第百三十話 ホームルーム
「今日は、皆さんに、決めて、もらいたいことが、あります。来月の、中旬にある、体育祭の、ことです」
担任の福家先生はかなりの高齢だ。多分、愛佳さんと同じくらいだろう。そのためか、言葉をよく区切る。
聞いていたらわかるが、イライラする人はかなりいるらしい。オレはあまり気にしないけど。
それにしても、体育祭か。小学校は運動会だっけ。由姫の応援をするためだけに行ったことはあるな。
「体育祭では、皆さんが、平等に、競技に出て、それなりに、頑張って、くれることを、祈って、います。では、後は、委員長に、任せましょう」
「はい」
福家先生が教壇の前から離れる。それと代わるように委員長が教壇の前に立った。そして、教壇の上に何枚もの資料を置く。
「えっと、最初は注意事項、かな。第76移動隊所属メンバーが参加出来る競技は一つだけ。海道君はそれでいいかな?」
「異論はない。そもそも、いくらでも参加していいなら、このクラスは確実に勝つぞ」
単純に言うなら運動神経の違いというべきだろうか。
学校の運動会、体育祭は魔術が使える使えないで大きな差が開く。圧倒的なまでの差が。だから、運動会、体育祭では魔術の構成を禁止する結界を作る。
ただし、簡単に壊せられるので緊急時にも安心だ。
そうなると、加速術式やレアスキルは使えない。亜紗や孝治は普通に足の速い一般人になるだけだ。
だが、オレや由姫、音姉は違う。
白百合流にも八陣八叉流にも魔術に頼らない走法を訓練させられる。それは、魔力感知により動きを先回りされることのないようにするためだ。
だから、いくら魔術を禁止する結界が張られていても、いつもと変わらない速度が出せる。
「そんなにすごいのか? 周、お前の足ってどれくらい速い?」
「確か」
普通で考えた場合、90kmの距離を四時間かけて走り抜けたことがあるから、
「秒速6mほどか?」
「あんまり速くないぜ。俺で50m走は6秒後半だ」
「ちなみに、90kmの時の速度な」
その時は、その後すぐに戦闘に突入したことを考えて、最速は大体、
「秒速12m弱が最大かな。それ以上だと走破した後の戦闘が出来ない」
「もういいっす」
和樹が呆れたような声を出す。オレは理由がわからず首を傾げるだけだ。
「一応、種目を列挙するから、やりたいものを決めてね。期限は今週末」
そう言いながら委員長が黒板に体育祭の種目を書いている。
100m走。200m走。800m走。借り物競走。障害物競争。クラス対抗騎馬戦。クラス対抗男女混合200mリレー。学年競技種目球入れ。クラス全員リレー。そして、クラス対抗800mリレー。
200mリレーと800mリレーは中学校でやるような競技じゃないだろ。
「球入れとクラス全員リレーは強制参加。騎馬戦は男女合わせて12名。借り物競走は男女それぞれ一人だけ。障害物競争は男女それぞれ2名ずつ。後は4名ずつ参加ですね。えっと、とりあえず、参加したい競技は」
「じゃ、クラス対抗800mリレーで」
オレはすかさず手を挙げた。この長さは普通じゃ考えられない長さだ。だから、絶対に孝治や亜紗が参加する。つまり、並みの速さだと確実に勝てない。
だから、オレが出る。
「じゃ、私は騎馬戦でお願いします」
すると、由姫がすぐに名乗り上げた。でも、それは少し危険なような気がする。
肉弾戦なら第76移動隊の中では由姫が最強だろう。それは、騎馬戦における状況でも同じ。鉢巻きを取るのか相手を崩すかわからないが、由姫なら鬼神のごとき戦果をあげられる。
「周がそれなら、委員長、俺も周と同じ800リレーで頼む。周が入っている以上絶対負けられないしな」
「和樹が出るならこの俺も出よう。なに、心配するな。逃げ脚だけならこの天才である俺様は誰にも負けん」
「自慢することじゃないだろ。というか、このクラスに運動部の奴でこの二人より足の速い奴はいないのか? こいつら、帰宅部だろ」
和樹も俊輔もどのクラブにも所属していない。だから、運動系クラブに入っている奴らならもっと足の速いやつらがいてもいいはずなのに。
オレがそう尋ねかけると、クラスの男子の大半が目を反らした。うん、なんとなくわかった。
「攻めているわけじゃないんだけどな。和樹と俊輔以外にだれが」
すると、いつの間にか名前が書かれていた。オレと和樹と俊輔と、鈴木花子。最後の誰だ?
