第十四話 海道周の伝説
作中で時々溜息とため息の二種類があるかもしれませんが、前者は携帯で作った時、後者はパソコンで作った時の変換の違いです。
「それにしても、あなたが海道周なのね」
狭間市の中心部に向かってオレ達は歩いていた。もちろん、アル・アジフ達や琴美も一緒に歩いている。ただし、浩平だけはいない。
あの場に放置してきたからだけど。まあ、あいつなら大丈夫だろう。
「オレを知っているのか?」
自分ではそこまで有名だという自覚はないけど。
「都から聞いていたもの。新しく来る『GF』の部隊の隊長の話。噂では聞いていたけど、都があそこまで詳しいなんて」
「オレってそんなに有名人?」
「そなたの伝説は中高生に大人気じゃからな」
アル・アジフが呆れたように応えてくる。
いや、伝説って。
「噂だと、三千の敵を一人であしらって、流れ弾を何気ない動作で避けて、大規模殲滅魔術を打ち消したり、二十の魔術ストックを連射して相手を投降させたり」
「我はあらゆる攻撃を回避するという噂も聞いたの」
全てはオレが知っているから答えられるけど、全て事実。実際にやったことがあるものばかり。確かに、同年代がそこまで凄い伝説を残しているなら語りたくなるよな。
やったと言っても公式には残っていないから戦場で生き残った人達が漏らした噂がそこまで広がっているのだろう。
「都は持っているデバイスがオーバーテクノロジーだと語っていたわね」
あまりのことに一瞬だけ動きを止めていた。本当に一瞬。瞬き一回。もちろん、その動作をアル・アジフは気付いている。
「その話どこから?」
「さあ? 私は都から聞いただけだから。おかしいくらいに都は詳しいのよね。あんたのプロフィールを網羅しているとも言っていたし」
まだ会ったことないのにストーカーの気配しかない。というか、個人情報は結構厳しく管理されているのにな。どこかに抜け道があるというわけか。
琴美は呆れたように小さくため息をついた。
「ちょっと怖いくらいだけど。それで、あなたの伝説は本当なの?」
「周隊長の答えは黙秘だぜ。答えたくないといつも言うんだけどな。周隊長は確実にレアスキルを隠している」
「レアスキル?」
その言葉に琴美が首をかしげた。まあ、一般人には馴染みの無い言葉だし。
「琴美には関係ないからの。レアスキルとは個人所有スキルの中で珍しいもののことを言うのじゃ。個人スキルAランク以上じゃな。そこの花畑孝治がレアスキル持ちじゃ」
オレ以外のみんなが振り返る。でも、孝治はそこにいないことは分かっている。何故なら、孝治はすでに道路を挟んで向こう側にある木にもたれかかっているのだから。
気づけたのは視界に映っていたからだけど。
「あれ? いないわよ」
「あそこだ」
オレが孝治の方を指さすと、そこでは孝治がオレ達に向かって手を振っていた。
あれが孝治の持つレアスキル、『影渡り』だ。影から影へ移動できる能力。ただし、制限も多いためランクはA。能力的を見れば文句がないほどのSランクレアスキルだけど。
「それを周が持っているということ?」
「『GF』データベースにすら載っていないけどな。周隊長の伝説の中で、大規模殲滅魔術を打ち消したとあるが、あれは確実にレアスキルの類に決まっている」
「ふむ、確かにそうじゃな。しかし、そんな能力はあまりに桁違いではないかの?」
というか、大規模殲滅魔術を打ち消したことは一度もない。打ち消したことは。
「というか、オレはそんな能力持っていない。伝説は誇張した表現なんだろ。だったら、どうせ中規模魔術を打ち消したことが大きくなっただけだ」
「中規模魔術を打ち消しただけでもすごいことよね?」
琴美が言いたいのはよくわかる。
魔術での中規模は半径51m以上から100m以下までの範囲を攻撃できる魔術のことだ。大規模は101m以上。殲滅がつくと半径250m以上の攻撃かつ、半径50m以内の被害が極めて大きい魔術をさす。そんなものを打ち消すにはどれだけ疲れるか。
「理論としては可能じゃ。相手の魔術と同等の魔力を直接ぶつければ打ち消せる。難易度は高いがの」
