第百一話 神の私兵
音姫がチート化します。一応、弱点もありますが。
エレノアの目の前で仲間が異形によって喰われた。数体の異形が一体の魔物に飛びかかるように動き、手を喰らい、足を喰らい、腹を喰らい、頭を喰らう。
魔物達は断末魔の悲鳴を上げる暇なく体中から血を噴き出し倒れて行く。地上に広がるのは血の海。
都は意識がないようで、目を見開いたまま動きを止めている。息はしているが、その眼に宿る光はない。
「狭間の鬼。どういうことだ?」
エレノアは杖を向けた。いや、杖を向けたはずだった。気付けば吹き飛ばされている。体中に痛みが走ったのは少し遅れてからだった。
『よくやってくれたよ。貴様らは本当に。貴様らの目的は最初からわかっていた。本当に感謝している。この状況を作り出し、我の復活のために儀式を完成させてくれたとはな』
「何故」
『我が欲したのは狭間の力である。この杖のみ。これさえあれば後は一人でも可能だ。この少女は一生心を失うがな』
鬼は都を見下ろしながらそう言う。
エレノアは悔しそうに唇をかみしめていた。そして、鬼を睨みつける。
『さて、邪魔ものはいなくなった。ここで貴様を』
「邪魔者と言うのは私達のことかな?」
その言葉に鬼は振り返っていた。そこにいるのは異形をすべて切り捨てた音姫達の姿。鬼の目がすうっと細まる。
音姫は手に持つ光輝を構える。
「その杖、いったい何?」
『貴様らに教えるほどではない、が、特別に教えてやろう。狭間の巫女の心が結晶化した神剣だ。我が力を濃く引く者にしか現れないのでな、こうして待っていたら、ようやくだ。ようやく、この力を手に入れた。これで恐れる者は何もない。一人一軍や四剣士、そして、善知鳥慧海と海道時雨達が来ても倒せる力だ』
一人一軍を四剣士の名前は音姫は聞いたことがなかった。そんな異名聞いたことがないし、今の世界でそんな戦闘能力を持つものがいるのなら有名になるはずだ。
孝治が一歩前に出る。
「そうか。お前、破壊神か」
その名前は来たことがある。100年ほど前にいた『穿つ神』や50年ほど前の魔神などがそう呼ばれる。世界を滅ぼすために行動しているから。
『貴様らが我をどう呼ぼうが、貴様らには勝てぬさ。この杖を手に入れた以上、我は神の力を得た。後は、残りの工程を済ませ、神として完全復活するだけだ』
「そっか。神の力を得たんだね」
渋い表情の孝治の横で音姫は笑っていた。音姫の握る光輝は淡く輝いている。まるで、音姫と同じで喜んでいるように。
「千春ちゃん殺したのはあなた?」
『ああ。我の邪魔をしたのでな。それがどうかしたのか?』
「そっか」
音姫がゆらっ動いた瞬間、その場にいて音姫を見ていた全員が音姫の姿を見失った。神の力を得た鬼さえも。
鬼が周囲を見渡す。
「どこを見ているのかな?」
背後に現れた音姫の光輝が閃いて鬼の体を斬りつけた。鬼は振り返りながら腕を振る。その速度は神速というほどに速く、普通なら避けることは出来ない。だが、そこに音姫の姿は無かった。
代わりにあるのは背中に新たに出来る痛み。
音姫の今の速度は神すら超越している。
「何故だ。何故、その速度で動ける」
「教えてあげようか?」
音姫が立ち止まりながら光輝を鞘に収める。鞘からは溢れんばかりの光が漏れていた。
「最強の神剣である『光輝』。持ち主を神格化させる以上にね、最強の能力があるんだ」
音姫が鬼を睨みつける。
「神殺しの剣。光輝が光を放つ時、神に対して絶対的な威力を発揮する。いまのあなたは神だからね、十分だよ」
十分に神殺しとしての力が発揮される。
狭間の鬼は手に持つ杖を手放した。すると、光輝からの光が消える。どうやら、あの杖を持つ以上、神の力が発揮するが、手放せば発揮しないらしい。
『仕方あるまい。だが、貴様を殺すには十分だ』
「十分ね。今のお前は一人。対するこっちは四人だ」
孝治はエレノアを見ながら言った。エレノアは頷く。そして、鬼に向かって杖を構えた。
『たった四人で何が出来る』
「やってやるさ。リバースゼロ、起動」
孝治がそう言うと、孝治の周囲に漆黒の球体が浮かび上がった。合計で二つ。両肩の近くに浮いている。
孝治は黒い剣を構える。今までの戦いでエネルギー体は半分くらい消費している。でも、半分あっても鬼が相手なら不安だというのが本音だ。
「行くぞ」
