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新たな未来を求めて  作者: イーヴァルディ
第一章 狭間の鬼
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第百十四話 狭間市の長い一日 宴会

宴会パートを一気に書こうとしたら凄まじく長くなりました。一応、自己最長の長さに。

後編に向けての導入部分はこの話で終わります。


「それでは、狭間市の防衛成功を祝いまして、乾杯ー!」


「「「「乾杯ー!」」」」


そう言ってマイクを片手にグラスを上げるのは善知鳥慧海。というか、どうしてこの場所にいるかが未だにわからないけれど、どうしてこういう状況になっているかわからない。


避難地区中央の広間にまんべんなく敷かれたブルーシートといくつもの机。机の上にはいくつもの飲み物がある。もちろん、お酒も混じっていた。ただ、机での区別はある。


そこら辺に座って紙コップを当て合っているのはほとんどが狭間市市民。そして、魔物の姿も見当たる。はっきり言うならおかしな光景だ。


オレは小さくため息をついて、目の前に出された紙コップにオレンジジュースの入った紙コップを当てる。


「つか、なんで宴会?」


「さあ?」


音姉が不思議そうに首をかしげる。


オレ達が避難地区についた後、オレ達はすぐさま病院に直行した。もちろん、全員が怪我をしていたということもあるのだが、あの狭間の鬼が作り出した儀式上の中心で戦っていて、どれだけ体に影響があるか簡易的に検査してもらったのだ。ちなみに、その検査にはアル・アジフも立ち寄っていた。


結果は異常なし。魔力が多くてもあまり異常は出ないらしい。限界を超えたらどうなるかわからないが。


ただ、由姫は即入院。オレも入院を勧められたが断った。これくらいで入院をしていたら任務をやってられない。


「音姉は久しぶりに喋ったし」


「仕方ないよ。私が暴走したから弟くんや由姫ちゃんを傷つけて、下手をしたら狭間の鬼を封印することが出来なくなったかもしれないのに。反省だよ。猛烈に反省だよ。猛省だよ」


どうやらあの時の記憶は完全に残っているらしい。どういう条件で鬼姫になるかわからないけど、音姉も苦労しているに違いない。


「うう、ごめんね」


「まあ、過ぎたことを気にしても仕方ないさ。それにしても」


オレは周囲を見渡した。


この場にいる全員が飲んだり食べたり騒いだり、本気で自由気ままに宴会を楽しんでいる。この宴会がタダだからだろうな。宴会の主催者は慧海とギルガメシュの二人だし。


オレは小さくため息をついて立ち上がる。


「ちょっと回ってくる」


「あう。行ってらっしゃい」


音姉が目の前にある机にぐったりしながら答えてくれる。今は気が滅入っているみたいだから静かにしておこう。


オレは紙コップを持ったまま歩いて行く。最初に目指す場所は市長の場所だ。参加していたらの話になるが。


周囲を見渡しながらオレは市長を探す。だが、市長の姿は見当たらない。でも、都の姿は見つけることが出来た。オレは都に近づく。


「都」


「周様」


都は泣いていたらしく、その眼は真っ赤に染まっていた。


「泣いていたのか?」


「はい。琴美に千春のことを話したので。二人で泣いていました」


二人とも、千春が友達であるということを捨て切れなかったのだろう。だから、二人は泣いた。千春はそれを嬉しく思っているに違いない。


オレは都の頭を撫でた。


「そっか。千春のことは出来るだけ秘密で頼む。学生『GF』には裏切り者として通っているはずだから」


「はい」


都が少し悲しそうな顔になった。多分、千春のことをみんなに言えないことが悲しいに違いない。でも、千春は都を誘拐した。その事実は変わらない。


その事実はここにいるほとんどが知っている。


「ところで、市長は参加しているか?」


「いえ。お爺様はここに参加しておられません。一応、参加の打診はあったはずですが」


「そうか」


未だに市長が何をしようとしているのかよくわからない。ただ、よからぬ予感がするのは確かだ。その理由はオレには分からない。


まあ、今回の宴会中に何かのアクションをされることはないと思うけど。


「教えてくれてありがとう。じゃ、オレはいろいろ回ってくる。琴美と仲良くな」


「はい」


その返事を背中に受けてオレは歩きだした。


次に向かうのはアル・アジフのところかな。いろいろ頑張ってくれたらしいし。それに、あの抱きつきが少し気になっているのも事実だ。


オレが心配だったと言えばそれで済むが、なんというか、それ以上の感情があったような感じしかしない。だから、アル・アジフのところに向かおうとする。周囲を見渡し、人の群れからアル・アジフの姿を探す。


