第百二十一話 精霊の少女
ベッドの上で少女は静かに眠っている。
精霊ではあるが、その体の構成は精霊のように魔力を中心として組まれているわけではなく、人の構成とよく似たものである。それがレクサスの診断結果だった。
レクサスは非常に強力な水の精霊だから構成とか調べるのは得意だけど、その話を聞く限りいまだに信じられないんだよな。まあ、オレだけかも知らないけどな。
「つまり、人に近い精霊ってことか?」
『そうなるわね。私も精霊界で医者をやっていたけどここまでの精霊は見たことがないわ』
レクサスでもわからないとするなら誰に聞けばいいのだろう。ディアボルガは知らないと言っていたし、一体、この子は何なんだ? 考えることは周の専門なんだけどな。
オレは小さくため息をつく。ややこしい事柄だ。
「考えるの放棄したい」
『あははっ。難しいことはわかるけどね。レクサス、人に近いってことは精霊特有の通信は不可能ってことかな?』
『そうなるわね。それに、この子のマスターは悠聖じゃないから私達の話に応じてくれるかどうか』
どんどん幸先が不安になってくるのはオレだけだろうか。こういう時に周の存在が欲しい。
あいつなら、オレ達の想像の斜め上を行く答えを出してくれる時がある。時があるだけだけどな。
「そう言う問題じゃないとは思うけどね。ところで、この子はただ眠っているだけなのか?」
『そうね』
レクサスが少女の頬を撫でながら少しだけ考える。考えて小さく頷いた。
『おそらく疲労ね。召喚されたばかりによく見られる症状よ。ただ、この子の場合は構成が人に近いから空間にからだを溶けることが出来ず眠っているだけ』
そう言えば、こいつらも召喚した時には一日くらい休ませてと言ってその後の一日は何の応答にも応じてくれなかったっけ。つまり、召喚される時には疲れがたまるのか。いい話を聞いた。
一応、このこともいろいろ報告しておかないと。理不尽に精霊達が怒られないようにするために。
「疲労か。よかった。なにか重大な病気だったら大変だったよ」
『それなら私達が強制的に精霊界に帰すよ。あの時と違って、私達は強くなっているから』
「そうだな。頼りにしているぜ。アルネウラ、レクサス」
この二人は契約した精霊の中で最初の三人のうちの二人。オレがこの道を歩む理由となった最初の精霊達。そして、大切な家族みたいな人達。
あの頃と違ってレクサスも、特にアルネウラが強くなっている。あの頃はまだ小さかったのに。
『ん? 悠聖、どうかしたの?』
「いや、昔を思い出してな。お前達と、フィネーマと頃のことを」
『懐かしいわね。あっ、アルネウラ。あなた、墓参りに行ったの?』
『明後日に行く予定だから。本当なら悠聖もつれて行きたいんだけどね』
アルネウラがオレの手を握ってくる。
オレが最初に契約したのはアルネウラだけど、すぐにレクサスとフィネーマとも契約した。二人共、アルネウラのことが心配だったらしい。レクサスは姉のような存在として。フィネーマは親友として。
そして、フィネーマは今はいない。もう、どこにも。
「オレは大丈夫だ。この指輪、フィネーマからのプレゼントだしな」
『むう、本当なら私が送るはずだったのに。フィネーマに先を越されたんだから』
このデバイスを設計してくれたのがフィネーマだ。そして、オレが初めて恋をした人物。フィネーマの最後のプレゼント。
「二人には感謝している。今のオレがいるのは二人のおかげだからな。あの日から立ち直れたのは」
『感謝しているなら私と付き合って』
「それは話が違うから」
オレは小さくため息をついた。アルネウラといれば退屈はしない。オレの口元に笑みが浮かんでいるのにレクサスが気づいているのかクスッと笑った。
「あれ? ここは」
その声にオレ達が同時にベッドの方を見た。少女がゆっくり置き上がっている。そこににこやかな顔をしてアルネウラが近づいた。
『起きた?』
アルネウラを見た瞬間びくっとなって若干後ろに下がる少女。もちろん、アルネウラは笑顔が凍りついたまま固まっている。
それはそれ怖いんだけどな。
「怖い」
うん。少女の意見に全面的に賛成。オレは小さくため息をついて少女に近づいた。
「大丈夫、と言っても信用されないか。オレは白川悠聖。君は?」
確実におびえているけど、今は少しずつでいいから緊張を解かないと。
オレが少女に話しかけると少女は首を横に振った。まだオレ達をおびえているのか。
「言いたくないならそれでいいから」
「違うんです」
少女が首を横に振る。
「私、名前が思い出せないだけで」
「はい?」
オレは思わずアルネウラとレクサスを振り返っていた。でも、二人は首を横に振るだけ。こういうことは知らないらしい。
記憶喪失というものだろうか。
「自分が何なのか。どうして、あの場所にいたのかがわからなくて。私は何なんですか?」
「それは」
なんと言えばいいかわからない。でも、何か言わないといけない。だから、オレは少女の頭を優しくなでた。
少女が驚いたようにオレを見てくる。
「焦らないで。ゆっくりでいいから自分を思い出していこう」
「はい」
精霊の少女は記憶喪失だった。面倒はオレが見ないといけないだろうな。オレは笑みを浮かべて少女から離れる。
「あ、あの、皆さんは私のことを知っているのですか? どうして、私を」
「うーん。ただ、心配なだけかな」
オレがそう言うとアルネウラとレクサスの小声が耳に入ってい来る。とりあえず、聞かなくてもいいよな。でも、問題なのはこれからどうするかということだ。
オレはアルネウラを見た。
「ちょっと周や冬華と連絡取りたいからこの子を任せるか? 一応、この子のことを説明していて欲しいんだけど」
『うん、わかった。不本意だけどここは任せ、あいたっ』
レクサスが呆れたようにアルネウラを叩くのを見ながらオレは苦笑しつつ部屋からでる。そのまま近くの裏口から外に出て通信機器とデバイスに端子を取りつける。
ほんとうなら、デバイスを差し込めばいい部分があるが、オレの場合はかなり特殊だからこうしないといけない。
数回のコールの後に周が通信にでる。
『はぁっ、はぁっ、どうかしたのか?』
「周隊長? 何かあったのか?」
『一戦やらかした』
その言葉にオレは思わず走り出そうとした。だけど、すんでで足を止める。この状況で助けを呼ばないということはもう終わったのか?
オレは小さくため息をついて口を開く。
「緊急通信ぐらい寄越してもよかったんじゃねえの? まあ、周隊長が無事ならいいけど。あの子が目を覚ました。今、アルネウラとレクサスに任している」
『そうか。こっちはなかなか戻れそうにない』
「怪我をしたのか?」
周に限ってそんなことはないと思うけど、一応聞いておく。周と一緒にいたのは音姫さん。この二人のコンビネーションは残りの第76移動隊が束になっても勝ちを拾うことが難しいのに。
周が小さく違うとつぶやく。
『オレだって何が何だかわかっていないんだ。ただ、これは音姉にも関係してくるみたいで。今まで進んでいた道が迷宮のど真ん中だったとしか思えない状況だ』
「珍しいな。周隊長がそんなことを言うなんて」
『オレは別にそこまで見通しているわけじゃないって。だけど、何か嫌な予感がする。まるで、歯車がかみ合っているような』
「はあ? それって、物事がわかっているってことか?」
『全てが一つにつながっている。そんな気がするんだ』
周の言葉にオレは言葉を失っていた。つまり、
『狭間の鬼の事件も、精霊召喚符も、そして、オレがさっき戦った敵も、何もかもが繋がっている。そんな気がするから』