「誰?」
「海道君、私、怒っていいよね?」
委員長がにっこり笑みを浮かべながらチョークを握り締めている。もしかして、委員長の名前?
「へぇー。委員長ってそんな名前だ、目がぁっ!」
和樹の顔面、正確には右目にチョークが直撃していた。寸前にまぶたが閉じられていたみたいだが、「目がぁっ、目がぁ~~!」とお決まりのセリフを吐きながら床をのたうちまわっている。もちろん、周囲の机は退去済みだ。
こういう時のチームワークの高さは恐れ入るよ。
「私がするけど、いいかな?」
委員長がクラスを見まわす。クラスからの反論はない。まあ、あんなものを見せられたら反論はないだろうな。
「委員長の足の速さは?」
「6秒42」
その言葉を聞いてオレは目を疑った。彼女は今何て言った?
「周、教えておこう。委員長は陸上競技部に入っているが、その足の速さは小学校の頃で県下一だ。俺よりも速い」
それは純粋にすごい。つまり、このクラスの一般人では最速だろう。というか、中学一年で6秒42って速すぎないか?
「こほん。他の競技に参加したい人は」
「騎馬戦」
「俺も」
「俺もだ」
「俺が参加する」
「俺がやるぜ」
「俺俺」
「僕も」
「俺」
「では、小生も」
騎馬戦に残った男子の大半が手を挙げた。あまりのことに委員長が固まっている。
そうしていると、のたうちまわっていたはずの和樹がいつの間にか椅子に座っていた。ちなみに、周囲の机の位置はオレを除いて戻っている。もしかして、日常茶飯事?
「多分、由姫ちゃん目当てだろうな。いつもは周のガードが堅すぎて近寄れないし」
「そうなのか? でも、不運だろうな」
「どうしてだ?」
不思議そうに首をかしげた和樹にオレは少しだけ手招きした。和樹が顔を近づけてくる。
オレは和樹にだけ聞こえるような小声で呟いた。
「多分、由姫は騎馬戦の特訓をするぜ。軽く八陣八叉の基礎を」
和樹の目が点になる。そりゃそうだろ。誰がクラスメートに近接戦用の武術を体育祭の練習で教えると思うだろうか。
空手とか柔道とかそんなものは関係なくなってくる。八陣八叉の前ではあらゆる武術が格下だ。
「つまり、練習がきついと?」
「多分な。800mリレーは入る練習で済むけど、騎馬戦の参加者は悲惨だろうな。おっ、じゃんけんで決まって行くな」
あっという間に騎馬戦参加メンバーが決まっていく。男子のみだが。
女子の方は由姫がいたら何とかなるだろう。これはマジで。
「結構簡単に決まりそうだな。HRの時間を使うようなものか? まあ、早く帰れそうで何よりだけど。そうだ、周は何か予定があるか?」
もうすでに決まったからか、椅子の向きを完全にこちらに向けながら和樹が訪ねてくる。こんな時に愛佳さんがいたら和樹は悲惨なことになっていただろうな。
「予定?」
オレはレヴァンティンを少しだけ叩いた。すると、頭の中に今日の朝詰め込んできたスケジュールが現れる。一応、することはあるけど、夜に回せる量だな。
「何もないな」
オレがそう答えると和樹が後ろを振り向いた。
「俊輔、放課後に一緒に遊ばねえか? 周と一緒に」
「ほう。周と一緒か。なら、参加するしかないようだな。この天才である俺の」
「そういうわけで遊ぼうぜ」
俊輔の話が終わるよりも早く和樹が振り向いてくる。俊輔は未だに何か話しているようだが上手く聞こえない。
「了解。オレ一人だけどいいか?」
「全然大丈夫。本当なら由姫ちゃんとか期待したいけど、俺達はお前にゲームをさせたいからな。いつも負けている俺がお前に圧勝出来るものを」
そういうことか。まあ、いいけどね。
和樹の目的がオレに圧勝することなら対抗策はいくらでもある。それにしても、
「ゲームか。やるのは初めてだな。浩平がしていたのを見たことはあるが」
「ふっふっふっ、素人のお前が俺に勝てると思っているのか? 甘いな。甘すぎる。今日が命日だと知れ」
「お手柔らかに頼むよ」
オレは微笑しながら肩をすくめた。