第百二十話 歌姫
「これがね」
オレはそれを見つめた。悠聖が持ってきた札。それがこれだ。
術式を見る限り、知らない術式しか描かれていない。オレの知っているものと照らし合わせても類似性を見つけることは難しいだろう。悠聖の話によると召喚された少女は気絶しているらしく目を覚ましていないらしい。
話によれば強制的にシンクロ、じゃなくてユニゾンか。それをしたらしいからな。精霊側に負担があったのだろう。
「一応、ディアボルガにも見てもらったが知らない術式らしい。それに、解読が極めて困難だと言ってた。この世界の術式じゃないと言った方がいいんじゃないか。よくわかんねえけど」
「だろうな。詳しいことは慧海か時雨に頼んだ方がいいけど、これはかなり独特だ。お前のクラスメイトからの話は?」
「見知らぬおじいさんからもらったってよ。普通のお爺さんだったとも言ってた。後、俺が契約した精霊はどこか、とも言ってきたから家に帰した。一応、精霊の少女はアルネウラとルカに見てもらっている。監視はエルフィンね」
オレは小さくため息をついた。いろいろと厄介事の多い任務になっているような。
「妥当だな。音姉はどう思う? この地域に魔力孔があるかどうかも」
「多分、あると思うよ。そもそも、狭間の鬼がここで儀式をするから魔力がなければおかしい話だとお思うし。でも、弟くんは不思議に思っているよね。これの出現を」
やっぱり見抜かれているか。オレはその言葉に頷いた。
「まあな。あまりに唐突だった。今までいろいろな場所で精霊召喚符がばらまかれていたみただけど、これを使って探知した限り、狭間市にあるのは一枚だけ。あまりにおかしいと思わないか?」
「いや、オレ達、周隊長と違ってそこまで探査得意じゃないから。でも、言われてみたらそうだよな。確かに、あまりに唐突。でも、偶然で片付けられないか?」
「そうなんだけどな」
でも、あまりに腑に落ちない。もし、この地の魔力孔を狙っているとするならもっとばらまくはずだ。普通はそうする。でも、どうして、たった一枚だけをばらまいたのか。そこが気になる。
魔力孔を狙ったのではなく、別のものを狙ったとしたら。でも、何を狙ったのかは分からない。
「一体、何だって言うんだよ」
「だよな。一応、オレは精霊の少女についておくよ。現場の方は孝治に任せたから大丈夫だろう」
「そもそもお前は現場指揮官じゃないからな。でも、よろしく頼む。何かあったら連絡してくれ。音姉が飛んで行くから」
「そこは弟くんの役目なのに」
音姉が呆れたようにため息をつく。仕方ないだろ。まだ、疲れというからいろいろ抜けきっていないのだから。それに、音姉の方が足速いし。
「じゃ、また」
悠聖が走り出す。悠聖は過去のとある事件で精霊に並々ならぬ感情を持っている。それは、大切な仲間として、そして、友達として。
オレはそれを考えながら精霊召喚符を見た。精霊の意志に関係なく呼び出すもの。それは精霊の意志を反する存在。そんなものは悠聖が嫌いなことだ。嫌いだからこそ、どうにかしてでもユニゾンの解除を行った。
「弟くん、どうするの?」
「訓練はちょっと中断でいいか? 今から見回りたいところが出来た」
「見回りたいところ?」
その言葉にオレは頷く。オレの考えが正しいなら、もしかしたら、
「オレの出した推論にも関係してくることかもしれないから」
狭間市郊外の山の中。正確に言うなら、狭間市郊外にあるフュリアスがいたと思われる痕跡の存在する山の中。そこをオレと音姉は警戒しながら歩いていた。
山といってもそこまで木々が密集しているわけではないので見通しは悪くはないが、嫌な感覚が肌を焼いている。これは見られているという感覚だ。
音姉もそれがわかるらしく、光輝の柄に手を置いたままだ。いきなり光輝というのはどうかと思うが、それほどまでにオレ達は警戒している。
「敵の姿はないけど、なんなんだこれは」
視線の多さに思わず冷や汗が流れる。ちょっと前に狭間の鬼との戦いが終わったというのに新たな敵かよ。嫌になってくる。
