第百十三話 狭間市の長い一日 帰還
オレ達は戻ってきた。オレ達が守るべきだった狭間市の市街地に。
周囲は戦闘の傷跡というより、魔物と異形が暴れた後が多数見つかり、そして、魔物の死骸が散乱している。そのほとんどは喰い散らかされていた。
魔物に共食いというものはあるけれど、それを味方にするのは普通はない。つまり、異形によって喰われた。失踪者と同じように。狭間の鬼の力を得るために。
「いつ見ても、勝った気分でいられないな」
その光景を見ながらオレは小さく言葉を漏らした。その言葉が聞こえるのは由姫だけ。でも、由姫は何も言ってこない。なんとなくだがその気持ちがわかるのだろう。
オレの戦い方を知っている奴ならオレがそう言う理由がわかる。
例え、魔物であっても、どれだけ凶悪な相手であっても、そして、どれだけ心の底から憎いやつでも、オレとレヴァンティンは不殺を貫いてきた。そのことはかなり有名だ。
『GF』総長のお孫さんは甘ったれたガキとも言われているし。
オレはそれが間違っているとは思わない。どれだけ激しい戦いをしていても、殺すことはしたくない。
「これが偽善だとしても」
「それがあなたの考え?」
いつの間にか隣を歩いていた冬華が語りかけてくる。悠聖は孝治と話していた。
「何か言いたいことがあるのか?」
「別にないわよ。私は、アリエル・ロワソ様から海道周のことを詳しく聞いているから。あなたがどれだけの犠牲の上で生きているか。それを承知で言わさせてもらうわ」
そして、冬華は一歩だけオレに近づいてきた。
「それを私は尊敬する。例え、アリエル・ロワソ様の敵だとしても」
ある意味意外だったからオレは言葉を返すことを忘れていた。そして、冬華はオレから離れて悠聖に飛びつく。
「一体、何なんだ?」
「お兄ちゃんの考えが立派ってことじゃないかな?」
由姫が自分なりの解釈を話してくる。確かに、そう捉えることも可能だけど、多分、冬華が言いたいのは、
「いや、多分だけど違う」
オレの言葉に由姫は首をかしげた。まあ、これはオレの推測だから由姫にはわからないと思うけど、多分、これであっている。
この世界はお前が思うほど甘くない。
冬華はそう言いたかったのだろう。アリエル・ロワソに近いからこそ言える言葉。
「違うけど、よくわからない」
今でも十分にこの世界は甘いとは思っていない。今でも紛争が絶えない。希少物質である魔力鉱石を巡った争いは激しくなっている。魔力鉱石が巨万の富を出すとわかっているから。
それに、ここ数年の話になるが、異常気象が多いとも言われている。調べたこともないが、多くなっているのは確かなのだろう。これらは偶然か、はたまた、何か関係があるのか。
そこまでスケールを大きくしても仕方ないか。今のオレ達はちっぽけな力しかもっていないのだから。
「お兄ちゃんでもよくわからないんだ」
「オレを何だと思っているんだ?」
オレは軽く小さくため息をつきながら尋ねた。
「大人」
「せめて理由を聞かせてくれ」
大人といわれるのは嬉しいけど、まだまだ自分は子供だと思っている。大人になれるのはいつのことやら。
「そこの角を曲がると避難地区が見えてくるね。みんな無事だといいけど」
「話を逸らすな」
オレはまた小さくため息をついた。
そう言えば、最近ため息がかなり多いような。特技はため息にしておこうか。まあ、幸福が逃げて行くとは言うけどね。
「まあ、無事だろ。あそこにはアル・アジフ達がいるし」
虎の子のフュリアスだってあるはずだ。そこまで最悪に事態になることは普通はありえない。でも、『GF』地域部隊や『ES』に被害が出ている可能性だってある。
心配事はそれくらいだ。
「ん? 誰か来る?」
オレは微かに発動していた探査魔術に反応があったのがわかった。こういう状況だから、最後まで気を抜くことはしたくない。
数は三人。大きさは、オレよりも小柄が三人か。一人は七葉の感じが高いけど、残りの二人は誰だ?