「アル・アジフは、いた」


向こう側に楓達と真剣な表情で話しているアル・アジフの姿があった。オレは少しだけ眉をひそめながらアル・アジフ達に近づいていく。


この面々の話ということは、『ES』関連の話か。


「そう言うことで良いかの?」


アル・アジフ達の声が聞こえてくる。何かの相談みたいだ。


「えっと、大丈夫だと思います。アリエル・ロワソもそれなら許可が出るかと。それにしても、思い切ったことを穏健派はするのですね」


楓が楽しそうに笑みを浮かべながら敬語でアル・アジフに話しかけている。やっぱり、『ES』関連の話か。


「フュリアスもそろそろ実戦配備をした方がいいからの。第一世代は十分に救助活動に使えるはずじゃ」


フュリアスの援軍の要請か。しかも、第一世代。悠人の乗るものが第何世代かわからないが、第一世代ということはないだろう。


世の中にフュリアスが御披露目ということか。


「復興の話か?」


オレはなんとなくこうじゃないかと思って二人に尋ねながらさらに近づいた。


楓もアル・アジフも驚いたような顔でオレを見ている。


「街中もかなり被害が出ているしな、瓦礫の撤去や魔物の死骸の処理をフュリアスでやろうっていうんだろ」


「はあ。そなたは今来たはずなのにの。そうじゃな。一応、どこまで使えるかというテストにはなるはずじゃ。第一世代は特に、今では救助活動用として改良されているからの」


ふむふむ、戦闘用は第二世代以降か。


「困った時はお互い様だと思って。アリエル・ロワソもそれならフュリアスを出すことに納得すると思う。過激なマッドサイエンティストだけど、案外優しいし」


「全く想像出来ん」


『赤のクリスマス』の首謀者として、『GF』が指名手配しているというのに。


「敵には容赦がないだけで味方には優しいから。それに、過激派が未だに世界から駆逐されていないことを考えないと」


確かに、『赤のクリスマス』を起こした首謀者がいる派閥が未だに世界から駆逐されずに大きな顔があるということは何かあると考えられる。そういうことなら納得するな。


まあ、許せるか許せないかといったら許せないになるけど。


「まあ、過激派とはよく喧嘩するからの。その仲裁をアリエル・ロワソはよくするぞ」


なんというか、人物像がよくわからないことになってきた。それでもいいけど。


「フュリアスを運び入れるのは時雨に通したか?」


「通そうとしたのじゃが、『その話は周にしろ』と言われて取り合ってもらえなかった。ちょうど、そなたが来て助かったぞ」


「そういうことか。まあ、今の狭間市『GF』代表はオレだしな。時雨にメールで通達しておく。それにしても、第一世代か。救助用ってことは戦闘は難しいもなのか?」


一応それだけは聞いておかないと。


もし、戦闘を普通にこなせるものなら監視を付けておかないといけない。もしもの時を考えて。


「戦闘は難しいの。過激派の方はどうじゃ?」


「同じ。第一世代は戦闘用じゃなくて、試しに作ってみた感じが大きいから。穏健派のフュリアスよりかは速度はないと思うけど、パワーは負けていないと思うよ」


「ふむ、では、パイロットを悠人にして」


「それは無しでお願いします」


悠人の実力は凄まじいらしいな。確かに、俺でも絶対に苦戦するドラゴンを倒していたことから見ると、第一世代に乗っていても十分な実力は発揮しそうだな。


オレは小さくため息をついた。


「試しでも人殺しは十分に可能なレベルだろ。戦闘ランク換算では?」


「CCランク」


アル・アジフが言った言葉をオレは一瞬理解できなかった。CCランクというのは『GF』に入ることのできないランクだ。大体、一般人がCCCランクだと考えてもらったらいい。


Cランクは戦闘が出来ない人。CCランクは運動神経が悪い人。CCCランクは普通。学生『GF』に入る条件がCCCランク以上。ただし、一年以内にBランクに上がらなければ事務に回されるか止めさせられるかのどちらかだ。


