第百五十八話 敵の狙い
孝治が動く。弓の弦に中指をかけ、人差し指、薬指、小指を使って弾いていく。放たれる矢は貫通したり、爆発したり、散弾のように分裂したりと様々だ。
対するオレはレヴァンティンを握りしめ、一歩を踏み出しながら破魔雷閃を放った。
黄土色のフュリアスの右腕を斬り裂き、すかさず返した刃で両足を斬り裂く。
「キリがないな」
孝治が小さく呟いた。それにはオレも賛成だ。ソードウルフも頑張っているが、黄土色のフュリアスはまだまだやって来る。いつになったら航空空母に上がれるのやら。
オレはレヴァンティンで飛んできたエネルギー弾を弾きながら小さく溜息をついた。
「アル・アジフが上にいるってのに」
今すぐ飛んでいきたい。今すぐ飛んでアル・アジフを救出したい。だけど、ここに亜紗と孝治を残すことは危険だ。
何故なら、二人は同じようなタイプでありながら組み合わせとして最悪だからだ。
楓が一人で制空権を取ろうと頑張っているからまだ持っているが、イグジストアストラルが来た今、楓は航空空母の下を動き回って射撃している。
「俺達のことは構うな」
「そう言ってられるか」
レヴァンティンを鞘に収め、一気に抜き放つ。レヴァンティンは迫っていた対艦刀を斬り裂いていた。
すかさず前に踏み込みながら返しの刃を振る。だけど、レヴァンティンは虚空を薙いだ。
「奴らの動きは軽い。多分、駆動系にも反作用型の魔術を使用しているはずだ。その分、加速はかなり高い。オレがいなきゃ辛いだろ? 水牙天翔!」
地面から吹き出した水がフュリアスの姿勢を崩す。
姿勢を崩したフュリアスの四肢を孝治が放った矢が砕いた。
「だが、奴らの動きも気になる。周もじゃないか?」
「ああ」
レヴァンティンをモードⅡカノンに変えて砲撃を放つ。砲撃は黄土色のフュリアスの頭を吹き飛ばした。
「あまり近づいてこないな。フュリアスの弱点は向こうもわかっているはずなんだが。何か罠を張っているのか、それとも、何か策でもあるのか?」
オレはモードⅡの穂先でエネルギー弾を受け流す。黄土色のフュリアスはギガッシュほどではないが、対魔力はさほど高くない。だから、そこに付け入る隙もある。
「難しく考えすぎるな。お前はそれで失敗する」
「知ってるよ。失敗というより躓くだけだけどな」
それはよく知っている。自分自身のことだから最低限は把握していないといけない。
オレが失敗する場合は、考えすぎる時だ。相手が素直に攻撃してきた場合には失敗することがある。
ただ、なんとなくで布陣を変えて迎撃するから被害は少なくなるけど。
「それにしても」
モードⅡカノンによる射撃で向かってくるエネルギー弾を撃ち落としながら小さく呟く。
「時間稼ぎをして何をするつもりなんだ? あいつらが握っている手札はあまり多くないはずだけど」
「そうだな。航空空母という前代未聞のものを使いながら、決定的な切り札はないはずなのに」
『茶番だな』
唐突にそんな声が聞こえてきた。オレはすかさず全方位に障壁魔術と防御魔術を多重に転換する。だが、攻撃が飛んでくることはなかった。
一体何の声だ? どこかで聞いたことはあるけど。
『イグジストアストラルを君達の組織に渡すわけにはいかないのだよ』
この声は確か、
「結城家当主だな。でも、イグジストアストラルということはダークエルフがここについたのか?」
ソードウルフがバスターカノンを放ち、周囲のフュリアスを貫いていく。だが、数があまりに多い。
イグジストアストラルにはダークエルフのみじゃ辛いはずだ。悠人が説得してくれるなら話しは別だが。
「せめて、後一機いれば」
アストラルブレイズかギガッシュか、どちらかが来てくれればいい。
その瞬間、周囲にいた黄土色のフュリアスが一気に爆発した。完全に同時に放った攻撃で爆発している。ダークエルフではないから、何だ?
