第百十九話 主人公達
視点が三人に変わりますが、これからの物語は主人公が三人で進んでいきます。
オレは静かにレヴァンティンを鞘から抜き放つ。そのままゆっくりと大上段にレヴァンティンを移動させた。
息を吸い、呼吸を整える。呼吸を整えてレヴァンティンをしっかり握りしめる。
「風迅一閃!」
そして、勢いよくレヴァンティンを振り下ろした。レヴァンティンを振ったことによって現れる衝撃波は目の前にある瓦礫を越えて奥の瓦礫にひびを入れるはずだった。だが、目の前にある瓦礫が粉々に粉砕する。
オレは小さくため息をついてレヴァンティンを鞘に収めた。
「難しすぎだろ」
オレはため息をつきながら音姉に言う。音姉は不思議そうに首をかしげた。
「そうかな?」
すぐに光輝を振り上げて振り下ろす。同じ技。だが、それは瓦礫を飛び越えて奥の瓦礫にひびを入れていた。
白百合流の中でも対人制圧技。遠当てというものだろうか。音姉の十八番ではあるが、その難しさは白百合流の中でも上位に入る。
あるゆる障害物を飛び越えて目標に衝撃を与える技だ。目標を脳振とうで行動不能にするという表現が正しいか。音姉の場合は目標を気絶させる威力を持つ。オレの場合は見ての通り、障害物を砕くただの衝撃波。
「これくらい簡単だよ。ふわっと自分の中の魔力を練り上げてぶわっと解放する感じ」
「わからないから」
オレは呆れたようにため息をついた。
あれからもう三日経った。戦いが終わり、狭間市に平和が戻ってからすでに三日。避難地区以外の市街地では魔物や異形が暴れたためによる被害が出ており、今日から本格的に瓦礫の撤去作業となっている。
だが、大きな瓦礫が多く、撤去作業は難しいのが現状だ。
オレはというと、集めた瓦礫を使って個人訓練をしていた。別の言い方をするならリハビリだ。
ブラストドライブやオーバードライブ、そして、限界以上の戦闘はオレの体に大きなダメージを与えた。実際に戦闘能力がかなり激減している。未だに筋肉痛は治らないし、腕の握力もまだ戻っていない。だから、リハビリを兼ねて白百合流衣斬り『風迅一閃』の指導を音姉にしてもらっていた。
まあ、失敗するのが普通だけど。
「それにしても、あれが第一世代型フュリアスね」
オレは周囲で動いているずんぐりむっくりの機体を見ながら呆れたように息を吐いた。
一言で言うなら達磨に手足を生やした姿。
あの日に見た悠人の乗るフュリアスとは雲泥の差でもある。後、機動力も。だが、その力はさすがというべきか、瓦礫の撤去作業のペースが上がっているのは第一世代型フュリアスが参加しているからである。
一応、オレと音姉以外の面々は撤去作業を手伝っているけれど。
「弟くんはやっぱり気になる?」
「そりゃな。フュリアスは後に戦場の主役になる可能性のあるものだ。気にしないと言えば嘘になるけど、この第一世代を見ても参考になるかと言われれば否定はするよな」
動きがとてつもなく遅い上に、エネルギーケーブルを繋げていないとまともに行動出来ないらしい。弱点だらけではあるが、瓦礫の撤去作業中なら十分に欠点にならないものだ。
多分、それを考えて第一世代型は作られているのだろう。兵器への転用を難しくするために。
「今は、風迅一閃の練習をしないとな。案外使える技だからマスターしたい」
「そうだね。風迅一閃は使い手によってはどんなに強大な相手でも一撃で気絶させることが出来る。でも、弟くんの『天空の羽衣』を抜くことは難しいかな。やってみていい?」
「オレに気絶しろと? まあ、大丈夫だろ。そんな技を使えるのは白百合家しかいないし」
「それもそうか。じゃあ、もうちょっと練習しよう」
オレは頷いてレヴァンティンを鞘から抜いた。
「右レバーをゆっくり前に倒して。そして、固定」
僕は第一世代型フュリアス『アイゼン』のコクピットの中にいた。そして、コクピットのシートに座っているのはリリーナ。リリーナは真剣な表情でレバーを握り締めている。僕はそのシートをしっかり握ってつかまっている。
一応、パワードスーツを着ているので激しい動きで怪我をすることはまずない。
「そのままゆっくり右足のペダルを踏み込んで。そう。それでアイゼンは一歩踏み出すから」
リリーナが僕の指示と同じようにペダルを踏む。すると、アイゼンはゆっくりとした動作で一歩を踏み出した。
