第百四十七話 蒼鉛の天使
蒼鉛というのはビズマスのことです。
リリーナは一人森の中を駆けていた。悠聖があの少年を相手にしている間に一人抜け出したのだ。
逃げるではなく、戦うために。
リリーナはみんなが心配してくれることもわかっている。悠人や鈴が絶対に心配知ることも。でも、だからこそリリーナはここで戦わないといけないと思っていたから。
リリーナは何かに導かれるように走る。目的地は決めていない。何かあるということは頭の隅にある勘が教えてくれた。それに導かれるようにリリーナの足は動く。
「何があるかわからないけど、私は」
茂みから飛び出した瞬間、目の前からパワードスーツを着た兵士がたくさん集まっていた。数は10ほど。そこにリリーナは鎌を振り上げながら飛び込んだ。
力任せの鎌の一閃。でも、その威力は八人の兵士の胸をやすやすと切り裂いていた。
周囲に飛び散る血。その血がリリーナの顔に降り注ぐ。
「ひっ」
残った兵士が悲鳴を上げた。何故なら、血を浴びたリリーナの顔には笑みが浮かんでいたからだ。まるで、鬼のような笑みが。
残った兵士達の首が飛ぶ。リリーナが鎌を一閃したのだ。でも、その速さはいつものリリーナとは違う。
「ははっ、はははっ、あはははっ」
リリーナは笑っていた。まるで、戦闘の高揚感を楽しむように。
「久しぶりだ。本当に久しぶりだ。あははははっ」
リリーナの笑い声に釣られて兵士が向かってくる。その音を聞きながらリリーナは体の中の高揚を抑えられないでいた。
「思い出したよ。本当に、思い出しちゃった」
「動くな」
現れた兵士達がライフルを構える。だが、構えた瞬間に兵士の視界からはリリーナの姿が消えていた。
リリーナの位置はちょうど一番前の兵士の懐。リリーナの振る鎌が兵士の上半身と下半身を切断する。
「う、撃て!」
残った兵士がリリーナに向けてライフルの引き金を引こうとするが、それより早くリリーナの鎌が兵士達の首を刈り取った。パワードスーツの装甲がまるで紙のように切られている事実に、からくも命を長らえた兵士が一歩後ろに下がった。でも、逃げられたのはそこまで。
兵士の体が鎌によって両断される。
「こんなところ、悠人や鈴に見られたら怖がられるかな」
自嘲気味にそう言いながらリリーナが口回りについた血を舐め取る。
魔王の娘の噂は魔界ではかなり有名だが、この世界である人界では全く噂がない。だから、ここにいる全員がリリーナの戦闘能力を知らない。魔界ならこんなに犠牲者は出なかっただろう。
リリーナが歩を進める。服は血で真っ赤になっており、その手に握る鎌は血が滴り落ちている。そして、その顔に浮かぶ狂気を含む満面の笑み。
すると、ちょうど森が開けた。そこにいるのは三機のギガッシュ。手に持っているのは巨大な砲である長射程用バスターカノン。それを見た瞬間、リリーナの中で何かが弾けた。
私は、この機体の使い方を知っている?
「動くな!」
その言葉と共に視線を周囲に向けると、いつの間にか囲まれていた。でも、今まで戦っていた兵士とは違う。パワードスーツを着ておらず、ただの作業着の上からライフルを構えている。
さっきとは雰囲気が違うな泣きもするが、リリーナは周囲を睨みつけた。
「お嬢ちゃんはどこから」
「怪我をしたくないなら下がって」
リリーナが血塗られた鎌を構えると、作業服の人たちが顔を見合わせた。そして、ライフルを下ろす。
「怪我をしているのかい?」
その質問にリリーナは一瞬だけきょとんとしてしまった。そして、すぐに首を横に振る。まさか、そんなことを言われるとは。今までそんなことを言われたことがなかった。
「違うよ。パワードスーツを着た人達と戦闘して」
「パワードスーツ? そんな時代遅れなものを着ている奴なんて」
その言葉にリリーナはハッとする。もしかして、
「別の組織が周囲をうろついている?」
「お嬢ちゃん、どういうこと?」
「もしかしたらだけど、今、ここの森にいるのは私達だけじゃないかもしれない。でも、どうして」
「もしかして、この地にあると言われている遺跡が目的なのか?」
リリーナの言葉に反応した一人の言葉にリリーナは嫌な予感がやってきた。それを振り払うかのようにリリーナは首を横に振る。
その時、地面が微かに揺れた。気付いた人もいれば気付かない人もいる揺れ。でも、リリーナにはちゃんとその振動が伝わっている。まるで、何かが滑りながら動くような感じ。
リリーナは慌てて周囲を見渡す。そして、変化のある地点を見つけた。ゆっくり動く山肌。まるで、山自体が起こっているように。だが、山肌は左右に分かれていた。そして、ちょうど出来上がった空間から巨大なエネルギー弾が飛び出してくる。
「くっ」
リリーナはすかさず防御魔術を展開した。近くにあったギガッシュが二機、エネルギー弾に貫かれて爆発する。それに吹き飛ばされる周囲にいた作業服の人達。至近距離の爆発だから、まず、助からない。
そして、何かの大きな振動がリリーナを襲う。恐る恐る前を見ると、そこには倒れこんだギガッシュの姿があった。爆発の衝撃で倒れたたった一機の生き残り。ちょうど、コクピットのハッチは開いており、そこの中には誰もいない。
意を決して、リリーナが鎌を手放しコクピットの中に乗り込んだ。すぐさま慣れた手つきでギガッシュを起動する。機動知る手順すら習ったことがないはずのリリーナが。
コクピットのハッチを閉めてカメラを開いた山肌の方に向ける。そこから現れたのは蒼鉛色のフュリアス。背中にあはアストラルブレイズにあるような機械の翼が何十も取り付けられており、それが拡げられている姿はまるで蒼鉛色の天使。
懐かしい感覚にとらわれながら、リリーナはギガッシュを動かした。手に持つバスターカノンを蒼鉛のフュリアスに向けて引き金を引く。
極太のエネルギー弾は蒼鉛のフュリアスに直撃し、霧散した。
「無傷」
この距離からバスターカノンの射撃で破壊できないことにリリーナは愕然としていた。だけど、すかさずリリーナは引き金を引く。
頭の中でわかっていた。どうしていきなりギガッシュを操れているのか、そして、どうしてあの機体に立ち直らせる時間があってはならないと思うのかわからない。でも、頭の中ではそうした方がいいと警鐘が鳴らされている。
だから、リリーナはバスターカノンの引き金を引く。
何発ものエネルギー弾が蒼鉛のフュリアスを襲う。一撃一撃当たるごとに蒼鉛のフュリアスは後ろに下がっていく。このまま押し込むことが出来たなら、そう思った瞬間、蒼鉛のフュリアスの翼が一斉に翻った。正確には、翼である、ブースターの部分でもあるものが全て先をリリーナの乗るフュリアスに向けている。だが、それは砲でもあった。
リリーナはバスターカノンを手放して出力全開で横に跳ぶ。
閃光。
蒼鉛のフュリアスの攻撃はそう呼ぶに相応しかった。凄まじい量のエネルギー弾がリリーナがいた地点を焼き払う。あそこに突っ立っていたなら確実に死んでいた。
「さすがだね。生存率100%のフュリアス」
リリーナが自分が知らないはずの言葉を口にする。
「イグジストアストラル」
次の話は本格的なフュリアスVSフュリアスにしようと思っています。