第十三話 昔話
いつになったら周達の年齢をカミングアウト出来るのやら。
「私は、あのまま私刑にあいたかったのに、どうして止めるのよ」
その言葉にオレ達は顔を見合わせた。
「こんな、私なんて、死ねばいいのに」
泣きながら言う少女の言葉に、オレはとある光景を思い出していた。
暗い洞窟の片隅で膝を抱えて座っている光景を。
「あのな、お前に何があったか知らないし、教えて欲しいとは思わないけど、軽々しく死にたいとか言うな」
「あなたにはわからない。私の気持ちなんて」
「何をしておるのじゃ?」
オレはその声を聞いて小さく溜息をつきながら振り返った。
「よう、アル・アジフ」
「そなたらか。女の子を囲んで何をやっておる?」
確かに今の状況はどう見てもオレ達がこの子を囲んでいるようにしか見えないけどな。死屍累々の人達を除けば。
「まるで、女の子を守ったのに泣かれたとでも言いたそうじゃな」
「見てたのかよ」
オレは小さく溜息をつきながらアル・アジフに浩平を紹介しようと浩平の方を見たつもりだった。
だけど、そこに浩平の姿はない。
「孝治、浩平は?」
「あいつなら」
孝治がアル・アジフの後方を指差した。
オレもアル・アジフもそっちの方を向くと、そこにはオレ達よりも年下に見える女の子の前で片膝をついている浩平の姿が。
「君、可愛いね。名前は何て言うんだい?」
あっ、アル・アジフが一歩後ろに下がった。
「誰じゃ?」
「佐野浩平。第76移動隊の隊員」
「すまん」
孝治が頭を下げる。
その気持ちはよくわかる。
浩平に話しかけられている少女は浩平を見て、いや、睨みつけていた。もちろん、無言で。警戒する気持ちはわからないでもない。
そして、浩平が小さく笑った(そんな気配がした)瞬間、少女の爪先が上がり、浩平の顎を蹴り飛ばした。
少女は落ちてきた浩平を回し蹴りでオレに向かって蹴り飛ばす。
「コンボが繋がった」
オレはそう言いながら孝治に向かって蹴り飛ばした。孝治は踵落としでフィニッシュを決める。
「こいつが悪いから気にするな」
「いや、こちらにも非がある。クロノス・ガイア。こちらに来るのじゃ」
アル・アジフが少女の名前を呼んだ瞬間、オレ達の顔色が変わった。
クロノス・ガイアという二つ名はかなり有名だ。
何故なら、『ES』内でアル・アジフに匹敵する魔術師につけられる名前で、全クロノス・ガイアは世界最強と言われる人物と引き分ける強さを誇った。
この少女も同じくらいの強さと考えるべきか。
「クロノス・ガイアは琴美についてやってくれ。我は周達を案内する」
クロノス・ガイアはコクリと頷いて女の子の方に駆け寄る。
「知り合いか?」
「そうじゃ。次の春祭りの巫女に選ばれた者じゃ」
「巫女ということは都築の家系か」
孝治が女の子を見ながら言う。
都築は狭間市において昔からの土地の名士だ。今では市長を世襲できるくらいに狭間市での信頼は高いらしい。春祭りの巫女に選ばれるのも都築に連なる家系の女性である。
ちなみにこの内容は時雨から渡された資料の中に書かれてあった。
「いや、違うのじゃ。彼女は白鳥琴美。都築の家系とは関係のない少女じゃ」
「どういうことなんだ?」
オレは何となく想像しながらアル・アジフに尋ねた。
「最近では巫女は都築の家から出すことが難しくてな、魔力の高い女性を出すことに変わっておった。じゃが、今年は市長が節目の年だから巫女は孫の都にやらすように働きかけての」
「節目の年ということは、春祭りが第何回目かということか」
孝治が納得したように頷いた。確かにそういう通りなら都築の家から出したいのはわかる。なのに、あの子がなったのか。
だが、アル・アジフの顔はどこか険しい。
「そこまで根回しをして選ばれたのが琴美じゃ」
「ちょっと待った。根回しをしてあの子がなるのはおかしくないか? 周隊長もそう思うだろ?」
「確かに。アル・アジフ、何か理由があるのか?」
「わからぬ」
アル・アジフは首を横に振った。どうやらその原因が未だにわかっていないらしい。
「巫女の選ばれ方は単純に魔力の高いか低いかじゃ。前の検査でも都の方が遥かに高かったと聞いておる」
「私は」
女の子が口を開いた。まるで、何かに懺悔するかのように。
「私は呪われた子なのよ。だから、私が巫女になった。もう、都に合わせる顔がないわ」
その言葉にはどこか悲しみが混じっていた。アル・アジフが女の子を見つめる。
