第百話 狭間市の総力戦
百話目にして新キャラ投入。一応、前半最終決戦後に始まる後半に向けてのキャラ増加です。
一瞬にして夜が訪れた。
それは市役所横の公民館にいた和樹や俊輔もすぐに気づいていた。ちょうど、出口付近で話していた2人は慌てて外に出る。
そして、空を見上げて愕然とした。
「お、おい。どうして今が夜になっているんだよ。しかも、満月って。昨日の夜はまだ満月に近くなかったぞ」
「魔術。いや、自然に干渉出来る魔法か。それにしても、あまりに大規模だ。確実に狭間市の全てを覆っているだろうな」
「なんでそんなに冷静なんだ?」
和樹が呆れたように俊輔に尋ねる。俊輔は笑みを浮かべて空を見上げた。
「俺様だからだ」
避難所区域内の避難所から出て来る人がたくさんいる。誰もが夜になったことを困惑していた。それは『GF』や『ES』も同じ。
「周達は、戦っているのかな?」
「ふっ、あいつらが戦っていない方がおかしい。だが、今は俺達に出来ることをしなければいけないな」
俊輔が見ているのは唯一バリケードが開かれた場所だ。そこでは負傷者というより気絶した人達の救出が行われている。
だが、その向こう。その向こうから迫って来ている魔物の数々。
『GF』のメンバーがバリケードの上に登って射撃を行っているが進行は衰えない。
「俺達に何が出来るって言うんだ? 俺達は非力だ」
「ああ。非力だとしても、バリケードを組み直す手伝いが出来る」
俊輔は走り出した。その後を追うように和樹も走る。
「バリケードの組み直しを手伝おう」
俊輔はそう言って『ES』が行っている作業を手伝い始めた。
「なっ、民間人は」
「人手が足りないのだろ? 黙って手伝わせろ」
魔物の進行を止めるメンバーとバリケードを組み直すメンバーで分けていれば確実に人手が足りない。それがわかっているから『ES』の面々は俊輔の手伝いを黙認する。
それを見ていて和樹は小さく溜息をついた。
「仕方ない」
その言葉と共に和樹が手伝いを始める。
こういう光景がいたるところで見られ始めていた。
「術式結界じゃな。式は魔法」
七葉が避難所区域の中央にあるメンテナンスドックに戻ると近くで机の上に地図を広げるアル・アジフ、悠人、愛佳、刹那の姿があった。
どうやらちょうど集まっていたらしい。
「アル・アジフさん」
「七葉は無事のようじゃな。今、結界が展開された」
「やっぱり結界なんだね。私が作り出した結界が一瞬で喰われたからもしやと思ったけど」
結界の展開は結界展開時以上の魔力で破壊されるか、展開されたものより強い結界を作り出すことで破壊出来る。
ただ、後者は絶望的なまでの差がある場合、破砕という現象が発生する。傍目から見れば一瞬にして呑み込まれて消え去る現象だ。基本的には喰われると表現される。
「あの頸線を使った強化結界で破砕現象ですか。由々しき事態ですね」
愛佳の言う言葉はもっともだ。頸線を使った結界展開はかなり有名で、避難所区域全体を覆えるようなサイズを作り出すことを考えると七葉の実力はそこそこ高い。だが、それすらを破砕する結界。
「危険性は最大だと私は思います。そうじゃな。悠人、外部への連絡は?」
パワードスーツのシステムを使って通信を開いていたらしい悠人は首を横に振った。
七葉はハッと気づいてデバイスに通信機器を繋げる。
「周兄!? 周兄!? だめだ、繋がらない」
「魔術波が遮断されているということかの? 刹那、魔界へは?」
「無理ッスよ。おそらく、元凶を破壊するまでどうにも出来ないッス」
つまり、この狭間市にいる戦力で元凶を倒さないといけない。
「最大の問題が、今のこの状況ですね」
愛佳はそう言いながら周囲を見渡した。そこにあるのはバリケードが崩壊しそうになってそれを『GF』、『ES』及び狭間市市民が必死に耐えている姿だった。
アル・アジフが魔術書を開く。
「何故じゃ。どうして、この状況に」
「報告します」
すると、その最中に『ES』メンバーの一人が駆け寄ってきた。
「黒い異形がバリケードに大量に突撃してきています。このままでは、バリケードが崩壊します」
「異形じゃと。魔物ではないのか?」
「「神の私兵」」
七葉と愛佳の言葉が重なる。七葉は愛かがそれを知っていることに驚き、愛佳は同じような意味で驚いていた。そして、愛佳が頷く。
「おそらく、狭間の鬼が完全に復活するようです。今いる異形はその鬼が作り出した私兵。私兵を倒しきれば、復活しない限り、増えません」
「了解じゃ」
アル・アジフはそのまま空に跳び上がった。そして、異形のいる場所を確認する。
異形の数はかなり多いらしく、バリケード周辺では黒い軍団となっていた。対するこちら側は市民がさらに手伝ってくれている。完全な総力戦。