孝治は一気に移動した。一瞬にして鬼の背後に回り込みながら手に持つ黒い剣を一閃する。しかし、黒い剣は鬼の体によって受け止められた。
鬼は振り返りながら腕を振る。しかし、そこに孝治の姿はない。
孝治はすでに距離を取っており、弓を構えて何本もの矢を放っていた。鬼はすかさず孝治との距離を詰める。だが、目の前から孝治の姿が消えた。いや、闇の中に沈み込んだ。
代わりに横から走り寄る2人の足音。
鬼はダウンバーストを放とうと力を込めた。だが、ダウンバーストは発動しない。
何故なら、鬼の喉が大きく裂かれたからだ。亜紗が矛神を虚空に戻しながら刀を振り切る。
刀は鬼の腕を浅く裂いた。音姫は腕を斬り落とす。
それでも鬼は死なない。鬼が腕を拾い上げ、くっつけようとした瞬間、背後から放たれた熱線が鬼の体を貫いていた。
『貴様ら。よくも』
「残念だな。はっきり言うが、俺達は本気だ。負ける理由はない」
『そうか。なら』
鬼が動いた。そして、杖を拾い上げる。
『一人一人倒せばいい』
孝治はとっさに闇の中を移動した。だが、現れた場所の目の前に鬼の姿がある。
「なっ」
『失せろ』
鬼の手が振られ、孝治は吹き飛ばされた。そのまま、空中に浮かぶエレノアと激突し、エレノアは何とか孝治を受け止める。
だが、鬼の動きはそれで終わらない。
鬼はいつの間にか二人の上にまで移動していたのだ。孝治がとっさに黒い剣で鬼が放った蹴りを受け止める。いや、受け止めたつもりだった。
凄まじい勢いで二人は木々を薙ぎ倒しながら転がり、動かなくなる。
『後、二人』
その瞬間に音姫は動いた。
光り輝く光輝を握りしめて狭間の鬼の近くまで行き、体が重くなる。鬼が杖を手放したのだ。
この速度は、鬼も対応出来る速度。
鬼の蹴りが音姫に直撃しそうになった瞬間、
「【当たらない】」
音姫のその言葉と共に鬼の蹴りは音姫を通り抜けた。まるで、残像に攻撃したかのように。
『バカな』
音姫が光輝を振る。
光輝は確実に鬼の頭を割っていた。しかし、鬼はまだ生きている。
『何故だ。何故、当たらない。確実に捉えていた』
「【狭間の鬼には理解出来ない】【次は一撃で首を落とす】」
音姫が動く。対する鬼は考えることを止めて音姫に向かってダウンバーストの塊を放った。しかし、それすらも音姫には当たらなかった。
まるで、世界から音姫が隔離されているかのように。
音姫の光輝が動く。鬼は後ろに下がった。これで光輝が当たらない、はずだった。
鬼の首が落ちる。鬼は視界がずれるのを驚愕した面持ちで見ながらすぐに首の再生を行った。
鬼払いによってバラバラにされた時でも死ななかったから不思議ではないが、鬼は完全に音姫という存在に恐怖していた。
もし、あれが亜紗の矛神による攻撃だと仮定するなら納得は行くが、それ以外の攻撃だと納得出来ない。
『なんだ。その力は』
「あなたには理解出来ないよ。だから、この場で」
音姫が光輝を握りしめ、鞘から抜こうとした瞬間、矢が音姫の足を貫いた。
「っく」
痛みをこらえて振り返ると、そこにいるのは貴族派に所属する魔物達。だが、その周囲には異形の姿がある。
『よく来たな』
「我ら神の命により参上しました。今しばらくお待ちください。必ずやこの者を殺しましょう」
魔物達が音姫を囲む。異形もだ。
音姫は足を貫かれ動けない状況。ここで襲われたらひとたまりもない。
「くっ」
『さあ。殺せ』
「それは待ってもらうぜ」
その声に音姫は振り返った。
そこにいるのは周と由姫に亜紗の姿だった。亜紗が来ないのは周と合流したから。
『貴様、あの時の』
「都に何をした」
周がゆっくり鬼に歩み寄る。鬼は杖を拾い上げて周に見せた。
『心を奪っただけだ。クラリーネと違って生きているさ。生きてはな』
生きてはいるが感情も何もない人形。
周は目を瞑った。
「そうかよ」
そして、周の目が開く。その目は日本人に多い黒の色では無かった。金色の目。まるで、獲物を狙う猫のような獰猛な目。
よく見てみると、亜紗の目もいつもと違う。いつもと違う赤い目。
「今からお前を倒す。このオレが。行くぞ、レヴァンティン」
『出来るならやってみろ』
鬼が神速の速さで周の背後に回り込み腕を振った、はずだった。だが、その腕は途中で止まっている。まるで、カメラで撮った写真のように。
「やってやるよ」
レヴァンティンが動き、鬼の指を斬り飛ばした。そして、杖を鬼から奪い取る。
「これからが本番だ」