第百五十四話 敵の敵は味方
『ES』穏健派本拠地。
岩山の中に造られた堅固な場所で、至る所に魔術師の砲撃台が隠されている。
過激派ほど全体的な戦闘能力は高くないものの、世界最強の魔術師であるアル・アジフや竜言語魔法を扱うリースがいるなど、魔術師としての戦闘能力ならあらゆる組織で最高クラスであろう。
今はリースがいないとしてもアル・アジフ一人でもかなり持つはずだった。
だけど、オレ達の前に見るも無惨な姿をさらしている。
全ての砲撃台が破壊され、入り口は見るも無惨に外から撃ち抜かれている。そして、そこらに散らばるたくさんの死体。
オレも亜紗も孝治も、そして、リリーナも人の死を見慣れているからか、それらを見ても動揺はしない。
「孝治とリリーナは周囲の警戒。オレと亜紗は中を捜す」
まだ生き残っている人だっているかもしれない。だから、オレは諦めずに捜す。この戦闘の音がしない穏健派本拠地から。
「わかった。もし、何かあった時は」
「デバイスに連絡してくれ。リリーナも無理はするなよ」
『うん』
オレと亜紗は同時にソードウルフから降りた。本当なら孝治に任せたいところだが、微かに酔ったらしく、しばらくは動けないだろう。
だから、オレ達で中を捜す。
「亜紗、精神感応で」
亜紗の頷きを確認して、オレは精神感応で亜紗に話しかけた。
こういう時は本当便利だからな。敵がどこに潜んでいるかわからないから声を出さずに会話できるのは。
地図はわかるか?
『わからない。でも、何重にも防護壁を作っていると思う。私はそう感じる』
賛成だ。まあ、一撃で撃ち抜かれないことを考えればそうなるけど。
オレ達は中に入った。その中は大きな空洞が空いている。それは、元から造られたものではなく、砲撃によるもの。
オレは小さく舌打ちをして歩く。周囲に見える死体を見ないようにしながら。
ここで防衛戦を張ろうとしたに違いない。でも、フュリアスの圧倒的な火力でそれをすることなく息絶えたのだろう。
いつ見ても、人が死ぬのはなれないな。
『慣れない方がいい。私も、周さんも』
全くだ。
オレはレヴァンティンの柄に手を置く。そして、奥に向かって歩き出した。
魔力の流れに異変がないか注意深く周囲を確認しながら歩く。魔力の流れをわかっているなら目を瞑っていても正確に目的地まで着くことが出来る。
周囲の通路を歩く人は見当たらないようだ。どこかで息を潜めているのか、それとも、
その時、オレの感覚に誰かが触れた。一つ一つ部屋を探している最中に見つけたのだ。まだ、体は動いている。
誰かいる。そこに向かうぞ。
『うん』
亜紗の返事を聞いてオレは走り出した。道を曲がり、誰も来ないのか確認しながら足音を殺しながら走る。そして、目的の部屋までやってきた。
「誰かいるのか?」
オレは英語でそう尋ねながら覗き込むと、そこには体が血だらけだが、まだ動いている少年がいた。オレはすぐに少年に駆け寄って簡単な治療を行う。
そこまでひどい怪我じゃない。感染症の危険を取り除けば命は助けれるはずだ。
「おい、大丈夫か?」
「あな、たは」
少年が微かに目を見開いてオレに言葉を返してくる。現地の言葉ではなく英語で帰ってきたのは少し驚いたが。
「アル・アジフの知り合いだ」
「そうだ。アル・アジフさんが、うっ」
少年が起き上がろうとして痛みで顔をしかめる。オレは少年の体に治癒魔術を施しながら周囲の感覚を探る。
「無理をするな。怪我はかなりひどいぞ」
「僕のことは、いいから。アル・アジフさんが連れ去られた。悠人みたいなパワードスーツの部隊に」
パワードスーツ部隊ということは、相手のフュリアスの機構はダークエルフと似ているということか。つまり、衝撃には極端に弱そうだな。
オレは少年に睡眠魔術を施した。少年の体から力が抜けて寝息を立てる。
ここにいても安全だと思うが、出来れば誰かに預けたいところだけど。
『周さん、どうだった?』
大丈夫だ。怪我はしているがそこまで重症じゃない。そんなに時間は経っていないみたいだな。
その言葉と共にオレは小さく息を吐いて壁に手を当てた瞬間、手がめり込んだ。いや、壁の一部が動いた。そして、近くの壁がドアのように開く。
オレと亜紗は完全に言葉を失っていた。まさか、こんな古典的な秘密の入り口があるなんて。
『私が先に行く。多分、避難用のシェルターだと思うから』
そうだな。オレはこいつを抱いていく。前は任せた。
オレと亜紗は頷き合って隠し通路の中に身を投じた。隠し通路の大きさは大の大人が普通に歩けるくらいで、オレ達からすれば少し大きい。ただし、戦闘するようなスペースはない。
亜紗の場合は矛神があるからある程度戦えるだろうが。
魔力の流れが異常を感じる。どうやらたくさんの人がいるらしい。そう思っていると、急に通路が大きくなった。いや、隠し通路の先にある部屋に到達したのだ。
そこは少し広めの部屋で、普通に戦闘だってできる大きさ。奥には通路がある。
『ここは?』
亜紗が不思議そうに周囲を見渡す。オレも周囲を見渡して脂汗が出るのがわかった。
亜紗、絶対に動くな。
亜紗の動きが完全に止まる。オレの言葉を守ってくれるのは嬉しい。今は本気で動いたらいけない。
魔力の動きがおかしかったのは人がいたからじゃない。強力な魔術陣が複数展開しているからだ。動けば即撃ち抜かれるような魔術陣が。
「最悪だな。もう少し早く気づいていれば」
どうすればここを切り抜ける? どうすればここを突破できる? 方法はないわけではないが、一人じゃないから無理がある。
「術式を止めろ」
その言葉に魔力の異常が止まった。そして、向こうの通路から一人の男が現れる。その顔を見てオレ達の顔がこわばった。
胸に刺繍のある白衣を着た男。腕に身に付けられているのは片手用のクロー。そして、顔はどこにでもいてそうな普通のヨーロッパ系の顔。ただし、白衣の胸の刺繍がESと書かれている。
「アリエル・ロワソ」
オレの言葉と共に亜紗の手に力が入るのがわかった。
「亜紗!」
オレが大声で制す。
「目的を間違えるな!」
今のオレ達はアリエル・ロワソと戦いに来たのではない。アル・アジフを助けに来たのだ。
亜紗が刀を鞘に収める。
「どうやら、今来たばかりか。おみやげは何かな?」
「相手の情報だ。敵のフュリアスの情報。だから、何が起きたか教えろ。今のオレ達の共通の敵に対して」
「ふむ、敵の敵は味方というのか。いいだろう。だが、約束しろ。今回の任務中に過激派への攻撃は」
「そちらがしないならしない」
オレの言葉にアリエル・ロワソは頷く。そして、背中を向けて歩き出した。
オレも歩を進めて亜紗の隣に立つ。
「亜紗、今は我慢してくれ。詳しく知るために」