「我が名において、我が魔術書『アル・アジフ』に刻まれし全ての魔術に告げる」
そして、アル・アジフはその展開を打開するために全身全霊の魔術を使うことにした。今のアル・アジフが使える最大出力の魔術。いや、今のという表現はおかしいことになる。現在のアル・アジフに刻まれている魔術の中で最大最強の砲撃魔術。
「全ての力をここに集わせ、我が命に従え。我が名のもとに全てを浄化する力となせ」
アル・アジフの周囲にいくつもの魔術が展開する。それは、アル・アジフに刻まれた幾千幾万の魔術。それら全てがアル・アジフの作り出した一つの魔術に集結している。
指向性を持たせ、黒い異形を狙い撃つ。
「導きの魔術」
異形が集中する場所に収束した魔術が叩きつけられる。それは焼きつく炎であり、体を痺れさせる電撃であり、精神を狂わす水でもあった。あらゆる魔術の混合魔術。それが、導きの魔術
だが、そのまじゅつによる魔力損耗率は極めて高い。だから、空にいるアル・アジフは肩で大きく息をしていた。
「これで、どうじゃ」
バリケードの前にいた異形の大半は吹き飛び、そして、地面にひれ伏している。そこに『GF』、『ES』の両メンバーが異形に攻撃を加えていた。
「よし、このまま地上に、なっ」
疲れていたからアル・アジフは気付かなかった。アル・アジフに向かって飛んできた何か黒い物体を。だから、アル・アジフはまともに受けてしまう。肩を浅く切り裂かれたアル・アジフはそのまま体勢を崩して落下した。
魔力が思ったように使えない。このままだと、落下する。
そんな中、アル・アジフの脳裏には周の顔が思い浮かんでいた。アル・アジフよりもはるかに年下。だけど、誰よりも大人であろうとする子供。
そして、アル・アジフの体の落下が止まる。誰かに受け止められたようだ。
「周?」
「悪かったな。周じゃなくて」
そこにいたのは善知鳥慧海だった。
アル・アジフは慌てて魔力を練って空を飛ぶ。
「ち、ちちち、違うのじゃ。わ、わ、我はただ」
「あいつもプレイボーイだこと。本人無自覚だけどな。援軍に来たぜ」
「何故、そなたらが」
「オレだけじゃない」
そう言って慧海は地上を指さした。そこにいるのは大男と執事服を着た老人。そして、大きなハルバートを持った小さな少女。それ以外にもたくさんの援軍がいる。魔物と一緒に。
アル・アジフは目をぱちくりさせた。
「これは、どういうことじゃ?」
「援軍だよ。魔界に直接乗り込んで魔王派を動かした。援軍は、魔王達だ」
和樹達は呆然としながら目の前の様子を見るしかなかった。だって、今まで戦っていた面々である魔物が一緒に共闘しているからだ。
「なあ、俊輔、どういうこと?」
「俺に聞くな」
俊輔もこの様子にはため息をついているようだった。
今まで守っていた『GF』も『ES』も困惑している。でも、怪我した人の治療や戦闘を魔物達は率先してやっているので誰も文句を言わない。いや、言えない。
「くっ、みんな離れて!」
すると、バリケードの上に和樹達よりも小さいであろう少女が昇り、バリケード周囲にいる人達に叫んでいた。和樹と俊輔はその言葉に反応して、バリケード周囲にいる怪我人を二人で運ぶ。すると、バリケードが崩壊した。いや、崩壊させられたと言うべきか。
バリケードを崩壊させた張本人は鎌を持つ少年。
「どうして君がいるのかな?」
少年は幼い少女に尋ねた。少女は手に持つハルバートを構える。完全に体の大きさに合っていなけど。
「パパが動いたからだよ。パパはあなた達貴族派の動きには大変怒っていたけどね」
「ちっ、魔王が動いたか。だが、僕らはもう貴族派じゃない。魔神派だよ。エレノアやクラリーネの理想には飽きた。僕が、僕達がこの世界を統べる。それが、魔界の住人のやること」
「違う! 魔界の住人は人界の住人と仲良くする。パパやせっちゃんだって頑張っている。私だって仲良くなりたいもん。だから、殺させない。ここの人達は私達が守るからね」
少年は馬鹿にしたように鼻で笑った。
「下等生物がお前の様なガキの話を聞くとでも」
「俺はお前よりその子を信じたいぜ」
和樹がにやりと笑みを浮かべながら言う。その言葉に少年の眉がつり上がった。
「その子には意志がある。自分でそうしたいって意志がな。周みたいだ。だから、俺はその子を信じる。お前みたいな俺達を見下すような奴を信じる方が少ないんじゃないか?」
「下等生物の分際で。この場で皆殺しだ。魔王の娘と共に、その言葉を言った報いを受けろ」
少年が動く。対する少女も動いた。
