第百三十七話 放課後の行動 悠人の力
悠人の力について少しずつ語っていく予定です。
僕達は小さくため息をついて公園のベンチにならんで座っていた。理由は極めて簡単。
「疲れた」
浩平さんが小さく声を漏らす。
周囲の視線が痛いけれどあまり気にしてはいられない。だって、自分達の服装を考えれば当り前だと思うから。
「悠人、疲れた」
「私もだよー」
鈴とリリーナの二人が僕の肩に頭を乗せてくる。確かに、疲れた。簡易型とはいえパワードスーツを着込んでいるのに体の疲労、特に筋肉の疲労は限界というべきだろうか。ともかく、本当に疲れている。
あの後、あの謎の部屋が崩落した後に僕達は周囲をとことん探した。周囲にある洞窟をしらみつぶしに回り、奇妙な位置にある場所はくまなく探した。もちろん、崖の途中にある場所でも。
でも、結果は完全な無駄足。何も見つからなかった。見つかったのはあの崩落した部屋だけ。
探索を始めたのは大体三時くらいから。もう五時前だということを考えるとたった二時間でここまで疲れたということだ。
「鈴の地図が完全に事実だということはわかったけど、これからどうしようか。手掛かりはなさそうだし」
「あの場所を掘り返してみるしかないんじゃないかな? 何か見つかるかも知れないしね」
「それは賛成なんだけど、リリーナ、どうやって掘り返すの? 悠人がフュリアスを使うとか?」
「あはは。それは無理だと思うよ。うん、無理だね」
リリーナが忘れていたという風に笑ってごまかしている。フュリアスはそう簡単に使っていいものじゃない。それに、この地にあるフュリアスはダークエルフのみだ。穏健派が抱える最高峰の技術が使われたフュリアスをみすみす見せるわけにはいかない。
「方法ならあると思うよ。アル・アジフさんと周さんに相談する。僕はそれが一番だと思う」
さすがにあの場所は普通におかしいと思う。材質が全くわからないこともあるけど、天井にあった写真。
五機のフュリアス。そして、真ん中の黒い大きな何か。
あれを見ていたら胸騒ぎがする嫌な予感というべきか。
「アル・アジフさんに相談しにいく?」
鈴がそう言うとリリーナがぶんぶん音がなるくらいに首を横に振った。
「今は中東にいるはずだよ。確か、楓と一緒にだったかな。『ES』の会議とか悠人が言っていたよね?」
「どうしてそんなに必死なのかな?」
「あはは。だって、悠人はアル・アジフのことが大好きだからよくひっついているし。だからね」
リリーナが満面の笑みを浮かべて手を握ってくる。本当なら抱きついてきそうだけど疲れているみたいだ。
鈴が何かに納得したように頷いた。
「わかるかも。えっと、マザコンって言うんだよね」
「ちょっと待って。どうして僕がマザコン扱い? アル・アジフさんは保護者だよ、保護者」
「そうなの?」
鈴がすごく驚いたような顔になる。僕は小さく溜息をついてリリーナに助けを求めた。
「リリーナ、説明してあげてよ」
「悠人ってマザコンじゃなかったんだね」
「リリーナも!?」
どうやらこの場に味方はいないらしい。
「だったら、悠人の本当のお母さんは?」
鈴の何気ない一言に僕は体を強ばらせていた。リリーナの手を強く握ってしまう。
本当のお母さん。
あんな奴、思い出したくない。
「ごめん。少しの間だけ」
僕はそう言って立ち上がった。そして、歩き出す。
今はみんなから離れたかった。少しの間だけでも一人でいたかった。だから、僕は公園から出る。
そして、近くにあったフェンスにもたれかかった。
周囲に人の気配はない。街の中心から外れているからかもしれないけれど。
「最悪だ」
忘れようとしていたものを思い出してしまっていた。誰にも、アル・アジフさんにも話していないことを。
今でも僕を縛っているあの言葉。
「最悪。自分が、最悪だ。今頃、鈴は後悔しているだろうな。ははっ、僕は、もう、戻りたくないのに」
あの頃を思い出してしまうともう駄目だ。今の日常がどれだけ幸せだったかわかってしまうから。
比べようがないくらい幸せ。
「今は、忘れないと。忘れないと、みんなの前に出られない」
「悠人?」
