第百二話 浩平とリース
「狭間の夜だと? 何なんだ、一体!」
浩平がフレヴァングを突きつけながら烏天狗に尋ねる。烏天狗は笑みを浮かべたまま一歩を踏み出した。
「小童。我よりも弱いくせに尋ねるか。身の程を知れ!」
その言葉と共に浩平達の周囲に大量の異形が出現した。
リースはとっさに周囲の異形の位置を確認して竜言語魔法を使おうとする。だが、それより早く浩平が動いた。
フレヴァングの補助による高速連射。
元々、浩平は障害物の無い空間ですら相手の行動を制御出来る技術の持ち主。だから、虚空から取り出した大量の銃による射撃なら、さらにすごいことが出来る。
周囲を囲う異形が消え去った。浩平によって撃ち抜かれて。
「ほう、小童。やるではないか。なら、もう一度そのライフルを奪い取ってやろう」
烏天狗がにやりと笑みを浮かべる。浩平やリースにとって烏天狗の速度は尋常じゃなく速い。浩平もリースも年齢にそぐわず第一線で活躍出来る実力者にも関わらずだ。
だから、浩平は最初から相手の攻撃を見切ることは止めている。だから、
「先手必勝!」
浩平はフレヴァングの力を使って烏天狗を封じ込める檻をビリヤードのように駆使して作り上げた。
リースはその隙に竜言語魔法を使おうとする。だけど、檻を作っていた弾丸が全て吹き飛ばされた。
「前『風帝』の名前はだてじゃないってか?」
浩平の額に汗が流れる。今の技は浩平が出来る最大限の拘束技だった。音姫クラスの剣技がなければ出られないと思っていたが、まさか、風によって吹き飛ばされるとは。
「素直に撃たないのが運の尽きだな。さあ、我の烏丸の餌食になれ」
そう言って烏天狗は烏丸を構えた。地面を蹴ろうとした烏天狗の足が止まる。何故なら、手に持つ烏丸が根本から急に折れたからだ。
それは、どこからか飛来してきた一発の弾丸。それは、烏天狗が作り出す風の壁を抜けた弾丸。それは、ビリヤードだけでは証明出来ない軌道。
「なっ。バカな。小童の弾丸は全て弾いたはずだ」
「ああ。俺だってあそこまで不規則になった弾丸は予測出来ないさ。でもな、たかが風の防御を張るだけで、あらゆる飛来物を防御出来るわけがない。攻撃側が試行錯誤するさ。それが今の弾丸だ」
原理はいたって単純、凄まじく圧縮させた魔力で放った弾丸をはるか向こうにある民家に撃ち、それをリフレクトさせて烏天狗の前を通り過ぎるようにしただけだ。
ちなみに、烏丸を折るつもりは全く無かったので浩平自身が一番驚いていると言っても過言ではない。
「そうか。我が甘かったか。お前らのような立場を理解しない敵を相手に手加減していた我が甘かったか。そうだな」
そして、烏天狗の体から膨大な風が吹き荒れる。浩平はとっさにリースの手を掴んだ。
「何をするつもりだ!?」
「我が力を見せてやろう。そして、我が力の前には無力だとしれ」
そして、風が止む。だが、止んでいることがある意味おかしかった。何故なら、浩平とリースがいる場所は竜巻の中央。
浩平の額に汗が流れる。
空間自体が限定された場合、浩平の射撃は役に立たない。そう、このような場所では特に。
「速度は殺すが、小童の力を封じ込めるには十分だ。後はお嬢ちゃんの力だが、この場で使えるのかな?」
烏天狗がにやりと笑みを浮かべる。
リース自身が竜言語魔法の弱点についてよくわかっていた。
こんな狭い場所で使えば自爆しかねない。竜言語魔法は本来竜が使う魔法だ。つまり、竜が普通に動ける空間を想定している。この場所で使える竜言語魔法はほとんどない。
「我は貴様らをなぶり殺しにしてやろう。そうだな、まずはお嬢ちゃんからか。小童の目の前で大事な人をもう一度殺してやろう。今回はゆっくりとな。そして、絶望に打ちひしがれる小童を同じようにゆっくり殺してやる。光栄だろ? 光栄に思え」
「リース」
浩平はリースの手を握りしめた。そして、フレヴァングを空に向ける。
「何をするつもりだ」
「エルセル・ディオ・グイン・ラルフ」
リースは竜言語魔法の準備に入った。それが、今の烏天狗には理解出来ない。
「自棄になったか。自殺したいならすればいい」
「誰がするかよ。俺達は絶対に帰る。負けるわけにはいかないしな。それに、お前、あまり強くないだろ」
「なっ。小童の分際で我を愚弄するか。許さぬ。本当に許さぬ。貴様は精神を崩壊させてやろう。痛みでな。我は風の帝王。それくらいのことは造作もない」
烏天狗の言葉に浩平は呆れたように溜息をついた。
「なら、どうしてすぐに殺さない」
「何?」
「本当なら殺せるこの瞬間に、お前は俺達を殺していない。何故だか自分でわかっているか? お前は自分で思っているほど強くないんだよ」
「貴様」
烏天狗の頭に血が登る。そして、烏天狗が動いた。今出せる最速で浩平に近づく。対する浩平はにやりと笑みを浮かべていた。
烏天狗は完全に忘れている。今、この場にリースがいることを。
リースが取った行動は簡単だ。全力で浩平の足を払った。それにより、掴みかかった烏天狗の体が巴投げのように後ろに転がった。
あまりに急に浩平の体勢が変わったので烏天狗は止まることが出来ず、浩平とぶつかったのだ。そのまま、烏天狗は立ち上がる。
目の前にあるのは竜巻の壁。完全に後一歩だった。だが、そんな烏天狗の後頭部を浩平の弾丸が直撃した。
烏天狗の頭が竜巻に巻き込まれ、烏天狗が吹き飛ばされる。
浩平は小さく溜息をついて地面に仰向けに寝転がり、空に向かって銃口を向けた。
「あいつがバカで助かったよ」
確かに烏天狗は強い。だが、あまりにも頭が悪い戦い方を烏天狗はしていた。だから、それを浩平は狙ったのだ。まあ、リースが足を払ったことに関しては打ち合わせをしていない。
「リース、やるぞ」
「うん。エルセル・ディオ・グイン・ラルフ」
リースが竜言語魔法を使う。
浩平とリースが準備に入った。それは、世界で初めての魔術と魔法の合作。それは、浩平とリースが編み出した究極の技法。
「フレヴァング、お前の力を全て集わせる。力を貸してくれ」
フレヴァングの銃口の先に魔力が溜まっていく。浩平の意志に応じてフレヴァングが反応してくれているのだ。リースはそれに竜言語魔法を乗せていく。乗せて、乗せて、乗せて、乗せる。
「浩平」
リースは浩平の横に寝転がって浩平の手に自分の手を添えた。
二人の視界の先にはこちらに気づいた烏天狗の姿がある。烏天狗はすぐさま二人に向かって加速した。妥当な判断だ。
だから、浩平は引き金を引く。引きながら、二人は二人で考えた技名を叫んでいた。
「「ラストバニッシャー!!」」