ちなみに、一般人の入隊はBランク以上となっている。


第一世代のフュリアスはどうやら普通の隊員なら倒せるレベルらしい。


「ちなみに、悠人が乗っていた場合は?」


「Aランク」


変わりすぎだろ。


「この場合、悠人がおかしいだけだから。パワードスーツに乗っている悠人と一緒の任務に言ったことがあるけど、周君くらいの立ち回りをするから」


遠近両用ね。ある意味むちゃくちゃな能力の様だ。つか、ある意味チート。


オレは小さくため息をついた。


「音姉タイプか」


元からの天才。努力の天才ではなく、その元から持っている才能がとてつもなく高い天才の中の天才。それが悠人なのだろう。


はっきり言って嫉妬してしまう。


他人の手によって力を手に入れたオレからすれば。


「そうじゃな。音姫は自他共に認める天才じゃ。あの年でこの世界の頂点に手をかけておる。過去に何があったかわからぬが、そなたが支えればよいのじゃが」


「あのな、さすがのオレでも無理だ。由姫と亜紗に支え合っている状況だしな。誰か、音姉にもそんな人が出来ればいいけど」


「ここにいたら余計なお世話といわれそうじゃな」


確かにその可能性はある。音姉は何より他人の幸福を考えているから。


「音姫はそなたが大切じゃ。大切だからこそ、心配しておる」


「わかってる。それくらい、オレや由姫がな。そういやさ、アル・アジフはどうしてオレに抱きついてきたんだ?」


オレがここに帰って来た時のことを尋ねた瞬間、アル・アジフの顔が真っ赤に染まった。真っ赤に染まって、そして、オレに背中を向ける。


オレが不思議そうに首を傾げると楓が呆れたように溜息をついた。


「周君、それは聞いちゃ駄目だよ」


「そうなのか?」


「そういうものなの。アル・アジフさんは私が見ておくから周君は回ってきたらどう? 他にも回るよね」


「そりゃな。ギルガメシュのところに向かわないといけないし」


まだギルガメシュとはちゃんと会って話をしていないから話をしないといけない。応援に来てくれたことの感謝を特に。


オレは少しだけ考えて頷いた。


「じゃ、行ってくる。楓はいつ出るんだ?」


すると、楓は驚いたように少しだけ下がった。


「どうしてそれを?」


「もしかして、何も言わないまま出るつもりだったのか?」


その言葉に楓は頷いた。オレはそれに小さく溜息をつく。


「あのな、オレとお前は立場が違うけど、大事な幼なじみだ。挨拶くらいはさせろ」


「うん。わかった。明日の朝6時に出発する予定だから」


「そうか。中村と一緒に見送りに行くよ。じゃ、また」


オレは歩き出した。明日の6時を考えて予定を組み立てる。十分に大丈夫だ。


別れは辛いけど、もう会えなくなるというわけじゃない。だから、大丈夫だ。


「さてと、ギルガメシュはっと」


周囲を見渡しても人ごみでギルガメシュの姿はなかなか見当たらない。もしかしたら、座っているのかもしれない。


オレは小さく溜息をついて適当に歩き出した。


老若男女が騒いでいる。魔物と一緒に。まだ、子供は少し怖いみたいだが、大人は普通に会話しているところを見ると、味方になってくれたことが大きいみたいだ。


日常でこういう風景があったらいいのにな。


「周」


その言葉にオレは振り返った。そこにいるのは和樹と俊輔の姿。


「ご苦労様」


「ご苦労様だな」



オレは小さく息を吐いて頷いた。


「本当にそうだよ。大体、どこぞの第一線級任務かと思ったぜ」


ちなみに、今回のものはランクで表すなら普通にSランクになるだろう。『ES』と協力したとはいえ、Sランクの任務を被害なしで終わらすのは難しい。おかげで十分に設立が本決まりになりそうだ。


オレの息に和樹が苦笑する。


「まあ、守ってくれたからありがとうと言っておくよ。それにしても、よく体力が持つよな」


「オレでも不思議なくらい」


完全にオーバーペースで動いていたのに最後まで息が切れることはなかった。未だに体中に違和感がない。多分、明日は悲惨だろうな。


「ふむ、誰でも頑張ればそこまでいくと言うのか。和樹もやったらどうだ?」


「嫌だよ。俺はのうのうと生きたいんだ。普通に暮らしてな」


「それが一番だよ。普通に暮らし、普通に生きる。それを守るのがオレ達の役目だ」


オレ達が、普通の道から外れることを選んだオレ達がみんなを守る。みんなの普通の暮らしを守るために。『ES』も同じだ。みんなに安心して暮らしてもらうために動いている。


