第百九話 狭間の終わり
戦いが終わります。
息を整える。
今のオレに出来る最善の手段だ。体力も魔力ほとんど枯渇してリバースゼロからの供給ももう無い。
狭間の鬼を囲うようにオレ達はそれぞれ武器を構え、狭間の鬼の動向に注意を向けている。
『数に頼るか。愚かな』
鬼はオレ達を見ながら笑みを浮かべる。だった一人からなる王の笑み。それにオレは笑みで返した。
「別に数に頼ることが愚かじゃないさ。人は一人で生きてはいけない。誰かと助け合って生きている。オレはそれをするまで」
『それが愚かだと言うのだ。忘れたのか。貴様ら人間が我を生み出し、世界を破滅に導いたと!』
どういうことだ? オレ達が狭間の鬼を生み出した? 意味が分からない。
オレはレヴァンティンをしっかり握りしめる。
『貴様らが文化を持ち、文明を作り上げ、世界の禁忌にすれたことが間違いなのだ!』
狭間の鬼が何を知っているのか分からない。でも、これだけはあいつに向かって言いたい。
「間違ってはいない! 誰もが小さな力しか持っていない。それはオレ達だってそうだ。あらゆる点において一長一短。誰もが十人十色を奏でる。それを作り上げたのが今の世界だ!」
『我は認めぬ。この世界を。滅亡するために進んでいる世界を我は認めぬ』
「滅亡だろうがなんだろうが、そんな未来があるならそれを変えるためにオレ達は戦う。新たな未来を求めて、戦い続ける。それが、永劫に続く戦いになろうが戦い続ける」
『不可能だ。不可能なことを言って満足か!?』
オレは狭間の鬼を指差した。
「やってしないことに不可能なんて言うんじゃねえ! 大体、この戦いだって第76移動隊が圧倒的に不利だった。戦力差は明らかに貴族派が上。だけど、オレ達はここまで来てお前と戦っている」
最初はこちらに音姉や孝治がいるとしても向こうの方が上だった。オレはエレノアに負けるし。だけど、オレ達はここにいる。
『我を倒せるとでも? 勘違いするなよ。我は、貴様らのような人間とは違う』
「ああ、そうだろうな。だけど、絶対に勝つ。勝って狭間に終わりを告げる。都との約束を、今ここで果たす」
『ならば、我が使命において貴様らを滅ぼす』
「亜紗と音姉はフロント。孝治と冬華はセンター。中村、楓、エレノアはバック。オールはオレがやる。レヴァンティン、準備はいいな」
オレはレヴァンティンを握りしめる。
終わらせる。このくだらない連鎖を終わらせる。都を狭間の呪縛から解き放つ。
「行くぞ!」
その言葉と共に亜紗と音姉が走り出した。センターとバックが機能する今、二人の役割は完全な攻撃特化のスタイルとなる。さらには、二人の速度は第76移動隊でトップ。
光輝と刀の軌跡が目まぐるしく動き、それに反応するような狭間の鬼が金色の体を動かす。
対するセンターの役割は前線の補助と敵を後衛に行かせないための壁の役割。孝治が弓を構えながら弦を引く。すると、孝治の魔力が矢の形となって現れる。
目まぐるしく動き回る二人を見ながら孝治は放つポイントを見定める。そして、孝治は矢を放つ。矢は一直線に鬼に向かい、亜紗に向かって腕を振り上げた鬼の腕を貫いた。
『くっ』
鬼が孝治を睨みつけた瞬間、光輝が頭半分を斬り裂く。すぐさま二人は下がった。
『厄介な』
「捉えた」
中村の声が周囲に響き渡る。その声に空を見上げると、そこには満天のレーヴァテインがあった。満天の星々とでも言うかのようにレーヴァテインが展開されている。
そして、レーヴァテインが一斉に放たれて狭間の鬼を火の海が包み込んだ。
「きりがないな」
オレは整った息を確認して小さく呟く。亜紗と音姉のコンビネーションは世界でもトップクラス。亜紗の速度に音姉がついていけるからであるが。