「弟くん、どういうことかわかる? 見られているのに姿や気配すらない。まるで」
「別世界から見られているってか? 信じたくないけどその意見には賛成する。オレの探索で姿捉えられないということはそういうことなのだろう。多分、オレ達の知らない能力かもしれない」
「私の力を使う?」
「だめだ。相手が何か分からない以上、こちらの奥の手はできるだけ封じておかないと。それにしても」
常時周囲を警戒しなければいけないのは神経を使う。一応、ここに来ることを孝治には伝えてあるからなにかがあれば慧海や時雨にも連絡がつくだろう。
一番の問題は、オレの体力というより肉体が持つかどうか。最悪はブラストドライブをするしかないか。
「どこから見ている。一体どこから」
オレは感覚で周囲を探る。オレの探り方はかなり独特だ。簡単に言うなら完全な力任せ。でも、その方法なら下手な探知よりも、魔力消費は少ないし、最高の探知よりも一定範囲以内なら確実に見つけ出すことが出来る。でも、これは、
まるで、自然に目が出来たような感覚だ。あらゆるところから視線が集まる。地面からも、木からも、空からも。
「一体、なんなんだ。ここは、何の中にオレ達はいるんだ」
その時、オレの感覚に何かが走ったのがわかった。森の中にいる動物達じゃない。この大きさは、人だ。人がいる。
「音姉、準備を」
「えっ? うん」
音姉が光輝を握り締めたのを確認してオレは地面を蹴った。誰かが横切った場所の方に向かって大きく一歩を踏み出す。そして、今度は確実にとらえた。まるで、正面に移動するように動いている。
でも、オレの動きに合わせて動きを止めている。やはり、どこからか監視されている。
オレはさらに地面を蹴った。地面を蹴ってさらに近づく。すると、人の数が増えたのがわかった。数は四人。手に何か持っている。
札?
大きさは精霊召喚符程度。今の状況なら精霊召喚符と断定した方がいいだろう。
「数四。正面にいる」
「わかった。先制攻撃行くね」
光輝が鞘から抜かれる。たったそれだけで衝撃波がオレや木々を抜けて駆け抜けるのがわかった。風迅一閃だ。居合抜きからの風迅一閃が出来るなんて聞いたことがないけど、音姉なら出来そうだ。
でも、オレの感覚が新たに現れた壁によって防がれるのがわかった。純粋な魔力の壁。これだと風迅一閃が抜けることはできないらしい。
「失敗。近接戦闘に入るよ」
「うん」
オレ達はさらに地面を蹴る。すると、急に木々が開けた。いや、空間が変わった。
オレ達が立ち止まる。そこにいるのは四人じゃなく、十人の30近いくらいの男女。
「弟くん」
「ああ。空間が変わった。術式が違うおかげで気付けなかった」
そういうことか。だから、周から見られていたというわけね。
「子供じゃんか。どうする?」
「殺すしかないだろう。見られた以上な」
相手が武器を構える。ただ、その武器はそれぞれが何らかの魔術属性を備えていた。つまり、
「精霊召喚符」
「ほお、小僧、知っているのか。知ってここに来たというなら、生かしてはおけんな」
全員が精霊召喚符を持っているということは、全員がユニゾンしているということ。それはそれでかなり厄介だ。戦闘能力は計り知れない。
でも、ちょうどいい。
「いい機会だ。音姉、殺さずに捕まえよう」
「そうだね。じゃあ」
オレ達が同時に前に出る。そして、同時にお互いに言う。
「「背中は任せた!」」
まずは最初の攻撃。魔力を収束した弾を相手に飛ばす。だが、それは魔力の壁に阻まれた。まるで、悠聖と戦っているみたいだ。悠聖と同じ精霊の力を使っている相手との戦い。なら、悠聖との戦いを思い出せ。あいつの戦い方を思い出せ。最強の精霊召喚師の戦闘能力を相手に規定しろ。
相手は、強い。
オレはすかさず魔術陣を展開する。だが、それを見た相手の一人である男が一気に距離を詰めてきた。手に持っているのは槍。でも、音姉が前に出る。
「揃って串刺しにさしてやるよ」
きらめく槍の穂先。槍は風を纏い、人知を超えた速度で迫りくる。
