第百二十六話 春祭り 中編
オレは小さくため息をつきながらその場に座り込んでいた。ちなみに、都や亜紗もため息をつきながらベンチに座っている。ちなみに、オレは近くの段差だ。
どうしてため息をついているかというと、
「兄さん、食べないの?」
ベンチに座っているもう一人、由姫がその横にうず高く積んだ屋台で買った食べ物の山を見れば周囲を歩く人たちが苦笑しているのも納得できる。
あらゆる食べ物屋台で四人分を買い続けた結果だった。
もちろん、オレも亜紗もかなり食べる方だ。オレの場合は普通と構成が違う部分があるためエネルギー消費が激しい。だから、かなり食べないといけないのだが、
「あのな、オレ達の横にあるごみの山を見てそれを言えるのか?」
オレはそう言いながら横を見る。そこにあるのはゴミの山。ちなみに、備え付けられたゴミ箱に入らず溢れかえっているゴミの山だ。
もう、かなり食べている。でも、由姫の食欲は衰えていない。
「太るぞ」
「大丈夫です。そもそも、運動中に倒れないために食べているんだから」
明らかにそれはおかしいよな。普通、動くために食べるだよな。
「その理論はおかしいと思うのですが」
『八陣八叉に普通はありえない』
亜紗の言うとおりな部分もある。本来、フロントはかなりのカロリーを消費する。絶えず前線で動きまわるからであるが、その分、大量のカロリーを摂取しなければならない。
オレはフロントではなくオールだが、オールの方がカロリーを消費する。だから、フロント及びオールの食べる量は常人離れしている。というか、大食い選手権で勝つ自信があるくらい。
でも、由姫のはあまりにおかしい。理由に八陣八叉が絡んでいるしか考えられない。
「でも、私は師匠と比べてまだまだですよ。師匠ってすごい」
「私がなんですか?」
由姫の手が完全に止まった。ちなみに、オレ達も動きを止めている。
恐る恐る振り返った先には、にっこり笑みを浮かべた愛佳さんの姿があった。ただ、目は全く笑っていない。怖いとかもう通り越している。
「私が、なんですか? 大食漢の由姫さん?」
「い、いえいえ、なんでもありません。なんでも」
由姫が慌てたように応える。まあ、普通はそうなるわな。
「愛佳さんも祭りを楽しみに?」
「雰囲気を楽しみに来ました。皆さんは楽しくやっているようですね」
「まあな。こいつらといれば楽しいから。まあ、由姫の食べる量には呆れているけど。お前、いつもそんない食べていないじゃないか」
オレがそう言うと、亜紗が納得したようにスケッチブックを開いた。だけど、それがオレに見えるより早く由姫がスケッチブックを奪い取る。見えた文字は、
『だから、由姫は貧』
だった。その後にどんな文字が続いているのか全く想像できない。多分、貧しいだと思うけど、だから何なんだろう。
「な、ななな、なんてこと書いているんですか!?」
亜紗が不満そうにスケッチブックを取り戻す。
『事実。だって、由姫は』
そこまで見えた瞬間、また由姫がスケッチブックを奪い取った。何が起きているんだ?
「それは亜紗さんもでしょ!」
『私はBもあるから。対する由姫は』
何というか、スケッチブックを巡って争いになっているよな。傍目から見ていても楽しいけど。横にいる都が胸を押さえているのはどうしてだ?
すると、愛佳さんがくすくす笑った。
「わ、私は三月生まれですから仕方ないのです」
『私も三月生まれだけど』
「そうなのか?」
今初めて知った事実。こいつの生まれは確かわからないのじゃなかったっけ。
『嘘』
スケッチブック一面にでかでかと書かれた文字。まあ、そうだろうと思ったけど。
「私だって、いつか、お姉ちゃんみたいに」
『音姫もあまりないような』
その瞬間、体に寒気が走った。寒気というより殺気といった方が正しいか。
確実に、音姉がここを見ている。亜紗の額に汗が流れるのがわかった。
「いいんです。兄さんはきっとロリコンですから」
「いきなり何の話だよ」
いきなり不名誉な名前をもらっていた。それに対しては全力で抗議しよう。
「だって、兄さんが好きという人物は全員」
「同い年か年上しかいないけどな! 何故、いきなりロリコンになるんだよ」
「じゃ、落とし神?」
「何が言いたい?」
由姫の言いたいことが全くわからない。というか、落とし神ってなんだ?