そこに介入するのは正確無比な孝治の矢の一撃。そして、火力で他を圧倒する中村。
センターの冬華とバックの楓、エレノアは全く入れないでいる。むしろ、オレが指示を出せない。
「どうすれば」
「周様」
都の言葉にオレが振り返った瞬間、都の顔が目の前に迫っていた。そして、オレの顔と都の顔が触れ合う。正確に言うならキス。
オレはかすかに後ずさった。
驚いたからじゃない。キスによって何かが移譲されたことに気づいたから。しかも、この状況で移譲されるものと言えば、
「使ってください。私の心を」
「だけど」
渡されたのは都が持つ神剣の資格。神剣の力を最大限まで発揮出来る権利の証。
だか、それは都の心だ。都の心と神剣が一体化している。
「私は、あなたに使って欲しいのです。周様なら、私の心を預けることが出来ます。周様だけなら」
「だとしても、こんな力」
「もう、誰も犠牲にしたくないのです」
その言葉に、オレは都の頭を撫でていた。都が見ている先は千春がいるから、だから、オレは笑みを浮かべて言う。
「こういう時に隠している手段を使うべきだよな、レヴァンティン」
『はぁ、相変わらずマスターは。ぶっつけ本番ですか?』
「当たり前だろ。ぶっつけ本番だ」
オレは都から手を離してレヴァンティンをしっかり握りしめる。
「オレを誰だと思っている? これでも、異名に最強が付く数少ない奴だ。だから、任せてみろ」
「わかりました。もし、勝てないなら」
「勝つ」
オレは断言して都に背中を向けた。
亜紗と音姉の速度に狭間の鬼がついて行っている。おそらく、目が慣れてきたのだろう。このままではいつか捉えられる。
「孝治、準備はいいか?
「行くのか?」
孝治が笑みを浮かべる。オレのことを知っているからこその笑み。何をしようとしているのかさえわかっているみたいにも思える。
レヴァンティンをしっかり握りしめる。
今日はよくレヴァンティンを握りしめる日だ。多分、緊張しているのだろう。今までで一番難しい任務。だけど、
「チェンジ!」
オレは息を吸って大きな声を出した瞬間、地面を蹴った。速度は最速。大量の魔術陣を重ね合わせながら。
これからやろうとしていることは一回しか通じない。むしろ、一回も通じない可能性だってある。やることはただ一つ。己の力を信じて度胸で飛び込むだけ。
亜紗と音姉が同時に後ろに飛んだ。対する狭間の鬼は向かって来るオレに向かって腕を振り上げる。
「これでもくらえ!」
大量の魔術陣を狭間の鬼に向ける。狭間の鬼は慌てて腕を前でクロスしながら後ろに飛んだ。
引っかかった。
魔術陣が消える。魔術が発動したからだ。だが、魔術は何も起きてはいない。鬼は己の失態を理解して手を下げた。目に映るのは耳を塞いでしゃがみ込むオレの姿。
魔術が、発動する。
眩しいだけの光を放つ魔術と気絶しかけないほどうるさい音を放つ魔術に、まともに立っていられないほどの衝撃波を放つ魔術を重ね合わせたオレのオリジナル。
「名付けて、『猫騙し』」
魔術が炸裂する。オレは目を瞑って耳を塞いでいたから大丈夫だが、至近距離で受けた狭間の鬼はそうはいかない。
うずくまる狭間の鬼を見下ろしながら、立ち上がったオレはレヴァンティンを振り上げる。
「ドライブセット」
『稼働限界時間は5秒です』
「十分だ。モードⅣ」
レヴァンティンの形が変わる。ぶっつけ本番。パーツだけは組み込んでいたが使えるかどうかは完全に未知数。
握りしめるレヴァンティンの大きさは大体2mほど。両手で握りしめていても、魔術で強化した体は辛い。刃の幅は大きく、殴ってもかなり使えそうだ。