どれだけ苦しいことがあってもそれは決定したことだ。


「お前は普通の暮らしをしないのかよ」


「オレか? まあ、したいとは思っているけどな」


したいとは思っているけど、オレはその権利がないと思う。今のオレがいるのはあいつのおかげなのだから。


「今の自分は力を付けなければならない。今よりももっと。大事な人を全て守りきれるように。『全てを守る存在(オールラウンダー)』になるために」


「周って『最強の器用貧乏(オールラウンダー)』じゃないのか?」


「まあ、文字はあっているけど」


そういう意味のオールラウンダーじゃない。まあ、説明しても理解されにくいとは思っている。でも、それがオレの進む道だ。諦めるつもりはさらさらない。


「ふむ、周も大変ということか。どこかに向かっているようだったが」


「ああ。ギルガメシュ、魔王のところにね。一応、挨拶しておかないと」


オレの言葉に俊輔が苦笑する。


「一応か。面白いように言う。なら、呼び止めと悪かった。俺達はあっちの方で学校単位で集まっている。暇があるなら来ると言い」


「お前はどうして偉そうなんだよ。まあ、周は暇ならでいいからな。俺達は来て欲しいけど」


「わかった。時間があれば行くさ」


オレは二人に手を振って歩き出した。


魔王達がどこにいるかがわかればいいんだけど。そう思いながらオレは周囲を見渡す。魔王は大きいからわかりやすいはずだが、身長が低いのが問題か。


オレは小さくため息をついた。


「どこにいんだよ、ギルガメシュの奴」


「魔王様をお捜しッスか?」


その言葉にオレは振り返った。そこにいるのはほんのり頬を赤く染めた刹那の姿がある。


酒を飲んでいたのか。絡み酒なら厄介だけど。


「ギルガメシュの奴が来ていること知っていたからお前が来ているのは納得するけど、酒を飲んでいるのか?」


「そうッス。あまりおいしくないものッスね」


ちなみに刹那はまだ18歳だ。本来ならお酒を飲んでいいわけがないが、魔物は外見と年齢が一致しないことが多い。だから、それで押し切ったのだろう。


オレは小さくため息をついて周囲を見渡した。


「ギルガメシュの奴はどこにいる?」


オレの言葉に刹那は今までオレが進んでいた方角を指さした。


「あっちッス。ただ、気を付けた方がいいッスよ。魔王様はかなりの絡み酒ッスから」


「知ってる」


それはかなり有名だ。魔王がいる前では酒を飲ますなといわれているくらい。でも、今回は絶対に呑んでいるだろうな。誰が喰いとめてくれているか。慧海ならいいけど。


オレはまた小さくため息をつく。暴走していないことを祈って。


「じゃ、行ってくる。飲むならほどほどにな。倒れられても責任はとらんぞ」


「わかっているッス。後、一つだけ」


刹那が気持ちのいいくらい満面の笑みを浮かべる。


「勝利、おめでとうッス」


「ありがとう」


オレは刹那に背中を向けた。背中を向けて、


「勝利、なのかな。でも、本当の意味での勝利じゃない」


この戦いの真意が未だによくわかっていない。複数の組織が同時に動いていたから全体像が把握しにくいのだ。だから、勝利だとしても、何か抜けているような気がする。


まあ、狭間の鬼はしっかり封印したから大丈夫だと思うけど。


「気になるのかい?」


その言葉にオレは足を止めた。聞いたことのない女性の声に気配を探ってもその場所を見つけることが出来ない。完全に隠れているのか、それとも、


「気になると言えば?」


オレは目を閉じ口元に笑みを浮かべながら返した。


「気になっていると僕は理解するよ。そうだろうね。君、いや、君達は同じだ。同じようにこれからの日常を不安に思っている。日常が変わるのではなく、何かが起きると思って」


「どうしてそれがわかる?」


君達がオレと誰を指しているかわからないが、声の主はそれを理解している。他人の思考なのに。


すると、声の主は笑った。


「君は、君達は僕と同じだからね。だから、言わさせてもらうよ。君達は運命から逃れることは出来ない。それは決定した事実だからね」


運命ね。まるで、正みたいだ。未来を知っているかのような言葉。話し方は正に似ているが、正とは違うことはわかる。どうしてかはわからないけど。


「一つ言わさせてもらう」


オレは歩き出した。


「生きている人間を舐めるな」


そのまま人ごみの中に入る。さすがにここまで入れば言葉は聞こえて来ないだろう。


でも、今気づいたけど、周囲が騒がしい。煽るような言葉が多いから喧嘩でもやっているのか?