並みの人なら瞬間で串刺しだろう。それに、訓練していても避けることは難しいだろう。
でも、煌めく穂先は空を舞う。音姉の光輝によって斬り飛ばされて。そのまま音姉の拳が顎をとらえ上に殴り飛ばした。慣性の法則に従ったのか斜めに吹き飛んでオレ達の頭上を越えてオレの背後の地面に突き刺さった。
その時には完全に魔術が完成している。というか、いくつもストックする時間が出来ていた。
「まずはこれ!」
放つのは雷。放射状に広がり無差別に範囲内にいるものにダメージを与えるサンダーウェブ。だが、それを察知していたのか相手の全員が動く。でも、それはわかっていた。
レヴァンティンを振り上げ、一気に振り下ろす。
「破魔雷閃!」
サンダーウェブで広がった雷も纏わせてオレ達を囲むように動こうとした相手に雷の刃を叩きつける。捉えれた数は四人。後、五人。
その時、誰かが後ろに回り込んでくるのがわかった。
「もらった!」
早い。
オレが反応するより早く、オレの後ろに誰かが潜り込んでくる。振り向く速度ですら間に合わない。でも、オレには音姉がついている。
何かが弾かれる音と共に、振り返ったオレと共に放たれた蹴りが相手を吹き飛ばした。オレは音姉に向かってウインクする。すると、音姉もウインクで返してくれた。
「余裕だな。貴様ら、よくも仲間を」
「あんたらが何者かわからない以上、容赦するわけにはいかないしな。事情を話してくれるなら聞いてはやるけど?」
「ほざけ。貴様らはもうすぐ死ぬ運命だ。何故なら」
その瞬間、人の数が膨れ上がった。数は百に届きかねない。
「弟くん」
「ちっ、最悪だ」
まさか、ここまで隠していたなんて。
誰もかれも世界のトップレベルには及ばないが、連携しようとする速度や個人個人の実力から考えて、音姉がいたとしても苦しい戦いになる。勝てないことはないが。
音姉が本気を出さなければの話だけど。
「音姉、オレはドライブモードになる。音姉は」
「うん。なるね」
音姉がゆっくり髪をくくっているリボンを取った。そして、そのリボンをポケットに収める。
普通はそんな動作をしていたら狙われるものだが、この場にいる全員が相当な実力者だからか誰も動くことが出来ない。何故なら、音姉の空気が大きく変わったから。
今までは、小さな隙の多い人物だと思われていただろう。ただ、その剣技からその隙すらおびき寄せる餌となっているけど。でも、今は隙一つ見つからない。近づけばたちどころにやられるような感覚。
まるで、この場の空間全てを支配する存在。
「弟くん、行くよ」
「ああ。ドライブ、リリース。派手に歌ってくれ」
「わかった」
そして、音姉が息を吸い込む。
「【動くな】」
たったそれだけの言葉にオレを除く全員の動きが完全に止まる。オレはストックしていた魔術を一気に放った。
いくつもの衝撃波が動きを止めた面々を吹き飛ばす。これで大体八割は吹き飛ばせた。残るは二十人近く。
これなら、十分だ。
「サンダーウェブ!」
さっきと同じ魔術は棒立ちになっている相手を感電させて気絶させる。これならいける。
オレはさらに地面を蹴った。敵の中でリーダーだと思われる老人にレヴァンティンを振るが、老人はレヴァンティンを剣で受け止める。
「そんな、まさか」
「いい加減諦めろ。お前達の負けは」
オレの言葉が止まる。老人の言葉に思わず言葉を止めてしまったのだ。その言葉は、
「どうして、歌姫様がここに」
「なっ」
オレは思わず老人から距離を取る。周囲を見渡せば、周囲を囲んでいる全員が動きを止めていた。もう、拘束はないはずなのに。口々に、「歌姫様」と言いながら。
あまりに不気味だ。一体、どういうことだ。
「この世界にも歌姫様がいるのか。撤退だ! 撤退! 歌姫様を傷つけるわけにはいかぬ! 撤退!」
その言葉に吹き飛ばされたはずの面々も動きだす。それをオレと音姉は呆然と見ていた。そして、周囲から敵がいなくなる。
「一体、なんだったのかな?」
「オレに聞くな」
でも、気になることは一つだけできた。
歌姫様。
老人達は確かに音姉のことをそう呼んだ。一体、どういうことだ?