「それなら一応可能だった。大規模は無理だ。魔力が足らん」
実際に、中規模魔術をその方法で打ち消したことはある。もう、したくはないけど。
「確かに、お前が大規模魔術を打ち消したことはないな」
「そうそう」
「敵から『どうして大規模殲滅魔術が効かない。『GF』は化け物か!』と言われたことはある」
背中に汗が流れる言葉だった。
発動した相手からすれば絶望の攻撃だっただろうな。本気で。
「まあ、今あげたそなたの伝説は本当に一部じゃからな。現役女子中学生の琴美がよく知っておるじゃろ」
「そうね。たった一人で敵の本拠地に乗り込んで全滅させたとか。不殺の剣で屍の山を築いたとか。魔人六人を相手に勝ったとか。『GF』総長を負かしたことがあるとか」
「全部歪曲した事実だけどな」
ちなみに最初のは一人ではなく亜紗、孝治、音姉の四人で全滅させたこと。次は屍の山ではなく戦闘不能になった人の道。魔人は音姉がほとんど一人で倒したことがオレになっている。最後は亜紗と二人がかりだ。
まあ、全部オレが関与しているから噂話としては十分な種をばらまいてはいるか。
「他にもいろいろあるけど、信憑性があるのはこれだけね。他は文字通り伝説のように誇張されたものばかり」
興味はあるけど聞きたくはない。レヴァンティンに言えば確実に教えてくれるだろうけど。
「その年から相変わらず大きなことをしているの。しかし、実力はあまりないと聞くが?」
「オレは器用貧乏なんだよ。孝治や悠聖の様な一芸特化じゃなくて様々な分野を伸ばしているからな。なんでもできるけど強くはないというわけ」
それがオレの異名の理由だろうな。
まさに全てをこなす器用貧乏。だからこそ、あらゆる場面での対応を可能とするオールラウンダー。そして、あらゆる状況でも、あらゆるポジションでも力を発揮できる。
オレ自身が思う理想の形を体現しようとしているだけなのだから。まだまだ道のりは遠いけど。
「あらゆる戦場に対応した戦い方の出来るタイプか。そなたが行く道は茨の道じゃな」
「茨の道だとしても、オレの立ち位置で一番合っているのがこれだ。第76移動隊でも、亜沙と音姉がフロント。孝治と悠聖がセンター。中村と浩平がバック。オレはオール。これが一番なんだよ」
ちなみに由姫はまだ決めていない。ちょっと聞きたいこと、いや、試したいことがあるから。
悠聖はオレの考えたポジションに疑問でもあるかのように首を傾げた。
「不満があるのか?」
「不満というわけじゃねえけど、周隊長の剣技って音姫さんクラスって聞いたことがあるんだよな」
「確かに。剣技だけならオレは勝てん」
孝治も賛同するように頷いた。
確かに、剣技だけなら孝治には勝てる。というか、孝治とは相性が悪いだけだ。
「確か、海道周の剣技は世界最強クラスという噂もあったわね。事実なの?」
そういう噂すらあるのかよ。慧海に負けるわ時雨に負けるわ、レノアさんやギルバートさんにもぼろ負けするのに世界最強クラスって何の冗談だ?
「嘘に決まっているだろ。音姉と同じレベルって、音姉のは次元を越えているぞ」
次元というか、あの剣技は人間として数えるべきじゃない。音姉は冗談抜きにして世界最強の剣技を使える。
「確かにの。我が全ての力を出し切って勝率は五分じゃからな。音姫の剣技のみで」
「音姉ってそんなに強いの?」
剣技だけで最強の魔術師と五分だとは。まあ、音姉の場合はその力を底上げするレアスキルを持っているけど。底上げというより、戦場を自分に有利に作り替えるレアスキルというべきか。
「周の伝説は色々あるけど、一番多いのが剣技なのよね。白百合流を極めているとか、御影流の免許皆伝。他には、剣技だけで第一特務の内輪もめを止めたとか」
「誇張されすぎだろ。御影流は習ってすらないぞ」
オレの伝説ってある意味すごいよな。まだ、オレは生きているのに。
「生きた伝説か。そなたも我らの仲間入りじゃな」
「中高生の中で生きた伝説なんてなりたくないからな」
オレは小さく溜息をついて空を見上げた。
夜が明けたばかりだからか微かに星空が見える。それを見ながら小さく息を吐いた。