「その力、さすがだな」


人ごみを抜けた瞬間、上半身裸のギルガメシュが身構えていた。相手はイグニス。悠聖の精霊だ。


オレは思わずレヴァンティンをポケットから取り出した。


『我と同等か。だが、我の筋肉の方が上だ!』


「何を言う。貴様の筋肉は元からあるもの。我の筋肉は鍛えて手に入れたもの。どちらが強いか明白に決まっているであろう! 見よ、この肉体美を!」


『ほざけ! 我の方があるに決まっている。くらうがいい!』


「そうはいくか!」


ギルガメシュとイグニスが殴り合いを開始する。


それを見ていたオレは小さく溜息をついた。


「アホらし。とりあえず、イグニスがいるってことは、悠聖は」


人ごみの中に入ってすぐに抜ける。周囲を見渡すと、すぐに悠聖の姿を見つけることが出来た。


困惑した表情で七葉と冬華と一緒に人ごみを見ている。


「悠聖」


「周隊長。どうにかしてくれ」


「無理」


ギルガメシュはまともに戦えば勝てないし。


「別にいいんじゃないの? 好きなようにやらせれば。今まで精霊を出してなかったって言ってたし」


冬華が悠聖に諭すように言うが、表情から読み取れば諦めろということだろう。その気持ちはよくわかるけど。


悠聖は小さく溜息をついて振り返る。そこにいるのはくつろいでいる精霊達の姿。ちなみにフェンリルは人気者だ。悠人とリリーナがもふもふしている。


「まあ、いいんじゃないか? 別に迷惑をかけているってほどじゃないだろ。それに、悠聖の精霊はほとんどが上級以上だ。大丈夫だろ」


『じゃ、私は大丈夫じゃないの?』


いつの間にかアルネウラが悠聖の背後に立っていた。そして、そのまま悠聖の腕を抱きかかえる。


それを見た冬華がムッとするのはお約束。


「お前の場合は悠聖が悲しむことはしないだろ」


『うん。だって、悠聖が大好きだから』


「それ言われると反応に困るんだよな。アルネウラはもう少し離れても」


『いや』


即答だった。


オレは小さく苦笑する。


「ほどほどにな。というか何が原因なんだ?」


『魔王さんがイグニスに喧嘩を売っただけ。それをイグニスが買ったから。私達のイメージが悪くなるよう』


『諦念』


『ライガ、そこでそれは止めた方がいいと思う。ただでさえ、巷のイメージが下がっているのに』


精霊のイメージが下がっている? 一体どういうことだ?


その言葉に冬華も疑わしそうに眉をひそめた。


「どういうこと?」


『あっ、うん。一応、とある筋からの話なんだけど、最近、精霊の還元率が高いらしくて。召喚された精霊はシンクロ率を最大限まで使用しているらしいし』


還元率が高いということは精霊が死ぬということだ。精霊は人とは構成している元素が違い、死んだ時は魔力粒子に還元されるとされる。実際の状況は見たことがないからどうこう言うわけじゃないけれど、そう言う話が多いのは事実だ。


ただ、シンクロ率を最大限という言葉に引っかかる。シンクロ率を最大限までできるのはこの世界でたった一人しか見つかっていない。それは、召喚師の腕が悪いというわけではなく、精霊が普通は拒否をするからだ。


シンクロ率が最大なら術者が死ねば精霊も死ぬ。誰だって死ぬことは怖い。でも、それを恐れず、術者とシンクロ率を最大にする精霊がこの世にはいる。


「シンクロ率が最大? 噂の最強の精霊召喚師じゃあるまいしそんなことは不可能のはずよ。私とフェンリルでも80%が最大なのに」


「80%でも充分じゃないか? 周隊長、この話を上に通しておけないか? さすがに見逃せない」


「そうだな。シンクロ率最大ということは、あの圧倒的な力が使えるということか。さすがにそれは危険だしな。慧海がいれば」


「呼んだか?」


その言葉にオレは飛び上がってしまった。気配もなく、いつの間にかオレの背後に慧海が立っていたからでもある。


オレは抜きかけたレヴァンティンをポケットに戻した。


「ちょうどよかった。今、アルネウラから聞いたけど、シンクロ率が最大をする術者がいるらしい。それによって精霊が死んでいることも。その話を時雨達にも通しておいてくれないか?」


「シンクロ率が最大? ああ、あれか。さすがに精霊界では噂は広まっているか。そうだな。明日、時間が取れるか? この話は『GF』だけじゃなく、『ES』と魔界にも伝えていた方がいい。その時にその話をする」