鎌に合わせてハルバートを振る。少年の動きが洗練された動きだとするなら少女の動きは完全に力任せ。ただし、その力任せでも十分な威力を持っている。
その間にも『GF』と『ES』の立ち直る時間が出来上がる。
「もらった」
少年の鎌が少女のハルバートを空に上げた。そして、振り下ろそうと力を込める。だが、そんな少年の顔面に少女のこぶしが入った。
少年が地面を数回跳ねて建物に激突する。対する少女は空から降ってきたハルバートをつかんだ。
「えへっ、ありがとうね。お兄ちゃん」
そして、少女が和樹に向かって礼を言う。その和樹の顔は、言わなくてもわかるだろう。ちなみに、俊輔が無言でわき腹に肘を叩き込んでいた。
「さて、レイン・ラルフ。リリーナは降参して欲しいな。これ以上は無益な戦いになるし」
「黙れ。魔王の娘! 殺す。殺す。絶対に殺す!」
レイン・ラルフと呼ばれた少年が鎌を振り上げた。それを少女はハルバートで受け止める。
「やれ!」
だが、戦っているのは少女一人じゃない。少女の後ろから異形が迫る。避けられるような距離じゃない。
少女は振り返り、そして、向かってくる狼の異形を目に捉え、目を瞑った。
「させると思う?」
そこに入ってくる一つの影。背中のブースターを最大限まで稼働させて少女と異形の入り込み、悠人は異形の噛みつきをパワードスーツの右の腕の部分で受け止めた。
悠人は左手で円筒を手に取り、エネルギーの刃で体を両断する。
「無事?」
悠人は腕についた顔を払いながら少女に尋ねた。
「えっ? あっ、うん。ありがとう」
「人間風情が!」
その隙にレイン・ラルフが少女を押しのけて悠人に鎌を振る。それは普通に避けられる距離でもなく、避けられる速度でもなかった。攻撃前から動いていなければ。
レイン・ラルフの鎌が空を切る。そして、レイン・ラルフの目の前に銃口が突き付けられた。
「倒れていて」
悠人は容赦なく引き金を引く。レイン・ラルフの額に至近距離でエネルギー弾が炸裂してレイン・ラルフは倒れた。
「大丈夫?」
悠人は倒れている少女を助け起こす。その少女の顔はほんのり赤かった。
「あ、ありがとうです」
「どういたしまして。ここはお願いするよ、僕は遊撃だから。じゃ」
「待って」
少女は行こうとした悠人に声を上げた。
「名前、聞いていいですか?」
「悠人。真柴悠人」
「悠人。私はリリーナ・エルベルム。魔王の娘です」
その言葉に悠人は笑みを浮かべた。
「うん。リリーナだね。また」
そう言って悠人が走り出す。ブースターを使わないのはエネルギーが少ないのか、はたまた・・・
「なあ、どうして俺はラブコメを見て涙を流して、ぶげらっ」
俊輔が無言で和樹を蹴り飛ばしていた。
だが、敵はまだまだ来る。異形の群れ。それに向かってリリーナはハルバートを構えた。
「ここは通さない。誰も、傷つけはさせない」
「おいおい。嬢ちゃんだけかっこいいとこ見せんじゃねえよ。ここは、俺達も参加させな」
そう言ってリリーナの横に並ぶ『GF』、『ES』メンバー。それを見たリリーナは少しきょとんとして、そして、笑みを浮かべた。
「はい。お願いします」
「どっせい!」
クマの形をした異形が拳でたたきつぶされる。
「ふむっ」
突っ込んできたサイの姿をする異形の突進を受け止めた。
「ふんぬらばっ!」
そのまま異形に向かって投げ飛ばす。
異形相手に素手で暴れ回っているのは筋骨隆々の男だった。
「がはははっ。そんなものか! そんな力で人の街を脅かしていたのか? 非力な奴らめ。あっ、ここは俺が守るから皆さん別のところに行ってくださいね」
異形に話しかける時は自信満々な声で。バリケードを守る人たちに話しかけるのは敬語で。誰も反応することなくぽかんとしているしかない。
「さあ、かかってこい。ここはこの魔王、キルガメシュ・エルブレムが守りきる。それが魔王としての仕事。見よ、この肉体美を!」
その言葉に反応する人は二種類いた。
一つは魔王と言う言葉に驚いて完全にぽかんとする人。もう一つはポーズを決めた魔王に視線を合わせないようにする人達。
異形はポーズを決めている魔王ギルガメシュに突撃する。
「かかって来い!」
そして、ギルガメシュが身構えた瞬間、散弾が向かってきていた異形を一気に吹き飛ばした。
空気が完全に固まる。
「大丈夫ですか?」
空気を読まなかった悠人はスラスターを操作して地面に着地した。ギルガメシュはゆっくり振り返る。その顔は泣いていた。
「俺の出番」
「えっ? いや、あの、その、すみません」
悠人はとりあえず謝ってブースターを全開にして飛び上がる。気まずい空気が流れる中、新たな異形が現れた。
「さあ、かかってくるがいい。このギルガメシュ。逃げも隠れもしないわ!」