第百三十八話 緊急事態
放課後の行動は終わりですが、話はまだまだ続いていきます。
オレはレヴァンティンに送られてきたメールを見ながら小さくため息をついた。和樹や俊輔の前だから出力装置を使っているがここまで面倒なものだったとは。
「周、何かあったのか?」
和樹の疑問にオレは小さくため息をつきながら頷いていた。それだけで厄介なことだと二人にわかると思う。
「郵便局で強盗だとさ。ったく、せっかくのほぼ全員が休日だと言うのにそんな事件が起きるなんて」
「郵便局でか? 銀行じゃないんだな。どうしてだ?」
「さあ? 郵便局にもお金はあるさ。理由としてなら、銀行の近くに警察署があるから」
それしか考えられないんだけどな。
オレは小さく溜息をついて立ち上がる。名残惜しいことには名残惜しいが、今は諦めよう。
「現場に向かう。『ES』の方にも連絡がいっているから他の警戒も強まっていると思うけど、出来るだけ出歩かないように」
「承知した。周は無理するな。俺達を守ろうとする気概は知っているが、お前が怪我をすれば心配する奴がたくさんいる」
「そうだぜ。気楽に気楽に。何でも頑張ろうとするからよ。また、暇な日が出来たら遊ぼうぜ」
「ああ」
オレは窓を開けた。ちなみに靴はちゃんと収納しているから大丈夫だ。窓から出て近くの屋根に飛び移りながら靴をしっかり履く。
そして、屋根を蹴って走り出した。
「場所はあっちだな。レヴァンティン、音姉からの連絡はないよな?」
『はい。妨害もなくありませんでした』
今日の第76移動隊として休暇が無いのは音姉一人だけだ。その分、何かあったら全員が緊急招集されるけど。
でも、音姉がいたのに異変に気づかなかったということは、それはそれでかなり大変な事態だ。
「音姉ですら見つけられなかった事件か。レヴァンティンはどう考える?」
『マスターはすでに意見がありますよね?』
「まあな」
すでに理由はいくつか考えてあるけど、一番可能性として高いのは、
「別世界の人物が起こした事件。世界が違いすぎて魔術構成が異なるものであるから。それなら納得出来る」
『そうですね。一番の可能性ならそれでしょう。それにしても、自然の力を借りようとする力を察知する結界ですか。しかも、狭間市を覆い尽くせる規模。にわかに信じがたい威力ですね』
「音姉だからこそだな。オレでも限界が半径2km。それも、かなり不安定なもの。それと比べれば全然だ」
周囲を警戒しながらオレは目的地に向かって全力で駆ける。一応、戦力は十分ではあるらしいが、何か胸騒ぎがする。どうしてかわからない。あそこには浩平やリースもいるのに。
いつもの勘が告げている。オレの信頼できる勘が。
「レヴァンティン、さっきオレが送った新技案の発動は可能か?」
『可能ですよ。ですが、溜めの時間を考えて発動速度は約二秒。致命的ですね』
「そうか? その時間を埋めれる方法があるとするなら?」
方法は考えてある。術式圧縮を利用すれば方法がないわけではない。でも、実戦で使えるかどうか。実戦で使えたらいいけど。
『確かに、方法はありますね。でも、それは』
「嫌な予感がするんだ。今の状況が悪化する可能性がある。だから」
オレは屋根を蹴る。とりあえず、現場に向かおう。話はそれからだ。
その瞬間、何か嫌な予感が背筋を貫いた。オレはすかさず横に跳ぶ。
『マスター!』
それと同時にレヴァンティンの声が響いた。そして、オレがいたところにいくつもの槍が突き刺ささる。確実に、横に跳んでいなかったら突き刺さっていたな。
「誰だ!?」
オレは尋ねながらレヴァンティンを鞘から引き抜く。振り向いた先にいる、いや、いたのは、
赤いフュリアス。
「なっ」
音もなく空に跳び上がっている。そして、体は淡く透けている。
その姿はあの日に見た悠人のフュリアスであるダークエルフよりもスマートで、どこかの本に書かれていた人型の機械。
「どうやら、考えは正しかったみたいだな」
『ええ。これは確定ですよね。でも、どうするつもりですか?』
「どうする?」
オレはにやりと笑みを浮かべた。そして、レヴァンティンを鞘に収める。
「オレはどうこうしなくても」
そう言いながら指をパチンと鳴らした。
「孝治がやってくれる」
黒い閃光というべきか。オレは赤いフュリアスの右腕を肩から砕いた瞬間を見ていた。黒い一筋の閃光。それをオレは掴み取る。
その手にあるのは孝治の黒い剣。
「だから」
屋根を蹴り一気に距離を詰める。そして、コクピットがあるであろう部分に黒い剣を一閃した。だが、それより早く赤いフュリアスが飛び上がる。
完全な奇襲で動揺したはずだが、相手は冷静に対処していたようだ。オレは小さくため息をついて空中に足場を作り、その上に着地する。
魔力を固めただけのものだからすごく不安だけど。
「お前は何者だ?」
オレは答えが返っていないことを承知で尋ねた。返答はなく、代わりに赤いフュリアスが姿を消す。光学迷彩と呼ばれるもので消えたのだろう。
オレは目を瞑って赤いフュリアスの位置を確認しながらため息をつく。どうやら撤退したらしい。
「周」
「助かった」
オレは声がかかった方向に黒い剣を投げた。孝治が黒い剣を取って鞘に戻す。
「危なかったな」
「ああ。ったく、あんな無音で飛ぶフュリアスなんて聞いたことがないぞ。ダークエルフは音が鳴りそうだし。どういう仕組みだ?」
ダークエルフの設計図を見せてもらったことがあるが、空を飛ぶためには大型ブースターが必要であり、それは結構大きな音を発するはずだ。そう考えると、今のはどういうものだろうか。
「わからない。だが、見たこともないフュリアスだったな。映像としては撮ってある。今は」
「招集場所に向かわないといけないか? それよりも」
オレは下を指さした。そこにあるのは民家に落ちたフュリアスの腕。どうやら微塵の家屋だったらしく、下敷きなった人は見当たらない。
オレは小さくため息をついた。
「アル・アジフに連絡するか」