どうやら慧海は最初から知っていたらしい。多分、それとなく伝えに来たのだろう。


オレは頷いた。その時に参加させるのはオレと孝治、悠聖の三人だな。悠聖はいろいろと意見を聞きたい時があるし。悠聖より悠聖の精霊達というべきか。


「了解だ。孝治と悠聖と行く。重要度は?」


「S。過激派の子も参加して欲しい。これは中東の平和にもかかってくる」


その言葉に冬華が頷く。


重要度Sは緘口令を敷くレベルの一歩手前。簡単に言うなら出来るだけ極秘扱いだ。それほどの重要度が高い。


悠聖が小さくため息をついた。


「周隊長。オレらって呪われてね」


「なはは。悠兄は我慢が足りないよ。私は参加しないけど、冬華さんは悠兄をお願いしますね。悠兄はこれでもサボり癖がついているから」


「くすっ。わかったわ。悠聖の手綱は私が握っておく。でも、明日朝六時に出発する予定だったから連絡を送っておかないと。泊まるところもどうしよう」


冬華が不安そうな顔になる。そして、悠聖がオレの顔を見てきた。オレは小さなため息で返す。


「そこら辺は『GF』の宿舎を使えばいいさ。隊長のオレが許可を出す。冬華も悠聖といろいろ話したいだろ」


オレがそう言うと冬華の顔に笑顔が咲いた。


悠聖と一緒にいられることが嬉しいのだろう。悠聖と七葉も喜んでいるしよしとしよう。


ただ、気になることはある。


慧海の話を聞く限り、明日の話は重要度Sで済まないような気しかしない。


オレはレヴァンティンを七回指で叩いた。


『どうかしましたか?』


レヴァンティンの声が頭の中に入ってくる。耳からではなく、直接頭から聞こえてくる。


精神感応を使った通信だ。疲れることには疲れるのだが、ドライブを使用していたので気は高まっている分疲れていても使用出来る。


オレはレヴァンティンに言葉を返した。


一応、通信を当たってこのことを調べてもらえるか? 出来る限りの情報を頼む。噂から何だっていい。


『わかりました。手当たり次第やってみます。でも、どこかで聞き覚えのある内容なのですが、マスターは知りませんか?』


知っていたら言わないから。


『ですよね。わかりました。明日の朝まで機能を落とすので気をつけてください』


レヴァンティンの会話を終了させる。思考速度で会話をするので時間がほぼ経たないのが利点だ。


まあ、疲れるけど。


「後は、ギルガメシュの奴と話をするだけか。どうやったら止められると思う?」


オレは人ごみを指差した。


声援が大きくなっているが気にしない。いや、気にしてはいけない。


『うーんと、悠聖、シンクロする?』


「この場にいる全員を殺す気か? シンクロしなくても」


悠聖が向こうを指差す。正確にはリリーナを。


「魔王の娘に頼めば大丈夫だろ。つか、もふもふしているな」


フェンリルは大人気だった。ひたすらみんな(子供達)から抱きつかれてもふもふしている。その中にはリリーナや悠人もいる。


確かに気持ちよさそうだけど。委員長が物欲しそうに見ているのは見なかったことにしておこう。


「あの体を抱き枕にしたら最高よ」


フェンリルは氷の精霊で最上級のはずだよな。それなのに抱き枕というのは全く想像出来ない。


気持ちよさそうだけど。


「冬華さん」


七葉が満面の笑みになる。


「悠兄の方が最高だと思うよ」


その言葉に冬華の顔が真っ赤に染まった。真っ赤に染まって、そして、悠聖を見る。今度はさらに赤くなって顔を逸らした。


七葉の背中から黒い翼が見えるような気がする。


「な、七葉。何を言ってるんだよ」


悠聖は面白いくらいに動揺していた。こういう姿を見るのは楽しい。当事者には絶対になりたくないけれど。


「た、確かにオレは、冬華を抱き枕にしたらって、オレは何を」


七葉の手のひらの上ですごく踊っているよな。本当に面白いくらいに。


『ぶーぶー。私じゃ駄目なのかな?』


「えっと、その、あっと、あう」


アルネウラの言葉に悠聖が顔を真っ赤にして俯いた。オレは小さく苦笑する。


「それくらいにしておけよ。悠聖は明日にうんと働いてもらうからな」


「ったく、周隊長は人使いが荒いな。調べておくのは明日話されるであろう内容だよな」


オレは頷いた。


オレ達の今いる世界での情報は慧海が集めているはずだ。だが、精霊界からの情報を集めるなら、上級以上の精霊がいる悠聖が一番適任だ。


オレがすることはないから楽だけど。


「頼めるな」


「そういう時は命令くらいしろ。お前は第76移動隊隊長なんだからさ」


「そうだな」


オレはもう一度苦笑で返した。


