第百四話 契約の儀式
浩平とリースは全力を使い切っていた。そして、2人は荒い息をついている。
烏天狗に放った魔術と竜言語魔法の混合技は2人の体力を根こそぎ奪い取っていた。だが、威力は極めて高く、直撃した烏天狗の姿は見えない。
「これで、終わったんだよな」
「多分」
2人は大の字になりながら話し合う。空はまだ暗く、儀式は何も終わっていない。
だけど、浩平の、いや、2人の戦いは終わった。そう思えている。
「父さん、お姉ちゃん、俺、やったから。俺、やったから」
「浩平」
リースが浩平の手を握りしめ、そして、2人は同時に起き上がった。起き上がってようやく周囲の状況に気づく。
囲まれている。異形だけでなく、魔物にも。
「ヤバい、よな?」
「うん」
浩平は久しぶりにリースの額に汗が流れているのがわかった。
浩平はすぐさま起き上がってフレヴァングを構える。だが、ほとんど撃てないことに浩平は気づいていた。
ラストバニッシャーによる消費があまりにも高すぎて体中の魔力が枯渇している。それはリースも同じこと。
今攻められたら、2人は負ける。確実にだ。
「ちくしょう。こんなところで」
「浩平」
「負けたくないんだよ。せっかく、隠し事なくリースと付き合えると思ったのによ」
リースはうつむいた。
何のアクションも取らない2人に業を煮やしたのか、異形達が動く。2人を殺そうと殺到する。
浩平はフレヴァングの引き金を引こうとした。
だが、引き金を引くことはなかった。
氷を纏った2つのチャクラムが2人を回るように飛び交い、異形達を凍らせる。それと同時に紫電の閃きが凍らせた異形達を一瞬で砕いていた。
「浩平! リース!」
浩平がその声に振り向くと、精霊達と共に悠聖が走り寄って来ていた。ちなみに、浩平の頭上にはライガの姿がある。
異形と魔物は慌てて悠聖への防御布陣を引こうとするが、セイバー・ルカとエルフィンの2人の剣がその作りかけの防御布陣を一瞬で破壊する。
イグニスが灼熱の炎で残った敵を焼き払い、悠聖が2人の下に到着する。
「無事、みたいだな。間一髪か?」
「ああ。助かったぜ、悠聖」
「まだ助かっていないだろ」
悠聖は小さく溜息をつきながら周囲を見渡す。悠聖達が入り込んだのはいいものの、完全に囲まれているこの状況はどうしようもない。
悠聖は身構えた。
「周が起きているのは知っているな?」
「ああ。俺達に行けと、過去を断ち切るために」
「なら、お前がここにいることは何も言わないさ。ルカ、エルフィン、イグニス、グラウは前に出て。ディアボルガ、アルネウラ、レクサスは援護。ライガは浩平とリースの護衛を頼む」
その言葉に精霊達は動き出す。ただ、アルネウラだけは2人に近づいていた。
『無事だよね。竜言語魔法の使い手に、竜の祝福を受けたあなたに一つだけ言いたいことがあるの』
アルネウラはそう言って2人に向かってウインクする。
『契約しても大丈夫だよ』
その言葉にリースの顔が真っ青に染まる。対する浩平はわけもわからずリースとアルネウラの顔を交互に見ていた。
アルネウラはにっこりと笑みを浮かべて、
『竜はあなた達を祝福している。だから、大丈夫。私が保証するから』
「あなたは?」
顔を真っ青にしたリースがアルネウラに尋ねる。まるで、今は存在しないとされる竜を知っているような口振り。
『友達にエンシェントドラゴンがいるだけのか弱い女の子。悠聖の友達の中では一番最弱かな』
アルネウラは笑ってから振り返る。その背中には笑っている気配はない。
「リース、教えてくれないか? 契約とは何だ?」
浩平が真剣な表情で尋ねる。リースは恥ずかしそうな身をよじって、
「き、キス」
「はい?」
2人の間に沈黙が流れる。
『ふはははっ。見たか! これこそ我が炎の精霊で2番目である力! 雑魚は下がっていろ! そして、我が力にひれ伏し崇めるがいい!』
『いいムードぶち壊しな声だすな!』
浩平とリースの心の声を代弁するような感じでアルネウラがイグニスに向かってチャクラムを投げつける。
イグニスはとっさにしゃがんでチャクラムを避けた。
『ちっ』
『アルネウラ! 仲間に投げ、ごばっ』
アルネウラを指差したイグニスの体にグラウ・ラゴスのハンマーが直撃して異形ごと吹き飛ばした。
