第百五十五話 ソードウルフ
対艦剣と対艦刀の違い。前者は切れ味が悪いが耐久性に優れている。後者は切れ味は良いが耐久性がない。イグジストアストラルに斬りかかって対艦刀が砕けましたが、対艦剣なら弾かれるか折れるだけで済みます。
リリーナはコクピットの中で小さく息を吐いていた。先行して来たのはいいものの、敵の姿が全く見当たらない。
センサーを確認しても5km以内に敵の反応がない。
「ここを襲った人達は退いたのかな?」
だから、孝治に話しかけた。孝治はソードウルフの影の中で弓を構えている。
『さあな。そればかりはわからない。周達が生き残りを見つけて話を聞いたなら別だが』
「だよね。それにしても、すごいよね、このソードウルフ」
リリーナは小さく息を吐いて右手に握っているレバーを押し込んだ。それと同時に標準装置がリリーナの片目を覆う。
ソードウルフのコクピットはギガッシュやアストラルブレイズと似ている。普通に座れる椅子に両足を置く場所の隣にあるペダル。
両の手は縦に伸びるレバーを握っている。そのレバーにはグリップがつけられており、一つ一つの指がある部分にセンサーがついている。
そのセンサーをリリーナが身につけている手袋を介入して指のマニピュレーターとして使う。
右手のグリップを押し込むことで射撃形態に出来るのだ。
そこら辺はギガッシュやアストラルブレイズにはないが。
「4km先の目標も撃ち抜けそうだよ」
『たった4kmか』
ソードウルフの外についている集音マイクが孝治の声を拾う。
リリーナは孝治が弓を構えながら小さく笑ったのがカメラから見て取れた。そして、弓の弦を引く。
一本の魔力によって編まれた弓が大気を切り裂き一直線空に消えていく。リリーナはそれを標準装置で追いかけ、そして、矢が炸裂した。
「えっ?」
標準装置に映る姿。それは、黄土色のフュリアス。
『やはり来たか』
「センサーに映っていないのに」
孝治が炸裂させたのはとある魔術による磁場変動だ。至近距離で爆発したならセンサーや通信機器などは使えなくなる。
だから、光学迷彩も解けたのだろう。
「イグジストアストラルの姿は」
『地上からもか』
孝治の言葉にリリーナはカメラを動かす。確かに、黄土色のフュリアスが来る反対側から土煙が立ち上っていた。味方ならいいが、敵なら。
リリーナは回線を開いた。
「黄土色のフュリアスに警告します。これ以上近づいたなら、撃ち落とします」
手が汗ばんでいくのをリリーナは感じる。
フュリアスに乗って戦う実戦は初めてだからだ。悠人やルーイと模擬戦をすることはあっても、実弾を使ったことはない。だが、
「あなた達を倒したら鈴はイグジストアストラルと来る。だから」
近づいてくる黄土色のフュリアスに向かって引き金を引いた。
「さっさと墜ちて!」
ソードウルフの背中につけられているバスターカノンがエネルギー弾を吐き出した。凄まじい速度でエネルギー弾が飛び、狙った黄土色のフュリアスの右腕を吹き飛ばす。
だが、黄土色のフュリアスは飛び続ける。こちらにまっすぐ向かいながら。
リリーナは小さく唇を噛んで引き金を引こうとした瞬間、視界の隅で孝治が振り返りながら矢を放つのがわかった。その矢の向かった先にカメラを向けた瞬間、そのカメラが爆発を映し出した。
「なっ」
リリーナはすばやくレバーを横に倒した。視界が一気に上昇する。
ソードウルフにはかなり特殊な機構が存在する。それは、今のソードウルフの変化を外で見ていたらわかるだろう。
ソードウルフが後ろ脚で立つ。それと同時に収納や変形していたパーツが組み合わさって獣のような足から普通のフュリアスの足に変わる。それは腕だってそうだ。
肩の部分に収納されていたパーツがせり出して組み合わさる。出来あがるのは普通のフュリアスの腕。
そして、ソードウルフは地面に立ちあがった。
『GF』が初めて作り上げた完全に特殊なフュリアス。それがソードウルフだ。可変機構を持つというのぼ凄いが、一番の特徴がコクピットの位置であろう。
本来、コクピットは胸の部分に入るが、ソードウルフは頭にコクピットがある。それが最大の特徴でもあり、最大の弱点でもあるのだが。
ソードウルフの変形が終わると同時にセンサーに大量の反応が映る。それは、全てが黄土色のフュリアス。数は二十。
孝治が小さく舌打ちをした。
『最初から考えられていたというわけか。俺達が来るということを』
「どういうこと?」
リリーナは可動域が広がっているレバーを動かし、右手に側面に備え付けられていた対艦剣を掴み取る。
『奴らは基地の影に隠れていた。俺のレアスキルのやり方をついてな。俺の『影渡り』は昼間は二つの影が重なっている位置にしか移動できない。完全にそこを突かれた』
素早く量の足にあるペダルを踏み込んで黄土色のフュリアスが放つエネルギー弾を避けた。完全に囲まれているい以上、一つの行動が命取りになる。
