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新たな未来を求めて  作者: イーヴァルディ
第一章 狭間の鬼
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第百二十九話 戻ってきた平穏

日常パートでは周が少しずつ変わっていく様子が描けたらいいなと思っています。

机の上をシャープペンシルが走る音が響き渡る。少し離れた窓から実戦魔術をしているのか、何かがぶつかり合う音が響いている。


その中で、オレはノートにボールペンを走らせていた。


黒板の内容はわかっている。第四次世界大戦後における世界情勢だ。


各地でインフレが発生し、治安が悪化。このことはかなり有名だから、ノートを書くようなものじゃない。その頃のことは慧海達に聞いているから大丈夫。


そうしていると、教壇の方からバキッとチョークが割れる音が鳴り響いた。オレは小さく溜息をついて前を見る。前にいるのは和樹だ。


机の上で爆睡している和樹だ。時折いびきが聞こえてくるから遂に愛佳さんがキレたか。


「白百合君? 授業を聞いていますか?」


「あれ? オレ?」


あまりのことに声を上げてしまった。


確かに授業は聞いていない。聞かずに内職をしていたけれど、まさか、寝ている和樹じゃなくてオレに矛先が向くとは。


「授業の内容を知っているからと言って、デバイスシステムの開発は止めてくださいね」


「その場所から文字は見えませんよね!?」


確かに書いているのはデバイスシステムの開発に関することだ。ただ、注釈を全く書いていないから、普通は落書きと言われるはずなんだけどな。


オレが小さく溜息をつくと由姫が振り返ってクスッと笑うのがわかった。


オレは微かに笑みを浮かべる。


春祭りが終わって二週間が経った。その間に起きたことはほとんどない。あるとするなら都の持つ狭間の杖が神剣認定されたこと。


そして、神剣認定により第76移動隊の監視下に置かれるようになったことくらいだろう。


市長の説得には八割方失敗したけど。


でも、それ以上は何も起こっていない。ただ平穏に時が過ぎている。静かに、ゆっくりと。


この感覚は初めてだ。今、この状況がこんなにも落ち着くなんて。オレが一番関わることの無かった戦いのない空間がここまで癒やされなんて思わなかった。


今までは戦いの中にいるとして緊張感を持っていた。ここに来てからもずっと。


でも、今は何もないのがわかる。確かに、たくさんの心配事はあるが、そこまで大変なものが多いというわけではない。でも、今はこの狭間市に『ES』過激派から応援が来ているため、そちらに授業中は任せている。


アル・アジフ達の『ES』穏健派と『ES』過激派。本来なら『GF』の地域に一緒にいることはないのだが、アル・アジフがいるからか仲良くしている。


「兄さん」


授業が終わりオレは小さく息を吐いた。それと同時に由姫から声がかかる。ちなみに和樹はまだ爆睡している。


「師匠に怒られていましたね」


「ああ。和樹の方が怒られると思っていたんだけどな。まあ、基礎理論は組み立てられたからいいけど」


「ほう、何か組み立てていたのか?」


俊輔が興味津々に尋ねてくる。俊輔って何事も学ぼうという姿勢があるからな。まあ、学校の授業ごときは俺のレベルではないと言っているけど。


オレはさっきの授業中に書いていたノートを広げた。そこにあるのは大雑把な術式といくつかの単語。これだけを見てわかる人がいるならオレは全力で驚くだろう。


愛佳さんは桁が違うから仕方ないけど。


「さっぱりわからんな」


「海道君、これ、落書き?」


クラスメイトからも散々な言われようだ。でも、意味のわかる人から見れば机上の空論を笑うか、目を見開くかのどちらか。


「デュアルドライブの理論だよ。デバイスを複数使ったやり方を確立できたから、今は限界を操作できるドライブの二重形態であるデュアルドライブが可能かどうかを考えていたんだ」


