第百四十話 本当の自分
僕はソファーに座っていた。隣には鈴とリリーナがいる。そして、前にある卓袱台の反対側には都さんと琴美さんがいた。
僕達がいるのは琴美さんの家。まず、僕達が琴美さんの家に来てから都さんが来た。外にはリースと浩平さんがいる。
都さんは神妙な面持ちで僕を見ていた。鈴ではなく僕を。
「悠人。一つ聞きます。あれはなんだったのですか?」
鈴はもう立ち直っている。でも、体が少し震えていることを見ると、どれだけ怖かったかは想像出来る。
僕も、最初の戦いの後は、ただ震えていただけだから。
「あれ、とは?」
「私や鈴さんが見た無条件発動です。周様から魔術の発動について詳しく習ったことがあります。周様のレベルだと、魔術が発動する瞬間の魔術陣を見て反応すると教わりました。魔術には魔術陣の発動が必要です。周様のレベルなら陣の無い無条件発動が可能だそうですが」
その話についてはよくわからない。魔術は魔術陣がないと発動出来ないと思っているし、無条件発動なんて聞いたこともない。
でも、僕の力と比べれば些細なことだろう。
「悠人に聞きます。あの無条件発動はなんなのですか? 私の目には受け止めた魔術がそっくりそのまま跳ね返ったように見えました」
「そっくりそのまま跳ね返った。リフレクトの魔術だと思うけど、あの時みたいにタイムラグがあるのはおかしいはずだよ。リフレクトは当たった瞬間に跳ね返すから」
確かにそういう魔術があったはずだ。でも、そんな魔術は僕に使えるわけがない。僕は魔術をあまり使わないから。
「では、こう言いましょうか。受け止めた魔術を吸収し、放出した」
その言葉に僕はビクッと肩を揺らしていた。鈴はわからなかったみたいだけど、都さんには見えていたらしい。
魔力の流れから全てが。
「アブソーブ。吸収能力だね。伝説と言われる二大レアスキルの下にある究極の四大レアスキル。実用性の観点から最も使えるレアスキルに位置するもの。古の民が使っていたとされるレアスキルの一つだね。悠人にはそのレアスキルがあるということ?」
リリーナがギュッと僕の手を握ってくれる。どんなことがあっても味方でいると言ってくれるように。
僕はそれにゆっくり握り返しながら頷いた。
「今から見るものは絶対に他言無用にして欲しいんだ。それで頷いてくれるなら」
その言葉にみんなが頷く。僕は「ありがとう」と言いながら頷いた。
「見せるよ。僕の秘密を」
今まで閉まっていたカーテンを開ける。すると、明るい夕焼けが視界に飛び込んできた。
それを見て名残惜しく振り返ると、そこには信じられないとでも言いたそうな四人の姿。
僕はゆっくり元の位置に戻った。
「多分、この力が関係していると思うんだ。試したことはないけど、魔力を吸収し、大きくなっていることを考えると、僕はそう思う」
「悠人。悠人はどうして、それを隠していたの? それがあれば悠人は」
鈴の疑問は最もだ。この能力は戦場でも破格の能力。ただでさえ、『アブソーブ』という桁違いな能力も合わせれば、訓練するだけでかなりの戦力になるだろう。
でも、僕はそれをしなかった。
「昔、言われたんだ。大事な人から。『化け物。近づくな』って」
その言葉に誰もが息を呑んだ。
おそらく、拒絶のされ方から考えて、最も酷い拒絶。
「周囲の人も僕を化け物扱いした。父に至っては、僕を実験体扱い。来る日も来る日も血を抜かれ、体を死なない程度にいじくり回された。その気持ちがわかる? 僕は否定された。大事な人から、そばにいたみんなから否定された。だから、この力を隠そうとした。『アブソーブ』の能力に気づいたのは偶然だよ。でも、僕はより一層、自分の体が化け物になったと思えた。リリーナや鈴にリース。みんなと一緒にいても、いつバレるかわからない恐怖の中にいた。でも、フュリアスの中だったら大丈夫だったな。どうしてかわからないけど」
僕は全てを語っていた。本当は怖いはずなのに、拒絶されると思っているはずなのに、僕は語っていた。
