第百三十五話 放課後の行動 市街
オレは孝治と一緒にベンチに座っていた。右手にあるのはクレープだ。待っているのが暇だったので二人で仲良く並んでクレープを食べている。
オレは空を見上げながら息を吐いた。
「平和だな」
その呟きは今までの狭間市と、今までのオレの人生の二つから言っている。
周や孝治ほどではないが、オレもかなり忙しい方だったと思う。常に戦いというのは無かったが、他の精霊使いと会ったりして精霊についての意見を交わすためによく動いていた。
だからかわからないが、本当に心休まる時間はほとんど無かったように思える。
だから、こういう状況にいるオレはそう言った。その言葉に孝治も賛同する。
「そうだな。こういう平和は悪くない。悪くないが、スルメが食べたくなってきたな」
「いやいやいや、クレープ食べながらスルメを食べたいってどういうことよ!?」
「無いか? 甘いものを食べていたらスルメが食べたくなることが」
「どこぞの酒のつまみだよ」
相変わらず、孝治の食べ物に関するこだわりがよくわからない。
孝治は本気で酒のつまみ関連が大好きだからな。実際にピーナッツやスルメをたくさん買い置きしているくらいに。
オレは基本的にこだわりはない。野菜には胡麻ドレッシング以外認めないことを除けば。浩平のマヨネーズ派とは相容れない存在だ。
周はそのままだけどな。
「ピーナッツの悪くない」
「ナッツにしとけ」
それならクレープに入るから大丈夫だ。
「そうだな。クレープを食べながらナッツの山を崩していく。ふっ、いいな」
「クレープに入れるっていう選択肢はないんですかね!?」
孝治の中ではクレープにナッツが入っているんじゃなくて、クレープとナッツが山のように入った皿を想像しているらしい。
相変わらずわからない。
「悠聖、諦めや。この孝治に何を言ってもあかんから」
いつの間にか中村がクレープを片手に戻ってきた。オレ達のクレープは普通にトッピングはほとんど無しだが、中村のクレープはトッピングを山のように乗せている。そう、入っているではなく山のように乗せている。入りきらなかった部分が。
オレはゴクリと唾を飲み込んだ。
「いくらしたんだ?」
「1350円やで」
ちなみに、オレ達のクレープは一番安い250円だ。五倍以上って、それはそれですごいけど。
「いただきます」
中村が孝治の横に座ってクレープにかぶりつく。かじりつくと言いたかった、見た目から不可能だ。
「光、他はどうした?」
孝治はカバンの中を漁ってスルメを取り出しながら中村に尋ねている。ちなみにオレは呆れて何も言えない。
まさか、マジでクレープと一緒にスルメを食べるとは。
中村が食べていたクレープを飲み込む。ただし、味わってからだから少し時間がかかった。
「新しい下着を見に行ったで。うちはお腹が好いたからクレープを食べに」
下着ということはそっちに向かうことは難しいか。というか、服買う前に下着を見に行けばいいのに。
オレは小さく溜息をつきながら立ち上がった。
「どこ行くん?」
「ちょっとそこら辺をな。そんなに時間はかかんねえよ」
そう言いながら歩き出す。
ここは比較的被害が少なかった場所だから痕跡はほとんど残っていない。
やっぱりと言うべきか、職業病と言うべきか、戦いの地を見るとどうしても戦っていた時を思い出してしまう。
多分、周達も同じだろう。
今はみんなで買い物だと言うのにな。
「平和ってのも慣れてないものだな」
「本当の意味での平和な世界は存在しないよ」
その言葉にオレは振り向いていた。クレープを片手にこちらに話しかけてくる女性。トッピングにバナナが入っているということは周と同じ好みか。
女性はクレープをはむっとかじりつく。中村とは全く違って可愛らしさがあるな。
「平和というのはあらゆる争いの無い世界。競争すらも。この意味が君にはわかるかい?」
「当たり前だ。人間、ずっと競争の中で生きているからな。文字通りの戦争しかり、受験戦争しかり。出世だって競争だ。人より優れたことをしなければならない。この世から競争は取り除けない」
「そう。平和の意味を体現した世界は停滞する世界と同意義。でも、君達はその平和を何故求める?」
女性がオレに向かって何を言いたいかはわからない。わからないけれど、大切なことを伝えたいみたいだ。
オレは質問の答えを考える。でも、考えることなく答えは出来ていた。
「希望、だからじゃないか?」
「希望?」
女性がかすかに驚いた。予期しない答えだからだろう。
「今を戦っているから、平和な世界を夢見る。そこに進む希望があるから。それは望みでも将来への明るい見通しでもどちらでもいい。今のオレ達がやっている意味がそこに存在すると思えるから」
「夢、とは違う。面白い回答だ。そういう回答がくるとは思っていなかったよ。おや、君の待ち人達が来たみたいだね」
その声に女性が向いている方向を向くと、七葉がこちらに駆け寄ってくるのがわかった。その後ろには冬華達がいる。
七葉はオレに近づくとそのまま通り越して女性の前に立った。
今気づいたが、戦闘態勢寸前だ。
「正、何しに来たの?」
その言葉に女性が軽く肩をすくめた。
「おや、君の関係者だったかい? それは君にとって失礼なことをした」
この女性と七葉が知り合いだということはわかるが、七葉から出ている尋常じゃない怒りはなんだ?