今まで命令される立場にあったからか命令することにはあまり慣れていない。慣れていたとしたらそれはそれですごいけど。


オレは悠聖を見る。


「頼んだ」


「任された。アルネウラ、頼めるか?」


『うん。ディアさんやルカっちに手伝ってもらっていいよね?』


アルネウラは本当に中級精霊なのか? 闇の精霊最上級のディアボルガや光の精霊最上級のセイバー・ルカをそんな呼び方をする精霊を初めて見たぞ。


「いいぞ。調べるのは二人が一番適任だからな」


『わかった。また後で』


アルネウラの姿が消える。それを確認した冬華がぴったりと悠聖にくっついた。腕を抱えて肩に頭を乗せている。


これはこれですごい光景だよな。


「周」


すると、唐突に名前を呼ばれた。


オレが振り返ると、そこにいたのは悠人とリリーナの姿。ただ、リリーナは悠人の肩を抱いている。


悠人は、震えていた。


さっきまでなんとも無かったはずなのに。


「どうかしたのか?」


「うん、悠人が急に震えだして。理由を聞いても向こうに怖い何かがあるとだけ言って」


リリーナがそう言いながら向こうを指差した。オレ達が戦った儀式場とは正反対の場所にある山。


オレは目を凝らしてみるが何も見つからない。


「怖い何かって、はっきり見えたのか?」


「違うよ」


悠人が小さな声で漏らした。


「違和感がある。風景に違和感が」


「違和感?」


目を凝らしても何もわからない。そこにあるのはただの山の風景だ。違和感なんて見つからない。


一体どういうことだ?


「悠聖、わかるか?」


「わかると思うか? オレはお前より視力が悪いんだぜ。無理に決まっているだろ」


「ですよね」


オレは小さく溜息をついた。違和感が何かわからないけれど、オレ達の視力じゃ何もわからない。わからないが、このままにしてはおけない。


「望遠魔術を使うしかないか」


あれは目を著しく疲れさせる。やりすぎたら失明する可能性だってあるから使いたくはないのだが。


「違和感って木々の間の草木の色がドットくらいの大きさで微かにズレていることか?」


オレはその言葉に耳を疑った。何故なら、その言葉を言ったのが浩平だったからだ。浩平はリースと手を繋ぎながら近づいてくる。


悠人はゆっくり頷いた。


「少しだけ違和感があるから」


「確かに違和感はあるわな。周、どうした? 俺の顔を見て。ついに俺がイケメンに見えてきたか?」


「お前、視力いくらだ?」


「さあ?」


狙撃手スナイパーはスコープから覗くだけでなく、目視で確認しなければならないと聞いたことがある。だから、視力がかなり高い人物でなければならない。


オレは4.0近く視力はあるが、全くわからない。その程度じゃわからない違和感というわけか。


「これには関わらない方がいいな」


「周隊長にしては珍しいな。隊長自身が行きそうなのに」


普通ならそうしたい。でも、今の状況で行くわけにはいかない。今のオレ達は祝勝の宴会を行っているのだから。それなのに出撃するということは無駄に不安を煽るだけ。それに、今のオレが行ったら足手まといにしかならない。


今のオレを戦闘ランクにするならBがせいぜいだろう。


「浩平の話を信じるなら、というか、信じたくないけど光学迷彩というべきものになるのか? よくわからないけど」


「それってどこから知ったのよ。一応、アリエル・ロワソ様がそんなことを言っていたような気がするわ。それを使うことは禁止だって」


「確か、風景と同化してその姿をカモフラージュするだっけかな。そんなものを相手にしたら敵の戦力が計れない。だったら、手を出さない方がいい。ここの戦力は十分を通り越して戦力過多だしな」


最強の魔術師であるアル・アジフに『GF』最強の一角でもある『無敵』の名を持つ善知鳥慧海。さらには魔界のトップである魔王。そして、地域を守るにしては戦力過多である正規部隊(仮)の第76移動隊。


真正面からぶつかればどれほどの被害が出るかわかったものじゃない。下手をすれば全滅することだってある。いや、こちらが下手をすれば相手を全滅させられないことがあるというべきか。


そんなものを相手に敵が向かってくることはない。


「相手の目的は偵察。それ以外は考えられない。それ以上のことがあるなら、おびき寄せるための囮か」


そうとしか考えられない。これは推測ではなく断言できる。


「一理あるわね。『ES』と『GF』に魔界を敵に回して生き延びれる組織なんて天界ぐらいしか思いつかないもの。その天界は今は融和政策を取っているらしいから来ることはない」


