第百六話 竜言語魔法
空に浮かび上がったリースは目を閉じて手を横にやった。すると、リースの周囲に竜言語で書かれた魔法書が大量に浮かび上がる。その魔法書達はまるで喜んでいるようだった。
浩平はリースを見て笑みを浮かべる。
「やってしまえ」
「うん」
そして、リースはその中の一つを掴み取り、ページを開いて竜言語魔法を放った。
凄まじい紫電が敵の一角を焼き尽くし黒こげにする。だが、浩平と悠聖はリースを見ながら頬をひきつらせていた。
今、竜言語魔法に必要な詠唱がなかったのにリースは竜言語魔法を使っていた。それは、リースの最大の弱点を無くすことでもある。
「リース? 詠唱は?」
「そういえば」
当の本人も今更のように気づいたようだ。
驚いている3人を尻目にアルネウラがクスクスと笑っている。
『3人共、竜言語魔法を使う竜が詠唱を必要したと思っているのかな? 竜だって同じだよ。詠唱なんて必要のないようにすることだって出来るから』
「つまり、使えば威力があがる?」
『多分』
アルネウラも詳しくは知らないらしいが、アルネウラの知る竜言語魔法の使い手は詠唱を必要としないことはわかっているらしい。
リースは周囲に浮かぶ魔法書を見つめた。
クロノス・ガイアの名前を手に入れ、アル・アジフと一緒に戦うようになり、周から指摘されるまで竜言語魔法は最強だと思っていた。でも、大きな弱点を指摘され一時は竜言語魔法を使う自分に自信を無くしたのも確かだ。
でも、今なら思える。竜言語魔法は極めて強力なものであると。
「浩平」
「なんだ?」
浩平はフレヴァングを構えながら答える。どうやらほとんど枯渇していた魔力も戻ってきたらしい。対するリースは何故か魔力が漲っているが。
「本気出すから」
「えっ?」
浩平が振り返った瞬間、真っ青な顔になったアルネウラが叫んだ。
『みんな! 逃げて!』
竜言語魔法の力を知っているからこその発言。アルネウラが何を知っているかはわからないが、その必死の表情を見ればよくわかる。
『何をバカなことを。誰が敵前逃亡をって、あれ?』
イグニスが呆れたようにアルネウラに言うと、いつの間にかアルネウラを含めたイグニス以外の精霊が消えていた。アルネウラの言葉を完全に信じて。
イグニスも額から汗を流して消える。
魔物や異形が固まったのは一瞬。でも、すぐさま向かって来た。
リースは魔法書を開く。一つじゃない。周囲に浮かぶ全ての魔法書を開いた。
浩平はその場に這いつくばる。ちなみに悠聖はすでにその体勢だ。
「プライドねえのかよ」
「んなプライドは犬にでも食わしとけ」
意訳をするなら死にたくはないということだ。
「ですよね」
呑気に2人は会話をしているが、魔物や異形はすぐそこまで迫って来ていた。リースが準備していることに気づかない魔物や異形が。
そう、大半は逃げ出しているのだ。リースが開く全ての魔法書に。
「逃がさない」
リースの周囲に浮かぶ魔法書全てが展開する。それは巨大な一つの魔法陣だった。
あらゆる竜言語魔法の魔法書を一つの魔法陣に纏め上げる。それにより発生する竜言語魔法。その威力はアルネウラがよく知っていた。
そして、竜言語魔法が発動する。
閃光と耳が麻痺する音の爆発。あらゆる魔法(ほとんどが浩平達の知らないもの)が魔物を吹き飛ばして焼き尽くし、異形を斬り裂き押し潰す。それは逃げていた異形や魔物の同じ。
誰もが無言だった。浩平も悠聖もあまりの威力にぽかんとしているし、リースは自分で放った魔法の威力に呆然としていた。
「なあ、リース」
「うん、禁止する」
あまりの威力の高さに浩平が声を出すと、リースは浩平の横に座り込んだ。浩平は起き上がってリースの頭を撫でる。
『悠聖、私も撫でて』
そうしているといつの間にかアルネウラが悠聖の横に出現していた。悠聖は小さく溜息をつく。
「仕方ないな。今回だけだぞ」
悠聖はそう言って頭を撫でてやろうと手を上げた瞬間、アルネウラに飛びついた。
アルネウラは呆然としたままそれを見つめ、そして、悠聖の背中にどこからか飛来した剣の刃が突き刺さった。
「くっ、がはっ」
悠聖の口から血が吐き出されてアルネウラの顔を濡らす。
『悠聖! いや、いやーっ!!』
「誰が。なっ」
立ち上がった浩平の視線の先にぼろぼろな姿で立っている烏天狗がいた。それを見ながら浩平は静かにフレヴァングを構える。
「リース、悠聖を頼めるか?」
「わかった」
リースが立ち上がって浩平のお腹を軽くぐーで叩いた。
「必ず、帰ってきて」
「ああ。帰ったらデートしようぜ」
そして、浩平は走り出す。リースはその背中を見ながらぽつりと呟いた。
「それ、死亡フラグ」
だが、走り出した浩平には聞こえない。
浩平はまずフレヴァングの引き金を引きながら武器を取り出す。烏天狗の速度から考えてフレヴァング単体じゃ辛い。だから、二丁の拳銃を取り出す。フレヴァングを虚空に戻し、二丁拳銃を掴み取った。
対する烏天狗は浩平に向かって風の衝撃波を放つ。威力は人を殴り殺せる威力。だが、そんな威力には浩平は効かない。
浩平は真っ正面からそれを受けてかつ前に進む。普通なら出来ない。常日頃からそれ以上の威力を持つ技を受けているからこそ出来る曲芸。
「うおおおおぉぉっ!!」
浩平は叫びながら拳銃の引き金を引いた。一撃目は烏天狗の足に。二撃目は烏天狗の手に。三撃目は烏天狗の翼に。そして、烏天狗の体を銃床で殴りつける。
烏天狗自体ももう戦えるような体じゃなかったらしい。そのままゆっくり横に倒れた。
浩平は二丁拳銃を戻してフレヴァングを烏天狗に向ける。
「終わりだ!」
そして、倒れた烏天狗に向かって引き金を引いた。
烏天狗の体が何回か痙攣し動かなくなる。浩平は烏天狗に背中を向けた。
「これで、終わりだ」