どうやらグラウ・ラゴスはみんなの心を代弁したらしい。
「なんか、いろいろとすまん」
「俺達に謝られても。えっと、リース、キスすればいいのか?」
リースはこくりと頷いた。
「でも、死ぬ可能性はある。私と契約することは、竜言語魔法の力を借りることと同じ。浩平が竜に認められなかったら」
リースが言いにくそうに顔を逸らした。
アルネウラが戻ってきたチャクラムを受け止める。
『灼熱の、竜炎によって焼き尽くされるよ』
リースは非難がましい目でアルネウラを睨みつけた。
「ドラゴンの炎とどう違うんだ?」
『エンシェントドラゴンの体長は100mほど。紛いもののザコとは比べられない。ただ、その炎は対象だけを白き炎で焼き尽くす』
つまり、一瞬で跡形も残らない。
「どうして」
リースは泣きそうになりながらアルネウラを見た。
『契約する、いや、彼女と一緒にいるということは死ぬ可能性と隣り合わせ。君は、彼女と一緒にいる勇気はあるのかな?』
「優しいんだな」
浩平の言葉にアルネウラはきょとんとした。
「リースなら絶対に俺には話さない。こいつは優しいからな」
浩平はそう言いながらリースの頭を撫でてやった。リースは浩平が好きだ。好きだからこそ離れたくない。でも、好きな人を殺したくない。
「だから、憎まれ役をやったんだろ?」
『あらら。悠聖、へらへらしているくせに頭の回転いいんだけど、どうすればいい?』
「バカなだけだろ。浩平、いや、何も言わない方がいいか。覚悟、決めたんだろ」
浩平は無言で頷いた。それを見た悠聖は笑みを浮かべながら頷く。
「みんな、浩平とリースを守りきるぞ。リース、時間は?」
「10秒」
「1分守りきるぞ!」
あまりの短さに悠聖はそれ以上の時間を言った。
浩平がリースを真っ直ぐ見る。
「俺もお前も隠し事はバレる運命にあるんだな」
「うん。浩平、私は、浩平が死んで欲しくない。私は、浩平が大好きだから。だから」
「ああ。俺はリースが大好きだ。大好きだからこそ、契約したい。ずっと一緒にいるために」
浩平はリースに顔を近づけてキスをした。
リースはずっと一緒にいたいから、傷つけたくないから契約のことは誰にも話さなかった。
浩平はずっと一緒にいたいから、本当の意味でずっといたいから契約をする。
そして、浩平の視界は真っ白に染まった。
失敗したと思うより先に目の前にいる少女に視線が釘付けになる。可愛いというのと不釣り合いな巨大な斧を持っているからだ。
「君が、エンシェントドラゴン?」
「どこから?」
リースとよく似た抑揚の少ない声が聞こえる。でも、浩平の中では別の意見があった。
声はリースの方が可愛い。
「アルネウラから」
そう答えると少女は小さく溜息をついた。
「なら、仕方ない。どうして、竜言語魔法を求める?」
「リースと一緒にいたいから。リースと共に歩みたいから」
「理解できない。竜言語魔法は究極の魔法。それをそんな理由で」
「別にそれでもいいさ」
浩平はにっこり笑いながら言った。
「俺が出来るのは曲芸みたいな銃撃戦だけ。リースの時間を稼げればいい。というか、リースと契約したら、リースに何かいいことはあるのか?」
少女はまた溜息をついた。
「さらに強力な竜言語魔法を使える」
「良いことずくめだな。リースが強くなれば俺はもっと強くなる。リースに守られるんじゃない。リースを守れるように」
「その言葉に嘘は」
「ない」
少女の言葉を遮って浩平は言う。
それを聞いた少女は呆れたように、でも、満足したように笑みを浮かべた。
「蓮司みたい。ふふっ」
その少女の笑みはどことなくリースと似ているように浩平には思えた。
少女が浩平の目を真っ直ぐ見る。
「支えてあげて。私の祝福を受けた人を」
「言われなくても」
その言葉を最後に浩平の視界は戻った。そう、リースとキスをしている状況に。
二人は同時にゆっくりと離れる。
「今のが、キス」
浩平は呆然としながら右手で唇を触り、リースは嬉しそうに同じ右手で唇を触る。
「契約、完了」
その言葉に浩平はブレスレットが右手に身につけられているのを感じた。リースも右手に同じブレスレットがある。
「契約の指輪。腕輪だけど」
「これが。リース、一緒に戦おう」
「うん」
リースは笑って空に浮かび上がった。
次々回、「リース最強伝説」、始まります。