そして、道を曲がると、そこには七葉、悠人、そして、悠人と同じ年くらいの女の子がいた。その顔を見てオレの顔が引きつるのがわかる。どうしてこの場所にいるのかわからない。
「周兄! みんな!」
「七葉!」
悠聖が走って七葉に向かい、七葉はこちらに向かって走ってくる。そして、二人はすれ違った。お約束というべきだろうか。
「よかった。心配したんだからね」
「まあ、やばかったけどな。全員。七葉、由姫を病院まで頼めるか? 由姫は歩けるか?」
オレは由姫を下ろした。由姫は名残惜しそうにオレを見て。そして、七葉と一緒に歩き出す。七葉はオレがどうしてこうするのかわかって言っているのだろう。
オレはそのまま悠聖の隣にいる女の子に近づいた。とりあえず、挨拶をしておかないと。
「よっ、魔王の娘」
「むっ、私にはリリーナって名前があるんだから」
「初対面のオレにお前が魔王の娘といったんだろ」
「私は自分の名前の後に言ったんだけどね」
オレ達の会話に七葉と悠人以外の面々が固まる。
魔王の娘ということは、ここに魔王がいるかもしれないとみんな思ったのだろう。もしかしたら、どうして魔王の娘と知り合いか考えている人もいるかもしれない。
オレは小さくため息をついてリリーナを見た。
「お前がいるってことは、ギルガメシュは?」
「パパならいるよ。今、宴会の準備をしているけど」
その言葉に後ろにいた面々の力が抜けるのがわかった。倒れるようにその場に座り込んでいる。そのほとんどが。立っているのはあそこから一言も話していない音姉くらいか。多分、由姫を傷つけたことを反省しているのだろう。
「宴会かよ。ったく、相変わらず魔王のやることは読めないな。悠人、被害は聞いているか?」
「えっ? あっ、はい。怪我人は多数いるけど、死者は無し。危ないところをリリーナ達に助けてもらったから」
「そういうこと。一応、人を呼んだ方がいいかな?」
「頼めるか」
オレはその場に座り込んだ。誰も死んでいないということを聞いて体から力が抜ける。
後ちょっとだけど、そのちょっとが歩けない。立っているのは音姉くらいだ。
「悠人、お願いできる? 私は周と話をするから」
「周さんと? うん、わかったよ」
悠人が小走りで避難地区の方に走っていく。
そう言えば、耳を澄ませてみると、確かに騒いでいる声は聞こえてくるな。疲れているから気づくのが遅れたか。まあ、死闘だったし仕方ないと思っておこう。
「とりあえず、魔王の娘として、今回のことは謝ります。ごめんなさい」
「魔王派が起こした不祥事じゃないだろ。魔界といっても一枚岩じゃないんだし」
「そう言ってくれると助かるかな。それと、援軍が遅れたことは」
「ストップ」
オレはリリーナの言葉を遮った。そのことに関してはオレから言うことがある。
「援軍、ありがとう。狭間市を守る『GF』最高責任者から感謝の礼を述べておく。助かったことには変わりないしな」
「そう言ってくれると嬉しいな。多分、パパも同じようなことを言ってくると思うけど」
「わかった。同じ言葉を返しておく」
オレは小さく息を吐いて空を見上げた。空を見上げて太陽のあまりの高さにため息をつく。まだ、一日も終わっていないんだよな。オレの中だと、もう終わったように感じられていたし。
一度、夜を体験したから体内時計も少しおかいいような気もする。
「ご苦労様でした」
「ともかく、避難地区に向かわないと」
オレは立ちあがろうとした。でも、足に力が入らない。怪我をしたというより疲れすぎたとういうべきか。明日は確実に筋肉痛だな。
そうしていると、避難地区から何人もの人が向かってきた。先頭を走っているのはアル・アジフか。
そして、姿がだんだん大きくなり、
「周! 心配したぞ!」
アル・アジフがオレに飛び込んできた。オレは絶えることも出来ずそのまま背中を地面に当てる。ぶつけるではないのはアル・アジフが手を回していたから。
アル・アジフの不思議な行動に誰もが呆然と固まっていた。もちろん、オレも。
「はっ。いや、これは、その」
『アル・アジフさんも周さんのことが好きなんだ』
亜紗がスケッチブックをみんなに、特にオレによく見えるように見せてくる。その言葉にアル・アジフの顔が真っ赤に染まったのがわかった。そして、避難地区から走ってきた人達が理解したように頷いている。ともかく、疲れている体には重い。でも、そんなことは言えない。
脳裏にとある惨劇が思い浮かんだから。
「す、すまぬ。お、思わずやってしまった」
アル・アジフはゆっくりオレから離れた。その顔は真っ赤だ。面白いように真っ赤だ。
「ともかく、ただいま」
オレは避難地区を守ってくれたアル・アジフに向かって言った。
「お帰り」
アル・アジフは顔を真っ赤にしたまま、満面の笑みでオレの言葉を返してくれた。
次から宴会が始まります。