『無事、だな』
視線の先にはアストラルブレイズの姿があった。背中のレールガンをソードウルフを囲む黄土色のフュリアスに放ちながらコクピットが開く。
現れたのは由姫。由姫は地面を蹴ってオレ達の下に辿り着いた。どうやら先にルーイが乗るアストラルブレイズのみにある能力を使ってやって来たらしい。
「兄さん、無事、ですね」
「ああ。オレ達が負けるわけがないだろ」
孝治が弓を放ち、オレ達が会話する間を戦ってくれる。楓も由姫が合流したことに気づいたのか、戦っている範囲を少し広めた。
「アル・アジフさんは」
「あそこだ」
オレは航空空母を指差した。一人ならかなり難しいが、由姫と亜紗が一緒なら何とか出来る。作戦はかなり変わるけど、今はこの三人で行く。
オレは亜紗に精神感応で言葉を飛ばした。
アル・アジフを救出する。航空空母に乗り込むぞ。
視界の隅で亜紗が頷いた。離れていても届くからありがたいな。
孝治も周囲の全ての位置を確認している。どうやらオレのやることに気づいているらしい。
オレはレヴァンティンを握りしめた。
「由姫、上がるぞ」
「航空空母にですか?」
「ああ」
由姫は小さく目を瞑り、そして、ゆっくりと深呼吸を行った。
何かをしようとしているかわからないけど、今は航空空母に上がる手段を考えないと。空中にいる黄土色のフュリアスをどうにかしなければ的になるだけだ。
本当なら、音姉が来て欲しかったけど。
「行きます」
すると、唐突に由姫がそう言った瞬間、空中にいたあらゆる黄土色のフュリアスが落下した。
まるで、翼をもがれた鳥のように、ある機体は穏健派本拠地に激突し、ある機体は地面に落ちて地面にめり込んだ。
戦場で音が無くなったような錯覚になる。
「行きましょう、兄さん」
「無茶苦茶だろ。まあ、今はありがたいな。亜紗」
行くぞと繋げようとした瞬間、唐突に声が鳴り響いた。
『戦闘中の諸君、聞いてくれたまえ』
それは、結城家当主の声。
『我々は最強の魔術書を手に入れた』
嫌な予感が脳裏をよぎる。
『創世の時代より生まれた最初にして最高の魔術書。我々は神に等しい力を手に入れた』
レヴァンティンを握る手に力が籠もる。
『これ以上の戦闘は無意味だ。幸福し、武器を捨てろ』
それは一方的な勧告。武器を捨てなければ撃つという脅し。
こちらが行動する前に先を取られたか。
『アル・アジフさんをどこにやった!!』
でも、そんな中で声が上がるのをオレは聞いていた。悠人だ。悠人のダークエルフがFBDシステムを作動させながら宙に浮かび叫んでいる。
『お前達がアル・アジフさんを捕まえているのは知っている! アル・アジフさんをどうした!』
ダークエルフの横にいるのはイグジストアストラル。ほとんど戦闘せずに鈴を救うとはさすがだな。
『アル・アジフ? ああ、あの少女か。あの少女なら今頃どうなっているのか私は知らない。だが、飢えた男達の中に放り投げたから、どうなっているか見物だが』
その言葉にオレの中で何かが切れた。
理性ではない。視界は完全に明瞭で思考は冷静だ。
キレたという表現も当てはまらない。でも、頭に浮かぶのは一つの術式。
「ふざけるな!」
レヴァンティンを振り上げて一閃した。オレが取った行動はそれだけ。衝撃を放つために放ったのだが、オレの視界はレヴァンティンが纏う巨大な魔力の刃を見ていた。
その刃が航空空母の底を大きく斬り裂く。
オレは地面を蹴った。そして、最速で魔力の階段を駆け上がる。
『抵抗したな』
航空空母の底の一部が動き、そこから備え付けられたエネルギー砲がこちらに砲身を向ける。
オレはそれらを全て確認しながらレヴァンティンを振り回した。
全てのエネルギー砲が斬り裂かれ、地に落ちる。
『バカな』
オレは航空空母の中に躍り出た。ちょうど目の前にいたのはパワードスーツを着た男が一人。
オレは力任せにパワードスーツを掴み、壁に叩きつけた。
「アル・アジフはどこだ?」
レヴァンティンでパワードスーツの胸を軽く突き刺しながら尋ねる。ちゃんと答えなければ殺すことを表しながら。
「あ、あそこ」
男が指差したのはすぐ近くの部屋。オレはレヴァンティンで力任せに殴り飛ばし、部屋のドアを蹴り破った。
部屋の中にいるのはたくさんの男と、アル・アジフ。アル・アジフはほとんど服を身につけていない状況で、胸の部分は腕で隠している。
「誰だ?」
振り向いた男の一人をオレは無言でぶっ飛ばした。拳ではなく、レヴァンティンで。
「なっ」
振り向いていた男達が絶句する。でも、すぐに行動しようと体は動こうとしている。だから、無言でサンダーウェブを大出力で放っていた。
下手をすれば死ぬ可能性だってある出力。でも、オレは容赦なく使用した。倒れなかったのはアル・アジフのそばにいた男くらいか。
男が口を開く。何語かよくわからない。何を言っているのかわからない。だから、オレはゆっくり踏み出した。
男が剣を抜こうとする。でも、それより早く、レヴァンティンが男の腕を激しく叩いていた。男が悲鳴を上げて腕を抱える。
感触的には確実に折った。だから、オレは男を殴り飛ばした。
「アル・アジフ、無事か?」
アル・アジフに振り返ってそう尋ねた瞬間、誰かが胸の中に飛び込んできた。アル・アジフだ、と思った時にはアル・アジフが泣いていた。でも、声は出さない。
まるで、子供のように。いつもの気丈なアル・アジフではなく、見た目相応の子供のように。声は出さなくても雰囲気でわかる。
オレは優しくアル・アジフの長い髪の毛と一緒に背中を撫でてやった。
「大丈夫。大丈夫だから。君は、オレが助けるよ」
アル・アジフが何回も頷く。
怖かっただろう。アル・アジフが持つ魔術書を失いただの少女としてたくさんの男の中に放り込まれたのは。何があったかわからない。でも、後ちょっとで暴行されたのに違いない。
「とりあえず、今はこれでも着てくれ」
オレは全身を覆うコートを取り出した。普段着や戦闘中に身につける戦闘着の上から着るコート。
極寒の地ではなく、標高の高いような涼しい場所などで使用する。
「後は魔術書を探さないとな」
オレは廊下に出ながらレヴァンティンを構えた。ちょうど、刀がレヴァンティンとぶつかり合う。
「兄さん、アル・アジフさんは?」
そこには追いかけてきた亜紗と由姫の姿があった。オレはレヴァンティンを握らない手で握っているアル・アジフの手をゆっくり引っ張ってこちらに引き寄せる。
現れたアル・アジフを見て亜紗はスケッチブックを渡した。どうしてだろう?
アル・アジフがスケッチブックを捲る。
『ありがとうございます。今の私は話すことが出来ないのでこの方法て語らせてもらいます』
あれ? アル・アジフと話し方が全く違うような。
『私はエリシア。エリシア・アルベルト。アル・アジフの中の人です』
アル・アジフさんの中の人が登場。中の人はいないというわけはありません。