リリーナはレバーを握り締める。そして、悠人やルーイから聞いたフュリアスを使う戦闘の仕方を思い出していた。
フュリアスは中距離戦闘に強いけど、近距離での戦闘や遠距離戦闘には特殊武装をしていない限り対抗しにくいよ。
そうだな。アストラルブレイズも中距離が一番戦いやすい。だが、フュリアスの一番のポイントは高価なところだ。特にこの世界ではな。接近すれば同士討ちを恐れるだろう。そこが狙い目だ。
「いくよ」
リリーナが小さくつぶやく。それに応えるようにソードウルフのエネルギーが跳ね上がった。
ソードウルフが地面を蹴る。脚力はスペック上ではアストラルブレイスの二倍近く。だが、そんなスペックを出せば中に乗っているパイロットが持たない。リリーナの体に凄まじい重力がかかる。急な加速による圧力。
だけど、リリーナはそれに耐える。魔界の住人は頑丈であるからと世間一般では言われているが、そのことはこの機体を慣れる時に悠人が否定していた。
リリーナは機体を信じて。機体はそれに応えてくれる。だって、鈴を元にしたAIが使われているから。
悠人の言葉を思い出すリリーナ。そして、ソードウルフと鈴をリリーナは信じている。だから、
「負けるわけにはいかない!」
距離を一気に詰めて黄土色のフュリアス一機の胸に対艦剣を突き刺した。パイロットは完全に絶命したはずだ。
素早くソードウルフを動かして対艦剣を引き抜く。まだ、敵のフュリアスは多い。
「次!」
大きく飛び上がりながら背中の武装を換装する。ソードウルフにデバイスから武器を取り出す機構は存在しないが、背中の装備を換装するシステムは備え付けられている。正確には備え付けたが正しい。
その装備は周の手によって設計図を書かれえて改造されたダークエルフ用のブースター。ブースターの出力を最大限まで上げて動きを一瞬止めた黄土色のフュリアス二機の間を駆け抜けた。
左の手でもう一本の対艦剣を引き抜きながら。
黄土色のフュリアス二機が胴体を真っ二つにされる。後、17。
ソードウルフが振り返った瞬間、巨大な黒い剣によって黄土色のフュリアス二機が縦に両断されるところだった。そして、一息の間に放たれた矢が四機のフュリアスを貫く。
『俺を忘れられても困るな』
黒い剣を肩に担いだ孝治が笑みを浮かべる。ソードウルフが変形してから完全にその場にいたパイロットは孝治のことを忘れていた。そもそも、生身の人間にフュリアスが勝てるわけがないと思っていたのかもしれない。でも、結果はあっという間に六機落とされた。
黄土色のフュリアスが孝治を警戒した瞬間、横手から飛んできたエネルギー弾が三機のフュリアスを貫いた。
「私も忘れないでね」
リリーナが背中のブースターをバスターカノンに変えて前に向けていた。背中のバスターカノンはこういう風に前に向けて放つことが出来る。だが、少しの準備を必要とするため、隙がなければ使用しないが。
リリーナは素早くバスターカノンを手放してレバーを立てた。
ソードウルフが変形する。四肢をもつ獣のフォルムになったソードウルフは地面を蹴った。
黄土色のフュリアスがソードウルフに向かってエネルギー弾を放つ。だが、リリーナは巧みな操作でその全てを避ける。避けて、そして、そのまま黄土色のフュリアスの間を駆け抜けた。対艦剣を横に広げて。
残るは三機。その内一機は隊長機なのか頭の部分の形が違っていた。
放たれるエネルギー弾。それはソードウルフの動きを先取るように放たれていた。
リリーナは素早くレバーを横に倒す。ソードウルフの形が変わり、急激に空気抵抗が広がったことから動きが一気に遅くなる。だが、リリーナの体にかかる圧力も半端ない。
「くああっ」
体中の骨がきしみ、筋肉が悲鳴を上げる。でも、リリーナはレバーも意識も手放さない。
ソードウルフを振り向かせ、振り向き様に対艦剣を投げつけた。
隊長機ともう一機が同じ対艦剣によって串刺しにされる。だが、残る一本は残ったフュリアスから外れていた。ソードウルフに狙いを付ける黄土色のフュリアス。だが、黒い閃光が駆け抜けて黄土色のフュリアスの機体が砕け散った。そう、バラバラに。
『俺を忘れているな』
孝治が笑みを浮かべながら弓を下ろす。そして、どこから取り出したのか、黒い剣を手で弄びながら鞘に収めた。
「鈴、来るのかな?」
リリーナは周囲を見渡す。だが、そこに敵の姿は見当たらない。最初に攻撃した黄土色のフュリアスも見当たらない。
『俺は周に連絡する。リリーナは周囲を警戒してくれ』
「了解だよ」
リリーナは小さく息を吐いてセンサーを見て目視で周囲を見渡す。敵の姿はやはり見当たらない。
そろそろ文字数が大台に達しそうです。第一章後半は四月中に完成させたいと思っていますが、どうなるかはわかりません。