その言葉に僕は振り向いていた。そこにいるのは都さんと琴美さん。そして、由姫さんと亜紗さん。
都さんが駆け寄ってくる。
「どうして泣いているのですか?」
その言葉で僕はようやく自分が泣いていることに気づいた。いつの間にか、頬に涙が流れている。
「これは」
でも、説明出来ない。説明したくない。絶対に話したくない。
「もしかして、工屋の奴にいじめられとか?」
「違います。違いますけど、今は」
今は一人にして欲しいと言おうとした。だけど、それより早く都さんが僕を優しく抱きしめてくれる。
まるで、母親のように。
「大丈夫ですよ。大丈夫です。ここに悠人を害する人はいません。いたとしても、私が、私達が守りますから」
「都、さん」
「大丈夫ですから」
僕は涙をこぼした。でも、声には出さない。だって、僕は男の子だから。
「ねえ、都」
すると、琴美さんの声が聞こえてきた。都さんが振り返る。
「都ってショタコン」
その言葉に都さんが一瞬固まってそして、
「そんなわけありません! 確かに、悠人は可愛いですし、弟の様ですけど、私が好きなのは周様で、私はショタコンではありません。決してです!」
すごく慌てて琴美さんに詰め寄る。都さんは周さんのことが好きだからこういう風に言われると怒るのだろう。怒っているようには見えないけど、多分、怒っている。多分。
僕はそれにクスッと笑ってしまった。都さんに詰め寄られている琴美さんが安心したように笑みを浮かべる。
「決して私はショタコンではありません。わかりましたか!?」
「都、そろそろ落ち着きなさい。みんな見ているわよ」
その言葉に都さんがハッとして周囲を見渡す。でも、周囲には誰もいない。それに気付いた都さんが琴美さんを睨みつけようとするが、その時には琴美さんは僕の手を取っていた。
「この人は危ないから近づいたらだめよ」
「琴美!」
その声を聞いた琴美さんが都さんの方を向いて固まった。僕も振り返ってみると、そこには杖を握った都さんの姿が。
周囲に魔力が渦巻いている。目に見えるくらいに濃密な魔力が。
「今日という今日こそは許しません!」
都さんが杖を振り上げる。
「落ちついてください」
すると、呆れたような声と共に由姫さんが都さんの足を払って体勢を崩した。そして、そのままお姫様抱っこで都さんを抱える。もちろん、その時には杖を下ろしている。
亜紗さんも呆れたような表情でスケッチブックを開いて都さんにだけ見せた、。すると、都さんは杖を戻して由姫の手から離れ、その場に座り込む。完全に落ち込んでいるや。
「悠人、なんか大きな声したけど何かって、由姫ちゃんに都ちゃん達。どうしたんだ?」
「ここを通りかかったのよ。ちょうど、私の家がある方角だから。都達は用事があってね」
「用事? 周からは誰もなんの用事もないと言っていたけどな」
「私も知らないわよ。教えて欲しいと頼んでも教えてくれないし」
琴美さんが都さんをとてもからかっていたのはそういうことだったんだ。
「浩平、何かあった?」
続いてリースだけじゃなく、リリーナや鈴もやってくる。そして、ここにいる面々を見て少し驚いたように目を見開いていた。
「いつの間にやら大所帯だね。悠人、これからどうする?」
「リリーナ、せめて空気を読もうよ。悠人もなんか疲れているみたいだから。今日はこれくらいで」
「浩平」
そんな中、リースが浩平さんの袖を引っ張った。浩平さんがリースの方を向く。
「あそこ」
そして、リースが指さした方角にその場にいた全員が向いた。郵便局だ。すでに、シャッターが降りてしまっている。
僕は思わず時間を見た。今の時間は五時を過ぎたくらい。郵便局の受け付けは5時まで。つまり、シャッターが閉まっているのはなにもおかしくない。おかしくないのだが、ATMの入り口までもシャッターが閉まっているのは明らかにおかしい。ATMは7時までだったはず。
「鈴、後ろに」
僕は鈴を僕とリリーナの背中に隠した。前では浩平さんがいつも使っている拳銃を取り出している。
その場にいる誰もが郵便局の異常に気付いていた。そして、リースが魔術書を開く。
閃光。
郵便局の中にまばゆいまでの光が灯った。郵便局の中を強制的に照らし出す。そこにいるのは、覆面をかぶった。数人の人達。
