第百十二話 狭間市の長い一日 魔王派
視点を変えてみました。
僕は小さく息を吐いてパワードスーツを外した。僕の体にフィットしていたものが外れ、心地よい涼しさの風が体を撫でる。能力の関係上、ピッチリとしたものを着ないといけないからインナースーツがいつも汗でべちゃべちゃになる。もちろん、今回も。
僕はパワードスーツをハンガーにかけてロックする。そして、パスワードを設定してさらにロックした。
「お疲れじゃな」
ロックをかけて歩き出した僕にアル・アジフさんが声をかけてくる。
「アル・アジフさんもお疲れです。どうでしたか? ダークエルフは」
「思った以上の性能を発揮したというべきかの。そなたは我らの想像をはるかに超える才能を持っておる。おかげでプログラムを組むのが大変なくらいじゃ」
アル・アジフさんはそれを本心から言っているのだろう。確かに、僕がパワードスーツ、そして、フュリアスの操作は尋常じゃない才能があると自負している。でも、今はその能力に技術が追い付いていない。
でも、僕はそれを不満に思わない。何故なら、それでもアル・アジフさんは僕のために一生懸命だから。僕のために頑張ってくれているから僕は耐えていられる。あのことから。
「シャワールームの方は開けてある。そなたが使うがよい。後、ギルガメシュがそなたのことを聞いてきたぞ。なにをしたのじゃ?」
「えっと、獲物を横取りした、かな?」
多分、そうなるはず。でも、あれは仕方のないことだから勘弁してほしいけど。
「そうか。では、我から言っておこう。そなたはゆっくり体を温めろ。汗で体が冷えているじゃろ」
「うん。ありがとう」
僕はアル・アジフさんに頭を下げてそのままシャワールームに入った。
シャワールームといってもそこまで大きなものじゃない。小さな脱衣所にシャワーを浴びるスペース。ただ、それだけしかない。でも、シャワーを浴びるだけなら十分だ。
着替えが用意されていることを確認して僕はインナースーツを脱いだ。そのまま蛇口をひねり、温かいシャワーを浴びる。火照った体と汗で冷えてきた体に温かいシャワーが降り注ぐ。それを僕は頭から受ける。
「フュリアスの初めての実戦」
僕はそう呟いて自分の手を見た。その手は震えている。初めてだからじゃない。おそらく、たくさん殺したから。
殺したのは魔物だと割り切ることだってできる。そう割り切って戦っている人だってたくさんいる。でも、僕は割り切ることが出来ない。殺した命は変わらないから。
「僕は、何がしたいんだろう」
よくわからない。でも、ただ、言われるがままに殺していいわけがない。それだけがわかる。殺したらいけないのに。僕は、どうすれば。
「考えても仕方ないよね。はあ、こういう風に悩むのは僕くらいかも」
僕は小さくため息をついてシャワーを止めた。
僕はよく年齢不相応な考えを持つと言われる。でも、それは出自を知ればだれもが納得してくれる。でも、
「僕は好きでこういう考えをしているわけじゃんじゃないんだけどな」
本当ならもっと子供のように扱って欲しい。でも、この能力がある以上、そんなものは無理だ。
「ふう。インナーはいつもの場所においておけばいいかな」
着替え終わった僕はシャワールームのドアを開けた。すると、そこには一人の女の子がいた。確か、戦場で見かけた顔だ。そばには体の大きさと見合っていない大きさのハルバートが置かれている。確か、
「君は確か」
「リリーナです。リリーナ・エルベルム。あの時は助けていただいてありがとうです」
「僕は当たり前のことをしただけだよ。それと、あの後大丈夫だった?」
「はい。人の皆さんが助けてくれて」
リリーナはもじもじと言いにくそうに言う。僕はそのしぐさに少しく首をかしげながらも笑みを浮かべた。
「助けに来てくれてありがとう。おかげで僕達は助かったよ。本当にありがとう」
「私は、パパの付き添いだったから。小さな頃から人界に来たくて」
確か、リリーナは魔王の娘って言ってたっけ。でも、僕は正直に言ってそういうことを気にしない。だから、僕はリリーナに近づく。
「それでも、君は助けに来てくれた。だから、ありが」
「どこの虫けらじゃあああぁぁ!!!」
リリーナに近づいた瞬間、凄まじい怒声と共に誰かがこっちに向かってくる。あれは、確か、ギルガメシュと名乗っていた。もしかしたら、リリーナの関係者かもしれない。
でも、僕は本気で言って怖い。だって、怒りの形相で、しかも、全速力で大きな男の人が土煙のようなものを巻き上げながら向かってくるから。本気で言って逃げたい。でも、どうしてかわからないけど、リリーナの前で情けない姿をさらしたくなかった。
「死にさらせえええぇ!!!」
その声と共にギルガメシュさんが僕に向かって魔術を放ってきた。炎の槍だ。速度はかなり速く、防御は間に合わない。だから、僕はそれを掌で受け止めた。
「悠人!」
リリーナの声が聞こえる。僕はリリーナに笑みを浮かべながら炎の槍を握るつぶした。
