第百七話 鬼と鬼
オレは光輝の刃を見ながら息を呑んでいた。動けば死ぬ。音姉ではなく鬼姫によって。そして、動かなければ死ぬ。狭間の鬼によって。
叩き落とされたレヴァンティンを拾い上げる隙はないだろう。それほどイレギュラーな事態。
狭間の鬼すら動いていない。いや、動けない。誰かを攻撃すればその人物ごと叩き斬られそうだから。
今の音姉はそれほど殺気立っている。誰か押さえてくれれば。
「お姉ちゃん、どうして」
「由姫ちゃんが動けば由姫ちゃんを殺すよ。大丈夫、私が全てを終わらせるから」
「違う」
由姫は鬼姫を睨みつけた。そして、鬼姫に向かって地面を蹴る。鬼姫はまるで無視を払うような動作で光輝を振った。だが、それは由姫の右手によって弾かれる。
「目を覚まして!」
由姫の左腕が鬼姫の頬を殴りつけた。
その瞬間にオレはレヴァンティンを拾い上げて狭間の鬼に斬りかかっていた。狭間の鬼はレヴァンティンを受け止める。
『熱烈だな』
「オレのラブレターは受け取ってくれないのか?」
にやりと笑みを浮かべてブラストドライブ状態の自分に鞭を打つ。明日が筋肉痛なのは確定だ。でも、いや、だからこそ、今ここで押し切る。
「お前を殺したいほど気にしているんでね!」
レヴァンティンで狭間の鬼を弾き飛ばす。そのまま懐に潜り込んで右の肘を鳩尾に叩き込んだ。だが、その肘は狭間の鬼によって受け止められる。オレはすかさず左手でレヴァンティンを振る。しかし、そのレヴァンティンも受け止められた。
『熱烈だな。昔もそう言われたさ。一人一軍にな!』
ブラストドライブのオレがだんだん押される。
「仕方ない。オーバードライブ」
体中のリミッターを解除する。そして、狭間の鬼と力を拮抗させる。
『貴様!』
「今だ!」
オレはその瞬間、膨大な魔力を掌握し、それを使って巨大な魔術陣を作り上げていた。元々はあの日に鬼を封印するために作り出したものの改良版。
狭間の儀式を逆手にとり、儀式場の魔力を一気に操る。
『まさか、貴様! 最初からこれを!』
「狙っていたさ。お前が動揺して、そして、ブラストドライブ以上のオレが接近戦に持ち込める環境を作れたらな! これで」
終わりと言おうとした。だが、それより早く右肩、いや、右胸から肩までが大きく裂かれ、狭間の鬼の首に刀の刃が突き刺さる。
体の力が抜けて、オレはその場に倒れた。
一体、何が。
「駄目だよ、弟くん。私の獲物を横取りしたら」
「かはっ。っつ、レヴァンティン」
レヴァンティンが『強制結合』を無理やり発動して傷口を無理やり塞ぐ。今は、痛みのあまり使えないからありがたい。
『貴様、正気か!』
一番驚いているのは狭間の鬼だった。当たり前だ。あのまま行けば確実に封印出来た。だが、それを鬼姫に止められたから。
オレは由姫がいる方向に視線を向ける。そこにはおびただしい血を流す由姫の姿があった。
「由姫!」
オレは痛みをこらえて立ち上がり由姫に駆け寄る。由姫の傷はかなり深く、このままだと助からない。
「動脈を傷つけてる。早めに処置をしないと助からない。くそっ、ここでするしかないか」
魔術陣を展開して周囲の魔力を掌握する。
狭間の儀式は儀式として最高の日時にするだけでなく、儀式を行うのに十分な魔力を展開する。魔力粒子ではないので状態異常に変化はないが、魔力が多いため戦闘能力は上がる。気づかない人は多いけど。
「落ち着け。落ち着けよ、オレ。何度勉強したと思っているんだ。落ち着いて、落ち着いてくれよ」
自分にそう言い聞かせる。音姉があそこまで暴走したのはオレのミスだ。だから、由姫はここで助ける。
最初に行うのは傷口の把握。傷が深い場所はわき腹と左腕。そして、左胸。危険なのは左胸とわき腹。
同時に治療するしかない。
初めての現場治癒。失敗すれば由姫が死ぬ。
「落ち着け。落ち着け」
震える手に叱咤をしつつ治癒を開始する。まずは主要な血管を繋げるように治癒する。これは『強制結合』を使って繋げるから苦にはならない。だが、それ以上は無理だ。確実にオレの傷が開く。
「落ち着いて、ここをこうして」
他の部分の治癒を並行しながらやっていく。
気の遠くなるような作業。一分一秒がとてつもなく長い。今、由姫の治癒を開始して何分経った? 由姫の脈は安定しているのか?
オレの息が乱れてくる。集中も乱れてくる。傷は大部分を繋げた。後は、塞ぐだけ。でも、オレの体から力が抜ける。
ブラストドライブからオーバードライブに移行していたオレの体が限界時間に達したらしい。後、少しなのに。
「ご苦労様」
ベリエの声が耳に響く。オレは体が受け止められているのがわかった。いつの間にかベリエがオレを受け止めてアリエが治癒を引き継いでいる。
「どうして」
「エレノアお姉様の命令で魔界に行っていたから。ご苦労様。後は私達が引き継ぐわ」
そう言ってベリエが別の人にオレを渡す。都だ。都は静かにオレを抱きしめる。
「都、まだ、終わっていない」
「はい。わかっています」
ベリエとアリエの二人が由姫の治癒を行う。やり方を見る限り、二人に任して大丈夫だ。
オレはゆっくり立ち上がる。そして、二人が戦っている方向を見た。
そこにいる二人はまさに鬼神というのに相応しいだろう。ここで鬼を封印する方法はいくつかあるけど、オレは都に訪ねた。
「都、狭間の力をオレに乗せれるか?」
「狭間の力ですか? えっと、やってみます」
「孝治。リバースゼロは?」
「大丈夫だ。問題がないくらいに溜まっている」
いつの間にか都の隣にいた孝治が答える。
オレは小さく笑みを浮かべた。
鬼姫と狭間の鬼との戦いは完全に不毛だ。狭間の鬼はいくらか斬っても再生するし、鬼姫に狭間の鬼の攻撃は当たらない。
鬼と鬼の戦いは確実に終わらない。
「都、孝治、頼む」
「はい」
「ああ」
二人の返事が聞こえる。オレはレヴァンティンを構えた。オーバードライブが切れたためブラストドライブすら使えない。でも、オレなら出来る。
「レヴァンティン、援護を頼む」
『それがマスターの命令ならば』
オレは小さく息を吸い込んだ。
「終わらせよう。この戦いを。狭間の戦いに終止符を!」