「すごい。動いた。悠人、これ、すごいね」
「まだまだ、序の口だよ。左手のグローブはちゃんと固定している?」
リリーナは左手につけているグローブを握り締めた。すると、アイゼンの左手が動き手を握り締める。これはグローブの動きに応じて腕を動かすものだ。ただ、両手を動かす場合は右手にグローブをはめる必要があるため少し面倒な作業になる。
「うん。どうすればいいの?」
「そのままグローブを動かして。ゆっくり前に。そうだよ。前にある瓦礫に手を伸ばして、そう。グローブの動きにアイゼンが動いているから、アイゼンの左手を見ながら腕を動かす。瓦礫に近づいたら手を開いて。そうだよ。そして、ゆっくり握って」
リリーナが左手の手を動かし瓦礫をつかむ。掴んだ瞬間にリリーナは驚いたように僕を見てきた。
「悠人、何も掴んでいないはずなのに、何かをつかんだように抵抗があるよ」
「左手のグローブとアイゼンの左腕はリンクしているからね。ものを掴む場合はそれなりの抵抗があるんだよ。そのまま瓦礫をしっかり握りしめて横のトラックに」
「うん」
リリーナが腕を動かす。そして、トラックの荷台に瓦礫を乗せた。そして、リリーナが小さく息を吐く。
「悠人、フュリアスってすごいね」
僕はグローブと機体との接続を切りながら頷いた。
「そうだよ。アイゼンは災害時に活動するために作られたものなんだ。まだ、エネルギーケーブルに繋げていないと長時間の使用は無理だけど、いつかはケーブルなしで行動できるように製作中だって」
コクピットを開けると気持ちのいい空気が入り込んでくる。すでに、他にもいくつかのアイゼンが動いていて瓦礫の撤去作業をしていた。
僕はリリーナが来たのでフュリアスに一緒に乗せてあげたから。
「でも、悠人みたいに動かせなかったな」
「それは無理だよ。僕の場合は操作方法が違うから。精神感応と呼ばれるシステムで感覚をアイゼンと繋げて操作するから今みたいに細かな動作を必要としないし。でも、リリーナは操作がうまいと思うよ」
実際に、最初にフュリアスに乗った時、僕はここまでうまく操作できなかった。やり方を覚えてようやく出来たけど、リリーナの場合は僕よりも最初が出来ている。
その言葉にリリーナは嬉しそうに笑った。
「ありがとう。このまま悠人よりもうまくなりたいな」
「それは難しいと思う。それに、リリーナは、その、可愛いから、別に戦わなくても」
「あはっ。でも、私にも戦う理由があるから」
リリーナはシートから立ち上がった。そして、コクピットから顔だけ外に出す。
「守られている自分は嫌なの。私は、誰かを守りたいから」
「そう、なんだ。僕と同じだね」
あの日、僕がとある街にいた時、そこに過激派の部隊が攻めてきた。ちょうどその街には凶悪な殺人犯が匿われていたらしく、過激派は殺人犯をあぶり出すために街を攻撃した。
その時にアル・アジフさんの姿はなく、僕は穏健派のみんなからはぐれて一人で逃げていた。その時に見つけたのがパワードスーツ。どうしてかわからないけど数少ない子供用だった。ちょうど、僕にぴったりなサイズ。
運命のいたずらというべきだろうか。僕はどうしてかわからないけどそのパワードスーツに乗った。今まで、たくさんの人が僕を守って死んだ姿を見ていたから。穏健派の人も、市民も、そして、過激派が狙っていた殺人犯も。僕を逃がすために時間を稼いで死んだ。
だから、僕は戦った。近くにあったものを何でも利用して戦った。この手を血で濡らしてきた。血で、濡らした。たくさん、殺して。
「悠人!」
僕はその時に肩がゆすられるのがわかった。リリーナが僕の肩を揺らしている。
「大丈夫? 呼んでも掌しか見てなかったけど」
「うん。僕は大丈夫だよ。ごめん。少しだけ考え事をしていたから」
「よかった。なにかあったかと思って。アル・アジフさんが呼んでいるから降りよう」
そう言ってリリーナがコクピットから出ようとする。僕はその背中に問いかけた。
「どうして、そうして、他人を心配するの? 僕とリリーナは赤の他人なのに」
その問いかけにリリーナは笑った。
「悠人が心配だから。私の中で悠人は大切な人、私を助けてくれた人だから。もう、赤の他人じゃないよ」
「でも、僕は」