心の底ではみんななら受け入れてくれると思っているから。
「逃げ回ったよ。一人で。自分は化け物だから、化け物らしく荒らし回りながら。そんな時にアル・アジフさんと出会えた。そして、僕はアル・アジフさんについて行った。僕は自分が怖いんだ。自分は本当に化け物じゃないかって、自分がいつか化け物になって誰かを殺すんじゃないかって。自分が怖い。他人も怖い。僕は」
「違う。悠人は化け物じゃない! 人間!」
鈴が立ち上がった僕の肩に手を置いてきた。
「化け物なんかじゃないよ。悠人はみんなに優しくて、愛されいる。化け物なんかじゃない。悠人を化け物扱いする人がいるなら私は怒る。絶対に怒るから」
「でも、僕はみんなと違う。お母さ、大事な人からも化け物扱いされた。それは」
「人とは違うことを気にする必要があるのかな?」
リリーナが不思議そうに首を傾げていた。
「みんな違うと思うよ。私や、悠人や、鈴。都や琴美もだけど、全員違うはずだよ。私なんか、魔界じゃ珍しいハーフだからね。あっ、言ってなかったか。まあ、いいや。でも、私はそれを誇りに思っている。人とは違うことは普通だから。それに、悠人の能力は悠人自身にとってステータスで希少価値があるものだよ。そこまで卑下にしなくても大丈夫だよ」
すると、リリーナがどこか悲しそうな表情になる。まるで、自分自身にそのことを言い聞かせているかのように。でも、リリーナは僕の目から視線を外さない。
「悠人が化け物だなんて関係ない。悠人は悠人なんだから。でもね、私は少し怒っているんだよ」
その表情はどこか呆れていて怒っているようには見えない。それでも、バカにされているようにも感じない。
「悠人がそんなことを思って、私や鈴と接していたこと。私が、私達が悠人をそんな目で見るわけがない! それに、悠人が何の相談もしなかったこと! 私は悠人に助けられた。私は悠人を助けたい。だから、悠人も少しは私達に頼ってよ。一方的な関係なんて絶対に嫌だから」
「リリーナ」
「私は悠人が好き。優しくて、頼りになるけど、見た目以上に無理に大人びている悠人が好き。だから、悠人の支えになりたい。鈴だって同じ。私達は悠人のそばにいたらダメなの?」
「一つ、いいですか?」
そんな中、不思議そうな顔をした都さんが僕達を見てきていた。隣にいる琴美さんが驚いて都さんを見ている。
都さんは不思議そうに首を傾げた。
「それは、日常生活に影響が無いものですよね?」
「うん、そうだけど」
都さんは何が言いたいのだろう。
「例えば、私の力。神剣認定された武器があります。それは、制御を怠れば街を滅ぼしかねない力があります。琴美、引かないでください」
「いや、絶対に引くわよ。そんな力があるの?」
「はい。理論上の数値ですけど、最大出力で狭間市を焼け野原に出来るそうです」
それはそれですごい。僕の力と比べれば、僕は本当にちっぽけに見えてくる。僕の能力はそこまで大規模じゃないし。
「今の話を聞いて、皆さんは私を化け物だと思いますか?」
「思わないよ」
僕はそう答えた。そんな力があったとしても、僕は都さんを化け物だと思えない。
「私達もです」
「えっ?」
僕はみんなの顔を見渡した。
「悠人がそのような力があっても、私達は化け物だと思いません。だって、悠人を知っているから。だから、怖がらないでください。人を、友達を。私達は受け入れます。悠人の全てを」
その言葉を聞いて僕は顔を下に向けた。みんなに顔を見られたくなかったから。でも、目を瞑っていても涙が溢れてくる。次から次へと。
涙は僕の握り締めた手の甲に落ち、横から伸びてきた二人の手が僕の手を握りしめた。
ようやく、僕は気づけた。本当の自分を語っていいのだと。本当の自分でいていいのだと。
そばにいる二人の暖かさを感じながら、僕は赤ん坊のように声を上げて泣いた。
能力の一部は一部隠させてもらいました。今後のキーワードになっていくので。