第百三十九話 歌姫と覆面達
周の勘は当たります。
「了解した。周隊長はそっちで待機だな。オレ達は現場についているからこっちを見ておく」
『悪いな。一応、指揮は任せたから』
「安心しろ。大丈夫だから。また」
オレは通信機器を切った。そして、デバイスからコードを外す。そんなオレを心配したような表情で優月と由姫が見てきていた。
「周隊長は来れないとさ。赤いフュリアスに襲われたらしい」
「兄さんが? 無事、ですよね」
由姫が心配したようにオレを見てくる。周からすれば由姫の方が心配だろうな。
オレはみんなに安心させるように笑みを浮かべた。
「大丈夫だ。孝治達と一緒にいるらしい。あの二人がコンビを組んだら最強だということは由姫が一番知っているんじゃないか?」
「そう、ですね」
でも、不安なのだろう。あの二人が一緒にいる場合の戦果をオレは知っているから何も言わない。実際に、最も凶悪な殺人集団と言われた面々をたった二人で全員捕えたり、世界最強とも言われているアリエル・ロワソと偶然エンカウントした時なんてあと少しで捕えれそうな状況まで言ったことだってある。
それがあの二人の強さ。オレが全く入れない次元の強さ。ついでに中村もいるし。
『悠聖、周囲を確認してきたよ』
「周囲にそれらしい影は無し。一応、フェンリルが見回ってくれているわ」
オレが周囲の確認を頼んでいた冬華とアルネウラがその場に戻ってきた。アルネウラが周囲の空気を感じ取って首をかしげる。
『何かあったのかな?』
「赤いフュリアスが出たそうです。兄さんが交戦してここに来れないと」
「赤いフュリアス? 由姫、それは本当なの?」
そう言えば、冬華は『ES』の過激派だったな。最近、近くにいすぎてそんなことを感じる瞬間が全くなかった。
もしかしたら、それについて知っているかもしれない。
『冬華は何か知ってる?』
オレと同じことを思ったのか亜紗がスケッチブックを冬華に見せた。だが、冬華はゆっくり首を横に振る。
「私はあまりフュリアスについて詳しくはないわ。でも、赤いフュリアスは過激派の機体ではないはずよ。アリエル・ロワソ様に確認してみるわ」
そう言うや否や、冬華はデバイスを取り出して通信機器につなげた。すぐにアリエル・ロワソに尋ねるのだろう。もし、その期待が過激派のものならいろいろと大変な事態になるから。
オレは小さくため息をついて拘束している犯人達の顔を見た。
老若男女様々だが、ひときわ目立っているのは一人の少年。この中で唯一起きている眼鏡をかけた少年だ。年齢はオレと同じくらいで顔も髪型も一般的というか、少し根暗な印象がある。
オレは少年に近づいた。
「オレの言っていることはわかるな?」
「わかりますよ。確か、第76移動隊でしたね」
「知っているのか?」
調べていたらわかることだろう。だから、オレは尋ねる。
「簡単な尋問だ。どうして郵便局を襲った?」
「答えなくてはいけませんか?」
「黙秘もありだけどな」
黙秘権は誰にでも存在する権利だ。この尋問はそこまで強制的なものじゃない。現行犯逮捕したから一応聞いているだけだ。こういうのも『GF』の仕事の内。
すると、少年は笑みを浮かべた。
「理由は二つあります」
「正直に話すのか?」
少年が正直に言おうとしていることに驚いていた。普通は黙っているはずだ。何かの目的があるのか?
「ええ。一つはお金。この世界で動くお金です」
嫌な予感がする。この世界という表現に。
「もうひとつが『歌姫』様です」
「お姉ちゃん!? どういうこと!?」
由姫が刹那で少年に詰め寄って胸ぐらをつかみ、壁に押し付けた。その威力は凄まじく、壁にひびが入っている。
少年が苦しそうに息を漏らした。
「お姉ちゃんに何をするつもり? 答えて!」
「ストップ。ストップ。そんなことしたら話せないだろ」
オレはすぐさま二人を離した。でも、由姫は少年を睨みつけている。
少年は少しだけ咳き込んで笑みを浮かべた。
「この世界に歌姫様がいれば穢れてしまう。だから、無理矢理にでも連れて行くんですよ。僕達の世界にね」
その言葉を聞いたオレ達は同時に安堵の息を吐いた。それを見た少年は目をぱちくりさせている。
どうやら、本来の目的は音姫さんをさらうつもりだったらしい。でも、殺すと違ってさらうなら、どれくらいの数がいても大丈夫だろう。どんな敵がいても。
だって、音姫さんだし。
「よかった。お姉ちゃんの身に何かあったら危なかったけど」
「どうして安心しているんだ。お前達には仲間が」
オレはデバイスに通信機器を繋いで音姫さんに電話をかけた。すぐさま音姫さんが出る。
『悠聖君、何かあったの?』
「音姫さん、そっちに誰か向かいませんでした?」
『こっち? ああ。百人ほどと赤いフュリアスが三機ほど向かってきたけど、全員撃退しておいたよ。それがどうかしたの?』
まるでコンビニに言ってお菓子を買ってきたとでも言うような口調だった。それを聞いて想像していたとはいえ呆れてため息をついてしまう。
「捕まえた犯人が音姫さんを狙っていると言っていたので」
『そうなんだ。じゃ、こう伝えておいて。私を捕まえたかったら一軍を連れてくること』
そして、通信が切れる。犯人の少年はぽかんとしたままだ。まあ、そうだろ。
この世のどこに一軍でかかってこいと挑発的な言葉を投げかける人がいるだろうか。いや、待てよ。確か、歴史上に実際そんなこと言った人がいたっけ。
「あんたらの目的が人目を引くことだとしても残念だったな。音姫さんは第76移動隊で最強の戦力なんだぜ。お前らの力で勝てるわけないだろ」
「悠聖さん。言いすぎですよ」
由姫が呆れたようにため息をつく。何を言いすぎているのだろうか。
「最強は兄さんですが、あなた達の世界では勝てないというべきです」
「いやいやいやいや。由姫の方が言いすぎだよね? オレのと比べると格段に言いすぎだよな!?」
周囲に同意を求めると頷いているのが半数だった。周ってそんない強かったっけ?