「それに、友達を心配しない人はいないよ。もう、私と悠とは知り合ったから」
そう言ってリリーナが僕に手を伸ばしてくる。まっすぐ、笑みを浮かべながら。
僕はその手をゆっくりと、恐る恐る掴んだ。
今やってることを一言で言おう。
だるい。
今やりたいことを一言で言おう。
逃げたい。
『さすがにこの状況で逃げられるの?』
オレの思考を読み取ったアルネウラの言葉にオレは小さくため息をつく。
「無理」
目の前で繰り広げられているのは狭間市市民有志と共に第76移動隊や『ES』の面々が瓦礫の撤去作業をしている姿。それだけを見れば悪くはない。悪くはないけど、その中に魔王やら精霊やらが和気あいあいと混じっている姿はシュールにしか見えない。
それに、今のオレは連続召喚で動く気力がない。
「国の作業班はもう少し遅れるみたいだな。『GF』と『ES』の援軍の方が早いってどうかと思うけど」
『仕方ないよ。大体、今回の事件は『GF』内部で解決しようという動きがあったから。応援要請が来て、日本政府が考えている最中に事件は解決。すぐさま作業班の選出に走って遅れているだけだと思う』
「日本はいつも後手後手だからな。というか、瓦礫が大きいから砕いて小さくするってむしろ汚していないか?」
『あははっ。でも、非力な人達にとってはそれが一番だと思うよ。私達みたいに誰もが力のある人というわけじゃないし』
「だよな」
オレは小さく息を吐いて立ち上がった。そして、周囲を見渡す。
一応、オレもアルネウラも力仕事には向いていないから安全の確認作業だ。でも、何だろう。この嫌な気配は。今、見まわしてから気づいた。
アルネウラが僕の袖を引っ張る。
『悠聖、これ』
「ああ。孝治、ちょっと頼む」
「悠聖?」
オレの言葉にちゃんと返事するより早くオレは走り出す。アルネウラの手を握って。
「場所はわかるか?」
『ちょっと待って』
アルネウラが目を閉じる。オレはその間に大体の方角に向かって走っていた。人の間を抜けて走る。
アルネウラがゆっくり目を開いた。
『こっち』
アルネウラの速度が上がる。オレも速度を上げた。
「なんだろ。何か、強制的に」
オレ隊が道を抜けた瞬間、そこにいたのは三人のクラスメイト。その中心にいるのは一人の黒髪の長い少女。
オレとアルネウラにはわかった。その少女が普通ではないことを。
「見ろよ。これを使えばこんなことも」
「何しているんだ?」
オレはアルネウラの手を離して近づいた。クラスメイトはオレを見て驚いている。
「し、白川。こ、これは」
「それをどこで手に入れた?」
オレはさらに近づく。そして、背中を向けようとした瞬間、その逃げ道をアルネウラが塞ぐ。
オレはデバイスを身につけながら三人に近づこうとした瞬間、
「ちっ。ゆ、ユニゾン!」
その瞬間、そのクラスメイトがポケットから何かの札を取り出した。そして、その札と少女が光り、一つに合体する。
これは、
「アルネウラ!」
『うん』
オレとアルネウラは手を合わせる。
「『シンクロ!』」
オレとアルネウラの体が重なり合う。オレの体とアルネウラの感覚が一体となり一つになる。これがシンクロだ。
「ばれた以上は」
いつの間にか手に持っている薙刀を振りかぶるクラスメイト。だけど、オレはそれより早く懐に潜り込んでいた。そのまま手に持つチャクラムで薙刀を弾く。そのままチャクラムを投げて薙刀をさらに弾き、クラスメイトの胸に掌を叩き込んだ。
たったそれだけでクラスメイトと少女が分離した。抱き崩れる少女を抱きとめると同時にアルネウラが分離するのがわかる。そして、アルネウラは戻ってきたチャクラムをつかみ取る。
「これは」
オレは地面に落ちていた札を手に取った。奇妙な魔術陣が描かれた何か。見たこともないもの。だけど、嫌な気配はここから漂ってくる。
一体、これはなんだ?
「くそっ。それはお前には使えねえよ。それは俺専用だからな」
その言葉を聞いた瞬間、アルネウラがオレの持っている札を手に取った。そして、じっくり見つめる。
『術式が違うのかな? でも、これって、精霊召喚符?』
その言葉にクラスメイトが過剰に反応する。もしかして、これが本当に精霊召喚符?
「この子はもしかして」
オレは胸に抱く気絶している少女を見た。この子もやはり精霊。
「ちょっと、話を聞かせてもらおうか」