「俺が前に出る。由姫ちゃんと亜紗ちゃんは後ろに回ってくれ」
浩平さんが走り出す。それに気付いた覆面の人たちが動き出した。ここから見る限り、正面から突破しようとしているようだ。
僕は簡易型パワードスーツのエネルギーバッテリーを交換する。いつでも攻撃できるように。
すると、入り口が爆発した。爆弾が仕掛けられていたのか、魔術によって爆発したかわからないけど、後者なら確か、どこかの犯罪組織の可能性があるはずだったと思う。
浩平さんが立ち止まる。そして、拳銃を連射した。放った弾は八つ。煙で当たったかどうかわからないが、音沙汰は全くない。
僕は身構えた。何があるかわからないけど、わからないからこそ、僕の力を使うつもりだいかないと。
煙が唐突に晴れる。それと同時に三人の覆面が現れた。現れたのは浩平さんの目に前。
「なっ。フレヴァング!」
浩平さんがすかさずライフルを手元に呼び出して覆面の攻撃を防ぎきった。だけど、覆面は力任せに浩平さんを吹き飛ばす。
「浩平!」
リースが大きな声で浩平さんの名前を呼びながら腕を横に振った。
腕から放たれた衝撃波が覆面の一人を吹き飛ばす。でも、二人はリースを飛び越えてこちらに向かってきた。狙いは完全に僕達。この中で一番幼い僕達だろう。
「前に出るから!」
その声と共にリリーナが鎌を取り出して前に出た。そのまま向かってきた覆面に向かって鎌を振る。だけど、その窯は簡単に避けられ、そして、僕と鈴に向かって魔術を放ってきた。
属性は氷。初歩の魔術でもあるアイスランス。多分、シャッターを爆発する際に奪った熱量を使って作り出したもの。数は八つ。狙いは僕と鈴の手足。
まるで、時間が遅くなったような感覚だった。僕の動きも遅い。遅いけど、全てが見えている。覆面の動きや魔術の動きも全て。
僕は右手を挙げた。向かってくる魔術に向かって。魔術をそのまま掌で受け、術式を解く。
全てのアイスランスがその場から消え去った。覆面に動揺が走るのがわかる。でも、動揺しているのは一人だけ。
「お返し!」
僕は一歩を踏み出した。踏み出してアイスランスを放つ。術式を展開することなく放った。
唐突に現れたアイスランスに驚きながらも覆面が飛び上がる。このまま僕達を飛び越えるか鈴の後ろに着地するつもりだろう。でも、逃がさない。
僕は散弾銃を取り出していた。そして、覆面に向かって引き金を引く。
いくもの魔力の散弾が覆面の体を打ち、そのまま体勢を崩させて地面に落ちた。リースが素早く捕縛魔術を放つ。
「鈴、大丈夫?」
僕は振り返って鈴を見た。鈴は信じられないようなものを見た眼をしながらゆっくり頷いた。鈴にとってこういう状況は初めてなのだろう。そして、今のことも。
「悠人もだよ! 真正面から戦って。二人に何かあったら私は」
「ありがとう。心配してくれて」
僕は素直に感謝の言葉を述べた。すると、リリーナは顔を真っ赤にしてそっぽを向く。
「私こそ、ごめん。何も出来なくて。二人を危険にさらして」
「リリーナがいてくれなかったら多分、勝てなかったよ」
「鈴は、大丈夫じゃないか。どこか落ちつける場所は」
「私の家はどうかしら?」
そう言えば、琴美さんの家はこの道を進んだところにあったはず。言ったことはないけど、都さんと一緒に通りかかったことはある。
「お願いします」
「都、ここは任せていい? 私達は家に行くから」
「はい。三人をよろしくお願いします」
「鈴、行こう」
僕は震える鈴の手を取った。多分、鈴は僕のあれを見ていた。魔術に必要なワンアクションをすっ飛ばしての発動を見ていたはずだ。でも、僕は聞かれたなら正直に話そうと思っている。鈴やリリーナなら、きっと、僕を受け入れてくれると思ったから。
僕は鈴の手をしっかり握りしめる。それは、鈴に「安心していいよ」と語りかける風ではなく、僕自身が不安であることの表れであるかのように。
悠人がどうしてアル・アジフのところにいるのか。そのことを次の悠人視点の時に語ろうかと思っています。ついでに、悠人が見せた力のことも。
次の話から放課後の行動で別れていた面々が合流を開始します。