「だが、歌姫様をこのままにしてはおけない。我らの手でお救いしなければ」
「あのさ、お前らにとって歌姫はなんなんだ?」
『歌姫』と言われている音姫さん。その能力については全く知らないが、一部の人が言うには言霊らしい。よくわからないけど。
一言で世界を変えると力とも言われている。
こいつらにとって歌姫とはどういう存在なのか。そこが気になっていた。
「我らにとって歌姫様は世界の象徴。世界を動かす存在。二人の歌姫様によって世界は救われる」
「はあ? 新手の宗教勧誘?」
そうとしか思えない。急にそんなことを言われても理解できるわけがない。だが、少年は話を進める。
「世界を救うために、我らは歌姫様を手に入れなければならない。だから」
その瞬間、周囲にたくさんの気配が現れたのがわかった。誰もが身構える。オレは近くにいた優月の手をぎゅっと握った。
囲まれている。数は大体百くらいか。多分、こいつらを救出に着た面々だろう。
オレは小さく息を吐いた。
「仲間意識の強いことで。アルネウラ」
『ダメだよ。ここでシンクロしたらダメ』
オレが思っていたことを完全に否定するアルネウラ。でも、その表情は真剣でオレは何も言い返すことが出来なかった。この戦力ならそれでも可能だと思ったから。
「はあ。シンクロした方が私はいいと思うわ。でも、二人が納得するなら、私はそれでもいい」
いつの間にか冬華がオレの横までやってきていた。オレと優月を守るつもりなのだろう。精霊とシンクロしていないオレの強さは言うほどじゃない。それに、非戦闘員の優月もいる。
だから、オレは拳を握りしめる。
「この場を放棄すべきだな」
「賛成ね。相手の数を考えるとそれが妥当だわ。今戦えば誰かが怪我をするかもしれない。そして、周囲に被害が及ぶ」
近くに公園があるとはいえ、民家も近い。なのに戦ってしまったなら怪我人だけじゃないく、死人が出てもおかしくない。
最大の問題点は敵が見逃してくれるかどうか。
「由姫、亜紗。二人が先頭に立って公園への突破口を」
「むしろ、しんがりは私達ですよ」
左手にナックルを身につけながら由姫が少しだけ笑みを浮かべている。その横では頷いている亜紗の姿。どちらも本気だ。
確かに、足の速さから考えてそれが一番かもしれないけど。
「優月、絶対離れるなよ」
「うん」
オレの言葉に優月が手を握り締めてきて帰してくれる。それにオレは頷きながら冬華を見た。
「先頭をアルネウラと頼めるか?」
「悠聖、優月を傷つけたら承知しないわよ」
「当り前だ」
冬華の言葉にオレが即答すると、冬華は満足そうな顔をして頷いた。頷いてオレ達が同時に地面を蹴る。
優月の反応が遅れたが、オレがしっかり手を引っ張ったおかげでほとんど遅れることなくついてきている。そして、いや、やはりというべきか。目の前を覆面の集団が塞いだ。
『退いて!』
アルネウラがすかさずチャクラムを投げつける。チャクラムは氷を撒き散らしながら突き進み、覆面の集団がそれをよけるように左右に跳びのいた。
「今だ!」
オレ達がその中を抜ける。でも、しんがりで遅れていた由姫と亜紗を囲むように覆面の集団が動き、そして、全員が上から叩き潰された。
オレ達が振り返りながら呆然としてしまう。文字通り、上から何かの手によって押し付けられて様な状況になっているからだ。その間を二人は悠々と抜けてくる。
よく見ると、叩き潰された面々は二人の前方にいる覆面だけで、横から現れた覆面達は近づいた人達が地面に倒れているだけだった。
相変わらずの強さ。特に由姫はここにきてから格段に強くなった。実戦を経験して一皮むけたからだろうか。
オレ達が公園内で由姫と亜紗と合流するのと、立っている覆面達が倒れている覆面の救出を始めるのは同時だった。オレ達はまだ身構えている。
『悠聖』
その中でアルネウラがオレの袖を引っ張ってきた。振り返ると、アルネウラが耳元で囁きかけてくる。
『空に何かいる。多分、フュリアス』
「だからシンクロを」
『うん』
シンクロをする瞬間はオレ達が完全に無防備になり動きが止まる。つまりはそこを狙われたなら確実に死ぬということだ。アルネウラはそれに気づいていたからシンクロを拒否したのだろう。
覆面達が撤退していく。あれから追撃が来ないのはよかった。あれ以上の追撃が来たなら優月が守れたのかわからない。
「なんなんだ? この街で、何が起きているんだ?」
その言葉に応えてくれる人はここにはいなかった。
当たる理由はいつかけることになるのやら。