防御力の高い敵を相手にするための武器。オレはそれを振り下ろした。全力の一撃。鬼の体が当たり前のように真っ二つになる。
このままでは意味がない。オレは一歩を踏み出した。真っ二つになった鬼の体に腕を突き刺す。レヴァンティンが元のサイズとなった
『貴様』
そのまま鬼の体はくっついた。オレの腕を体に入れたまま。そして、オレの腕が目的のぶつを掴み取る。
「もらった!」
そのままレヴァンティンを振り切って腕を狭間の鬼から引っこ抜いた。鬼は盗られたものを奪い返そうと腕を伸ばすが横手からフェンリルが突撃してきて吹き飛ばされる。
「ようやく入れたわ」
「悔しかったのか?」
孝治が小さく笑みを浮かべながら言うと冬華が孝治を睨みつけた。その間にオレは下がった。
「ところで、何を手に入れたのかしら?」
「核晶だよ」
「核晶?」
狭間の鬼はオレを睨みつけたまま動こうとしない。核晶を握られている今、下手に動けば危ないからだ。
「魔力を保存する領域。つまり、今の鬼はオレ達と同じだ。一回も死ねない」
狭間の鬼が復活するのは膨大な魔力を持っているから。狭間から魔力を取り出して強制的に傷口を塞ぐ。確かにそれは脅威だ。
だが、それは直接魔術に使えるものじゃない。他人の魔力だろうがなんだろうが、必ず核晶に魔力を保存しなければ自分の魔力にはならない。
つまり、核晶が無ければ魔術は使えない。あの驚異的な再生は無い。とある手段を除いて。
『貴様、何故核晶を知っている。核晶は人間にとっては存在しなければ生きてはいけないもの。それを知ることはまずありえないはずだ』
「だろうな」
核晶という言葉は医療現場ですら聞かない。知っているのは本当に極一部。時雨や慧海。そして、アリエル・ロワソなど。
裏社会ですら知らないだろう。
実際に、この場で知っているのはオレ一人。
「オレの大事な奴は、核晶が無いから苦しんでいる。だから、オレは知っているだけだ。核晶という存在を」
『そうか。なら、我からは何も言わない。しかし、核晶は返してもらうぞ。その力は我のものだ』
オレはレヴァンティンを構えた。核晶は破壊出来ない。いや、破壊しない方がいい。
魔力を集める保存領域が核晶だ。なら、それを破壊したならどうなるか。満杯まで入ったガスボンベに穴を空けて火を付けるようなものだ。
つまり、爆発する。
「なら、力づくで取り返せよ」
『貴様!』
狭間の鬼が地面を蹴る。オレはレヴァンティンを振り上げて、そして、誰かがオレと鬼の間に入った。
「やらせない」
体中、血だらけの由姫だ。傷口は塞がっているが、失った血の量は膨大なはずなのに。どうしてそこまで動けるんだ?
「お兄ちゃんはやらせない」
『そのナックルは、まさか』
狭間の鬼が慌てて後ろに下がった。オレ、いや、オレ達は慌てて由姫に駆け寄る。
「由姫! どうして」
「お兄ちゃん。私も戦うから」
由姫は笑っていた。土気色になった元気の欠片も見えない表情で。
「ここで戦わなかったら、後悔するから」
「オレ達が必ず倒す。だから」
「違うよ」
由姫は小さく首を横に振った。そして、狭間の鬼に向かって左手のナックルを向ける。
「私が、私自身に。ようやく、見つけたから」
「何を」
「私が、白百合に生まれた意味」
白百合の中で由姫は一番異端の存在だった。剣術の才能が全くなく、5歳までに発現するとされる白百合の特殊能力を発現しない。
対する姉の音姉は歴代最強とも言われる剣術と特殊能力。姉妹が比べられるのは当たり前だった。
「まだ、苦しんでいたのか?」
「お兄ちゃんがいたから、私は大丈夫だった。確かに、私は今も苦しんでいる。でもね」
由姫がオレの手から核晶を弾く。狭間の鬼はそれを掴もうとして走り出した瞬間、由姫が動いた。