「だが、それでは危険性が増すのではないか? ドライブモードですら慣れていなければ危険性があるというのに」


「そうなんだよな。今のところ、デバイスを大量に同時起動して操作するのが一番だとは思う。まあ、机上の空論に近いけどな」


オレは小さく息を吐いてノートを閉じた。そして、周囲を見る。やっぱり。いつの間にか休憩中にはオレの周囲を囲うよな。クラスメートの大半が。


オレの視線に気づいたのか由姫がクスッと笑った。


「久しぶりじゃないですか? 兄さんが『GF』に関することで内職しているのを。普通の学生って感じでいましたし」


「そうなのか?」


オレは言われてから気がついた。確かに、今まで、鬼と戦うまでは、授業中でも新しい術式や封印術式の改良などをしていた。でも、最近は普通に授業を受けている。時々、別の内職に走っているけど。それでも、今までと比べたら圧倒的に回数は少ない。


確かに、久しぶりだ。


「海道君が学校に慣れてきたからだと思う。二週間くらい前まで、海道君はピリピリしていたから」


「委員長も言うならそうなんだろうな。普通に馴染んできたのか」


あまり実感はない。実感はないが、悪くはない。普通の人生も。


「でも、また逆戻りするだろうけどな。でも、こういうのも悪くはないな」


オレは少しだけ笑みを浮かべる。そうしていると、何故か茜の顔が見たくなってきた。ゴールデンウィークの時に一度顔を出したとはいえ、今も元気にしているだろうか。


オレの表情を見ていた由姫がオレの頬を引っ張ってきた。オレは無言で睨みつける。


「あっ、ごめん。なんとなく、兄さんの頬を引っ張りたくなって」


「どんな表情をしていたんだよ。ちょっと茜のことを考えていただけだ」


「そっか。茜ちゃんのことを。兄さんはやっぱりシスコンですね」


由姫がからかうように笑みを浮かべる。というか、オレがシスコンということは周知の事実なはずだ。実際に由姫か亜紗がオレを巡って争っているという話が学校中を巡っているくらい。


事実だから全く否定できないけど。


「あーあ。海道君がシスコンじゃなかったら告白しているんだけどな」


「器量よし、性格よし、顔もよし。三拍子そろっているもんね。海道君達トップスリーは人気者だよ。ああ、私もこんな彼氏欲しいな」


「女の子からそう言われるのは嬉しいんだけど、外野、睨みつけるの止めてくれ」


女子に人気があるのはいいけど、男子からの嫉妬の視線が痛い。視線で人が殺せるなら何回殺されていることやら。


黙って殺されるつもりはないけど。


「羨ましすぎる。海道は、本当に。トップスリーの一人である都様から好意を向けられ、義理の妹や、妹キャラの子から常にアタックされている。さらには、美人の義理の姉がいて、部隊内では女の子が多い」


「神よ。何故、我らとここまで違うのですか!」


「何故、何故、貴様だけモテる。リア充は爆発して死ね」


「人は差別がなければ生きていけないものなのさ。海道を見る女の視線と俺達を見る視線を比べてみろ。まるで、両親の恨みだとでもいうかのような視線だ。ああ、視線で人が殺せるというのはこういうことなのだな」


「自殺してえ」


何だろ。オレがここにいることに罪悪感を感じ始めている。


「男子は何バカを言ってるんだか。あんたらと海道君は違うの。人間として」


「オレは超人か何かか? 戦場にいたからあまりわからないでもないけど」


「ちょっと違うと思います。兄さんは世間知らずですから」


そのことを言われてオレは小さく呻いた。


世間知らずであるということは自分が一番わかっている。だって、この学校に入るまで、学生は暇な時間にずっと勉強しているものだと思っていたからだ。第76移動隊の面々の成績が悪いのは、両立出来ていないからだと思っていたが、暇な時間に勉強する学生の方が少ない。というか、このクラスにはいない。


大体が友達と遊ぶとかゲームとからしい。


「世間知らずだから見守ってあげたいと思うんですよ。多分ですけどね」


「白百合さんの言うように、海道君は世間知らずでもあるけど、みんなに対して平等だから。自分がしゃしゃり出るのではなく、みんなが頑張るように促しているから。頭がよくて、運動も出来るけど、悪いように思える場所が見当たらないというのもあると思う」