「まあまあ、由姫さんは悪気があって言っているんですよね?」
「あれ? 私がさらに悪者になってる?」
愛佳さん、そこは悪気がなかったというところですよ。どうして、悪気があったということになっているのだか。まあ、否定はできないけど。
オレが小さくため息をついて屋台の方を見た。すると、人だかりが出来ている。あそこは確か、射的だよな。
「ちょっとここで待っていてくれ」
オレがそう言って立ち上がると、都が屋台の方を指さして首をかしげていた。どうやらオレより早くに気づいていたらしい。
オレは頷きで返す。
「すぐに戻ってきてくださいね」
都が朗らかに笑って送ってくれる。対する由姫と亜紗は同じように立ち上がろうとして、
「お前らはそこにいろ。多分、浩平だろうな」
射的で人だかりが出来ているということは、浩平絡みだろう。あそこには大きな猫のぬいぐるみがあったから、それを狙って浩平がやっているに違いない。
亜紗も欲しいと言っていたから、一緒に狙ってやるのも面白いかもな。
オレはそう思いながら人ごみの中に入った。そして、顔を出すと、
「おっちゃん、もう一回!」
「悠聖なんかに負けてられるか。俺もだ!」
「僕もです」
「リリーナも」
何故か浩平だけでなく、悠聖、悠人、リリーナの姿があった。オレは小さくため息をついてちょうど横にいたアルネウラに話しかける。
ちなみに、アルネウラはリースを抱きかかえていた。少しジタバタしているが見なかったことにしておこう。
「どういう状況?」
『最初は浩平がリースのために獲ってやると言って、すぐに、鈴が欲しいと言ったんだよ。そこで、悠人とリリーナの二人が参加して、優月も欲しいとねだってこういう状況』
「優月?」
オレは聞き慣れない名前に首をひねると、アルネウラはリースを抱えながら握っていたらしい手を挙げた。そこにいるのは精霊召喚符によって召喚された記憶喪失の少女。名前は優月になったのか。
鈴のそばには冬華がいる。まあ、こういう状況ならな。
「戦果は?」
『諭吉さんを飛ばしている』
つまり、狙っている獲物はいまでに獲れないのか。
四人が狙っているのは一番上にある大きな猫のぬいぐるみ。四人が同時に放ってもびくともしない。これは無理だろうな。
「しゃあない」
オレは小さくため息をついて四人に近づいた。
「あれ、取りたいんだろ?」
オレはすかさず作戦を考えて話しかける。その言葉に全員が頷いた。
「オレが見た限り、全員が協力すれば必ず取れる。まあ、違法すれすれだけどな。おっちゃん」
オレはお金を射的のおっちゃんに渡す。
「全員分の弾の補充とオレの分を浩平に。悪いが、オレ達であのぬいぐるみは取らせてもらう」
まあ、十二分に利益が出ていると思うけど。
「いいのかい? あれは特別仕様ですぜ」
にやりと笑みを浮かべた。多分、後ろに棒があるんだろうな。だから、四人同時に頭を狙ってもびくともしない。でも、この作戦が成功すれば、取れるか、又は不正を暴くということになる。
「特別仕様はあれだけ?」
「あれがこの店の目玉でさ。作戦は成功するのですかい?」
オレは小さく笑みを浮かべて浩平に近づいた。
「浩平、狙えるか?」
「どこをだ?」
「止め具」
その言葉に浩平ははっとして目を走らせた。
頑丈に棚は作っているが、射撃の名人である浩平がここにいるのが運のつきだ。後、このオレがいるのもな。
「運よく、この射的用の銃はお前の連射に耐えられる設計のタイプだ。どうやら、射的のおっちゃんはかなり本格的らしい。それに、止め具が意図的に緩んでいる。元から狙われることが覚悟の上だろうな。でも、これにはたった一人で出来ないと知っている。普通は」
緩んでいると言っても少しだけだ。強烈な打撃を与えれば微かに相場が後ろに傾かせれるくらいの。でも、今回はそこを狙う。
おっちゃんは自信があるのだろう。そんなところをピンポイントに、連射して当てれる人がいるなんて思ってもいないはず。
「いいぜ」
浩平が笑みを浮かべた。そして、両手に射的用の銃を持って構える。すでに弾は装填済み。そして、他の三人は準備済み。
そして、浩平が引き金を引く。
屋台の中での浩平の十八番であるビリヤード。しかも、いくつもの商品を落としながらのビリヤード。でも、それは、複数の弾が同時にポイントにぶつかるマジックのようなもの。
台が微かに傾いた。でも、オレの予想を超える傾き。
「全員、猫の右側を狙え」
その言葉に三人が一気にぬいぐるみの右側に向かって弾を放つ。すると、今までびくともしなかったぬいぐるみが徐々に動き出した。
浩平が新たなお金を渡して弾を放ち始める。そして、みんなが見守る中、猫のぬいぐるみは、落ちた。
「「よっしゃぁぁ!!」」
悠聖と浩平の二人が同時にガッツポーズをする。悠人とリリーナはハイタッチを交わしていた。
射的のおっちゃんは頭をかいてから猫のぬいぐるみを棚から下ろす。
「はいよ。完敗だ。ところで、これは誰のものになるんだ?」
その言葉に誰もが固まった。まあ、そうなるわな。
すると、浩平が猫のぬいぐるみを手に取ると、一番近くにいた鈴にそのまま渡した。
「はいよ。悠人とリリーナが頑張って取った景品だぜ。お兄ちゃん達からもプレゼントだ」
「いいの?」
浩平がちらっと悠聖を見ると、諦めたようにため息をついていた。
「ああ。浩平、元からこのつもりだったんだろ」
「まあな。リースには悪いけど、悠人もリリーナも必死だったから」
「ったく、お前った奴は。周隊長は元から異論がないみたいだな」
「オレは作戦立案しただけだ。報酬は作戦に参加した者たちがもらうべき。そうだろ、アル・アジフ」
オレの言葉に全員が驚いて振り返っていた。確かに、そこにはアル・アジフがいる。そのアル・アジフだって驚いている。だって、オレは一度も振り返っていないのだから。
アル・アジフは小さく息を吐いた。
「そうじゃやな。そなたは相変わらず不思議じゃの。亜紗が欲しいと言っておったのではないか?」
「大丈夫だ。じゃ、オレは少しアル・アジフと話すことがあるから」
オレはそう言ってアル・アジフと共に人ごみから抜けた。そして、唇を動かさずアル・アジフにしか聞こえない様な大きさの声で話しかける。
「どこで話す?」
「都と三人でじゃ」
「了解」
オレは都をどう説得するかを考えて出し始めた。