第百二十四話 雨宮千春
決戦のあった大地。そこにある傷跡はかなり深い。その傷跡の中にある一つの墓。その上には昨日までになかったものがある。
三種類の花。
一つはオレが置いた花だ。ギルガメシュが教えてくれた千春の好きなルキルスの花。
魔界にしか存在しない花の一種だ。永遠の安寧を花言葉としても持つ花で、魔界に咲いている場所が戦闘が一切おらない絶対平和区域にしか存在していない。だから、オレはそこから積んできた。
他の花は花屋に置いているような商品価値のあるものじゃない。でも、それは周囲の野原に咲く見知った花。おそらく、千春が好きな花。
「周様、後時間はどれほどありますか?」
オレはレヴァンティンを一回軽くたたいた。すると、レヴァンティンが今の時刻を表してくれる。
5時13分。
後、7分くらいか。
「7分。これが一杯だ」
「ありがとうございます。今は、もう少しだけ」
「もう少し、ね」
オレは小さく息を吐きながら魔術陣を展開する。オレが引き延ばせる時間はほんの少しくらいか。でも、ほんの少しくらいなら引き延ばすことが出来る。
出来るかどうか問題だけど。
「空間固定」
レヴァンティンの能力を最大限まで利用して空間を把握する。空間の魔力を一部で固定して空間を新たに作り上げる。作り上げた魔力をさらに練って固定を完全にする。そして、空間を隔離する。
空間を隔離する作業は初めてだけど、ここはまだ魔力が濃く残っているのかスムーズに進めれた。
でも、ここまでスムーズに行ったのはある意味おかしい気もする。
「流動停止」
空間と空間の間の魔力の流れを停止させる。魔力を停止させるということは世界から隔離すること。世界から隔離することで時間の概念を破壊する。つまり、時間を止めることが出来る。ただし、とてつもなく魔力を喰われる。
「最大時間は20分弱になったぞ。これなら大丈夫じゃないか?」
「どうして」
「お前ら、泣いたんだろ。だったら、千春に言ってやれよ今までのことを。恨みでも喜びでも何だっていい。寝ている千春に届くように」
「ありがとう、ございます」
都がオレに背中を向けながら答える。対する琴美は少しだけ肩を震わせた。
「千春、あなたが眠ってから一週間が経ちました。あなたと出会ったのは中学校に入ってから。ちょうど、この季節でしたね。最初、あなたは眩しかった」
オレは目を瞑りながら魔術の行使を行いつつ耳に神経を傾ける。
「私はこういう性格ですから友達も出来ず、一人でいました。でも、あなたはそんな私と話してくれた。私に世界を教えてくれた。私は、感謝しています。あなたとの出会いを。でも、私は、もっと、もっと千春と一緒にいたかった」
オレはまっすぐ都を見る。例え、涙を流している女の子でも、今の都からは目を離すべきではないと思ったから。ちゃんと、覚えておきたかったから。
「千春がいたから琴美と出会え、そして、私が出来た。私は、あなたとずっと一緒にいたかった。もっと、もっとたくさんのことを話したかった。ずっと、友達でいたかった。どうして、どうして、どうして」
都がその場に崩れ落ちる。琴美は優しくその肩を抱いた。そして、オレの方を振り返る。
顔を真っ赤にしながらもオレに泣き顔を見られないようにした姿のまま。
「都をお願いできる?」
「それくらい、任せろ」
オレは二人に近寄った。術式を破壊しないように魔術陣を維持したまま近づき、都を受け取る。都はオレの胸に顔をうずめた。
強力な空間魔術を展開したまま体を動かすのはかなり難しいが、今はそうは言ってられない。オレは優しく都を抱きしめた。
「きっと、オレと同じなんだよ」
「周様?」
オレは千春の墓をまっすぐ見つめる。
「守りたかった。ただ、その一心で都を守ろうとした。ただ、それだけだから」
「そうね。千春はそういう人物よ。いつも、私達を巻き込んだ。でも、それは私達の性格を知っているから」
琴美の頬に涙が流れるのを視界の隅でとらえた。
「都が人見知りが激しくて、自分のことに自信がなくて、私がみんなから嫌われていることを知っていたから。友達として、一緒にいてくれた」
オレは静かに目を瞑る。
「あなたがいない日常は退屈なのよ。私は、三人でいた時が楽しかった。例え、どれだけ酷いような日常が待っていようとも、千春がいろいろなことに巻き込んでくれたから、都が友達でいてくれたから、だから、私は、頑張れた」
これは琴美の感情の爆発。多分、生きていたならもっと言っていたに違いない。今まで言えないこと全てを思いに乗せて。
「でも、千春はもういない。いないから、私達は自分の足で歩いて行く、見ていなさい。私は、私達は歩いてみせる。あなたの力に頼らないで歩いてい見せる。だから、あなたは静かに眠って。今まで、ありがとう」
オレはゆっくり目を開けた。思っていたよりも限界時間が短いが、まあ、いいだろう。途中で動いたことを考えれば十分だ。
オレは空間の隔離を解く。すると、魔力を纏った風が体をなでるのがわかった。
「世界を守るために味方が行動しても、誰かを守ることを自分は優先される、か。人の価値は皆平等。救える者も救えない者もいる中で、千春は大よりも小を取った。世界よりも友達を、守りたかったから。つくづく思い知らされるな。この世界のことを」
オレは空を見上げる。刻々と秒針の針が進む世界。
「全てを救うにはそれ相応の力がいる。世界と、個人を救うには」
自分の夢は完全な夢物語だ。全てを守る存在になろうなんて完全な夢物語。個人ですら守ることは難しい。千春と同じように。でも、
「いつか、守って見せる。だから、見ていてくれ。オレ達の勇者」
後方から吹き付けた風がオレの頬を流れた涙を掬い取って空に弾けさせた。
千春はこの作品の原型となった作品とは大きく異なるキャラとして書きました。原型の作品では末長く第76移動隊に関わる人物として書いていましたが、周を成長させることにするとこういう結果になってしまったというわけです。
千春は世界を救うために一度友達を裏切り、でも、世界よりも友達の方が大事だととある人物に諭され、琴美の殺害を止めて都を助ける。周が目指す「全てを守る」ということが難しいことであることを周に悟らす。誰かを救うことは何か(誰か)を犠牲にすることである。それを再認識しつつ、周は自分の道を歩いていきます。
世界を救い、個人を救う。
周の最終目的でもあるもの。その道筋の一つとして、千春はこういうことになりました。この結果は周の中で大きなことの一つになります。世界がそこまで上手くいかないことの実例として。個人をとるか、それとも最大多数をとるか、それとも・・・。
次は春祭りです。その後は学校になりますが、出来るだけ面白くしていこうと思っています。この駄文小説で面白くできるかわかりませんが(笑)