第百五十話 最悪の想像
自分の中では前回が少し微妙だったような気がして今回は力を入れて書きました。最初に考えていたものよりも大きく違ってしまいましたけど。
オレは小さく息を吐いた。
場所は駐在所の外。すでに空には星が輝いている。その中でオレは小さく笑みを浮かべていた。
「まさか、あんたが悠人を元気づけるとはな」
オレは空を見上げながら言う。声は、近くにあるポストの反対側から聞こえてきた。
「元気づけたわけじゃないさ。ただ、まだ失っていないものを失ったかのように泣いている彼に腹が立ったのでね」
優しい感じの正の声がオレの耳に届く。腹が立ったのは本当に事実だろう。でも、正は見捨てられなかったんだな。
オレとよく似てるぜ。
「正、お前が何をやりたいのかわからない。お前は何のためにオレの前に現れるかわからないけど、悠人を助けたのは自分自身が驚いているんじゃないか?」
「正解だよ。彼は君が元気づけるべきだった。余計なお節介だと思ったよ。でもね、失ってもいないなら、その手に取り戻すことが出来る。人も笑顔も喜びも感情も」
そうだ。悠人はまだ鈴を失っていない。鈴は悠人の前から去っただけだ。それはオレが言おうとしていたこと。
でも、正にとっては口出ししなければ許せないレベルのもの。
「お前は、失ったんだな。まあ、おかげで悠人もかなり変わってくれたし、助かった。ありがとう」
「変わった? 僕にはあまりわからないけど」
そうだろうな。普通ならわからないと思う。でも、オレには悠人が変わったことがわかる。
「あいつはオレと同じだよ。失いたくないんだ。だから、覚悟を決めた。今まではどうして戦っているのかあやふやだったはずだ。でも、初めて悠人は自分の力でやりたいことを見つけ出した。そういうことだよ」
悠人自身も気づいていないだろう。でも、戦おうとすることは覚悟がいる。覚悟がいるからこそ、自分の力を信じないといけない。
覚悟を決めたから、自分の求める未来に向かって力づくでも向かおうとしている。悠人は優しいから今までしなかったことだ。
「あいつにはオレ達と同じように失って欲しくないしな」
「そうだよ。僕にとっても、過去に失ったものは大きい。でも、僕は君ほど手回しが早くないと思うよ」
「急に話を変えるな」
正も、オレと同じように大切なものを失ったんだな。
「鈴を救うことが君の目的じゃないのだろう? 君の目的はずばり」
「真柴、結城に評議会が繋がっているかどうか」
オレは正の言葉を先回りして言う。正の姿は見えないが頷いているだろう。
「そもそも、フュリアスというものは評議会の話と共にやって来たんだ。ルーイ達からは裏が取れてる。多分、いや、十中八九真柴か結城と繋がっている」
「そして、評議会の中を一掃するというわけか。実に上手く出来ていると思うよ。でも、そう上手く行くかな?」
「さあな」
そればかりはオレにはわからない。出来れば、上手く行って欲しいとは思うけど。
すると、正が小さく笑った。微かな笑い声と共に何かに気づいたような声が加わる。
「君は役者に向いているね」
「何がだ?」
オレは微かに目を細める。
「すでに魔界への救援要請を独自に送り、アル・アジフに中東滞在を説いているのを一言も言わなかったことを思い出してね」
聞かれていたことは何ら不思議じゃない。むしろ、盗聴器があることをオレも孝治も気づいていた。おそらく、アル・アジフの副官も。
だが、それは音姉が設置したものだったから無視していたが、それに介入することは容易い。
それよりも、どうして正がオレのやっている行動に気づいていたのか不思議だ。全て、作業をレヴァンティンに任せたのに。
「それに、君が考えたシナリオの上で君は臨機応変に踊っている。違うかい?」
「違わないさ。まさか、気づかれるとはな」
会議室での内容は元から考えていた筋書き通りだった。悠人が来たのは完全に予想外だったが、スケールの大きさ示して音界の勢力を味方につけることには成功した。
つくづく思うけど、オレはろくな死に方をしないだろうな。
「監督でもあり、役者でもある。海道周、君はこの事件の幕をどう降ろすつもりかな? 君はそこまで決めているんだろ?」
「決めてないさ。オレが考えていたのは、敵だった勢力を味方にどうやってつけるかだけ。オレはそこまで未来は考えられない。でもな、目的地は大体わかってる」
真柴や結城が目指す場所。イグジストアストラルのデモンストレーションとして最も最適な場所。
そうなると、場所は一つしかない。
「フュリアスを持つ勢力がいる土地。中東だ」
「どうしてだい? 中東以外にも候補地は」
「多分、イグジストアストラルのデモンストレーションを行うはずだ。生身の人間相手なら、イグジストアストラルのデモンストレーションにはならない。ただの虐殺だ。だったら、何と戦えばいいか。フュリアスだ。そして、世界最高の戦力を持つ『GF』とすぐに戦う場所はかなり分が悪い。さすがに、イグジストアストラル一機で第一特務は倒せないからな。そうなると、『GF』以外の土地、『ES』の土地になる。『ES』の土地の中で一番世界を混乱させ、国連軍を動かせる地域と言えば」
「なるほど。アフリカは自然公園がたくさんあり、国連軍でさえ容易に軍は動かせない。だが、中東なら」
「『ES』過激派と仲のいい国連軍なら簡単に動ける。対する『GF』は簡単には動けない。そして、中東自体は魔力鉱石の世界最大産地。経済を混乱させるには十分だ」
中東で何かが起きるのはオレの中では確定事項だ。だから、中東にいるアル・アジフを説得した。
アル・アジフがいればアリエル・ロワソもいる中東の『ES』部隊は並みも敵には屈しないはず。後は、オレ達の迅速な行動くらいか。
「しかし、真柴と結城にはメリットがないはずだよ。結局は全滅する。なのに」
「もしもの話だ。『ES』、国連がイグジストアストラルに敗北した時、残る勢力はどこだ?」
正が微かに驚いたのがわかった。オレが会議の筋書きを描いていた本当の理由に気づいたのだろう。
「『ES』は仲間意識が強い。穏健派と過激派の違いは穏健派が『GF』と、過激派が国連と仲がいいだけ。だから、『ES』が攻められたなら『ES』全勢力が戦う。それを撃退したなら『ES』は滅亡だ。組織として維持なんて出来ない。やって来る国連軍だって同じだ。中東が経済の中心なら、全力で向かってくる。それを返り討ちにすれば国連は崩壊。ようやく、世界最大戦力の組織が動く」
「それは君の想像だろ? そんなことが」
「オレだって起きて欲しくはないさ。でもな、本当に起きたなら『赤のクリスマス』のような犠牲者だけじゃ済まない。だったら、誰もがオレが作り出したレールの上を走らせるようにすればいい。オレが恨まれようが、犠牲者を無くせるなら、オレは」
オレは空を見上げたまま拳を握りしめた。
「神だって殺してやる」
周は基本的に考え得る最も最悪なシナリオを元に作戦を組み立てるタイプです。なので、普通の作戦とかには普通の強さしか発揮出来ません。