「天界のことは初耳だけど。まあ、周隊長が言うからには絶対だろ。今は、この宴会を楽しむ。それが一番」


「悠聖は気楽だよな。まあ、それがお前の強みか。あっ、リリーナ、魔王と話をさせてもらえるか?」


オレの言葉にリリーナは頷いた。そして、悠人の手をしっかり握って人ごみの方に体を向ける。そして、一言、小さな声で呟いた。


「パパ」


「呼んだかな? 我が娘よ」


一瞬で目の前にギルガメシュの姿があった。これには誰もがドン引きしている。


今のリリーナが囁いた声はオレ達にギリギリ聞こえるような大きさだ。それなのにギルガメシュが聞こえたということは地獄耳であるということしかない。


「周が話があるって」


「悪いな。お楽しみを邪魔して」


「貴様は我に喧嘩を売っているのか?」


そう言うつもりはなかったんだが。


「ともかく、援軍感謝した。狭間市『GF』代表として礼を述べる」


オレがそう言うとギルガメシュは気味の悪いものを見たかのように後ろに下がった。


そういう反応は何気に傷つく。


「き、貴様が素直に礼を述べるだと。何か悪いものでも食ったのか?」


「なんでそうなる! ただ単に感謝の言葉を言っているだけだ! 実際に助かったことには変わりはないからな。ったく、人が素直に礼を述べてやったら」


「すまん。いつものお前を知っているからあまりのことに」


ドン引きしたと。


殴ってやろうかこいつ。


「魔王と話すあいつもの周はどんな感じよ」


「あははっ。それはパパの名誉のために聞かないであげて」


「悪魔だな」


「そこ黙れ」


オレは笑いながら言った悠聖を指さしながら言った。オレは小さくため息をつく。


「勘違いされるのも無理はないか。悠聖」


オレは小さく息を吐いてその場に膝をついた。


「後は頼んだ」


そして、そのまま前のめりに倒れる。


ブラストドライブ以上の弊害だ。その後に一定時間経ったら確実に倒れる。主に疲労によって。


オレは後のことを悠聖に任して意識を闇の中に投じた。






「お、おい。周隊長?」


悠聖は倒れた周を素早い動作で抱きかかえた。冬華が周の手首に指を当てる。


「脈は正常ね。呼吸もちゃんとしているということは寝ているのかしら」


「全く、人騒がせな」


悠聖が小さくため息をつきながらその場に周を寝かせる。ため息というより安心したというべきだろうか。


「ふむ、ブラストドライブの弊害か」


「ブラストドライブ?」


ギルガメシュの言葉にリースが不思議そうに首を傾げさせた。それに対してギルガメシュは少しだけ考えるそぶりをして小さく頷く。をれをリリーナが不安そうに見ていた。


それを見たギルガメシュがリリーナの頭をなでる。


「大丈夫だろう。こいつらに話しても。我らと周が出会った時のことだ。その頃はまだ、我が魔王ではなく、魔界全体が内紛状態にあった。その中で、人界からの使節団が行方不明となり、その救出のために周を含む第一特務のメンバーが魔界の中に入ってきた」


今の人界と魔界との間に友好があるのはその時からだと言っていい。使節団はあくまで友好のためのものであったが、その頃は政権が安定しておらず、ある意味橋渡しとしてしか機能されていなかった。どうすれば戦乱を止めることが出来るかという橋渡しにしか。


そもそも、内乱の発端は人界との戦力差にあったと言われている。


「その中で戦いで傷を負った我と我の妻、そして、リリーナを助けてくれたのが周だ」


「ちょっと待ってくれ。周隊長が助けに入ったのはわかるけど、魔界は人界よりも魔力粒子が遥かに濃いはずだろ。それなのに魔界の住人を退けることなんて」


悠聖の言うように人界の住人が魔界に行っても魔力粒子の濃さからまともな戦闘が期待できない。だから、第一特務が選ばれたのだ。


「それが出来たのはブラストドライブがあるからだ」


「それが周の能力ね。んな技聞いたことがないぞ。ドライブモードかオーバードライブモードしか」


「それはそうだろう。ブラストドライブが使えるのは世界広しと言えど周か亜紗のみ。そのため、その能力はよほどの事態にならない限り発揮されない」


「鬼との戦いのようにかしら?」


ギルガメシュは静かに頷く。


「ブラストドライブは魔力粒子の量に関係なく通常の魔力運用が可能な状態だ。いや、これは違うな。魔力粒子の量に関係なくドライブモードとオーバードライブモードの間ぐらいの戦闘能力を発揮する状態。その副作用が使用後の強制的な催眠。それが、ブラストドライブの弊害だ」


それが今の周の状態。あまりの力の発揮に体がついてこなくなったという表現が正しいか。


それを聞いた悠聖が小さくため息をつく。


「ったく。周のバカ野郎。ちょっと周隊長を宿舎まで運ぶ。浩平達は宴会を楽しめよ」


「わかった。周をよろしくな」


その言葉に悠聖は頷いて周を担ぎあげた。そして、小さな声を出す。


「それくらい話しておけ。仲間だろうが」


狭間市の長い一日はこれにて終了です。

次からは後編の話に本格的に入っていきます。この話の後半に出てきた不穏な存在。それらがどう関わってくるのか。そして、未だに書ききれていない狭間の鬼の存在理由。

まとめていけるか不安ですが期待していてください。


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