「琴美。都はそなたを心配しておる。じゃから」
「私には、都の期待は背負えない」
彼女の言葉にオレは由姫の姿を重ねていた。
由姫と彼女は似ても似つかない。だが、とある部分だけが共通している。
「どうしてそう思うんだ?」
「だって、私にそんな大役は出来ない。都の方が舞は上手くて作法もあるけど、私は下手だし、運動神経が悪い上に都よりも可愛くない。だから」
「なあ、聞いてくれよ」
由姫似ているからこそ、オレはこの話が出来る。
「とある二人の姉妹の話だ。一人は天才と呼ばれて世界最強の一角になった。一人は才能がなく親族から出涸らしと呼ばれていたんだ」
それは今は仲がいい二人の姉妹の話。オレにとても近い二人の話。
「その妹はいつも人がたくさんいる姉を疎ましく思い笑うことがなくなった。姉はみんなの期待からさらに力を伸ばした。期待に押し潰されそうになりながら」
まだ、年端も行かない子供に押し付けられた失望と期待。それを二人は背負っていた。本来なら背負うはずの無いものを。
「そんな時に一人の男の子が養子として家に来た。妹と同い年の男の子だ。でも、その男の子はとある事件から全てを拒絶していた。何事にも無関心で、表情を変えない。姉はそんな弟の扱いに困り果て、妹はそんな兄にべったりだった」
どれだけ拒絶されても構ってきた。どれだけ逃げても追いかけてきた。どれだけ怒っても笑っていた。
「そんなある日、男の子は家を出た。幸せな暮らしを感じて、また、巻き込みたくないから。姉妹は大人と一緒に探した。そして、いつの間にか妹もいなくなった。姉がようやく二人を見つけた時、二人は笑い合っていた」
オレは自嘲気味に笑う。それを思い出しているから。
「どれだけ才能があっても、どれだけ天才だとしても、男の子を救ったのは姉じゃない。妹だ。人それぞれ出来ることは限られている。誰しもが最初は出来ない。でも、頑張って努力して出来るようになろうとするのが普通じゃないのか? 話の中の姉は弟の扱いがわからず何もしなかった。対する妹は何かしようとした。お前は、どうしたい? 別に逃げるなというわけじゃない。逃げたっていい。怖いなら辞退してもいい。だけど、何もせずにいるのは違うと思う。まあ、オレの考えだけど」
オレはそう言いながら笑った。彼女はキョトンとしながら話を聞いている。
話がわかりにくかったか?
すると、アル・アジフが小さく頷いた。まるで、話の全てを納得したかのように。
「そなたも苦労しておるの」
「やっぱりわかった?」
あの話で出てきた弟はオレだ。姉妹は由姫と音姉。もちろん、実話を元にしている。
「天才である音姫の苦労。そして、才能のない由姫の苦労。そなた、よほど二人が大事のようじゃな」
その言葉にオレは頷いた。あの日がなければ今のオレはここにいないだろう。もしかしたら、オレがもういない可能性だってあった。
「まな。由姫はオレを救ってくれた。あの日、生きることを諦めようとしたオレに生きる希望をくれた。音姉は強くなろうとしたオレを手伝ってくれた。人が出来ることは限られている。オレやアル・アジフだってそうだ。自分より綺麗な人がいる。舞が上手い人がいる。運動神経がいい人がいる。別にいいじゃないか」
オレは両手を広げて笑みを浮かべた。
「オレよりも強い人ならいくらでもいる。オレは、オレ達はそんな中でも戦ってきた。辛い時や悲しい時も。でも、オレには守りたい人がいた。だから、戦えた。オレにとっては由姫や音姉だ。何かをしたいという気持ちは、隠さなくていいから」
「私は、巫女になっていいの?」
その言葉にオレは笑みを浮かべて返す。
「やりたいなら、やれよ。お前をよく知っている友達なら賛成してくれる」
オレの言葉に彼女は頷いてくれた。このまま立ち直ってくれるのなら嬉しい。死にたいなんて思わなくなってくることを祈る。
「さて、アル・アジフ。このまま狭間市を案内してくれるか? まあ、オレ達の向かう先までだけどな」
オレの言葉にアル・アジフは少し考えた。どうやらこの後の予定を思い出しているらしい。
「そうじゃな。琴美はどうする?」
「一緒に案内するわ。土地に詳しい人がいた方がいいでしょ」
「よろしくな。オレの名前は海道周だ」
「白鳥琴美よ。周、ありがとうね」
琴美はそう言ってにっこり笑った。その笑顔にオレはドキッとしたというのは言うまでもないだろう。