第百四十二話 組み合わせ
ようやく周の新技が出ます。派手な技です。
オレ達は山の中を歩いていた。時間は太陽が空高く昇った平日の昼間。普通なら学校にいる時間だが、オレ、音姉、そして、由姫の三人は山の中にいた。
理由は簡単。昨日にあった郵便局襲撃事件。怪我人は出たが、死んだ人はいない。だが、相手集団の規模が規模だったからか、朝から日本政府が主導で調査をしている。
本来ならオレ達がする予定だったものだけどな。
代わりと言うわけではないが、オレ達は山に入っていた。あの日、オレと音姉が歌姫様と呼ぶ謎の集団に出会った場所に向かって。
「不気味だね」
由姫が小さく言葉を漏らす。見た目はただの山にしか見えない。空気もだ。でも、オレ達の中では確実におかしな山となっている。
理由はいくつかあるがその一つが、
「命を感じない」
「由姫、気付いていたのか?」
「うん。なんとなくだけどね」
この山は不気味なくらいに静まり返っている。そして、ざわめきがない。命の鼓動がないのだ。怖いくらいに。
普通なあるはずの虫の音だけじゃない。木々も何かから隠れているように音を出さない。
「お姉ちゃんは警戒しすぎだと思うけど」
ほんの微かな音に反応して音姉は注意を向けている。まあ、由姫は戦場の音姉をよく知らないからな。特に、敵地にいる音姉は。
オレからすればこれが音姉の普通だ。視覚や聴覚を使って周囲全体を警戒している。微かな音を頼りに敵の位置を見つけ出す。こういう山の中で音を隠すのはほぼ不可能だ。
オレの場合は触覚と第六感を使う。まあ、そんなことをするのはオレくらいだが。
「これくらいしないと戦場でかすり傷を負っちゃうよ。由姫ちゃんもしっかり警戒すること」
「警戒しなくてもかすり傷で済むって。お兄ちゃんじゃあるまいし」
「どういう意味だ?」
オレは音姉みたいにかすり傷では済まない。まあ、第六感が常時働くから警戒しない時間が存在しないけど。
「『天空の羽衣』。あれならなんでも守れない?」
「魔術以外はな。まあ、魔術を撃たれてもよけることは簡単だぜ。例えば」
オレは飛んできた風の矢を軽く上体を反らすだけで避けた。
「こういう風にな」
「何で冷静? 今の攻撃だよね?」
由姫が慌てて身構える。対するオレは腰に差しているレヴァンティンを鞘から抜かない。
「今のはトラップだ。敵の攻撃じゃない」
「トラップも十分に攻撃だと思うけど。お兄ちゃん、魔術トラップがあるということは」
「いるな」
敵が近くに。
物理的トラップなら設置したままという可能性は高くなるが、魔術的トラップは設置してから一定時間以内でなければ発動しない。
つまり、この山のどこかに捜している奴らはいる。
「由姫ちゃん。ちゃんと警戒している? 弟くんとの会話ばっかりしていたらダメだよ。後、これはデートじゃないからね」
「誰もデートって言ってないよね? お兄ちゃんと話していたら緊張が紛れるだけだよ。こういうことは初めてだから」
少人数での敵地への侵入はオレですらあまり経験がないんだけどな。孝治は三桁単位でやっているだろうけど。
「でも、こうして三人だけでいるのは久しぶりだよね。いつも他の誰かがいたから。お兄ちゃん、どうしてこの三人で任務なの?」
「理由としてなら、コンビネーションが高いメンバーかつ単体戦闘能力も高いメンバー。こうなったら、由姫か亜紗か音姉の三人になる。亜紗は斬り込む役目だから任務に適していないというわけ」
「私は殴り込むタイプだけど?」
「里宮本家八陣八叉流継承者のくせに?」
調べてみた限り、里宮本家八陣八叉流は里宮家の人物した習ったことがなかった。
理由としては、里宮家の子供は格闘か魔術のどちらかか秀でているという摩訶不思議な家系でもある。格闘の秀でているレベルは桁違いだけど。
そこに名を連ねる由姫。白百合家の中ではありえないくらいに剣術の才能がなかった。でも、由姫にあったのは格闘の才能。そのタイプは音姉の弱点をカバー出来るものでもある。
この二人が共に戦ったならどこまでの強さを発揮するかわからない。それを見たかったのが本音だ。
そして、養子とは言え、二人の家族であるオレが入れる余地があると信じて。