「あれ? 委員長は兄さんのことをよく見ているんですか?」


「た、たまたま。たまたまだからね」


由姫の言葉に委員長は必死に弁解している。あたふたとしている姿を見ると、何かの小動物を連想出来た。リスとかどうだろうか。


でも、どうして必死になっているかわからないけど、まあ、いいだろう。


「世間知らずなのは仕方ないだろ。オレは今まで、戦いの中にいたんだから。でも、今は、今だけでも」


オレは周囲を見渡した。周囲にいるのはクラスメートの姿。戦いを知らないような顔。でも、今はそれが落ちつく。


自分でも大きく変わった思う。戦いの中に身を置いていたから、それとも、


「ここにいれることがいいと思える自分がいることに感謝したいな」


「戦い、なんだね。でも、あまり戦っているような話題はないと思うけど」


委員長が不思議そうに首をかしげる。報道規制がかかるときもあるが、そんな大事件が起きることなんて本当に稀だ。だから、みんなの中では常に戦っているオレのイメージがないのだろう。


実際の中身を話せば思いっきり変わると思うけど。


「まあ、委員長の言うように表の世界じゃ抗争なんてないからな。一昔前の中国なんて、粛清の嵐があったのに報道されなかったように。『GF』正規部隊は基本的に凶悪犯やテロとの戦いになるな。中東には未だに先進国を恨む人達がいる。『ES』過激派内部にも。その人達を止める戦いが結構多いな。後は、『ルーチェ・ディエバイト』に向けての訓練」


「あれ? その名前、どこかで聞いたことがあるけど、みんな、どこだったかわかる?」


委員長がクラスメートの顔を見るが、誰一人として首を縦に振らない。だが、委員長は俊輔ならわかると思ったのか、俊輔を見ていた。


俊輔は微かに目を細めて、


「確か、里宮先生の授業で習った、いや、聞いたはずだ。あの魔術学園において行われていた祭典。確か、チームが力を見せあうというものだったはずだ」


「『ルーチェ・ディエバイト』は『GF』内で行われているものだ。まあ、チームじゃなくて個人戦だけどな。あらゆる『GF』の地域部隊、正規部隊が一部隊につき一番強い一人を選出し、代表として各ブロックを戦う。そして、生き残った者達が決勝ラウンドで戦い合う。まあ、決勝はほとんど正規部隊なんだけどな。稀に、地域部隊からの天才が出てくる」


『ルーチェ・ディエバイト』の目的はそれだろう。力のあるものを取り入れるためのもの。正規部隊と言っても凄まじく強い人はそこまで多くない。だからこその『ルーチェ・ディエバイト』だ。


「『ルーチェ・ディエバイト』は成績さえ残せばあっという間に有名部隊の仲間入りになるからな。孝治、悠聖、アルトは『ルーチェ・ディエバイト』で好成績を残しているし」


みんなには言わないけど、孝治と悠聖にいたっては『ルーチェ・ディエバイト』優勝という凄まじい結果を残している。第一特務からは誰も出ていないから出来た芸当だが、実戦を目の当たりにしたオレから言わせてもらえば二人は他の参加者を完全に圧倒していた。


まあ、年齢の関係で全く周囲には漏れていないけど。


「ふーん。つまり、『GF』は昇進のために戦闘しているということ?」


「『ルーチェ・ディエバイト』に出るのは有名部隊に入ってもっとみんなを守る仕事に就きたいと思っている奴らが大半だからな。それに、有名部隊に入るということは、死ぬ可能性も上がるということだ。生半可な覚悟では出来ない」


「もうすぐ予選ですよね。兄さんは誰を出すつもりですか?」


「由姫」


オレの言葉に由姫は完全に固まった。そりゃそうだろ。余りにも不意打ち過ぎるから。


「由姫なら大丈夫だって。本当なら亜紗を出すつもりだったけど、お前がどこまで通用できるか見たくなった」


オレがそう言って笑うと同時にチャイムが鳴り響く。次の授業は確かHRだな。


「返事は一週間以内な」


「はあ、兄さんは全く。わかりました、考えておきます」


よし。これで懸念事項の一つは解消出来た。昨日まで完全に忘れていたからどうしようか迷っていたんだよな。まあ、由姫なら大丈夫だろ。


オレは心の奥でそう思いながら入ってくる担任を姿を見ていた。


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