左手のナックルを鬼に向ける。
「これが、私の白百合としての特殊能力」
鬼が潰れた。これは比喩でもなんでもない。一瞬にして鬼の体がその場に押さえつけられたのだ。まるで、見えない手によって押さえつけられたように。その周囲にあるのは重力場。
「弟くん、これって」
「伝説のレアスキル。名前だけ、語り継がれたもの」
オレは呆然としながら答えた。
レアスキルに存在する伝説にしかないレアスキル。『一機軍勢』と『神への重力』。これは確実に『神への重力』だろう。
『そうか。貴様らは白百合か。また、我の前に立ち塞がるか!』
「お兄ちゃんの前を塞ぐなら、私は容赦しない。お兄ちゃん、今」
オレは頷いてレヴァンティンを鬼に向けた。
「砲撃を全力全開! 亜紗と音姉はタイミングを計って」
くれと言おうとしたオレを遮って、楓とエレノアの二人が全力で魔術を叩き込んでいた。多分、今までひたすら溜め込んでいたんだろうな。
由姫の力によって押さえつけられた狭間の鬼はなすすべもなく攻撃が直撃する。それを見ながら近くにいる冬華が全力で笑みを浮かべていた。
「フェンリル、全力を出しなさい!」
フェンリルが口を開いた瞬間、氷のブレスが吐き出された。それは一直線に鬼に向かい、鬼の手前で落下する。
「えっ? えっ? どうして?」
重力が高まっている中で冷気を叩きつけても落ちるだけだ。それがわかっているから砲撃しろと言ったのに。
さて、まあ、準備はいいだろう。
「レヴァンティン、本気で行くぞ」
『援護しますよ』
「頼む。亜紗、矛神で鬼の体を両断してくれ。音姉はオレに歌を載せろ!」
オレは地面を蹴る。亜紗の矛神が鬼の体を斬り裂いた。今回の復活は遅い。
「【弟くんは自分で重力を設定出来る】」
音姉の言葉と共にオレは重力が高まっている空間に足を踏み入れ、普通に地面を蹴った。そして、魔術陣を展開する。
「これで、終わりだ!」
そして、術式を発動させた。狭間に干渉して相手を封印する術式。だが、狭間の鬼がオレの体を掴む。
レヴァンティンをすかさず走らせて腕を斬り落とした。だが、もう一方の腕がオレのレヴァンティンを持つ左腕を掴む。
『逃がす、か。逃がして、たまるか』
「くっ」
すかさず鬼の顎を蹴り飛ばす。でも、腕は外れない。このままだと、オレも封印される。
どうにか、しないと。
「お兄ちゃん! 逃げて!」
由姫の叫び声が耳に響く。今、スキルを切れば危険だというのはわかっているからかスキルは切らない。
この重力があるからオレは腕が折られていないしな。
『貴様も、共に』
「誰が、お前と心中なんて、するか?」
顎を勢いよく蹴り飛ばす。鬼はのけぞるが手は離れない。
時間が、ない。
「アルネウラ!」
その瞬間、悠聖の声が響いた。それと同時に氷を纏うチャクラムが鬼の腕を斬り落とす。
オレは腕を振り払って後ろに跳ぶ。狭間の鬼な最後の力を振り絞ってオレに向かって飛びかかってくる。
だが、狭間の鬼の体をいくつかのエネルギーの弾丸が吹き飛ばした。
「ビンゴ!」
後ろに下がりながらそっちを向くと、浩平が片膝をつきながらフレヴァングを向けていた。
『バカな。バカな!』
鬼の体がねじれていく。封印が完全に始まった。
「終わりだ。狭間の鬼」
レヴァンティンを勢いよくパチンと収める。
そして、狭間の鬼の姿が完全に消え去った。それに応じて由姫がスキルを切る。
「ったく、もう、疲れたぞ」
オレはその場に座り込むと同時に空が変わった。まだ、太陽が頂点に達していない空。狭間の儀式が始まる前の空。
「オレ達の、勝ちだ」
この時、狭間の戦いは終わった。
次で前半が終結します。