「確かに里宮本家八陣八叉流だけど、あまり使わないよ?」
「そう言えば、由姫ちゃんはかなり普通の八陣八叉を使っているよね。どうして?」
「愛佳さんから言われたんだろ。里宮本家八陣八叉流は特色が強い。相手の防御を崩す崩しの型。相手の攻撃をいなす降ろしの型。相手の速度を超える隼の型。相手の攻撃にカウンターを叩き込む受けの型。型を見られただけで弱点が丸わかりなんだ。よっぽど熟練しなければ型を取らずに体内で気を練るのは難しいしな」
オレがこれで合っているであろう考えを言うと、由姫は不思議そうに首を傾げた。
「なんとなく」
その答えにオレは思わずずっこけてしまう。
里宮本家八陣八叉流は冗談抜きに最強の武術とも言っていい。ただし、それぞれの型を取らずに攻撃出来るようになればだが。
多分、音姉でも勝負が一撃必倒になるはずだ。それほどまでに凶悪。それをなんとなくで使い分けるなんて。
「弟くんがこけるシーンを久しぶりに見たかも」
「悪かったな。こけるようなやつじゃなくて。ったく、そろそろみたいだな。気を引き締めておけよ」
オレの言葉に音姉の顔がわかる。オレの探査の仕方を知っているからこその反応だ。対する由姫は首を傾げている。
「お兄ちゃん、気配はないけど?」
「気配を隠す方法なんていくらでもあるさ。それに」
オレはレヴァンティンを鞘から引き抜く。
「いくら気配を消したところで『そこにいる』ということは隠せないだろ」
いくら気配を消せてもその存在を隠すことは不可能だ。文字通り空気にならなければ出来ない。
だから、それを利用した探査の方法をオレは使っている。
「出て来いよ。数は、38か」
オレの言葉と共に周囲から老若男女様々な人が現れた。もちろん、見たことのある面々ばかり。
あの時にオレと音姉が戦った奴らだ。
「兄さん、郵便局の襲撃犯がいます」
「そうなのか?」
オレはやっぱりという風に尋ねていた。
赤いフュリアスがいる以上、可能性としては十二分に考えられたからだ。
オレは小さく笑みを浮かべる。
「質問したいことが三つある」
「この状況でか?」
前にいる老人が驚いたように目を見開いた。完全に囲んでいると自負しているからだろう。
確かに、完全に囲まれている。でも、囲まれているだけだ。負けた状況ではない。
「一つは、お前らが住む世界のこと。一つは、お前らの目的。最後が、お前らにとって歌姫とは何か?」
「二つ目だけ教えてやろう。我らの目的は」
その瞬間、嫌な予感が背筋を貫いた。攻撃が来る。
「歌姫様の奪還」
幾重もの防御魔術を組み合わせて四角錘を形取り、嫌な予感がした方角に向かって多重に作り上げた。方角はここから見える唯一の山の頂上だ。
作り上げた瞬間、エネルギーの塊がいくつも防御魔術に直撃して周囲に散る。
それと同時に周囲の敵も動き出す。
遠距離からの射撃と接近戦。確かに、状況としては最悪だ。
でも、そんな作戦をオレが考えなかったわけがない。
「行くぜ」
ストックしていた魔術を発生させる。周囲にある水を集結させて放つアクアシューター。ただし、命中は高くない。
放った瞬間に散弾のようにバラまくことになるからだ。だから、本来は水属性の専売特許である状態異常を付与した水をバラまく。
ただ、今回は全く違う。
水をバラまくが、それには状態異常付与はない。回避した人達もすぐに地面を蹴る。距離は十分だ。
「水牙天翔」
オレは鞘から抜いたレヴァンティンを地面に突き刺し一気に振り上げた。
前方に向かって水柱が突き進む。これだけ見たなら名前負けした攻撃だと思うだろう。だが、技はこれで終わりじゃない。
水柱が止まった瞬間、地上に巨大な魔術陣が出来上がっていた。水柱はフェイクであり、水を使った魔術陣構成が本命。
魔術陣が膨大な水が吹き上がる。それは強力な水圧で向かって来ていた敵達を吹き飛ばしていた。
回避や防御もままならない攻撃。それを感じながらオレはレヴァンティンを鞘に収める。
「よし、新技完成」
だが、戦いは終わっていない。オレはレヴァンティンを握りしめたまま敵を睨みつけた。
次回、フュリアスVSフュリアス
赤と黒と青がぶつかり合います。