殺気に近い何かのようにも見える。
七葉はズボンのポケットに入れかけていた手を下ろした。女性がクスッと笑みを浮かべる。
「どういうつもり?」
七葉が話しかける。だが、警戒は全く解いていない。視界の隅で孝治がいつでも弓を取り出せるようにしているが、この距離なら間に合わない。
すると、女性はオレや七葉ではなく冬華達の方を向いた。
「白川悠聖」
唐突にオレの名前が呼ばれる。
「君は、選択を強いられた時、何を取るのかい?」
「選択?」
「そう。いつか君は選ばなければいけないとしたら、君はどうする?」
女性が薄く笑みを浮かべる。まるで、挑発するように。
「全てを助ける」
オレは迷うことなく答えていた。
多分、周も同じように即答しているだろう。例え、二兎を追いかけるようなものだとしても、捕まえられる力があればいける。
そう確信しているから。
「その答えが聞けて僕は満足だよ。では、また会おう。白川悠聖。そして、空に浮かぶ優しい月よ」
女性が背中を向けて歩き出す。だが、七葉は動かない。いや、動けないというべきか。
女性が背中を向けた瞬間に強烈な殺気が襲いかかってきたからだ。オレや孝治、冬華とアルネウラぐらいしか、今、この場から動けないだろう。
七葉には到底無理だ。冬華やアルネウラは優月がそばにいるから動けない。オレと孝治は状況を判断して動かない。
今動けば周囲にいる一般人にも危害が及ぶ可能性だってある。女性はそのまま路地裏に入って行っているから、このまま見ていた方がいいだろう。
女性が路地裏に消える。それと同時にオレと孝治は肩の力を抜いた。
「何かあったん?」
そんな中、中村一人だけが呑気にクレープを食べ続けていた。オレや孝治は完全に忘れていたというのに。
「何でもない」
孝治が小さく溜息をつきながらスルメを口に運ぶ。そして、よく噛んでからクレープにかぶりつく。
『優月、クレープ食べよ』
すると、オレ達の前を優月の手を引っ張るアルネウラが通り過ぎた。
「クレープ?」
『うん。おいしいから』
どうやら優月をオレ達から離してくれたらしい。
オレは小さく溜息をつく。
「七葉、あの人は?」
「知り合い。でも、味方じゃない」
七葉がオレに背中を向けたまま答える。あそこまで七葉が警戒している以上普通じゃないということはわかるけど。
すると、冬華が七葉の肩を優しく抱いた。
「悠聖、今は聞かないであげましょ。一番混乱しているのは七葉のはずよ」
「冬華さん」
「今は無理に言わなくてもいいわ。落ちついたら話して欲しいの。私も、悠聖も、あなたのことが心配だから」
すると、七葉が嬉しそうに笑った。嬉しそうに笑って、
「こんなお姉ちゃんがいたらな」
「なんだよ。オレっていう兄はダメなのか?」
そう尋ねてみると七葉は速攻で頷きやがった。兄としては少し、いや、かなりショックなんだが。
すると、七葉が意地悪く笑みを浮かべて、
「兄としてじゃなくて、従兄としてなら最高だよ」
その言葉にオレは微かに少しだけ下がってしまった。こいつ、まさか、
「そういう意味じゃないよ。そういう意味じゃないからね。でも、悠兄は優しすぎて、なんでも頼ってしまいそうだし。自分がダメになるくらい」
そう言うと七葉は歩きだした。オレと冬華は今の言葉に思わず顔を見合わせてしまう。
そして、冬華が不機嫌そうな顔になった。
「何よ、犯罪者」
「いやいやいや。何故に犯罪者? オレは何もしてねえだろ」
「ふーん」
「冷たい目でオレを見ないでくれ」
冬華はそっぽを向くと歩き出した。いつの間にかオレの味方がそばにいなくなっているような。オレはい小さくため息をついて指輪型のデバイスを見る。
左手の薬指にアクセサリーとしてよく付けているからか、婚約していると間違われる。でも、本当ならどれだけ良かったか。
「お前が懐かしいよ。フィネーマ」
悠聖と正の初めての出会い。全く予定に無かったことを書いてしまった。本当なら第二章で出会わす予定だったんですけどね。