな人に救ってもらった。だから、オレはお前を助けたい? ダメか?」
『我はエリシアと約束したのじゃ。我は求めないと。エリシアを停止状態に追い込んで我が活動するために。じゃから』
「なら、これからは二人でアル・アジフになれよ」
オレはエリシアからも気持ちを聞いた。そして、アル・アジフからも聞いた。
エリシアは自分の生まれた理由がわからず、その理由を求めてくれそうなアル・アジフに全てを託した。少しの制限と共に。
アル・アジフはエリシアの体を使うことに罪悪感を覚えている。それこそ、自分を否定するくらいに。だから、オレは二人を助けることが出来る。
「アル・アジフはお前とエリシアの二人で一人だ。欠けたらアル・アジフじゃない。だから、二人で一人のアル・アジフで、オレ達と共に歩もうぜ。一緒にな」
『いいのか? 我は、我が望みを言わぬのは、その望みが大きすぎるからじゃ。我が我の望みを言えば、そならは叶えてくれるのじゃろ?』
まあ、話の流れ的にはそうなるわな。
「オレに叶えれるものならなんでもいいぜ」
その時、アル・アジフが涙を流したような気がした。悲しみの涙じゃない。嬉しさの涙。本当の願いをようやく言うことが出来るからだろう。
『我を、ずっとそなたのそばに居させてくれ』
「はい?」
思わず聞き返していた。だけど、聞き返すと同時に空間が元に戻る。
そこは完全な戦場。亜紗が駆け回り、由姫がエリシアを守りながら立ちまわっている戦場。どうやら本当に別の場所に行ったいたらしい。
「兄さん! 遅い!」
由姫がエリシアの背中をこちらに向かって押しながら叫ぶ。亜紗はオレを見て不満そうに頬を膨らませると、そのままエネルギーライフルの一本を叩き斬った。
二人が同時に後ろに跳んでオレとエリシアを守るように布陣する。この二人って案外相性いいんだな。
「エリシア」
オレはエリシアにアル・アジフを渡した。エリシアは目を瞑っている。多分、アル・アジフと話をしているのだろう。そして、エリシアは頷いた。
「エリシアも納得してくれたぞ。そなたとの約束を」
「よかった。後、最後の言葉をもう一度お願いできるか?」
聞き間違いであって欲しい。本当に聞き間違いであって欲しい。頼むから、聞き間違いで
「ずっと、そばにいさせてください。私と、アルの二人を」
その瞬間、全ての動きが止まった。いや、止められたというべきか。
前に立つ由姫と亜紗の背中から何かが見える。多分、阿修羅の姿。オレの体すら完全に硬直できるくらいの殺気がこの部屋に満ちている。
二人はゆっくり振り返った。敵に背中を向けているが敵は行動しない。行動すれば殺されるとわかっているから。しかも、二人の表情は完全に無表情。怖いを通り越してヤバい。
「えっと、あのさ、落ちつこうぜ」
焼け石に水と分かっていながらオレは二人に言う。でも、二人の顔は全く動かない。いや、怒りに染まって動いているだけだ。
「兄さん? そういうことか説明してくれますよね?」
『都だけじゃなく、アルさんまで?』
そのスケッチブックは質素な文字だけなのだが、どうして怒っていることが端的に伝わってくるのだろうか。
誰か、この場の空気を変えてくれ。
「茶番をありがとう。君達のおかげで計画を早めることが出来るよ」
結城家当主のその言葉に二人が振り返る。オレは少し安心しながらレヴァンティンを握り締めた。
「不思議に思ったことはないか? どうしてここまでフュリアスを持っているのか? どうやって隠せたのか?」
壮絶な笑みを浮かべ、結城家当主が宣言する。
「さあ、大祭の始まりだ。ここから世界は変革される。我らの手によって」
オレはスクリーンを見た。そこに映っているのはオレ達が乗る航空空母とは少し姿の違う航空空母。それが三隻ある。そして、周囲に浮かぶ黄土色のフュリアスと赤いフュリアス、ギガッシュ。
「そういうことか」
ルーイ達とは別の勢力と手を結んでいた。精霊召喚符との関係性は全くなくなるが、多分、五機のフュリアスでは確実に耐えられないくらいの量。それがこいつらの目的。
そいつらをぶつけて最強のフュリアス乗りをこの場で倒す。
「そう、我々が世界に名を残すのだよ!」
ついに、アル・アジフさんがヒロイン入り。
嫉妬の威力は肉食獣の群れの檻に入れられたウサギみたいな感じです。