「大丈夫だよ。だから」
僕はギルガメシュさんに向かって腕を振る。すると、炎の槍がギルガメシュさんを吹き飛ばした。やられた分はやり返す。それだけはちゃんとしないと。
僕は小さく息を吐いて自分の掌を見た。火傷はどこもしていない。でも、受け止めきれなかったからか、掌が微かに切れて血が流れていた。痛い。でも、これくらいの痛みは我慢しないと。
「悠人、血が出てるよ」
リリーナがポケットから取り出した綺麗なハンカチを僕の掌に当ててくれる。リリーナは他に傷がないか確認してから治癒魔術を使ってくれた。
「どうして」
だから、僕は思わず尋ねていた。
「どうして、見ず知らずの人のそこまでするの?」
「えっ?」
「リリーナがそんなことをしても得なんて」
「私は、損得はよくわからないから。うん、大丈夫」
その言葉に掌を見ると、傷口は塞がっていた。綺麗に塞がっている。
僕はその掌を少しだけ見て、そして、握りしめた。
「ありがとう。もう、痛くないよ」
「よかった。後、ごめんなさい。パパが暴走して」
「そうなんだ。君のパ、パ?」
今、リリーナはなんて言いました? 自分のパパ? つまり、僕が今、魔術を返したギルガメシュさんは魔王といいことだよね。
僕はぎこちなく振り返る。そこにいるのは無傷のままゆっくり立ち上がるギルガメシュさんの姿。その口からはそこまで寒くないのに白い息が出ている。
すごく、嫌な予感しかしない。どうしよう。
「小僧、よくもやってくれたな。我の可愛い娘に手を付けただけでなく、我に喧嘩を売るとは」
「売った覚えないんだけど」
「問答無用! 貴様はここで死に」
「落ち着け」
呆れたような声と共にギルガメシュが上から叩き潰された。文字通りに力技で上から叩き潰されている。叩き潰した人はテレビでもよく見かける男性の顔。
その人は小さくため息をついた。
「確かに、親バカになるのは構わないけど、節度を守れ。第一、お前の娘からそこの男の子に近づいたということを忘れていないか?」
「そうだったのか?」
叩き潰されたギルガメシュさんはぴんぴんしたまま頭を捻っていた。
どうしてこの人がぴんぴんしているかわからないけど、俗に言うボケ防御と呼ばれるものなのかな?
「パパ!」
「リリーナ。そんな小僧から離れて我の元に」
「悠人は私の命の恩人なんだから仲良くなりたいの。邪魔をするパパなんて嫌い!」
その言葉はまるでエコーがかかったように周囲に響いていた。それと同時にギルガメシュさんの体が崩れ落ちる。どうしてだろうか。
「本当にごめん。悠人、私は迷惑?」
「迷惑じゃないけど、ちょっと驚いていて。僕に近づいてくるのは、僕の能力目当てが多いから」
「私はそんなのじゃない」
リリーナが僕の手を両手で握ってくる。そして、僕に顔を近づけてきた。
「私を助けてくれた悠人はかっこよかった。でも、その強さを手に入れるのはいろいろ苦労したと思う。悠人がどんな世界を歩いてきたかわからないけど、悠人のことを知りたくなった。だから」
「えっ、あっ、うん。ありがとう」
正直に言って恥ずかしい。リリーナは可愛いし女の子だから顔を近づけてくるとどうしても意識をしてしまう。これでも、僕はもうすぐ中学生だから。
僕は恥ずかしくなってリリーナから顔を反らした。そこに入ってきた視界はにやにや笑みを浮かべているギルガメシュさんを叩き潰した人。なんか、無性に腹が立ってくる。
「あの、迷惑だった?」
「迷惑じゃないけど、驚いて。それにしても、どうして魔王がここに」
「慧海さん。あの男性の人が魔界に直々に乗り込んできて、『貴族派の他に変な勢力が動いている可能性があるからお前も体を動かせ』ってパパに言ったんだよ。パパは、『変な勢力だと? そうか。期限は?』って答えて、『出来るだけ早く。明日には戦いが始まる。結界が展開されればオレ達は入れなくなる可能性だってあるんだ。貴族派は元々魔界の派閥だ。責任くらいは取れ』って返ってきて、『いいだろう。終わった暁にはその場で皆と共に宴会を開くがいいな』と返して、『周が許可したらな』というこで決まったよ」
とりあえず、リリーナの記憶能力はとても凄いということが分かった。リアルな会話を表現してくれなくてもよかったのに。
でも、どうして魔王達が来たのがわかった。自分達で魔界の不祥事をどうにかしようと思ったに違いない。どこにリリーナも付いてきたということか。
「うん。よくわかったよ。ありがとう。でも、宴会をするということは」
「うん。誰も被害者を出していないとうことだから盛大にするってパパは言っていたよ。悠人も参加するよね」
「うん。でも、どうしてだろう」
嫌な予感しかしない。最悪の事態が起きるという嫌な予感というわけではないけど、何らかの騒ぎが起きる気がする。でも、僕が出来るのはただ祈るだけ。
「宴会が平和に終わればいいのにね」
だから、僕は小さく言葉を漏らした。
悠人視点の物語はこんな感じです。これから悠人の活躍する場も多くなります。期待してください。